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プレスリリース

2022年 1月 13日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

台風はプラスチックを大量に海に流入させる
―「令和元年房総半島台風」に伴うプラスチックごみの流入を例に―

1. 発表のポイント

台風などの暴風雨時にプラスチックごみがどれくらい海洋に流入するかはほとんど知られていない。
2019年に関東地方に上陸した「令和元年房総半島台風(台風15号)」の通過前後に、相模湾で海表面のプラスチック量の変化を調査した結果、台風通過直後のプラスチック量は、台風通過前に比べ数量換算で約250倍、重量換算で約1,300倍に増加した。
台風によって湾内に流入したプラスチックの多くはただちに湾外(外洋)へ流出することが明らかとなった。海洋に流入するプラスチック量の推定には、台風のようなイベントを考慮することが重要である。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門 海洋生物環境影響研究センター 海洋プラスチック動態研究グループの中嶋亮太グループリーダーらは、暴風と大雨をもたらす台風によって大量のプラスチックごみが陸から沿岸域に流入し、その後、それらの多くは速やかに外洋へ流出することを初めて明らかにしました。

毎年1,000万トンを超えるプラスチックごみが海洋に流入し続けているとされています。プラスチックは生物に分解されないことから生態系への影響が懸念されており、世界各国が海洋ごみ汚染の実態把握や排出防止に取り組んでいます。しかし海洋に流入するプラスチック量の推定は、台風のようなイベントによって大量に流入するプラスチックごみをほとんど考慮しておらず、その実態を明らかにする必要がありました。

そこで本研究では、2019年に関東地方に上陸した「令和元年房総半島台風(台風15号)」の通過前後に、相模湾で海表面のプラスチック粒子の量・種類の変化を調査しました。その結果、台風通過直後の湾内のプラスチック量は、主に河川起源と考えられるプラスチック粒子の流入によって、台風通過前に比べ数量換算で約250倍、重量換算で約1,300倍に増加していました。しかし、台風通過からわずか3日後には台風通過前の量に戻っていたことも明らかとなりました。そこで粒子追跡シミュレーションを実施したところ、台風によって湾内に流入したプラスチックの大半はただちに湾外(外洋)へ流出してしまうことがわかりました。海洋に流入するプラスチック量をより正確に推定するためには、台風のようなイベントを考慮することが重要であり、また台風のようなイベントによって流入するプラスチックごみに配慮した環境負荷低減策を講じていくことが重要になります。

本成果は、「Frontiers in Marine Science」に1月13日付け(日本時間)で掲載される予定です。
なお、この事業の成果の一部は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務の結果得られたものです。

タイトル:Plastic after an extreme storm: The typhoon-induced response of micro- and mesoplasitics in coastal waters
URL: 10.3389/fmars.2021.806952
著者: 中嶋亮太1、美山透1、北橋倫1、磯部紀之1、長野由梨子1、生田哲朗1、小栗一将1,2、土屋正史1、吉田尊雄1、青木邦弘1、前田洋作1、川村喜一郎4、鈴川真季4、山内拓也2、Heather Ritchie5、藤倉克則1、矢吹彬憲1
1.海洋研究開発機構、2. 南デンマーク大学、3. 山口大学、4. 熊本大学、5. スコットランド王立動物学会

3.背景

毎年、海洋に流入するプラスチックごみの量は1000万トンに上るとされており、流入したごみは分解することなく蓄積を続けています。海洋へ流入するプラスチックごみの主な起源は、陸で発生する「不適切に管理されたプラスチックごみ(※1)」です。それらは河川、排水路、海岸、あるいは風に運ばれて海に流入することから、大雨や強風時には陸のごみが海に流入しやすくなります。そのため、台風によって大量のプラスチックごみが陸域から海洋へ流入すると考えられますが、いつ来るかわからない台風を対象にした研究例は少なく、その実態はほとんどわかっていません。特に、地球温暖化によって台風やハリケーンの強度が増していることからも、台風のような大イベントがもたらす海洋ごみ流入の実態の解明は急務となっていました。

4.成果

2019年9月、「令和元年房総半島台風(台風15号)」が関東地方に上陸しました。この台風は、関東地方に上陸したものとしては観測史上最も勢力の強い台風の1つであり、2019年9月9日に相模湾を通過しました(図1)。本研究チームは、台風通過の3日前、通過から1日後、3日後の計3回にわたり、相模湾の陸から約30km離れた地点で海表面に浮遊するプラスチックの分布量を調査しました。

深海潜水調査船支援母船「よこすか」の船上で、ニューストンネット(※2)を用いて採集したプラスチックの分析結果をもとに、マイクロプラスチック(※3)とメソプラスチック(※4)の存在量と種類の変化を調べました。その結果、台風によって主に河川を通じて陸域から流入したと考えられるプラスチックによって、湾内のプラスチック粒子量は急激に増加しました。湾内におけるマイクロプラスチックとメソプラスチックの存在量は、台風通過直後(1日後)に数量換算でそれぞれ約230倍、約270倍に増加していました。また両方を合わせた重量換算(kg/km2)では約1,300倍に増加していました(図2図3)。

