プレスリリース
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人京都大学
画像分類AIを用いた潜在植生を予測する新手法を開発
1. 発表のポイント
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- 画像分類AIを応用することで、気候(1年分の月平均気温と月降水量)に対応した潜在植生を推定する新手法を開発。この手法は、従来手法よりも簡便かつ高精度に潜在植生を推定することを確認。
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- 画像で表現された季節変化パターンから、潜在植生ごとの特徴量を抽出する学習を行った画像分類AIを、21世紀末時点で予測される全球の気候分布に適用することで、気候変動に伴う潜在植生の地理分布変化を予測。
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- 本手法は、気候変動に伴った感染症リスクや農業スキームの変化といった事象のモデリングにも広く応用可能。
2. 概要
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和裕幸)地球環境部門 北極環境変動総合研究センターの佐藤永研究員は、京都大学フィールド科学教育研究センターの伊勢武史准教授と共同で、画像分類AI(※1)を用いて、所与の気候に対応する潜在植生(※2)を推定するための新手法を開発しました。
この手法は、潜在植生の推定において初めて画像分類AIを利用したもので、気候変動に伴った植生変化予測を行う簡便で実用的な手法を提供するものです。この手法では、画像で表現された季節変化パターンから、潜在植生ごとの特徴量を抽出する学習を画像分類AIに行わせます。この学習を行ったAIは、現在の潜在植生分布を、従来の手法を上回る精度で再現しました。また、この学習済みAIを21世紀末に予測されている気候環境に適用することで、(1)アマゾン盆地南部の疎林化、(2)北米大陸とユーラシア大陸における温帯林の拡大、(3)亜寒帯林の高緯度・高標高側への分布シフト、といった植生変化を予測しました。これらの予測は傾向としては従来の研究と変わりませんが、その定量的な信頼性の向上が期待されます。
本手法は、画像分類AIの単純な応用であり、要求される技術や計算機環境が比較的低いため、気候変動に伴った感染症リスクや農業スキームの変化といった事象などを高精度かつ簡便にモデリングする手法として、様々な応用が期待されます。
本成果は、「Geoscientific Model Development」に4月18日付け(日本時間)で掲載される予定です。
- 海洋研究開発機構
- 京都大学フィールド科学教育研究センター
本研究は、文部科学省の「北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)JPMXD1420318865」、および日本学術振興会の「科学研究費 基盤(B) 18H03357」の支援を受けて実施されたものです。
3. 背景
潜在植生の地理分布は主に気候により決まりますが、どのような気候にどのような潜在植生が出現するかという問題は、古典的な生物地理学のテーマで、これまで多くの手法が提案されてきました。広く知られている手法としてホールドリッジのライフゾーンがあります。これは、年平均生物気温(0℃以下を0℃として算出した年平均気温)と年降水量のみを用いて、その気候環境に対応する潜在植生を判別するというものです。この方法は、潜在植生を分類する基準が1枚の数表(ルックアップテーブル)にまとまるという簡便性のため、現在でも広く用いられています。しかし、気候の年平均値のみを利用する方法であり、その精度は高くありません。
もちろん、気候の季節変化を考慮する方法も複数開発されており、それらからは、より高い精度の潜在植生地図が得られています。しかし、それらの方法においては、気候の季節性を表現する指数(年最大気温・年最低気温・乾期の長さなど)を予め設定する必要があり、これは情報の減損と恣意性の混入を伴います。例えば、従来の方法で乾期の長さを考慮する場合には、「月降水量が、ある閾値を下回る月の数」などの定義を与えて説明変数を算出する必要があり、この場合、僅かな降水量の差が閾値を超えるか否かを決めることで、入力データを大きく変えてしまう場合が生じます。また、降水量や気温といった値の季節変化パターン、それらの相互作用といった時系列の情報を十分に利用できないという限界もあります。
その一方で、実際に潜在植生の地理分布を制御している植物生理学的な制約条件(例えば耐寒性・耐暑性・耐乾燥性)を用いて、気候と潜在植生との対応関係をボトムアップ的にモデリングする方法も開発されてきました。しかし、同じ潜在植生を構成する植物種であっても、それらの生理的制約には大きな幅があり、そのような生理的制約から構築されるモデルを、全球といった大きな地理スケールに適用する事には限界があります。
4. 成果
本研究では、気候に対応した潜在植生を画像分類AIにより判別する新手法を開発しました(図1)。この手法は全球を対象としており、従来手法よりも高い精度を持ちながら、必要となる技術的障壁が比較的低いという特長を持ちます。この方法では、まず全球の陸面を0.5度の格子で分割して、個々の格子における月平均気温と月降水量の季節変化を画像1枚で表現します。そして、この画像群を潜在植生ごとにグループ分けし、画像から潜在植生を判別させる学習を画像分類AIに行わせます。この方法の最大の利点は、複数の気象値の季節変化パターンを画像で表現して、潜在植生ごとに特有なパターン(特徴量)を画像分類AIに自動抽出させる点にあります。これにより、先に述べたような情報の減損や恣意性の混入を伴わずに、潜在植生を分類することが可能となります。
