プレスリリース
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立研究開発法人国立環境研究所
海底資源開発での環境影響評価に関わる調査手法が国際標準規格として発行
1. 発表のポイント
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- 日本において研究開発された海底資源開発に対応する調査手法が、世界で初めて国際標準化機構(以下「ISO」という。)の国際標準規格として発行された。
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- 日本が主導して海洋の環境影響評価の作業部会をISOの委員会の中に立ち上げた。
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- 国内および国際機関の海洋環境ガイドラインの策定と海洋調査に貢献するものと期待される。
2. 概要
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」という。)では、内閣府・戦略的イノベーション創造プログラム(以下「SIP」という。※1)の第1期「次世代海洋資源調査技術(※2)」において国立研究開発法人国立環境研究所(理事長 木本昌秀、以下「NIES」という。)との協力により環境調査とモニタリングの手法を開発し、第2期「革新的深海資源調査技術(※3)という。」においては民間組織の技術研究組合J-MARES(※4)との協働によりこれらの手法を利用した環境調査を実施してきました。2019年には開発した手法から以下の4つの技術規格(図1、2、3、4)を作成し、ISOに提案して技術審査を受けてきました。その結果、2021年7月、3規格(ISO 23731, 23732, 23734)がISOの国際標準規格として発行され、残る1規格(ISO 23730)も最終投票にて発行が承認されました。
本成果は、海底資源開発での環境影響評価および海洋環境のモニタリングにおいて利用されることが期待されます。
3. 背景
海底資源開発は、鉱物資源に対する世界的な需要の高まりから注目され続けています。一方では、環境保護団体や科学者コンソーシアムからは、海底の生態系での調査が不十分との指摘と持続的開発への懸念が表明されています。開発対象となる海底資源が分布する海域である熱水鉱床が形成される熱水噴出域やコバルトリッチクラストが形成される海山、またマンガン団塊やレアアースが賦存する深海底などには、未知の生物を含む多様な生物群集も分布しており、生物多様性の「ホットスポット」として知られている場所もあります。海底の生態系を壊すことなく持続的に利用するためには、そこに生息している生物の分布と生息環境条件を調べ、環境変動に対する生物群集の応答を調べて、影響を抑制する方策を立てる必要があります。
公海での海底資源について管轄する国際海底機構(以下「ISA」という。※5)では、海底鉱物資源開発に際しての環境調査のガイドラインを提案し、鉱区の契約国には定期的な環境調査の実施を求めています。ハワイ沖のISA国際鉱区や熱水活動域などでは、研究調査が実施されて幾多の報告が論文として公表されています。一方、商業ベースの海洋資源開発が始まる際には、民間でも使える深海調査とモニタリングの技術が必要になります。SIPの海洋課題では、調査とモニタリングの手法を技術規格として標準化し、民間への技術移転と実践による環境ベースラインデータの収集を実施し、今後の海洋資源開発の産業化に対応することを目指しています。
4. 成果
ISOは、日本の要請により海洋技術を扱う委員会(ISO/TC8/SC13)の中に海洋の環境影響評価に関わる作業部会(※6)を2016年9月に設置しました。規格案は、国際機関の海洋調査技術のアーカイブ(※7)に登録していた開発手法から、技術規格となり得る手法を選定して原案を作成しました。ISOの作業部会には、SIP第1期のメンバーである吉田公一(一般財団法人 日本舶用品検定協会、国立大学法人 横浜国立大学:当ISO作業部会主査)、河地正伸、越川海(NIES)、北橋倫、三輪哲也、Dhugal Lindsay、山本啓之(JAMSTEC)、西島美由紀、猪又健太郎(元:JAMSTEC、現:株式会社テクノスルガ・ラボ)が日本メンバーとして参加しました。
2018年の作業部会と委員会において、日本の提案は新規の作業原案として参加国の支持を得て承認され、以降に開催された作業部会での検討と修正を経て、2021年の加盟機関による投票により、以下に示した国際標準の技術規格として発行することが承認されました。
【国際標準規格として承認・発行された技術規格】
- (1)ISO 23730
- General technical requirement on marine environmental impact assessment
海洋環境影響評価に求められる基礎項目を実施するための方法と手順に関する規格です。この規格では、関連する規格 (soundscape, geographic information)および日本が提案した以下の規格(ISO23731、ISO23732、ISO23734)を構成要素として取り込んでいます(図1)。 - (2)ISO 23731
- Long-term in-situ imaged-based surveys in deep-sea environments
海底観測機器によるカメラでの長期現場観測における手順と設定に関する規格です。この規格は、潜水探査機と海底設置型観測機器のいずれにも対応しており、国産の「江戸っ子1号(※8)」シリーズによるビデオ観測の手法でも対応することができます。観察手法を規格化することで違う場所での観察結果との比較研究を容易にすることができました(図2)。 - (3)ISO23732
