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プレスリリース

2019年 2月25日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

海氷データを用いて南極海の気候予測精度が向上
〜北半球にも応用可能な成果〜

1. 発表のポイント

人工衛星で観測された海氷密接度を気候モデルに取り入れることで、南極海(ウェッデル海)において4ヶ月先まで海氷の予測精度を著しく向上させることに成功した
海氷の予測精度が向上することにより、周囲の表面気温や気圧、風の予測精度も向上した
本成果は北極海等にも応用可能であり、北半球の気候変動予測にも貢献すると期待される

2.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)アプリケーションラボの森岡優志研究員らは、人工衛星で観測された海氷密接度(海氷が海面を覆う割合)を気候モデルに取り入れ、過去の気候を再び予測し直すことで、南極海の1つであるウェッデル海において海氷や気候変動の予測精度を向上させることに成功しました。

南極半島の東側に位置するウェッデル海は、他の南極海に比べて海氷の張り出しが大きく、冷たく塩辛い南極底層水の生成を通して、地球規模の海洋の熱塩循環(※1)を支える重要な海域です(図1)。近年の地球温暖化の影響を受けて海氷が著しく減少している北極海とは異なり、ウェッデル海を含む南極海では有意なトレンドは見られませんが、一方で海氷の年々変動が著しいことが報告されています。特に、海氷が衰退し始める南半球春季(10-12月)にウェッデル海の海氷が大きく変動することで、海氷上の気温が変動し、南大西洋など周辺の気候に影響を及ぼすことが先行研究で報告されています。しかし、海氷の年々変動が数ヶ月先の気候変動予測に及ぼす影響は十分に理解されていませんでした。

そこで、アプリケーションラボがヨーロッパと共同で開発してきた気候モデル(以下「SINTEX-F2」という、※2)を用いて、気候モデルの海面水温と海氷密接度を観測データに近づけてから(初期化という)過去の気候を再び予測し直したところ、モデルの海面水温のみを観測データで初期化した実験に比べ、南半球春季に見られるウェッデル海の海氷変動を4ヶ月先まで高い精度で予測できることが分かりました(図23)。また、海氷の予測精度の向上に伴い、ウェッデル海周辺の気温や風の変動もより現実に近く予測できるようになりました(図45)。

ウェッデル海など南極海を含む高緯度の気候変動は、海氷の影響を強く受けることから、気候モデルで海氷変動を精度良く予測する必要があります。本研究の成果は、人工衛星で観測された海氷密接度のデータを気候モデルに取り入れることで、高緯度の海氷や気候変動の予測精度が向上することを明らかにするとともに、海氷観測データの重要性を示唆しています。本研究で得られた知見や手法は、南半球だけでなく北半球の高緯度の気候変動予測にも今後応用されることが期待されます。

本成果は、「Scientific Reports」に2月25日付け(日本時間)で掲載される予定です。また、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)と国際協力機構(JICA)が共同実施する地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)「南部アフリカにおける気候予測モデルをもとにした感染症流行の早期警戒システムの構築」及び日本学術振興会科学研究費助成事業若手研究(B)JP15K17768の支援を受けて行われました。

タイトル:Role of sea-ice initialization in climate predictability over the Weddell Sea
著者:森岡 優志1, 土井 威志1, Doroteaciro Iovino2, Simona Masina2, Swadhin Kumar Behera1
1. 海洋研究開発機構 アプリケーションラボ
2. Fondazione Centro Euro-Mediterraneo sui Cambiamenti Climatici (CMCC)

3.背景

南極半島の東側に位置するウェッデル海は、他の南極海に比べて海氷の張り出しが大きいことが知られています。ウェッデル海では冷たく塩辛い南極底層水が生成され、地球規模の気候変動をもたらす海洋の熱塩循環を支えていることから、ウェッデル海の海氷変動を理解し予測することは極めて重要です。例えば、ウェッデル海の海氷が平年と比べて少なかった2010年は、南極半島で気温が平年よりも約2-3度上昇しており、南極氷床への影響も懸念されています。

近年の地球温暖化の影響を受けて、北極海では海氷が著しく減少していますが、ウェッデル海を含む南極海では海氷に有意なトレンドは見られず、一方で海氷の年々変動が大きいことが報告されています。特に、南半球春季(10-12月)に海氷が衰退し始める時期に、ウェッデル海の海氷が平年に比べて大きく衰退すると、海氷による反射の効果が弱まって日射がより入りやすくなり、表面気温が上がって海氷がより衰退しやすくなることが報告されています。一方、ウェッデル海の表面気温が上がることで、ウェッデル海の北側で気温の南北勾配が弱まり、大気の下層の安定度が強まります。これにより大気の擾乱活動が抑えられ、高気圧の循環が維持されやすくなり、南大西洋など周辺の気温や風などに影響を及ぼすことが示唆されています。

