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プレスリリース

2021年 4月 30日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立研究開発法人理化学研究所
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所
国立大学法人京都大学

ひとつひとつの観測データが気象予測に与える影響を簡易に評価可能に
―北極の観測データは7日先の北米気象予測の改善に貢献することも明らかに―

1. 発表のポイント

気象に関する全ての観測のインパクトを一度に診断できる手法(EFSO)について、JAMSTEC、理化学研究所、国立極地研究所、京都大学防災研究所の研究グループは、気象に関する全ての観測のインパクトを一度に診断できる手法(EFSO)について、JAMSTECのデータ同化システムに導入し、その利用可能性を確認した結果、以下の知見を得た。EFSOについては、国内外において様々な機関で利用可能性を検討しており、今回の成果は、その先行事例となるものである。
EFSOは北極・中緯度・熱帯どの緯度帯での特別観測においても、2〜3日先(短期)までの予測に対する影響を正しく推定できることを見い出した。
北極の観測データは北米の6〜7日先(中期)の予測を改善することもわかった。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」という。)付加価値情報創生部門 アプリケーションラボの山崎哲研究員は、理化学研究所計算科学研究センター、国立極地研究所、京都大学防災科学研究所と共同で、個々の観測がどのくらい気象予測の精度を改善するか診断する手法(EFSO、※1)を評価した結果、有効な手法であることを確認するとともに、北極の観測データは北米の6〜7日先の予測を改善することも明らかにしました。

気象予測は陸上での観測の他に衛星観測や洋上観測等から得られたデータ(図1)をもとにシミュレーションされています。予測精度を向上させるためには、ひとつひとつの観測が予測へどの程度影響を与えているか(以下、本影響を「観測インパクト」という。)評価することが重要ですが、膨大な計算コストを要することからあまり行われていませんでした。そこで本研究グループは、EFSOと呼ばれる手法をJAMSTECのスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」上に実装し、一例としてEFSOが北半球の陸上で実施されたラジオゾンデ(※2)による観測インパクト(図2)を正しく推定しているかを検討しました。

その結果、EFSOは2日先までの観測インパクトの大きさを良く推定していることが示されました。特に北極の観測インパクトに限定すると、中緯度北米域の6〜7日先の予測を改善することもわかりました(図345)。

今後、過去にどこで行われた観測が大きな観測インパクトを持っているかを検証することで、効果的な観測計画の立案等に役立てることができると期待されます。

本成果は、米国気象学会発行の学術誌「Weather and Forecasting」に4月30日付け(日本時間)で掲載予定です。なお、本研究は、JSPS科研費(26282111、 15H02129、 17K05663、 18K13617、 18H03745、 18KK0292、 19H05702)、およびArCS(北極域研究推進プロジェクト)の助成を受けたものです。

タイトル:
EFSO at different geographical locations verified with observing-system experiments
著者:
山崎 哲1、三好 建正2、1、猪上 淳3、1、榎本 剛4、1、小守 信正1
所属:
1. 海洋研究開発機構 アプリケーションラボ、2. 理化学研究所 計算科学研究センター、3. 国立極地研究所 国際北極環境研究センター、4. 京都大学 防災研究所
URL:
https://doi.org/10.1175/WAF-D-20-0152.1

3. 背景

気象予測を行うためにはモデルと観測の両方が必要不可欠です。これまで本研究グループでは、観測データをモデルに取り込む「データ同化(※3)」と呼ばれる手法を用いて過去に発生した低気圧や台風などの再現予測実験を行い、研究船等による観測データが再現にどのくらい寄与したか影響評価を行なってきました(※4)。これは甚大な災害に繋がる現象をより正確に予測するためにどこで観測を行えば良いか、また、日々の天気予報の精度を向上させるために限られた金銭的資源の中でどういった観測網を設計すれば良いかといった点からも重要です。

しかし、特定の観測の影響評価を行うためには、全観測の中から特定の観測だけを取り除いて再度データ同化を行い(この手法を観測システム実験と呼びます)、取り除かずに行ったデータ同化の結果と比較する必要があります。このような観測システム実験は、膨大な計算コストがかかることから、そうした比較はこれまで限定的でした。

一方、最近になってEFSO (エフソ、Ensemble-based Forecast Sensitivity to Observations)と呼ばれる、上記のような高コストな観測システム実験を行わずに、全ての観測の影響、あるいは「観測インパクト」を1回のデータ同化の際に一度に「診断」することが可能な計算手法が注目を集めています。現在、気象庁のような現業機関を含めてその利用可能性について調査が進められていますが事例は限られており、特にJAMSTECが行うような船舶による観測データに対しても有効かよくわかっていませんでした。

