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プレスリリース

2021年 8月 23日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

ウェッデル海の海氷に見られる10年規模変動のメカニズムを解明
―ウェッデル海の海洋循環と風の変動が鍵―

1. 発表のポイント

南極海の大西洋側に位置するウェッデル海において、海氷が10年から20年の周期で変動していることを、氷床コアと衛星観測のデータ解析から明らかにした。
海氷の10年規模変動には、風の変動だけでなく、ウェッデル海の海洋循環の変動が海氷下の水温の変動を通して関わっていた。
海氷の10年規模変動を予測するためには、風の変動だけでなく、ウェッデル海の海洋循環の変動を気候モデルで正しく表現することが必要である。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」という。)付加価値情報創生部門アプリケーションラボの森岡 優志 副主任研究員らは、南極海の大西洋側に位置するウェッデル海において、海氷が10年から20年の周期でゆっくり変動しており、これがウェッデル海の風と海洋循環の変動により、引き起こされていることを明らかにしました。

南極海の海氷には、季節変動や年々変動のほか、10年から20年のゆっくりした変動(10年規模変動)があることが知られています。これまで、南極海の太平洋側に位置するロス海やアムンゼン海などで、海氷の10年規模変動に関する調査研究が数多く行われてきましたが、大西洋側に位置するウェッデル海ではあまり調べられておらず、変動のメカニズムは未解明でした。

本研究では、米国海洋大気庁地球流体力学研究所(NOAA/GFDL)より提供されたウェッデル海の氷床コアから得た過去約2000年分の地上気温データを解析し、観測データとの比較から、ウェッデル海の海氷に10年規模変動が存在することを明らかにしました。また、JAMSTECの大型計算機システム「Data Analyzerシステム」で海氷のシミュレーション実験を行ったところ、ウェッデル海の海氷変動は風の変動だけでなく、海洋循環の変動に伴う水温の変動によって生じることがわかりました。

本研究の成果は、海氷に見られる10年規模変動の予測には、風の変動だけでなく、海氷下の海洋循環を気候モデルで正しく表現することが重要であり、気候モデルの検証と改良のために、海氷下の海洋観測をさらに充実させる必要があることを意味しております。

本成果は、「Journal of Geophysical Research: Oceans」に8月23日付け(日本時間)で掲載される予定です。また、本研究の成果は、JAMSTEC-NOAAのMoUに基づき、NOAA/GFDLから提供された氷床コアに関する古気候データを使用しております。さらに、日本学術振興会科学研究費補助金(若手研究JP19K14800)の支援を受けております。

タイトル:
Remote and local processes controlling decadal sea ice variability in the Weddell Sea
著者:
森岡 優志1、Swadhin K. Behera1
所属:
1. 海洋研究開発機構 付加価値情報創生部門 アプリケーションラボ

3. 背景

南極海で大西洋側に位置するウェッデル海は(図1a)、南極底層水の形成域の1つとして知られ、海洋の熱塩循環(*1)を通して、全球の長期的な気候変動に重要な役割をしています。特に、ウェッデル海に浮かぶ海氷は、大気と海洋の間で交換される熱や水、気体などに影響を与え、南極底層水など水塊の形成にも関わるため、この海氷の変動を理解することは大切です。海氷の変動は、周辺域の氷床の変動とも関わっており、それゆえ海水位の変動をもたらす可能性があります。また、直上の大気の変動を通して、南米など周辺域の気候に影響を及ぼすこともあります。

過去に衛星観測された20年ほどの海氷データの解析から、ウェッデル海の海氷は風の変動を受けて海氷の運ばれ方が変わり、10年規模変動をしていることが報告されています。しかし、先行研究では、海洋の循環が変わることによる海氷の変動が生じる可能性が調べられておらず、また、過去20年ほどの解析では10年規模変動を評価するには不十分です。

そこで本研究では、氷床コアから得られる過去約2000年分の地上気温データと衛星観測データの解析から、ウェッデル海の海氷に見られる10年規模変動の特徴を明らかにし、気候モデルを用いて長期積分の実験を行うことにより、海氷の10年規模変動における風と海洋循環の変動の役割について調べました。

4. 成果

ウェッデル海の海氷の10年規模変動は、周辺域の古気候データにも現れていることがわかりました(図1)。ウェッデル海の南岸に位置するバークナー島(図1a)の氷床コアから推定された過去約2000年分の地上気温データについて、スペクトル解析を行ったところ、およそ14年の周期をもつピークがあることがわかりました(図1b)。これは、過去2000年に渡って、ウェッデル海の南側で気温が10年規模変動していることを表します。