この学習を行ったAIは、現在の潜在植生を従来手法よりも高い精度で再現する事が示されました(図2)。その学習効率(学習に用いた気候データをモデルに入力した時の潜在植生の正答率)は、本手法の場合には学習に用いた気候データに応じて70~74%となりましたが、決定木やランダムフォレストといった機械学習アルゴリズムを使用した従来の研究では、本研究と同様に月平均気温と月降水量のみを用いた場合で最大65%、様々な気候値に加えて地形や土壌タイプなど160種類ものデータを用いた場合でも68%が最大値でした。これは本手法が、気候の季節性が潜在植生にもたらす影響を、従来手法を大きく上回る精度で抽出していることを強く示唆します。季節性を考慮することで、特に熱帯性多雨林、温帯性常緑広葉林、亜寒帯性落葉林の3つの潜在植生の再現性が高まりました。
続いて、この学習済みモデルを21世紀末に予測されている気候環境に適用することで、気候変動に伴う潜在植生の分布変化を予測しました(図3)。2種類の全球気候モデルと2種類のRCPシナリオ(※3)のもとで得られた21世紀末の気候条件を入力したところ、いずれのケースでも(1)アマゾン盆地南部の疎林化、(2)北米とユーラシア大陸で温帯林の被覆域が拡大、(3)亜寒帯林の高緯度・高標高側へのシフト、といった植生変化の傾向が出力されました。これらの予測は、従来の研究から得られている予測と同傾向を示すものですが、現在の潜在植生をより高い精度で出力するモデルから得られた予測であるため、その定量的な信頼性はより高いことが期待されます。
また、本予測は全球予測が主体であるものの、我が国においても九州南部などで熱帯多雨林の成立が可能になるという予測も得られました。
5. 今後の展望
本手法は、植生に影響する大気中CO2濃度変化の影響などは考慮されておりません。また、潜在植生の地理分布が変化しても、実際の植生分布が追いつくまでには相当な時間遅れが生じると考えられており、それは森林生態系の変化では数千年にも達しうると考えられていますが、そのような時間遅れについても本手法は言及しません。しかし、従来手法よりも簡便かつ高精度に潜在植生を推定する点は、本分野の今後の発展に大きく寄与する可能性があります。
今後は本手法の更なる改善を計画しています。今回は月平均気候のみを考慮しましたが、多くの潜在植生の分布域が1年で最も寒い日の気温など、稀に生じる気候値の影響を強く受けることが知られています。このような稀に生じる気候値なども画像として表現することで、本手法の精度の改善が期待できます。
また、今回の研究では0.5度格子という粗い地理解像度を採用しましたが、より細かな地理解像度における潜在植生分布のモデリングにおいては、地形や地質など、今回考慮しなかった環境因子の重要性が増します。そのような環境因子を含めて作成した画像を用いた学習を行わせる事で、本手法は、より細かな地理解像度における潜在植生分布地図の作成に利用できると期待されます。
本手法は気候変動に伴った感染症リスクの変化や、気候変動に伴った農業スキームの変化といった、主に気候により制御される分類尺度の事象のモデリングにも広く応用可能であり、今後の社会応用にも期待されます。
【用語解説】
- ※1
- 画像分類AI:
本研究ではLeNetを採用した。LeNetは最初期の画像分類AIであり、元々は手描きの数字を読み取ることを目的として開発され、比較的シンプルな構造(いわゆる“隠し層”の枚数が少ないなど)を有している。そのため、比較的単純な画像を、10前後の区分に分類する用途に適している。
- ※2
- 潜在植生:
所与の環境条件(気候、地質、地形、緯度など)の元において、また人為的な影響が無視できる状況において、最終的に安定する植生のタイプ。そのタイプ分けの方法は、扱う地理範囲や目的に応じて様々であるが、本研究では全地球の植生を15種類に分類するISLSCP2潜在植生地図を用いた。
- ※3
- RCPシナリオ:
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書で用いられた代表濃度経路シナリオ(Representative Concentration Pathways)。21世紀末までの大気中CO2濃度変化パターンを、複数の社会経済シナリオの元で算出したもの。RCP2.6は温室効果ガスの排出を最も抑えた状況に対応したシナリオ、RCP8.5は最大排出量に対応したシナリオ。
図1 方法の概要
図2 潜在植生の分布。aは学習に使用した観測由来データ(ISLSCP2)。b~eは学習済みモデルに様々な気候データセット由来の1971~1980年平均気候を入力して得られた分布(b: CRU TS4.00, c: NCEP/NCAR再解析データ, d: Had2GEM-ES, e: MIROC-ESM)。潜在植生を分類する学習にはCRU TS4.00を用いたため、aとbとの一致度は画像分類AIの学習効率を示す。学習に用いていない気候データセットを入力して得られたc~eは、モデルの一般性(異なる気候データセットについても妥当な出力が得られるか)を検証するために算出した。b~eいずれのモデル出力も、aの観測由来データからの顕著な不一致は見られなかった。
図3 21世紀末に予測された潜在植生分布。カラーコードは図2と共通。現在の気候と潜在植生の分布を用いて学習させたAIを、2種類の全球気候モデル(Had2GEM-ESとMIROC-ES)と2種類のRCPシナリオ(RCP2.6とRCP8.5)の元で得られた21世紀末の気候条件(2091~2100年の平均値)を入力した。
- 国立研究開発法人海洋研究開発機構
- (本研究について)
- 地球環境部門 北極環境変動総合研究センター 研究員 佐藤 永
- (報道担当)
- 海洋科学技術戦略部 報道室