プレスリリース
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人東京大学大気海洋研究所
温室効果ガス排出量を削減したシナリオにおいても北極温暖化増幅への考慮が必要
1. 発表のポイント
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- これまでの気候変動研究で、全球平均に比べて、北極域は平均気温の上昇量が大きいこと(北極温暖化増幅)が示されており、観測データでも検出されている。
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- 将来、温室効果ガスの排出量により北極温暖化増幅がどのように変化するのかシミュレーション等を実施したところ、将来の気温上昇量は温室効果ガス排出量の増加を仮定した場合の予測の方が大きくなるが、全球平均に対する北極の気温上昇率は排出量の減少を仮定した場合の方が強くなること、つまり北極温暖化増幅が強化されることが明らかになった。
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- これは温室効果ガスが減少した場合、温度上昇そのものは抑制されるが、将来、北極域の温度上昇は全球平均に比べ抑制されにくい可能性があることを意味する。
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- この原因は、温室効果ガスが増加した場合と減少した場合の、晩夏の北極海における氷の量の違いにある。
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- 北極温暖化増幅の強化は、将来の北極域および中緯度域の気候に影響を与える可能性があることから、温室効果ガスの排出量削減による気候変動対策を検討していく上で、考慮すべき知見となり得るので、引き続き本研究を進めていくことが重要。
2. 概要
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永是、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門北極環境変動総合研究センター北極域気候変動予測研究グループの小野純特任研究員らは、東京大学大気海洋研究所(所長 河村知彦)の渡部雅浩教授とともに、将来の気候変動予測データを解析した結果、温度上昇そのものは抑制されるが、将来、北極域の温度上昇は全球平均に比べ抑制されにくい可能性があることを明らかにしました。
北極域は地球温暖化の影響がもっとも顕著に現れる地域と言われていますが、これまでの気候変動予測研究から、北極域の気温の上昇量が全球平均よりも大きいことが示されており、過去数十年間の観測データからも確認されています。
今後も温室効果ガスが排出され続ければ地球全体(全球)の温暖化は加速し、北極域の温暖化も北極温暖化増幅に応じて加速することは想像に難くありませんが、温室効果ガスを削減していった場合に北極温暖化増幅がどのように変化するのかは、これまで不明瞭でした。そこで本研究では、温室効果ガスの排出量が増加する場合(高排出シナリオ)と減少する場合(低排出シナリオ)のシミュレーション等を実施し、比較・解析を試みました。
その結果、将来の気温上昇については高排出シナリオの場合が高くなりますが、低排出シナリオの場合では、高排出シナリオに比べ気温上昇が大きく抑制されるものの、北極温暖化増幅の強さを表す指標となる北極温暖化増幅インデックス(※1)が、高排出シナリオよりも低排出シナリオの方が大きくなるという結果になりました(図1)。また、北極温暖化増幅インデックスの差は、海氷面積の差が現れるタイミングとほぼ一致するように2040年代頃から現れており(図2)、北極温暖化増幅インデックスと海氷面積の変化は連動していることが示唆されました。
そこで、本結果の要因について、エネルギー収支の観点から解析したところ(図3)、低排出シナリオでは、晩夏に海氷が残ることによる氷-アルベドフィードバック(※2)を介して北極温暖化増幅が高められていることもわかりました(図4)。
本研究の成果は、温室効果ガスの排出が減少すれば、地球全体の気温上昇は抑制されるものの、将来において全球平均に対する北極平均の気温上昇の割合は大きくなる、すなわち北極域の温度上昇は全球平均ほど抑制されない可能性があることを意味しています。
このように増幅率が大きくなることで北極域の気候にどのような影響を与えるのかについて、今後研究を進めていくことは、温室効果ガスの排出量削減による気候変動緩和策を検討していくためにも、また北極域の気候が日本のような中緯度域の気候にも影響することからも重要と考えています。今後は、エアロゾルなど他の外部要因が将来の北極温暖化増幅の変化に与える影響について解析を進める予定です。
