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プレスリリース

2021年 9月 22日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人東京大学

温暖化に伴う熱帯上層雲の高度の変化が上層雲を減らして温暖化を弱める
―マイクロスケールの物理が温暖化予測に与える影響―

1. 発表のポイント

気候変動に関する政府間パネルの第6次報告書において、温暖化予測の不確実性は特に熱帯上層雲に関する不確実性の寄与が大きいと指摘されている。
「地球シミュレータ」等を用いて、世界で初めて雲内部でのマイクロスケールの現象を直接計算するモデルによる熱帯上層雲内部のプロセスの温暖化に伴う変化の検証を行った結果、温暖化した環境では雲粒子の成長プロセスが加速して熱帯上層雲の寿命が短くなり、熱帯上層雲を減らす働きがあることが示された。
熱帯上層雲の減少は赤外放射による温室効果を弱め、温暖化を弱める働きをする。本研究によって温暖化予測の不確実性の一因が解明された。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是)地球環境部門環境変動予測研究センター及び国立大学法人東京大学大気海洋研究所の研究グループは、スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」等を用いて全球雲解像モデル「NICAM()」による高解像度数値シミュレーションを実施・解析した結果、地球が温暖化すると熱帯域の対流圏上部に広がる雲(以下「上層雲」という。)の中でミクロなスケールで変化が起こることで上層雲を減少させることを示しました(図1)。

世界平均気温は1970~2019年の50年間で、最近2000年の間のどの50年よりも速いペースで上昇しています。これは人間の活動による温室効果ガスの増加が主な原因であるものの、将来の温暖化予測には依然として不確実性が存在しています。特に温室効果がある熱帯上層雲に関する不確実性が指摘されていますが、従来の気候予測研究で用いられている数値モデルでは、計算機資源の問題から雲の内部プロセスは人為的な仮定に基づいて計算されており、不確実性の要因となっていました。

本研究では、マイクロスケールの雲粒子成長プロセス(以下「雲微物理過程」という。)を直接計算するシミュレーションを実施・解析することで、上層雲のライフサイクルには3つの雲微物理過程(重力沈降過程、雲粒子間の衝突併合過程、雲粒子と水蒸気の昇華過程)が重要であることを示しました。また、温暖化に伴って上層雲高度の気圧が低下することで上述の3つプロセスが促進され、結果として上層雲が減少することがわかりました(図2)。上層雲は地球から宇宙への赤外放射を妨げる温室効果を持つ事で知られています。したがって、このことは雲微物理過程が温暖化時に上層雲を減らし、温室効果を弱めることで温暖化を弱める働きをすることを示しています。

この結果は雲微物理過程のなかでもこれまで注目されてこなかったプロセスとその性質が、温暖化予測に影響を与えうることを強く示唆しています。

なお、本研究は、文部科学省による統合的気候モデル高度化研究プログラムとポスト「京」(スーパーコンピュータ「富岳」)で重点的に取り組むべき社会的・科学的課題に関するアプリケーション開発・研究開発における重点課題4「観測ビッグデータを活用した気象と地球環境の予測の高度化」の(課題番号:hp120279, hp130010, hp140219, hp150213, hp160230, hp170234)支援を受け実施されたものです。

本成果は、米国地球物理学連合が発行する専門誌「Geophysical Research Letters」に9月22日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:
Importance of pressure changes in high cloud area feedback due to global warming
著者:
大野知紀1、野田暁1、清木達也1、佐藤正樹2,1
所属:
1. 海洋研究開発機構環境変動予測研究センター、2. 東京大学大気海洋研究所

3. 背景

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次評価報告書(AR6)は、地球温暖化の不確実性が主には雲の予測の不確実性に起因しており、特に熱帯上層雲に関する不確実性の寄与が大きいことを指摘しています。

熱帯上層雲は、地球から宇宙への赤外放射を妨げる温室効果を持ちます。仮に温暖化に伴って上層雲による地球の被覆率が増加した場合、宇宙への赤外放射が弱められ、温暖化を増幅させることになります。このため、上層雲が温暖化に伴ってどの様に変化するかを理解することは、気候変動予測の重要な課題となっています。