- General protocol for observation of meiofaunal community
海底堆積物中に生息する小型底生生物の個体数、形態、群集構成を効率よく調べる手順に関する規格です。従来の調査手法では、顕微鏡で観察しながら人の手により個体を仕分けていました。この規格では、堆積物試料の前処理とイメージング・フローサイトメーター(粒子画像分析装置)およびメタゲノム解析(※9)との組み合わせにより、迅速で効率のよい調査手順を確立しました(図3)。 - (4)ISO 23734
- Onboard bioassay for seawater quality monitoring using delayed fluorescence of microalgae
海底資源の開発現場における水質監視を行うための洋上バイオアッセイ法に関する規格です。この規格では、水質の監視に適した海産藻類試験株Cyanobium sp. (NIES-981)を規定するとともに、試験株と遅延蛍光強度を組み合わせることにより、従来のバイオアッセイ法(生物を用いた影響評価法)と比べて試験設備の省スペース化ならびに試験時間の短縮化を実現できました。なお遅延蛍光の測定には微弱発光計数装置(※10)を用いて行います。開発現場の水質モニタリングのために試料を陸上に移送することなく、洋上船舶において迅速に実施可能であり、海洋生物への有害影響の可能性をオンサイトで迅速に把握できることが期待されます(図4)。
5. 今後の展望
国際標準として承認・発行されたことにより、今後ISAの環境調査のガイドラインへ記載され、国内外での民間調査も含め、国際的に統一した手法で海洋環境影響評価が実施されることが期待されます。
また本規格は、海底資源開発のみならず海洋の広い分野での環境影響評価および海洋環境のモニタリングにおいて利用されることが期待されます。
【補足説明】
- ※1
- 内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP):
内閣府総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)が自らの司令塔機能を発揮して、府省の枠や旧来の分野の枠を超えたマネジメントに主導的な役割を果たすことを通じて、科学技術イノベーションを実現するために新たに創設したプログラム。
- ※2
- 次世代海洋資源調査技術:
上記SIPの第1期(2014-2018年度)にて選定された海洋課題。海洋鉱物資源を低コスト・高効率で調査する技術と環境調査とモニタリング技術に関する技術を確立し、民間への技術移転を実施した。
- ※3
- 革新的深海資源調査技術:
上記SIPの第2期(2018-2022年度)にて選定された海洋課題。世界に先駆けて深海底に賦存するレアアース泥等の鉱物資源に関する革新的深海資源調査技術を段階的に確立・実証し、社会実装を進めて将来を見据えた産業化モデル構築に道筋をつけることを目指す。
- ※4
- J-MARES
民間会社により設立された文部科学省認可法人「次世代海洋資源調査技術研究組合」の略称名。
- ※5
- 国際海底機構(International Seabed Authority; ISA):
国連海洋法条約が規定した公海での深海底の鉱物資源の管理および海底環境の効果的な保全に配慮した資源開発の実現を目的として1994年に設立された国際機関。
- ※6
- ISOの委員会と作業部会:
作業部会(ISO/TC8/SC13/WG4)は海洋の環境環境影響評価(Marine Environmental Impact Assesment)に対応するために日本からの要請により新規に立ち上がった。ISOの船舶および海洋技術(Technical committee 8/subcommittee 13)の委員会に所属している。
- ※7
- 国際機関のアーカイブ:
ユネスコの国際海洋委員会(UNESCO-IOC)の傘下で管理されている海洋調査と観測に関する情報アーカイブス。
The Ocean Best Practices System Repository (OBPS-R)
- ※8
- 「江戸っ子1号」:
中小企業連合を中心として開発されたフリーフォール型の小型ランダー深海探査機。高効率かつ低コストに行う海底観測のため、映像によるモニタリング手法を利用する。岡本硝子株式会社が製品化。
- ※9
- メタゲノム解析:
環境試料から抽出したDNAから遺伝子情報を読み出し、環境に存在した生物群集全体の構成と機能を解析する手法。
- ※10
- 微弱発光計数装置:
浜松ホトニクス株式会社が製品化予定 (C13796-01-A1)。シングルフォトンカウンティング方式で微弱発光を計測できる装置。励起光源ユニット (A9860-01)を使用することで遅延蛍光を計測することができる。
図1 効率の良い海洋環境影響評価の基礎手順と技術要素(ISO 23730)。
図2 規格に準じたカメラ観測による海洋生物の分布調査の事例(ISO 23731)。
図3 小型底生生物群集の形態と個体数のデータおよびメタゲノムによる群衆構成のデータを短時間に効率よく収集する工程と手法(ISO 23732)。
図4 海産試験株Cyanobium sp.(NIES-981)と遅延蛍光計測を組み合わせた洋上バイオアッセイの概要(ISO 23734)。
- (本研究について)
- 国立研究開発法人海洋研究開発機構
- 革新的深海資源調査技術管理調整プロジェクトチーム
特任上席研究員 山本 啓之 - (報道担当)
- 国立研究開発法人海洋研究開発機構
- 海洋科学技術戦略部 報道室