プレスリリース
国立研究開発法人海洋研究開発機構
マイクロプラスチックの高速な検出分類手法を確立
―ハイパースペクトル画像診断技術を最適化、海水ろ過試料自動分析へ前進―
1. 発表のポイント
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- ハイパースペクトル画像診断技術により、さまざまなプラスチックを100 µmの微小サイズまで簡便に高速で検出・分類できる手法を確立した。
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- 1 cm × 1 cmフィルター面のスキャン時間は約10秒であり、これまでの約100倍の速さで評価が可能となった。
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- 海水中のマイクロプラスチックの自動検出へ応用が期待される。
2. 概要
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門地球表層システム研究センターの朱春茂研究員らは、ハイパースペクトル画像診断(Hyperspectral Imaging, HSI)技術(※1)を用いたマイクロプラスチックの高速な検出分類手法を確立しました(図1)。
マイクロプラスチックと呼ばれる大きさ5 mm以下の微小なプラスチック粒子は、生物に摂取されるなど海洋生態系へ負の影響を与えていることが知られ、国際的な関心が高まっています。しかし、従来の計測はニューストンネット(※2)で採集した粒状試料を顕微鏡などを用いてマイクロプラスチックを一粒ずつ拾い出して材質分析するのが一般的で、時間と手間がかかる上、ネットの目を通り抜ける300 µm以下の微小サイズの粒子については計測があまりなされていませんでした。
そこで本研究では、プラスチック材料が素材ごとに固有の分光反射特性を持つ性質に着目して、HSI技術に基づいた、マイクロプラスチックの高速な検出分類手法を開発しました。具体的には、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリスチレン(PS)等11種類の身近なプラスチック素材について、近赤外波長での反射スペクトルを明らかにし(図2)、そのパターンとの類似性に基づいて、100 µmまでの微小なプラスチック粒子を検出し、材質を識別することに成功しました。また、微小な粒子の検出には、ろ過フィルターとしても役割を果たす金粒子を蒸着したメンブレンフィルター(金コートフィルター)上で画像解析を行うことが有利であることを見出しました(図3)。金コートフィルターは100 µmサイズの粒子も十分に捕集が可能で、300 µm以下の粒子まで、高速かつ自動的に各種プラスチック粒子を検出分類できる見通しを得ることができました。
本研究は、文部科学省委託事業「海洋資源利用促進技術開発プログラム」における海洋情報把握技術開発課題「ハイパースペクトルカメラによるマイクロプラスチック自動分析手法の開発」(課題番号:JPMXD0618067484)の支援を受け実施されたもので、今後、海水中の実サンプルで試験評価を進め、自動計測システムとして完成させていく予定です。
本成果は、エルゼビア社の科学誌「Environmental Pollution」オンライン版に3月27日付け(日本時間)で掲載されました。
- 海洋研究開発機構地球環境部門地球表層システム研究センター
- 海洋研究開発機構地球環境部門海洋生物環境影響研究センター
- 海洋研究開発機構超先鋭研究開発部門超先鋭研究プログラム
3. 背景
プラスチックは人間活動により大量に生産・廃棄され、様々な経路で海洋に流入し汚染の原因となっています。熱や紫外線による劣化により微細化して生成されたマイクロプラスチックが、生態系へ負の影響を与えていることが世界的に懸念されています。しかしながら、効率的な計測手法は確立しておらず、どこの海域にどのような材質のマイクロプラスチックがどのくらい存在しているのかまだよくわかっていないのが現状です。
従来、海洋プラスチックの計測は、ニューストンネットを長時間曳いて海水からプランクトンなどとともに採集し、密度差を利用して他の粒子から大まかに分離したのち、肉眼または顕微鏡を見ながら人間の手で拾い集め、計数し、フーリエ変換赤外分光光度計等で材質の分析がなされることが一般的でした。その際、ニューストンネットの目を通り抜ける300 µm以下の微小サイズのマイクロプラスチックは計測が難しいのが現状でした。そのため、簡便で効率的かつ高速で大量の試料解析に適用できる新たな計測手法の開発が求められていました。そこで本研究では、プラスチックが材質ごとに異なる反射スペクトルパターンを示すことに着目し、近赤外域でのHSI技術に基づく自動検出・分類手法の確立を目指した技術開発を実施しました。
4. 成果