上層雲の温暖化応答に関する研究は、これまで個々の雲や対流よりも大きな大気の流れの変化によるマクロスケールの影響を論じた内容が多く、雲の内部でのマイクロスケールのプロセスによる影響は議論されていませんでした。その理由の一つとして、雲内部での詳細プロセスを計算するシミュレーションは計算機への負担が大きく、気候変動予測への応用が難しかった点が挙げられます。近年の計算機性能の向上に伴って、雲の詳細プロセスを計算するシミュレーションの気候変動分野への応用が広まりつつあります。そこで本研究では、全球雲解像モデル「NICAM」を用いたシミュレーションによって、雲の将来変化における雲微物理の役割を解析しました。このような研究手法による上層雲の温暖化応答の研究は画期的であり、世界で初めてのことです。

4. 成果

スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」等を用いて全球雲解像モデル「NICAM」による現在と4℃気温が上昇した将来を想定した、熱帯域の雲の高解像度シミュレーションを実施し、上層雲のライフサイクルに重要なプロセスを調べました。その結果、上層雲の寿命には、重力沈降過程、雲粒子間の衝突併合過程、雲粒子と水蒸気の昇華過程が重要であることを突き止めました。

温暖化に伴って対流圏の深さは増し、上層雲が大気の希薄な方へとシフトすると、空気抵抗が減少し、上層雲内部の雲粒子の落下速度は増します。これにより重力沈降過程が促進されると共に、雲粒子同士の衝突機会が増え、衝突併合による雲粒子の成長も促進されます。また、昇華過程の速度は、大気中の水分子が他の分子等との衝突によって妨害されることなく自由に運動することができるほど速くなります。したがって、昇華過程も温暖化に伴う上層雲のシフトに伴って促進されます。これらのことから、温暖化に伴って上層雲の寿命に関わるプロセスは促進され、上層雲を減らす働きがあると予想されます(図1)。

上記の仮定の下、雲粒子の落下と昇華過程の速度の気圧に対する依存性を対流圏上部で考慮した実験と考慮しない実験の結果を比較することで、雲微物理過程の圧力依存性が上層雲量の温暖化応答に与える影響を評価し、これらが雲量を減らす働きがあることを示しました(図2)。上層雲は地球大気から宇宙へと射出される赤外放射を捕捉することで地球大気を温めるように働きます。雲の中で起こるマイクロスケールの変化は上層雲を減少させることで、温暖化を弱める働きがあることを示唆しています。

5. 今後の展望

本研究により、温暖化によって生じる雲粒子のようなマイクロスケールな変化が、マクロスケールの雲の量に影響を与えることがわかり、上層雲の変化に伴う温暖化予測の不確実性の一因が解明されました。しかし、上層雲に影響を与えるプロセスは雲の内部で起きる乱流混合など、雲粒子のようなマイクロスケールの現象の他にも複数存在することが知られています。より精度・確度の高い気候変動予測を実現するために、今後はこれらの影響を包括的に調べていく必要があります。

【補足説明】

NICAM:地球全体を計算領域としながら、雲の内部で起こるマイクロスケールのプロセス(雲微物理過程)を物理法則にしたがって直接計算することの可能な世界で初めての大気モデル。
図1

図1 上層雲の温暖化応答の概念図。矢印の太さはプロセスの速度を表す。温暖化によって上層雲の存在する高度はより気圧の低い高度へとシフトする。これに伴い粒子の落下速度は増し、雲粒子間の衝突頻度も増えて、衝突併合による成長も促進される。また、大気中の水分子がより自由に運動できるようになり昇華過程も促進される。このように温暖化に伴って上層雲のライフサイクルに関わるプロセスが促進され、上層雲を減少させる。

図2

図2 (a)標準実験と、上部対流圏での雲粒子の落下速度および昇華過程の速度の圧力依存性を抑制した実験での上層雲量。これらの圧力依存性を抑制することで、現在・将来気候での上層雲高度での気圧の違いに伴うプロセスの速度の違いを抑制している。(b)いずれのケースも上層雲量は温暖化によって増加しているが、雲粒子の落下速度および昇華過程の速度の圧力依存性を抑制した実験では標準実験に比べて増加量が大きい。(c)上層雲量の温暖化応答の違いから見積もられた、雲量応答に対する落下速度・昇華過程の速度の圧力依存性の寄与はいずれも負となっており、共に温暖化時に雲量を減らす働きがあることを示している。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
地球環境部門環境変動予測研究センター雲解像モデル開発応用グループ
特任研究員 大野 知紀
国立大学法人東京大学大気海洋研究所
海洋物理学部門 海洋大気力学分野
教授 佐藤 正樹
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋科学技術戦略部 報道室
国立大学法人東京大学大気海洋研究所
広報室
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