次に、1982年以降に衛星観測された海氷密接度のデータを用いて、標準偏差を調べたところ(図2a)、海氷の10年規模変動はウェッデル海の北部で特に大きいことがわかりました。ウェッデル海の北部(図2aの黒四角)で平均した海氷密接度と大気の変数の関係を調べたところ(図2b)、海氷の多い年代では背景の西風が弱く(東風の偏差)、海氷の少ない年代では西風が強いことがわかりました。西風が弱くなることで、ウェッデル海の北部で北向きの流れ(南半球では丸い地球の回転の効果を受け、風の向きと90度左側に表層の海水が運ばれる)が弱まり、ウェッデル海で湧昇する流れが弱まります。これにより、ウェッデル海の亜表層から温かい海水(ウェッデル海の亜表層は表層に比べて高塩分で温かい)の湧昇が抑えられ、表層の水温が下がり、海氷が増えることが考えられます。一方で、南風や風応力の回転成分であるカール、海面熱フラックスなどの影響はあまりないことがわかりました。

海氷の10年規模変動のメカニズムを調べるため、JAMSTECの大型計算機システム「Data Analyzerシステム」で開発された気候モデルSINTEX-F2(*2)を用いて、300年に渡る海氷のシミュレーション実験(以下、標準実験と呼ぶ)を行いました。標準実験は、ウェッデル海の海氷に見られる10年規模変動の周期や空間分布をよく再現していました(図略)。ウェッデル海の北部で平均した海氷密接度に対する、ウェッデル海の海水温の回帰係数(海氷密接度が1%上昇したら、海水温が何度上下する傾向にあるという指標)を調べたところ(図3a)、ウェッデル海で海氷が増える6年前から、水深200m付近で水温が下がる傾向にあることがわかりました。そこで、表層200mで平均した水温変化率の回帰係数を調べたところ(図3b)、海氷が増える6−9年前に、水温の鉛直移流や拡散など残差の効果によって、水温変化率が負となることがわかりました。さらに、鉛直流の回帰係数を調べたところ(図3c)、海氷が増える6−9年前に、ウェッデル海で湧昇流が弱まる傾向にあることがわかりました。最後に、海面気圧と海上10mの風の回帰係数を調べたところ(図3d)、海氷が増える9年前に、南極大陸で高気圧の傾向に、中緯度で低気圧の傾向にあり、南半球の大気の変動現象である、負の南半球環状モード現象(*3)と関係があることが示唆されました。これに伴い、ウェッデル海の北部で西風が弱まる(東風の)傾向にあることがわかりました。以上の結果は、ウェッデル海で背景の西風が弱まることにより、亜表層から温かい海水の湧昇が抑えられ、表層の水温が下がり、海氷が増えることを意味しています。これは、観測データから示唆される結果と一致しています。

次に、ウェッデル海の海洋と海氷の相互作用の役割を調べるため、ウェッデル海の外部の海面水温の年々変動を抑えて300年積分した実験(以下、感度実験と呼ぶ)を行いました(図4)。感度実験においても、標準実験と同様に、ウェッデル海の海氷に10年規模変動の特徴が見られることがわかりました(図略)。ウェッデル海の北部で平均した海氷密接度に対する、水温の回帰係数を調べたところ(図4a)、ウェッデル海の海氷が増える6年前に、水深200m以下で水温が下がる傾向にあることがわかりました。表層200mで平均した水温変化率の回帰係数を調べたところ(図4b)、海氷が増える6-9年前から水温の南北移流の効果で、3-6年前から東西移流の効果で、水温変化率が負となることがわかりました。これは、ウェッデル海の海洋循環が変化したことを示唆しています。そこで、表層200mで平均した海水の密度と海流の回帰係数を調べたところ(図4c)、海氷が増える9年前(図略)から6年前にかけて、ウェッデル海で海水の密度が増え、ウェッデル海の時計回りの循環が強まる傾向にありました。ウェッデル海の北側で温かい海水が北に運ばれ、東側で冷たい海水が西に運ばれ、水温が低くなっていることがわかりました。また、表層200mで平均した海水の塩分の回帰係数を調べたところ(図4d)、海水の密度の増加は塩分の増加によることがわかりました。海氷が増える9年前(図略)から6年前にかけて、海氷が少ない状態が続いており、海面からの蒸発が盛んとなった結果、塩分が増えることが示唆されました。以上の結果は、ウェッデル海の海氷変動を受けて、海洋の循環が変動し、表層の水温が変わることで、海氷の10年規模変動が生じることを表しています。