開発の第一段階として、実験室で、素材の分かっているプラスチック粒子を対象に、HSI計測の条件を最適化したところ、PE、PP、PS等、主なプラスチックについて、反射スペクトルの特徴の違い(図2)をもとに、100 µmの微小サイズまで高速で検出・分類できることを確かめました。具体的には、11種類の身近なプラスチック素材の近赤外波長範囲(900−1700 nm)での反射スペクトルを計測し(図2)、それを基準とした類似性に基づいて、プラスチックの材質の識別を進めました。
最適化の際にはまず、近接マクロ撮影のためのレンズ配置や照明条件を工夫しました。その上で、ターゲットとなる粒子を画像識別しやすい「背景」材料を選定することに注力しました。微小なプラスチック粒子からの微弱な信号をとらえるため、背景材料の反射特性として、広い波長範囲に対しフラットなことや、試料との間に反射強度のコントラストがつきやすいことが重要となります。また、海水をろ過したフィルターをそのまま解析するためには、高いろ過性能であることも重要です。特に、300 µm以下の微小粒子も保持できるようなろ過材が求められましたが、本研究の結果、これらの条件を満たす背景材料として、金コートフィルターが最も適切であることが分かりました(図3)。
金コートフィルター上では、100 µm程度の大きさでも、PE、PS、PP(図3中央、通常のRGBカメラ像)それぞれの素材に固有の反射スペクトルパターンを十分に保持していました(図3左)。その特徴をもとにしたスペクトルアングルマッパー(※3)識別アルゴリズムでも十分に素材同定ができていることもわかります(図3右)。この画像解析の水平解像度は約15 µmであり、カメラに用いているセンサーの画素サイズに近い値を達成しています。
また、GF10などのガラスフィルターについても、反射スペクトルの波長パターンがフラットで、ろ過素材としての条件を満たすことがわかり、金コートフィルターより安価な代替材料として利用可能であることも見出しました。
さらに、1 cm × 1 cmのフィルター面をスキャンするのに要する時間は約10秒で、従来のフーリエ変換赤外分光法に比べ、約100倍の速さで評価が可能であることも確かめられました。このようにHSI計測の最適化を図り、100 µmサイズまでのマイクロプラスチック粒子を簡便で高速かつ自動検出・素材分類するための基礎技術を確立することができました。
5. 今後の展望
次の段階として、海水中の実サンプルへの適用を実施する予定です。また、水中マイクロプラスチックを回収するためのフローシステムも組み合わせた高速かつ自動的な計測システムを開発していく予定です。さらに、機械学習による自動識別と画像解析のアルゴリズムの改良により、マイクロプラスチックを定量的に評価することができるようになると期待されます。これらの計測手法の確立により、従来のニューストンネット採集では検出できていなかった300 µm以下のマイクロプラスチックを効率的に検出・分類することができるようになり、海洋マイクロプラスチックの現状を把握する大きなステップになると考えられます。
【補足説明】
- ※1
- ハイパースペクトル画像診断技術:
数十から数百以上多数の波長において対象物を撮影し、波長ごとの分光情報を評価に用いる技術。
- ※2
- ニューストンネット:
海洋等の水域表層に生息、または存在している仔稚魚類や魚卵、動物プランクトン等の小さな生物を採集するためのネット。
- ※3
- スペクトルアングルマッパー:
ターゲット対象と参照のスペクトルをバンド数に等しい次元を持つベクトルとして処理し、両者のベクトルの間の角度を用いて類似性を判定する手法。
図1 ハイパースペクトル画像診断技術によるマイクロプラスチック検出の模式図。近赤外波長で反射スペクトル(詳細は図2を参照)を計測し、プラスチック粒子を特定する。水中のプラスチックをろ過後に直接計測できるように、ろ過フィルターとしては、ターゲット粒子を画像識別しやすい「背景」としての機能を持つものを本研究で選定した。
図2 11種類の身近なプラスチックの近赤外波長範囲(900−1700 nm)での反射スペクトル。PE, PP, PSなどの材質ごとに、反射率が低下する(光が吸収される)固有の波長帯がみられる(例:矢印で示された特徴的な波長帯)。これらのパターンを教師データとして与え、どこまで微小な粒子を検出・分類できるか検討した。
図3 金コートフィルターの上に乗せた大きさ約300 µm(上)および約100 µm(下)のPE、PPとPS粒子に関するハイパースペクトルイメージングでの識別例:スペクトル(左)、RGB画像(中央)と分類識別された画像(右)。図2で見られた各材質に固有のパターン(矢印で示された特徴的な波長帯)が100 µmの粒子からも検出され、その類似性から材質が判別された。
参考 本研究開発で用いたハイパースペクトルカメラ及び金コートフィルターの写真。カメラの全長(高さ)は約30cm。
- (本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構 - 地球環境部門 地球表層システム研究センター
研究員 朱 春茂 - 地球環境部門 地球表層システム研究センター
上席研究員 金谷 有剛 - (報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構 - 海洋科学技術戦略部 広報課