本研究は、文部科学省の「統合的気候モデル高度化研究プログラム(JPMXD0717935457)」、「北極域研究推進プロジェクト(ArCS)JPMXD1300000000」、「北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)JPMXD1420318865」の支援を受けて実施されたものです。
本成果は、「Communications Earth & Environment」に2月25日付け(日本時間)で掲載される予定です。
- 海洋研究開発機構
- 東京大学大気海洋研究所
3. 背景
地球温暖化の主要因は温室効果ガスの増加によるものであり、現在、温暖化の緩和と気候変動への適応に向けた様々な取り組みがなされていることは周知の事実です。
これまでの気候変動研究で、地球温暖化において北極域の気温は全球の平均よりも特に速い速度で上昇することが示されています。この現象は北極温暖化増幅と呼ばれ、過去数十年間の観測データでも確認されており、全球平均の約4倍の速さで温暖化が進行しています。北極温暖化増幅は、北極域だけでなく大気循環を通じて北極域から遠く離れた地域にも影響を及ぼすため、その強さが将来どのように変化するのかを調べることが重要です。北極温暖化増幅の要因は未だ議論されているところですが、氷—アルベドフィードバックと呼ばれるプロセスが主要因の一つと考えられています。
一方、衛星観測が始まって以来、地球温暖化により北極海の海氷面積は縮小の一途を辿っており、CMIP6(※3)による将来の気候予測は、北極海の夏の海氷面積が2050年頃に消失する可能性を示しています。北極温暖化増幅が海氷に起因しているとすると、このような海氷の将来変化に伴い北極温暖化増幅の応答にも違いが出てくると考えられます。先行研究では、温室効果ガスの増加により海氷が大きく減少すると北極温暖化増幅が強くなることが示されていますが、温室効果ガス排出量の違いによって将来の北極温暖化増幅がどのように変化するかについては、これまで検討されていませんでした。
そこで本研究では、将来、温室効果ガスの排出が増加する場合(高排出シナリオ)と減少する場合(低排出シナリオ)で北極温暖化増幅にどのような違いが現れるのかを調べるため、全球と北極域の平均地表気温の関係について、気候モデルMIROC6(※4)による過去気候再現および将来気候予測に関して50事例の大アンサンブルシミュレーション(※5)のデータに加えて、観測データおよびCMIP6によるシミュレーションデータを解析しました。
4. 成果
始めに、気候モデルMIROC6の再現性を評価するため、過去の気候を再現するシミュレーションを実施したところ、1990-2014年に観測された地球全体の平均と北極域の平均の地表気温変化の関係をよく再現していました(図1aの白色が観測、灰色がモデル)。
そこで、2015-2100年における高排出シナリオと低排出についても大アンサンブルシミュレーションを実施したところ、高排出シナリオの気温上昇量は全球平均で3.9度、北極平均では11.3度、低排出シナリオでは全球平均1.1度、北極平均では3.9度という結果となりました。この結果から北極温暖化増幅インデックスを求めたところ、低排出シナリオで3.4±0.2 K K-1、高排出シナリオで3.0±0.1 K K-1と、低排出シナリオの方が大きい結果となりました(図1aの赤丸が高排出シナリオでの結果、青丸が低排出シナリオでの結果)。
これは、高排出シナリオに比べ低排出シナリオの場合、将来の温度上昇量は大きく抑制されるものの、将来、北極域の温度上昇は全球平均ほど抑制されない可能性があるということを意味しています。
なお、今回はJAMSTECのスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を用いて50事例のアンサンブルシミュレーションを行っていますが、シナリオ間の有意差(誤差の範囲)は、10事例以上になると統計的に有意(意味のある結果)に現れることもわかりました(図1b)。このことは、低排出シナリオで北極温暖化増幅が強化されることを検証するにはある程度大きなアンサンブル数が必要であることを意味しており、今回の大アンサンブルシミュレーションの有用性を示す結果でもあります。
また、北極温暖化増幅インデックスの低排出と高排出のシナリオ間の差は、当初は差がないものの、2040年代頃に有意に現れ、それ以降の北極温暖化増幅は低排出シナリオで強化されることがわかりました(図2a)。これは、図3と図4で説明するメカニズムにより、全球平均と比べた時に低排出シナリオの北極平均の気温上昇量は全球平均ほど小さくならない(北極域が温められる)ためです。そして、ほぼ同様のタイミングで海氷面積の変化にもシナリオ間の差が現れていることから(図2b)、北極温暖化増幅インデックスと海氷面積の変化は連動していることが示唆されます。