台風通過直後、特に急激に増加したプラスチックは、発泡ポリスチレン(発泡スチロール)粒子でした。これらの粒子は直径2-3 mmのものが多く、発泡ポリスチレンビーズ同士を熱でくっつけて作られる発泡スチロール容器・包装に由来する可能性が示唆されました。発泡スチロール容器・包装は外部からの衝撃で簡単に砕けるので、台風の強風や波浪などの強い衝撃を受けて、野外に置かれていた発泡スチロール容器包装が砕け、小さな粒子となり、これらが大量に湾内へ流入したと考えられます。海洋のプラスチック汚染を低減するための施策の1つとして、簡単に微細化してしまう発泡スチロール容器包装が流入することを防ぐ対策が重要です。

また、台風通過1日後、海表面1平方キロメートルに浮遊するプラスチック粒子(マイクロプラスチックとメソプラスチックの合計)の存在量は91 kg/km2でしたが、台風通過から3日後には0.1 kg/km2に減っていました。これは、ほぼすべてのプラスチックごみがわずか2日間で調査地点からなくなっていたことを示しています(図2)。大量のプラスチック粒子はどこへ消えたのか、JAMSTECのアプリケーションラボが開発した海洋予測モデルJCOPE-T DAを用いた粒子追跡シミュレーションを実施した結果、台風によって湾内に運ばれたプラスチックごみの多くは速やかに湾外(外洋)へ流出してしまうこともわかりました(図4)。

現在、世界で海洋へ流入するプラスチック量の実態を把握する研究が進められていますが、台風のようなイベントによって海洋に流れ出すプラスチックは十分考慮されていません。今後、こうしたプラスチックの量を把握することが重要であるとともに、それを考慮した環境負荷低減の対策を立てていくことが重要になります。特に、台風が頻発する東アジア・東南アジアの一部は、世界的にも海洋ごみ流入量がとても多い地域として知られ、台風のようなイベントがもたらす海洋ごみの流入対策は急務の課題です。

5.今後の展望

今回、台風によって大量のプラスチックごみが沿岸域に流入し、その後流入したプラスチックごみの多くが速やかに外洋へ流出することが明らかとなりました。今後、さらに詳細を明らかにしてくとともに対策を講じていくためには、台風のようなイベントを考慮した海洋ごみ流出量をシミュレーションできる予測モデルの構築が望まれます。さらに、外洋へ流出したプラスチックの最終的な行方については多くが未解明です。海表面に浮遊するマイクロプラスチックも、数年以内に海表面から消失すると考えられています。それらは沈降し、やがて深海底に到達すると考えられますが、中深層や深海底におけるマイクロプラスチックの分布・存在量はまだ分かっていないことが多く、今後調査を実施していく予定です。

【用語解説】

※1 不適切に管理されたプラスチックごみ:ポイ捨てまたは不適切に処分されたプラスチックごみのこと。不適切に処分されたごみとは、ごみの廃棄・回収・処分の過程でごみが漏れ出す状態をさす。例えば、ごみ箱からごみが溢れている、ごみ収集の際に落下する、埋め立て地や処理場において雨風に飛ばされるなど。

※2 ニューストンネット:海表面のマイクロプラスチックの採取に広く利用されるネット(写真参照)。開口部(フレーム)が一部水没し、海表面をすくうように曳網して、水深0-0.5 mに浮遊するマイクロプラスチックを採取する。
ニューストンネット写真

※3 マイクロプラスチック:大きさが5ミリメートル以下のプラスチック粒子。

※4 メソプラスチック:大きさが5ミリ〜25ミリメートルのプラスチック粒子。

図1

図1 台風の通過経路
2019年9月9日に関東地方に上陸した台風15号の進路(左図)と相模湾上空を通過した際の進路(右)。進路上の丸の色は中心気圧を示す。右図の大きな円は9月9日2時における風速25m/s以上の暴風域の範囲を示す。

図2

図2 プラスチック粒子数の変化
(a)マイクロプラスチックの個数密度の変化、(b)メソプラスチックの個数密度の変化。(c)マイクロプラスチックとメソプラスチックを合わせた存在量の変化。

図3

図3 (上)台風通過前と通過1日後にニューストンネットで採取した試料の写真
左が台風通過3日前、右が通過1日後。通過前は動物プランクトンが大部分を占めるが、通過後はプラスチックと木屑が大部分を占めていた。(下)浮遊していたごみの様子。

図4

図4 粒子追跡シミュレーションの結果
台風15号通過1週間前(a)と台風通過直後(b)に海岸に配置した仮想プラスチック粒子(赤点)の0時間から48時間後の変化。台風通過直後に配置した粒子の多くが湾外に流入していることがわかる。48時間後の黒点は、0時間における湾内と外洋の海表面に均一に配置した仮想粒子が海流によって動いた様子を示す。図中の×は調査地点を示す。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境部門海洋生物環境影響研究センター 海洋プラスチック動態研究グループ
グループリーダー 中嶋亮太
(報道担当)
海洋科学技術戦略部 報道室
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