このように、ウェッデル海の海氷変動が表面気温の変動を通して南大西洋など周辺の気候変動に影響を及ぼす仕組みは先行研究で報告されていますが、数ヶ月先の気候変動予測に及ぼす影響は調べられておりません。

そこで本研究では、SINTEX-F2を用いて、人工衛星で観測された海面水温を取り入れて再予測した実験(標準実験)と観測された海面水温と海氷密接度を取り入れて再予測した実験(海氷実験)を行い、2つの実験を比較することでウェッデル海の海氷や周辺の気候変動の予測精度に違いが見られないか、スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を利用して海氷変動の影響について調べました。

4.成果

まず始めに、標準実験と海氷実験における海氷密接度の予測精度を比較すると、海氷密接度の観測データを取り入れた海氷実験のほうが、ウェッデル海の海氷密接度を4ヶ月先まで高い精度で予測できていることが分かりました(図2)。

次に、過去約30年間のデータの中からウェッデル海の海氷が平年に比べて少ない年(1996、1998、1999、2001、2010年)を抽出し、海氷や気候変動の予測精度について調べました(図3)。観測データで見られるウェッデル海の海氷の異常な減少は(図3a)、標準実験でもわずかに予測されていますが(図3b)、海氷実験では振幅や空間分布がより大きく(図3c)、より観測データに近く予測されていました。両者の差をとると、海氷実験のほうがウェッデル海の海氷の異常な減少をより良く捉えていることが分かります(図3d)。

また、ウェッデル海の海氷が少ない年における再解析値(観測と数値予報モデルで推定された現実に近い値、図4a)、標準実験(図4b)及び海氷実験(図4c)それぞれの表面気温を比較すると、海氷実験は標準実験よりも再解析値に近い値でウェッデル海の昇温を予測しました。

さらに、興味深いことに、ウェッデル海の異常な昇温は熱帯太平洋でラニーニャ現象(※3)を伴っていることが再解析値、標準実験及び海氷実験から分かります。しかし、海氷実験と標準実験の差を見ると、熱帯太平洋の海面水温に目立った違いが見られません(図4d)。従って、ウェッデル海の異常な昇温を海氷実験でより良く捉えられたのは、ラニーニャ現象の予測精度が向上したからではなく、ウェッデル海の異常な海氷減少を海氷実験でより良く予測できたためと考えられます。

最後に、海面気圧と地上風を比較しました。ウェッデル海の海氷が少ない年における再解析値では、北側で高気圧の循環が強まっているのが分かります(図5a)。標準実験ではわずかに高気圧の偏差を予測できていますが(図5b)、海氷実験のほうが振幅と空間分布をより良く捉えられていることが(図5c)、両者の差から見ても分かります(図5d)。熱帯太平洋に目立った気圧の変動が見られないことから、先行研究で指摘されているように局所的な海氷の変動が表面気温の変動を通して大気の循環場に影響を及ぼしていることが示唆されます。

5.今後の展望

ウェッデル海を含む南極海など高緯度の気候変動は海氷の影響を強く受けることから、気候モデルで海氷変動を精度よく予測する必要があります。本研究では、観測された海氷密接度を気候モデルに取り入れて再予測することで、ウェッデル海の海氷変動だけでなく南大西洋など周辺の気候変動の予測精度を向上させることに成功しました。本研究ではウェッデル海に着目しましたが、本研究で得られた知見や手法は、他の南極海や北極海など、海氷が重要な役割をしている高緯度の気候変動予測に応用されることが期待されます。

本研究では、海氷の指標として海氷密接度に着目しました。これは人工衛星が打ち上がった1980年代から長期に渡り、地球全体で海氷密接度の観測が行われるようになったこと、また、近年の研究で海氷と気候変動の関係性が明らかになってきたことから検討が可能となったことに起因します。

しかし、海氷密接度は局所的な風や気温など大気の変動だけでなく、海氷の厚さや海氷下部の水温などの変動にも影響を受けることから、海氷密接度をさらに精度良く予測するためには、海氷厚や海氷下部の水温などの観測データを気候モデルに取り入れて予測する必要があります。海氷厚や海氷下部の観測データは未だ時空間的に十分ではないことから、今後は高緯度の海洋・海氷観測の重要性を提唱していくとともに、観測データと海洋モデルで推定された再解析値を気候モデルに取り入れて予測するシステムの開発を行い、高緯度の気候変動予測の精度向上に資する研究を進めていく予定です。