さらに、低排出シナリオで北極域が温められるメカニズムを調べるため、地球全体の平均気温変化に対する地表面エネルギー収支変化をシナリオ間で比較しました(図3)。その結果、低排出シナリオでは晩夏に海氷が残っていることに対応して、氷-アルベドフィードバックパラメータ(λa)は正の値を示していることから、太陽放射によって海洋に過剰なエネルギーが吸収され、海洋表層水温は上昇していることがわかります。晩秋(図3b)になると、その過剰なエネルギーは、温度差や蒸発に伴う熱という形で海洋表層から大気に放出されていることがわかりました(図3b)。一方、高排出シナリオでは、2040年代には晩夏の海氷が消失していることから、氷-アルベドフィードバックがあまり効かず、海洋に吸収されるエネルギーも低排出シナリオほどには蓄積されないため、また晩秋の気温も低くないため、大気に放出されるエネルギーが小さいことがわかります。
以上のエネルギー収支解析の結果から、低排出シナリオで、将来の北極域において全球平均に比べ気温上昇が抑制されにくくなっているメカニズムは次のように説明できます。晩夏の海氷が残っているため、氷-アルベドフィードバックを介して海洋表層に吸収された日射による過剰な熱が、晩秋に大気へ放出されることにより北極域の大気を温める効果を生み出します(図4)。
最後に、CMIP6によるシミュレーションデータを用いて、上記結果を検証しました。低排出シナリオでは、過去気候、近未来気候、将来気候のいずれにおいても北極温暖化増幅インデックスと海氷面積変化の間には有意な負の相関関係が見られるのに対し、高排出シナリオでは将来予測でその関係性が弱まるなど、今回明らかになった結果を裏付けるものとなっております(図5)。
5. 今後の展望
本研究の成果は、温室効果ガスの高排出シナリオに比べ低排出シナリオの場合、将来の温度上昇量は大きく抑制されるものの、北極域の温度上昇は全球平均ほど抑制されない可能性があることを示すものでした。
今後も温室効果ガスの削減を進めることは必要ですが、本研究で明らかになったように将来、北極温暖化増幅が強化される可能性があることから、これにより大気循環の変化が生じる懸念があり、それが北極域から中緯度域への極端気象・気候にどう影響を及ぼすのか、について検討していく必要があります。その意味では、今後温室効果ガス排出削減に向けた気候変動対策を検討する上で、考慮すべき知見となり得ることから、引き続き研究を行っていくことが重要です。
今回は二酸化炭素等の温室効果ガス排出量の異なるシミュレーション結果を比較しましたが、気候や北極温暖化増幅に与える外部要因として他の人為起源ガスの影響も指摘されています。例えば、大気中に浮遊する微粒子(エアロゾル)は放射過程を通じて地表を冷却する効果があることが知られており、今後は、人為起源エアロゾル等の影響を調べる気候予測シミュレーションを行い、北極温暖化増幅の将来変化にどの程度寄与しているか定量的に評価する予定です。
【補足説明】
- ※1
- 北極温暖化増幅インデックス:
北極温暖化増幅の強さを表す指標で、本研究では全球平均地表気温変化に対する北極平均地表気温変化の割合として定義する。これにより全球平均と比較して北極平均の気温上昇の程度が大きいか、小さいかを判断する。
- ※2
- 氷—アルベドフィードバック:
海氷域が減少して開放水面の割合が増加すると、アルベド(太陽光に対する反射率)が低下し、日射の吸収量が増加することで海氷域の減少を促進させる正のフィードバックのこと。
- ※3
- CMIP6(Coupled Model Intercomparison Project Phase 6):
第6期結合モデル相互比較プロジェクトの略。本研究では、28のCMIP6気候モデルによる過去気候再現シミュレーション(1850〜2014年、1メンバー)と将来気候予測シミュレーション(2015〜2100年、1メンバー、低排出シナリオと高排出シナリオ)のデータを使用した。
参考:https://www.jamstec.go.jp/j/jamstec_news/20190522/
- ※4
- 気候モデルMIROC6:
大気・海洋・陸面・雪氷等の気候システムを構成する様々な要素やそれらの相互作用を物理法則に従って定式化し、温室効果ガス等の変動も考慮しながら気候の長期的変動を計算するためのコンピュータプログラムのことで、MIROC6(Model for Interdisciplinary Research on Climate version 6)は、海洋研究開発機構・東京大学大気海洋研究所・国立環境科学研究所で共同開発されていた気候モデルの名称である。