5. 今後の展望

本研究では、南極海の大西洋側に位置するウェッデル海に着目し、氷床コアの古気候データと観測データの解析から海氷の10年規模変動の特徴を明らかにしました。特に、海氷のシミュレーション実験を通して、10年規模変動の2つのメカニズムを提唱しました(図5)。先行研究では、風の変動が海氷の運ばれ方を変えて、海氷の10年規模変動をもたらしていることを報告していましたが、本研究により風の変動がウェッデル海の湧昇流を変え(図5a)、水温の変動を通して海氷の変動が生じていること、さらにこの海氷の変動を受けて、ウェッデル海の海洋循環が変動し、水温の変動を通して、海氷の10年規模変動を生じていることがわかりました(図5b)。

これらの結果は、海氷の10年規模変動の理解を進めるだけでなく、10年規模変動を予測する上で、風の変動だけでなく、海洋循環の変動も気候モデルで正しく表現する必要があることを意味します。海氷の下は観測データが極めて少なく、今後の気候モデルの検証や改良に、まとまった現場観測のデータが求められます。こうした観測データを気候モデルに取り込むことで、海氷の10年規模変動の予測精度が上がることが期待されます。こうした観点から、南極海の海氷に見られる10年規模変動の予測研究を現在進めています。

海氷の10年規模変動は、大気と海洋の間の熱、水、気体などのやりとりを通して、南極底層水などウェッデル海の水塊の性質に変動をもたらすことが考えられます。また、海氷の変動は、周辺域の氷床の変動とも関わりがあるため、海水位の変動にも影響を及ぼす可能性があります。さらに、海氷の変動は直上に大気の変動を伴うため、周辺域の気候変動をもたらす可能性もあり、こうした研究を今後も進め、10年規模変動の理解を深めていく必要があります。

最後に、本研究ではウェッデル海の10年規模変動に着目しましたが、他の南極海や北極海の海氷に見られる10年規模変動のメカニズムにも応用されることが期待されます。気候モデルの結果を現場観測のデータと比較することで、気候モデルの改良を行い、より高い精度で長い期間で、海氷を予測するシステムの開発を今後行っていきたいと考えています。

【補足情報】

※1
熱塩循環:全球を数千年かけて一周する海洋循環で、海洋の熱輸送や栄養塩などの物質輸送に重要な役割をしている。熱塩循環の起源の1つとして、南極海のウェッデル海では沿岸で冷やされた高塩分な海水が沈み込み、南極底層水の一部となって他の海盆に広がっている。
※2
SINTEX-F2:欧州の研究機関とアプリケーションラボが地球シミュレータ上に開発した、大気海洋海氷結合モデル。大気と海洋、海氷の物理プロセスを数値プログラムで表現し、数ヶ月から十年先までの気候変動の物理プロセスや予測可能性に関する研究に用いられている。
※3
南半球環状モード現象:南半球の中高緯度に見られる大気の変動現象で、正の南半球環状モード現象の時、中緯度で高気圧が強まり、高緯度で低気圧が強まり、偏西風が強化される。負の南半球環状モード現象は、正の時と逆の符号になる。
図1

図1 (a)ウェッデル海とバークナー島(南緯79.57度, 西経45.72度)の位置。(b)バークナー島の氷床コアから推定された、西暦0-2012年の年平均気温に対するパワースペクトル(太赤線)。値は時系列の分散で規格化されている。細赤線が95%信頼区間を表す。およそ14年の周期をもつパワースペクトルが、信頼区間より上にあり、統計的に有意となっている。

図2

図2 (a)9年移動平均した海氷密接度(海氷が海面を覆う割合、単位は%)の標準偏差。黒四角は10年規模変動が大きい、ウェッデル海の海域(南緯70-60度、西経55-25度)を示す。海氷密接度には、1982-2018年の観測データ(OISSTv2)を使用した。(b)ウェッデル海の黒四角で平均した、海氷密接度(黒線;単位は%)、海上10mの東西風(赤線;単位は10-1 m s-1)と南北風(青線;単位は10-1 m s-1)、風応力の回転成分であるカール(青緑線;単位は10-8 N m-2)、海面熱フラックス(黄線;単位はW m-2)の時系列。時系列には9年移動平均した値を用いた。大気の変数には再解析プロダクト(ERA5)を使用した。