そこで本研究グループでは、JAMSTECのスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」のデータ同化システムにEFSOを導入し、陸上で実施されたラジオゾンデによる観測データをサンプルとして、
● 様々な場所で行われた観測のインパクトを正しく診断できるのか
● 何日先の予測の観測インパクトの推定まで有効となるのか
の2点を調査しました。

4. 成果

2015年12月〜2016年2月、北半球の様々な緯度帯(北極域、中緯度、熱帯)で毎日行われたラジオゾンデ観測について、EFSOと(観測システム実験で得られた)実際の観測インパクトを比較しました。比較実験は計12地点(北極、中緯度、熱帯それぞれで4地点)について行いました。比較の結果(図3)、どの緯度帯においても、観測インパクトの大きさや分布を良く診断できることがわかりました。この結果は、EFSOが観測活動で得られる観測インパクトの大きさと、その影響がどこに広がるかを正しく推定できることを示します。

そして、EFSOが何日先の予測での観測インパクトの推定まで有効であるか調査しました。観測インパクトは、予報時間が長くなるにつれて大気に内在するカオス性によって、予測初期の大きさや分布を保持できなくなります。そのため、EFSOが診断できる予測初期の観測インパクトが何日先まで保持されるのかは自明ではありません。今回の結果を分析すると、どの緯度帯での観測についても2〜3日程度までは有効に保持されることがわかりました。しかし、予報4〜7日目(中期予報)になると大気のカオス性によって、「負の観測インパクト」すなわち観測が予測を悪くする効果が(予報初期の観測インパクトと関係なく)顕在化することがわかりました(図4)。このことから、EFSOで推定できる(正の)観測インパクトが、大気のカオス性に打ち勝って、他地域に影響を与えるのはどのような場合かを理解する必要があります。北極、中緯度、熱帯観測での中期予報での観測インパクトの分布を比べると、北極観測は他の緯度帯の観測に比べて北極域と北米域に大きな観測インパクトを保持している特徴が見出されました。これは、北極での観測インパクトが大気の流れによって伝搬されることで、中期予報において北米の予測精度を改善する可能性を示します。この観測インパクト分布は北極観測に特有のものなのか調べるため、北極域観測4地点についての実験全てについて同様な分析を行いました。すると、短期予報(予報〜3日目)で北極域に蓄積した観測インパクトが大気大循環場の流れの効果で北米域に伝搬され(図5左上)、その結果中期予報で北米域に観測インパクトとして保持されることがわかりました(図5左下)。さらに、4実験を比べて予測初期に大きな観測インパクトを持つ観測地点ほど、その後の北極域での蓄積と北米での観測インパクトの保持が大きくなることがわかりました(図5右)。つまり、EFSOで診断される観測インパクトが大きい北極観測ほど、中期予報でも大きなインパクトを保持することが示されました。また、この分析は観測インパクトの大気循環中の伝搬を考慮することが、カオス性が大きくなる予測時間でも観測インパクトが保持される空間(地域)を発見し得ることを示唆しています。

EFSOが1–2日程度の短期予報に有効であることは知られていましたが、これが船舶での観測を模した状況でも有効か、また、7日程度の長い予測時間でも有益となるのかこれまでわかっていませんでした。さらに、今回発見された中期予報における北極観測インパクトが中緯度域に現れる特徴は、北極観測が中緯度の低気圧などの予測精度向上に役立つという先行研究をサポートする結果となりました。さらに、 2019年冬期までの北極域・南極域の観測データも同様に確認しましたが、同じくEFSOが有効と示唆される結果が得られています。

5. 今後の展望

JAMSTECはデータ同化・全球気象予測研究に必要不可欠なスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」と全球観測網(海洋観測船・海上ブイ・Argoフロートなど)の両方を有しており、本研究グループではこれまで独自のデータ同化システムと大気大循環モデル(※5)を用いた観測システム研究を推進・発展させてきました。本成果はこれまでシミュレーションと観測、そしてデータ同化において知見を積み重ねてきたJAMSTECならではの成果と言えます。今後、過去にどこで行われた観測が大きな観測インパクトを持っているかを検証することで、効果的な観測計画の立案等に役立てることができると期待されます。