- ※5
- 大アンサンブルシミュレーション:
モデルの初期状態をわずかに変えて複数の気候シミュレーションを行うもので、本研究では50メンバー(事例)の過去気候再現シミュレーション(1850〜2014年)と将来気候予測シミュレーション(2015〜2100年)を行い、それらのデータを解析した。将来気候予測のシナリオは、Shared Socioeconomic Path(SSP、共有社会経済経路)と呼ばれる社会経済シナリオと排出シナリオを組み合わせた低排出(SSP1-2.6)シナリオと高排出(SSP5-8.5)シナリオによるシミュレーション結果を使用した。低排出シナリオでは温室効果ガス濃度が減少し温暖化が抑制され、高排出シナリオでは温室効果ガス濃度が増加し温暖化が進むことを仮定している。
図1 (a)1990年から2100年までの全球平均地表気温の変化と北極平均地表気温の変化の関係を散布図として示したもの。低排出シナリオの結果は北極温暖化増幅が強化される方向にプロットされている。(b)2015年から2100年までの86年間で平均した北極温暖化増幅インデックスのアンサンブル数依存性を示したもの。縦の破線はシナリオ間の差が統計的に有意に現れる境目を示している。
図2 MIROC6による50アンサンブルの将来気候予測シミュレーションから計算した、(a)北極温暖化増幅インデックスと(b)9月の海氷面積の変化を時系列(5年の移動平均で平滑化)で示したもの。ただし、海氷面積の変化は全球の年平均地表気温の変化で規格化(割り算)している。赤と青の実線は平均値を、陰影は標準偏差を表している。灰色の陰影はシナリオ間の差が統計的に有意な期間を示している。図2bの破線と点線は、高排出シナリオと低排出シナリオの9月の 海氷面積が 0と仮定した場合の時系列(全球の年平均地表気温の変化で規格化)を表しており、赤(青)の実線が破線(点線)に重なると海氷が消えることを意味する。
図3 低排出シナリオと高排出シナリオの将来の気候(2080-2099年)における、地球全体の平均気温変化に対する地表面エネルギー収支変化を棒グラフで示したもの。(a)晩夏(7-9月平均)、(b)晩秋(10-12月平均)。各フラックスは海洋から大気に向かう方向を正の値として示す。Δは過去気候(1980-2009年平均)からの変化量を表し、全球平均地表気温の変化で規格化している。エラーバーは20年平均値の50アンサンブルスプレッド(標準偏差)を、ΔSIA の白い部分は海氷が残っていることを表す。ただし、北極温暖化増幅の定義に合わせて、それぞれのシナリオの全球の平均気温変化で規格化(割り算)しているため、実際の気温やエネルギーフラックスの変化は高排出シナリオで大きいことに注意する。
図4 地球全体の平均気温変化に対する地表面エネルギー収支変化(図3)に基づいた、(a)低排出シナリオと(b)高排出シナリオの将来の気候(2080-2099年)における北極温暖化増幅のメカニズムを表す模式図。低排出シナリオでは、晩夏の海氷が存在するため、氷-アルベドフィードバックを介して日射の吸収量が増加し、海洋表層を暖める(a左図)。季節が進んで晩秋になると、海洋表層に蓄積された熱が大気へ放出され、大気下層の温暖化が促進される(a右図)。一方、高排出シナリオでは、晩夏の海氷は消失しているため、氷-アルベドフィードバックはほとんど働かない(b左図)。そのため、上向きの潜熱が小さく北極温暖化増幅は弱い(b右図)。
図5 CMIP6によるシミュレーション結果を用いて計算した、(a) 1990-2014年(過去気候)、(b,d) 2020-2039年(近未来気候)、(c,e) 2080-2099年(将来気候)における 晩夏(7-9月平均)の海氷面積の変化と 晩秋(10-12月平均)の北極温暖化増幅インデックス(AAI)の関係を示している。(b,c) 低排出シナリオ、(d,e) 高排出シナリオ。また、1990-2014 年の北極温暖化増幅インデックスの大きさに基づいて、CMIP6によるシミュレーション結果を北極温暖化増幅が大きいグループ(オレンジ)と小さいグループ(紫)に分けている。b-eのオレンジと紫のプラス記号は、CMIP6モデルのアンサンブル平均とスプレッド(標準偏差)を示したものである。海氷面積の変化と北極温暖化増幅インデックスの相関係数(r)を各パネルの右上に示している。
- (本研究について)
- 国立研究開発法人海洋研究開発機構
- 地球環境部門 北極環境変動総合研究センター 北極域気候変動研究グループ
特任研究員 小野純 - 国立大学法人東京大学大気海洋研究所
- 気候システム研究系 気候変動現象研究部門 気候変動研究分野
教授 渡部雅浩 - (報道担当)
- 国立研究開発法人海洋研究開発機構
- 海洋科学技術戦略部 報道室