図3

図3 気候モデルを用いて300年積分した標準実験の結果。(a)ウェッデル海の黒四角(図3d)で平均した海氷密接度に対する、ウェッデル海の海水温の回帰係数(単位は°C/%)。横軸はラグ年で、ラグ0年にウェッデル海の海氷が最も増える。縦軸が水深を示す。海氷が増える6年前に(ラグ−6年)、水深200m付近で海水温が下がる傾向にあることがわかる。(b) ウェッデル海の黒四角(図3d)で平均した海氷密接度に対する、ウェッデル海の表層200mの水温変化率の回帰係数(単位は10-9 °C s-1/%)。黒線が水温の時間変化率(合計)、赤線が水温の東西移流の効果、青線が水温の南北移流の効果、黄線が残差(水温の鉛直移流や拡散など)を表す。海氷が増える6−9年前に(ラグ-9年から-6年)、水温変化率が大きく負となり、残差の効果によることがわかる。(c)(a)と同様に、ウェッデル海の鉛直流の回帰係数(単位は10-8 m s-1/%)。海氷が増える6−9年前に(ラグ-9年から-6年)、回帰係数が負となり、ウェッデル海で湧昇流が弱まる(沈降流の)傾向となることがわかる。(d) ウェッデル海の黒四角で平均した海氷密接度に対する、ラグ−9年の海面気圧(単位はhPa/%)と海上10mの風(単位はm s-1/%)の回帰係数。海氷が増える9年前に(ラグ-9年)、ウェッデル海で低気圧が弱まり(高気圧の傾向となり)、背景の西風が弱まる(東風の)傾向にあることがわかる。

図4

図4 気候モデルを用いて300年積分した感度実験の結果。(a)図3aと同様に、ウェッデル海の黒四角(図3c)で平均した海氷密接度に対する、ウェッデル海の海水温の回帰係数(単位は°C/%)。海氷が増える6年前に(ラグ−6年)、水深200m以下で水温が下がる傾向にあることがわかる。(b)図3bと同様に、ウェッデル海の黒四角(図4c)で平均した海氷密接度に対する、ウェッデル海の表層200mの水温変化率の回帰係数(単位は10-9 °C s-1/%)。海氷が増える6−9年前から(ラグ-9年から-6年)水温の南北移流の効果で、3−6年前から東西移流の効果で、水温変化率が大きく負となることがわかる。(c) ウェッデル海の黒四角で平均した海氷密接度に対する、ラグ−6年の表層200mの海水の密度(単位は10-2 kg m-3/%)と海流(単位は10-2 m s-1/%)の回帰係数。海氷が増える6年前に、ウェッデル海で海水の密度が高くなり、ウェッデル海の時計回りの循環が強まる傾向にあることがわかる。(d) 図4cと同様に、ラグ−6年の表層200mの海水の塩分(単位は10-2 /%)の回帰係数。海氷が増える6年前に、ウェッデル海で海水の塩分が高くなり、海水の密度が増加することがわかる(図4c)。

図5

図5 ウェッデル海の海氷が増加する2つのメカニズム。(a)大気の遠隔影響。ウェッデル海の上空で低気圧の循環が弱まり(高気圧の偏差)、ウェッデル海の北部で背景の西風が弱まる(東風の偏差)。これに伴い、ウェッデル海の北部で北向きの流れが弱まり(南向きの流れの偏差;南半球では丸い地球の回転の効果を受けて風の向きと90度左側に表層の海水が運ばれる)、ウェッデル海で湧昇流が弱まる(沈降流の偏差)。ウェッデル海の亜表層は表層に比べて温かく、亜表層からの温かい海水の湧昇が抑えられることで、表層の水温が下がり、海氷が増加する。(b)海洋と海氷の相互作用。ウェッデル海の海氷の減少に伴い、海面からの蒸発が盛んとなり、表層の塩分が増加する。この結果、表層の密度が増加し、ウェッデル海の時計回りの海洋循環が強まる。ウェッデル海の北部から温かい海水が北向きに運ばれ、また、ウェッデル海の東側から冷たい海水が西向きに移流されるため、ウェッデル海の表層の水温が下がり、海氷が増加する。(a)と(b)の逆のプロセスが、海氷が減少する際に起こる。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
付加価値情報創生部門 アプリケーションラボ 副主任研究員 森岡 優志
(報道担当)
海洋科学技術戦略部 広報課
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