国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門 海洋生物環境影響研究センター 深海生物多様性研究グループの矢吹 彬憲 主任研究員は、理化学研究所 矢﨑 裕規 特別研究員・筑波大学 稲垣 祐司 教授らと共同で、分類不明であった原生生物などの大規模分子系統解析を行い、真核生物の新たな巨大生物群を提唱しました。
真核生物は細胞内に核やミトコンドリアなどの構造を有する生物で、我々ヒト(=多細胞性の真核生物)などを含む超巨大生物群です。真核生物はおよそ21億年前に誕生し、多様な系統へと枝分かれ進化してきました。この真核生物の進化、特に初期にどのようなグループが誕生・形成されたのか、については未だ多くの謎が残っており、それを解明するためのアプローチの1つとして真核生物進化の比較的初期に独立・分岐した生物に着目した研究が行われています。
本研究では、2012年に新種記載されながらも真核生物内での系統学的位置がわかっておらず、真核生物の初期進化に関する重要な知見を持つと考えられていたMicroheliella marisに着目し、その系統学的位置の解明と近縁系統との関係の理解を目的とした解析を実施しました。
その結果、M. marisはクリプチスタと呼ばれる分類群の派生初期に分岐した近縁種であることが明らかとなり、これらをまとめて新規巨大生物群“パンクリプチスタ”と呼称することを提唱しました。また、M. marisや他の初期分岐系統が持つ系統シグナルを正しく評価し解析することで、これまで様々な知見から単一起源と考えられながらも分子系統学的にはその単系統が復元されていなかった一次植物が、単系統であることも世界で初めて確認しました。
本研究で示された真核生物の系統分岐関係は、様々な地球環境変動の中で真核生物がどのように分岐し進化してきたのかを理解するための基盤的情報として活用されることが期待されます。
本成果は、「Open Biology」に4月13日付け(日本時間)で掲載されました。
およそ46億年前に誕生した地球では38億年前に生命が誕生し、その後様々な地球環境変動の中で多様な進化を遂げてきました。地球上に生息する全ての生物は、真正細菌・アーキア・真核生物に大別され、それぞれがドメインと呼ばれています。真核生物は、細胞内に核やミトコンドリアなどの細胞小器官を有し、およそ21億年前にアーキアと真正細菌がなんらかの形で融合することにより誕生したと考えられています(2020年1月16日既報)。その後、真核生物は地球上の様々な環境に適応し、また環境変動に対応する形で進化してきました。その中には、シアノバクテリアの共生による葉緑体の獲得(=光合成能力の獲得)や多細胞化、海洋から陸上への進出などが含まれます。その一方で、それらの進化の詳細については、未だ理解が不十分な部分も数多く残されています。例えば、二重膜に覆われた葉緑体を持つ植物グループである緑色植物、紅色植物、灰色植物はその葉緑体の特徴や他の分子生物学的な特徴から単一起源を持ち(一次植物)、その共通祖先で葉緑体の獲得が起こったと広く考えられていますが、分子系統解析からはその関係性が復元されず、その進化については様々な議論があります。また一次植物のメンバーが他の真核生物に取り込まれたことで光合成能力が様々な系統へ伝播して行ったことが知られていますが、それらのイベントが地球進化史の中で何回どのようにして起こったのかについても未だ議論があります。過去も含めた地球環境変動の中で、多様な生命がどのようにして誕生し進化してきたのか、また今後どのように進むと予測されるのか、その理解に向けては未だ多くの謎が残されています。
真核生物の初期進化、特に一次植物メンバーの系統関係の検証を含む初期分岐関係を理解するための研究アプローチの一つとして、みなしご原生生物に着目した研究があります。みなしご原生生物とは、単細胞性の真核生物(≒原生生物)の中でも真核生物ドメイン内の系統的な所属が明らかになっていない生物のことを指します。
これらの生物は、細胞の形態や構造、遺伝子配列に基づく解析から既知のいずれの生物群とも明確な近縁性が確認されないため、真核生物進化の比較的初期に独立に分岐した生物種であると考えられています。そしてそのような生物は、これまでに明らかになっていない真核生物の初期進化や、既知の主要な生物群がどのような祖先生物からどのようにして誕生したのかを推し量る重要な情報を持っていると期待されています。