【補足説明】

※1 熱塩循環:水温と塩分濃度で決まる海水の密度の変化によって生じる地球規模の海水の循環。高緯度で海水が冷やされて表層の水温が下がり、また塩分濃度が高くなることにより、海水が深層に沈み込むことによって起こる。

※2 SINTEX-F2気候モデル:JAMSTECアプリケーションラボでは、数ヶ月から数年スケールで発生する気候変動現象の解明と予測研究のため、SINTEX-F気候モデルを基盤とした季節予測システムを、日欧研究協力に基づき「地球シミュレータ」を用いて開発および改良してきた。気候モデルとは、大気-海洋-海氷-陸面の物理に関する微分方程式で構成されており、地球を3次元の格子に分割し、それぞれの格子に対して方程式を時間方向に数値積分するプログラムを指します。SINTEX-F2は、アプリケーションラボが欧州の研究機関と2012年に共同開発した大気海洋海氷結合モデルで、2005年に開発された初代の大気海洋結合モデル(SINTEX-F1)に比べて、高解像度化や海氷モデルの導入が行われている。

※3 ラニーニャ現象:熱帯太平洋の東部で海面水温が平年より低くなり、西部で水温が高くなる気候変動現象。「ラニーニャ」とはスペイン語で女の子という意味です。この現象が発生すると、世界各地に異常な天候をもたらします。例えば、日本の夏は猛暑になる傾向が見られます。

図1

図1 1982-2016年の10-12月で平均した南極の海氷密接度(単位は%)。値が大きいほど、海氷が海面を覆う割合が多いことを表す。

図2

図2 (a) 気候モデル(SINTEX-F2)で1982-2015年の毎年9月1日から再予測した標準実験における、10-12月の海洋密接度の予測精度。標準実験では、モデルの海面水温のみ観測データに近づけてから(初期化してから)予測を行っている。予測精度は、気候モデルで計算された海氷密接度の偏差(平年値からのずれ)と観測データの海氷密接度の偏差がどれくらい似ているか、両者の相関係数で見積もられている。暖色ほど気候モデルが観測データをより良く予測できていることを表す。(b) (a)と同様に、モデルの海面水温と海氷密接度を初期化して再予測した海氷実験における、10-12月の海洋密接度の予測精度。(c) 海氷実験と標準実験の予測精度の差。モデルの海氷密度を観測データで初期化した影響を評価することができる。暖色ほど気候モデルの予測精度が向上していることを表す。

図3

図3 (a) ウェッデル海の海氷が少ない年(1996、1998、1999、2001、2010年)の10-12月に平均した、観測データの海氷密接度の偏差(単位は%)。暖色ほど海氷が海面を占める割合が平年に比べて多いことを表す。(b) ウェッデル海の海氷が少ない年の10-12月について、気候モデル(SINTEX-F2)で9月1日から再予測した標準実験の海洋密接度の偏差(単位は%)。(c) (b)と同様に、気候モデルに観測された海氷データを取り込んで再予測した海氷実験の結果。(d) 海氷実験(b)と標準実験(c)の差。

図4

図4 (a) ウェッデル海の海氷が少ない年(1996、1998、1999、2001、2010年)の10-12月に平均した、表面気温の偏差(単位はºC)の再解析値。暖色ほど気温が平年に比べて高いことを表す。再解析値とは、観測と数値予報モデルから推定された現実に近い値を意味する。(b) ウェッデル海の海氷が少ない年の10-12月について、気候モデル(SINTEX-F2)で9月1日から再予測した標準実験の表面気温の偏差(単位はºC)。(c) (b)と同様に、気候モデルに観測された海氷データを取り入れて再予測した海氷実験の結果。(d) 海氷実験(b)と標準実験(c)の差。

図5

図5 (a) ウェッデル海の海氷が少ない年(1996、1998、1999、2001、2010年)の10-12月に平均した、海面気圧(カラーと等値線、単位はhPa)と地上10mの風の偏差(矢印、単位はm s-1)の再解析値。暖色ほど気圧が平年に比べて高く、南半球では反時計周りに風が吹く。(b) ウェッデル海の海氷が少ない年の10-12月について、気候モデル(SINTEX-F2)で9月1日から再予測した標準実験の海面気圧(単位はhPa)と地上10mの風の偏差(単位はm s-1)。(c) (b)と同様に、気候モデルに観測された海氷データを取り入れて再予測した海氷実験の結果。(d) 海氷実験(b)と標準実験(c)の差。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
アプリケーションラボ 研究員 森岡優志
(報道担当)
広報部 報道課長 野口 剛
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