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プレスリリース

2020年 10月 6日
2020年 10月 20日訂正
国立研究開発法人海洋研究開発機構

大西洋ウナギの産卵場は大西洋中央海嶺か
―ニホンウナギの特性と稚仔魚回遊シミュレーションから見えてきた海域X―

1. 発表のポイント

大西洋ウナギの産卵場はこれまで100年近くの間サルガッソー海にあるとされていたが、具体的な産卵場の位置は未知のままとなっている。
海流データによる稚仔魚回遊シミュレーションにより、産卵場がサルガッソー海の東側にある大西洋中央海嶺の海山である可能性が初めて示唆された。
大西洋中央海嶺はこれまで調査があまり行われておらず、今後の現地調査による研究の進展が強く期待される。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是)付加価値情報創生部門アプリケーションラボのYu-Lin K. Chang研究員、宮澤泰正ラボ所長代理と、フランス国立自然史博物館Eric Feunteun教授、東京大学塚本勝巳名誉教授の共同研究チームは、大西洋ウナギ(図1※1)の未知の産卵場所の候補として大西洋中央海嶺の海山である可能性を初めて指摘しました。

これまで100年近くにわたり大西洋ウナギの産卵海域はサルガッソー海であるとされてきましたが、卵や産卵中のウナギ成魚がこの海域で直接確認されたことはありませんでした。一方、太平洋ではマリアナ海嶺にある海山がニホンウナギの産卵場所であると確認されています。

本研究チームが大西洋で同様な海域特性をもった海域を探したところ、大西洋中央海嶺上の南北で水温・塩分特性が急変する海域X(北緯15度~29度、西経43度~48度)を特定しました。そこで海域Xを産卵場所であると仮定して海流データによる稚仔魚回遊シミュレーションを行ったところ、これまで採集された稚仔魚の空間分布をよく説明することができました。海域Xはサルガッソー海の東側にある海域でこれまで本格的な調査が行われておらず、今後の調査実施による研究の進展が強く期待されます。

本成果は Scientific Reports誌に10月6日付け(日本時間)で掲載される予定です。

題名:
New clues on the Atlantic eels spawning behavior and area: The Mid Atlantic Ridge Hypothesis
著者名:
Yu-Lin K. Chang1、Eric Feunteun2、宮澤 泰正1、塚本 勝巳3
所属:
1 国立研究開発法人海洋研究開発機構
2 フランス国立自然史博物館
3 国立大学法人東京大学
URL:
https://www.nature.com/articles/s41598-020-72916-5

3. 背景

20世紀の初め、デンマークの海洋科学者ヨハネス・シュミット博士は、大西洋のアメリカウナギとヨーロッパウナギ(まとめて大西洋ウナギと呼称する。)がサルガッソー海に産卵場を持つと指摘しました。以来、100年近くにわたってサルガッソー海において卵や産卵中のウナギ成魚の探索が行われてきましたが、いまだに発見されておらず、標識放流によるアメリカウナギやヨーロッパウナギ成魚の回遊調査もサルガッソー海域内部への到達を確認できていません。不思議なことに、ヨーロッパウナギ成魚は大西洋中央海嶺にあるアゾレス諸島海域に集まることがわかっていますが、ヨーロッパから見てアゾレス諸島海域はサルガッソー海に向けて最短距離行程の途中にあるとは言えません。

一方、太平洋では南北に伸びるマリアナ海嶺と東西に分布する水温・塩分の急変部(水温・塩分前線)が交差する海域の海山上でニホンウナギがピンポイントに産卵することが、近年著者の一人によって発見されています。

そこで本研究チームは、太平洋での知見をもとに大西洋においても南北に伸びる大西洋中央海嶺と東西に分布する水温・塩分前線の交差海域X(北緯15度~29度、西経43度~48度)を特定しました(図2)。海域Xはサルガッソー海域の東側ではありますが、回遊するウナギ成魚が発見されているアゾレス諸島海域は大西洋中央海嶺の北部にあり、ここからウナギが海嶺上の活発な海底火山活動によって生成された化学物質を感知しながら南下していくという描像は太平洋での知見と一致するものです。またウナギ成魚は雌雄の遊泳速度が異なり群れを成して泳ぐことが無いことから、地形的、化学的に明確な目印のある場所において別々に泳いできた雌雄が再会するという描像も、太平洋での知見と一致しています。