【用語解説】

※1
EFSO (エフソ、Ensemble-based Forecast Sensitivity to Observations):
観測インパクトを推定する計算手法で、FSO (Forecast Sensitivity to Observations)とも呼ばれる。個々の観測がどのくらい予測を改善するか(=観測インパクト)を診断する。本来、診断を行うために現業機関などで用いられている「アジョイントモデル」と呼ばれる特殊なモデルが必要であったが、最近になって、データ同化や予測に用いられる(気象)モデルでこれを代用できるよう定式化されたものがEFSOである。
※2
ラジオゾンデ観測:
センサーをバルーンに取り付け、気温や風などの気象要素の鉛直分布を観測する。対流圏上層(高度約10km)を超えて成層圏まで観測が可能。世界中で1日2回(場所によっては1回)の頻度で実施され、そのデータはGTS(Global Telecommunication System)を介してリアルタイムに通報され、各国の気象予報センターが利用できる形式となっている。
※3
データ同化:
数値シミュレーションモデルに観測データを融合させる手法のこと。大気モデル等で数値シミュレーションを行う際に、初期値として実際の観測データをデータ同化により取り入れることでより精度の高い大気状態の再現性(初期値)が得られ、より精度の高い予測が可能になる。JAMSTECは独自のアンサンブルデータ同化システムと予測モデルの両方を有しており、大気大循環モデルAFESと同化コードLETKF (Local Ensemble Transform Kalman Filter)を「地球シミュレータ」上で実行し、全球大気再解析データセットALERA2を構築している。
※4
観測システム設計手法開発研究チーム:
データ同化システムを駆使して、観測システムの最適化(どこで観測を行うべきか等)や様々な海洋・大気現象の予測可能性について研究を行うチーム。これまで、データ同化システムを使って多くの観測影響評価研究を行なってきた。
過去のプレスリリース記事
文献 1: 国立極地研究所プレスリリース「北極域の気象観測で台風の進路予報が向上」(2018 年 8 月 30 日)
文献 2: 国立極地研究所プレスリリース「北極の気象観測で日本の寒波予測の精度が向上」(2016 年 12 月 21 日)
文献 3: JAMSTECプレスリリース「北極域の観測で猛烈な北極低気圧を予測―北極海航路上の安全航行に向けた予報精度の向上―」(2015 年 4 月 27 日)
※5
大気大循環モデル:
流体力学や熱力学の方程式を基に、大気の温度・湿度や流れの変化を計算するためのプログラム。大気大循環モデルを用いて数日から経年スケールの大気現象をシミュレートし、メカニズムや予測可能性を調査する。JAMSTECでは、AFES (Atmospheric general circulation model For the Earth Simulator)と呼ばれる大気大循環モデルの開発を続けている。
図1

図1:2016年1月23日9時(0世界標準時)の全球観測点を赤点で示す。全ての観測で100,000個以上に及ぶ。

図2

図2:(a) 北半球のラジオゾンデ観測点の分布。ラジオゾンデ観測だけでも膨大な数の観測が展開されていることがわかる。図には、北極(青)・中緯度(白枠黒)・熱帯(赤)それぞれでの代表的な観測位置12つ(各3地点)が示されており、図25での実験で使用される。(b)個々のラジオゾンデ観測点の観測インパクトをEFSOで見積もったもの。観測インパクトが大きいほど(各ラジオゾンデ観測の点が青いほど)予測をより精度良くすることを意味する。

図3

図3: EFSOで推定された観測インパクトと(観測システム実験で得られた)観測インパクトとの比較。右上の散布図は、図2(a)に示される12位置の観測について示し、青印が北極域、黒が中緯度、赤が熱帯の観測地点を示す。散布図で、横軸がEFSOの推定値、縦軸が実際の観測インパクトを示しており、黒のy=xの線に近いほどEFSOと実際の観測インパクトが近いことを示している。左上・下のマップは、それぞれの緯度帯から1地点ずつ選んだ、EFSOと実際の観測インパクトの広がりを示している。この分布を全球平均すると散布図の値が得られる。マップの印は実際の観測点を示している(図2a参照)。

図4

図4:図3と同じ北極、中緯度、熱帯観測に対する、(観測システム実験で得られた)実際の観測インパクトの、予報4〜7日目(中期予報)での分布。比較のため、図2の3事例に加えて、北極観測の事例を1つ追加している。青色が観測インパクト、赤色が「負の観測インパクト」を示している。印はそれぞれの観測位置を示す(図2a参照)。

図5

図5: 4地点での北極観測を合成(平均)した実際の観測インパクトの分布(左)。上図は短期予報での観測インパクトで、下図は中期予報でのもの。上図での矢印は、観測インパクトの伝搬(向きと大きさ)を示している。右図のグラフは、それぞれの地点についての北極域(上図)と北米域(下)での観測インパクトの時間発展(予報7日目まで)を示しており、上図は左上図の緑枠ボックスでの領域平均(短期予報期間を強調して表示)、下図は左下図での橙枠ボックスでの領域平均(中期予報期間を強調して表示)の観測インパクトを示している。右図の太線は予測初期の観測インパクトが大きい3地点、細線は小さい1地点の実験を示している。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
付加価値情報創生部門 アプリケーションラボ 研究員
山崎 哲
大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所
国際北極環境研究センター 准教授
猪上 淳
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋科学技術戦略部 広報課
理化学研究所 広報室 報道担当
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所 広報室
京都大学
総務部広報課国際広報室
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