2012年に新種として記載された海産原生生物であるMicroheliella marisも、そのようなみなしご原生生物の一つとして認識されていました。M. marisは、複数の突起状に伸出した細胞質(=軸足)を持つ約4 µmの従属栄養性原生生物です。電子顕微鏡観察に基づく細胞内部の構造や187遺伝子の分子系統解析からは、M. marisの近縁な生物が特定されず真核生物ドメイン内で独立性が極めて高い生物だと認識されてきました(図1)。そこで本研究では、M. marisの系統学的位置の解明とその近縁系統との関係性の理解を目的に超並列シーケンサー*3解析による遺伝子情報の収集と様々な分子系統学的アプローチによる系統分岐関係の検証(分子系統解析*4)を行いました。
培養したMicroheliella marisよりRNAを抽出し、遺伝子配列情報を超並列シーケンサー解析により取得しました。取得した配列情報は重複の確認などを行ったのち、既知生物の遺伝子配列情報と組み合わせ解析用データセットを構築しました。データセットは、319遺伝子・82生物種からなり、過去の同様の研究と比較しても大規模なものとなっています。まず、このデータセットの解析からM. marisの真核生物全体の中での系統的位置を推定しました。
その結果、M. marisは高い統計的信頼度のもとでクリプチスタと呼ばれる生物群のすぐ外側から分岐することが示されました(図2)。過去の解析では解明できなかったM. marisの系統的位置が今回解明されたのは、新たに追加した遺伝子配列に含まれる情報がM. marisの系統的位置と近縁生物を推定する上で重要かつ不可欠であったことを意味しています。クリプチスタは、紅色植物に由来する葉緑体を持つ微細藻であるクリプト藻やクリプト藻に近縁ですが葉緑体を持たないべん毛虫ゴニオモナス、2010年に記載報告された従属栄養性べん毛虫パルピトモナスなどを含む巨大生物群の1つです。これまでに知られているクリプチスタの構成種はいずれも2本べん毛を持ち遊泳あるいは底を這い回る運動を行う原生生物であり、M. marisとは形態が大きく異なるものです。そのため、M. marisをクリプチスタに含めるのではなく、今回新たにクリプチスタとM. marisを含む巨大生物群パンクリプチスタを提唱しました。さらに今回行った解析では、パンクリプチスタは一次植物と姉妹関係にあることも高い統計的支持のもと確認されました。この新たに示された関係性もM. marisの遺伝子配列を加えたことで情報量が増しその結果として確認できたものです。そこで、今回明らかとなったパンクリプチスタと一次植物の姉妹群を新たにメガ生物群“CAMクレード”として提唱しました。CAMとはクリプチスタ(Cryptista)、一次植物(Archaeplastida)、Microheliellaの頭文字を合わせたものです。
一次植物はこれまで単系統であると考えられながらも分子系統解析からは中々復元されず、大きな議論の的となっていました。今回の我々の解析では一次植物が高い統計的支持のもとで単系統を復元していたことから、これまでの過去の解析とは“何が違っていたのか”を分子系統学的に検証しました。まず、過去の解析では入っていなかったM. marisを含む複数の初期分岐系統を除いた解析を行ったところ、一次植物は単系統にならない・なりにくい傾向があることを確認しました。これは、初期分岐した生物群が持つ系統シグナルが系統分岐関係を正しく推定するために重要であることを示しており、分子系統学で言われる「タクソンサンプリング充実の重要性※5」があらためて確認されました。次に、本来単系統であると考えられる一次植物がこれまでになぜ単系統を復元しないのか、その要因を解明するために遺伝子数と含まれる生物種が異なる複数のデータセットを作成し解析しました。その結果、パンクリプチスタの一部の系統が原因となり、一次植物と近縁であるかのように見える系統関係を示すことを明らかにしました(図3)。
これらの成果は真核生物の系統分岐関係をより確からしく推定したものであり、今後真核生物の進化を議論する上での基盤情報として重要な意味を持ちます。長い地球史の中で真核生物がどのように誕生し進化・多様化してきたのかをより正しく議論するためには、M. marisのようなみなしご原生生物に着目した研究展開が重要であることをあらためて示す研究成果となっています。本研究はそれによって実際にこれまで解明されていなかった真核生物の初期分岐パターンと巨大生物群の存在を解き明かすことができました。
みなしご原生生物は、今回解析したM. maris以外にもまだまだ存在しており、それらに着目した研究を展開していく予定です。また原生生物の多様性に関する理解は未だ不十分であり、数多くの未記載種が海洋環境などに存在しています。そしてそれらのいくつかはM. mairsのように真核生物の初期に独立して分岐した系統である可能性を持っています。それらの理解が、真核生物の系統分岐関係や初期進化を理解する上で重要であり、今後の研究対象となっています。それによって得られる知見が、過去だけでなく未来の生命進化をより正しく議論し予測するために重要であると考えています。
【補足説明】