4. 成果

始めに、海域Xから仮想粒子に模した稚仔魚が海流に乗って回遊すると仮定し、海流予測モデル(HYCOM、※2)の海流データを用い、稚仔魚自体の遊泳速度はゼロであるとして仮想粒子追跡実験を行いました。その結果、アメリカウナギ/ヨーロッパウナギのいずれにおいても、これまでに観測された稚仔魚の分布を説明することができました(図3)。アメリカウナギについては海域Xの南側で、ヨーロッパウナギについては海域Xの北側で産卵すると仮定すると、前者については西に向かう北赤道海流(North Equatorial Current)に乗りやすく、後者については東に向かう北大西洋海流(Atlantic Drift)に乗りやすいことがわかります。さらに最近言われているように稚仔魚が方向知覚を持つことを仮定し、アメリカウナギについては北西向き、ヨーロッパウナギについては北東向きの一定の遊泳速度を仮定するとさらに現実に近い分布になることがわかりました(図4

2020年10月20日、東西の海流について修正しました。

5. 今後の展望

本研究は、太平洋のように必ずしも産卵場所が単一のピンポイントの海域であることを示すものではありません。太平洋では北赤道海流がフィリピンで南北に北に向かう黒潮と南に向かうミンダナオ海流に分かれ、北に向かう黒潮に乗れるような特定の緯度にあるピンポイントの場所で産卵しないとミンダナオ海流に流されて生存に不適な南の海域に運ばれてしまうからです。一方、大西洋のサルガッソー海域周辺では海流は弱く(図2)、太平洋のような強い海流による制約条件が無いので産卵場所の位置には一定の自由度があると考えられます。実際、サルガッソー海域ではプレレプトケファルスと呼ばれる産卵1週間後の稚魚が発見されています。しかし、本研究はこれまで100年間近くにわたって探索海域がサルガッソー海域にのみ限定されてきた状況に対し、こうした自由度の範囲内で、海流以外の地形的、化学的、生物的な制約条件から未知の産卵場に関する新たな仮説を提起し、今後の新たな研究の進展の呼び水となることを意図するものです。

近年、大西洋ウナギについてもニホンウナギと同様に資源量が減少し、資源保護がきわめて重要な課題となっています。従来の視点に加え、新たな視点から産卵場所の候補について考察し新たな現地調査が行われることによって、具体的な産卵場所を特定し資源保護に役立つものと期待されます。また、これまでアプリケーションラボでは日本周辺海域の海流予測に集中してきましたが、本研究で示されたような世界各地での海流予測の重要性に着目し、来年度に計画されているスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」の更新による計算能力増強をふまえ予測対象海域の拡大を検討しています。

【用語解説】

※1
大西洋ウナギ:
大西洋にはヨーロッパ沿岸河川に降河するヨーロッパウナギとアメリカ東岸河川に降河するアメリカウナギが存在する。それぞれ別種として学名の登録がなされているが、本発表では両種を合わせて大西洋ウナギとして呼称している。
※2
HYCOM:
米国で開発され、運用されている海流予測モデル。水平1/12度格子で全世界の海流を日毎に計算している。
図1

図1. 大西洋ウナギ(ヨーロッパウナギ)の写真。(C) E. FEUNTEUN MNHN

図2

図2. 上:大西洋の海底地形図。アゾレス諸島海域から大西洋中央海嶺が南北に伸びていることがわかる。白点線で囲んだ海域が海域Xである。マゼンタ色で囲んだ海域はヨーロッパウナギの、緑色で囲んだ海域はアメリカウナギの稚仔魚発見海域をそれぞれ示す。白線は水温の急変部、黄線は塩分の急変部を示す。下:大西洋の平均的な表面の海流分布。色影は海流の強さを示す。(CC BY licenseのもと原図Fig.1に日本語説明加筆)

図3

図3. 仮想粒子(ウナギ稚仔魚)の遊泳速度がゼロであると仮定した仮想粒子追跡シミュレーションの結果。色毎に粒子を出発させる海域Xの緯度帯を変えている。1993-2000年から年毎に行ったシミュレーション結果をまとめて示している。

図4

図4. 仮想粒子の遊泳速度が北西向き:左(北東向き:右)であると仮定した仮想粒子追跡シミュレーションの結果。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
アプリケーションラボ
所長代理 宮澤 泰正
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋科学技術戦略部 広報課
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