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プレスリリース

2022年 6月 4日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人秋田大学

微生物による金属腐食のブラックボックスを開ける
―社会インフラ維持に向けた新たな評価指針となる可能性―

1. 発表のポイント

100年以上未解明だった金属が腐食している過程での微生物集団の変化を捉えました。
合金中のクロム濃度が高い場合には関与する微生物が著しく異なることも発見しました。
微生物による金属腐食の概念を上書きし、社会インフラ維持に向けた新たな評価指針の立案に繋がることが期待できます。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和裕幸)超先鋭研究開発部門の若井暁副主任研究員らは、金属腐食現象の過程で関与する微生物が顕著に変化することを明らかにしました。

微生物による金属腐食現象(以後、微生物腐食)において、硫酸塩還元細菌(※1)が関与するモデルが提唱されて広く受け入れられていましたが、腐食過程におけるその動態は長らく未解明でした。本研究では、微生物腐食現象が顕在化している環境に複数種類の金属材料を22ヶ月間にわたり浸漬し、腐食状況と微生物集団の変化を調べました。その結果、腐食の初期過程では硫酸塩還元細菌がほとんど存在せず鉄酸化細菌(※2)の存在割合が微生物集団中で高く、腐食が進むにつれて減少し、代わりに鉄還元細菌(※3)が増加し、さらに腐食が進むと硫酸塩還元細菌が増加していることを明らかにしました。また、合金中のクロムの含有量が高い場合、硫黄酸化能を持った微生物の顕著な増加が確認されました。

微生物腐食に対する診断技術としては硫酸塩還元細菌の検出が多くの現場で採用されていますが、硫酸塩還元細菌が増加するのは腐食過程の後段であり、鉄酸化細菌等を検出することで早期診断を可能にし、これらの微生物の変動をモニタリングすることで金属腐食のステージを評価できる可能性があります。

本成果は、「npj Materials Degradation」に6月4日付け(日本時間)で掲載される予定です。なお、本研究は、JSPS科研費(17H04719、20H02460)、NACE-TJS MIC研究助成、日本鉄鋼協会研究会助成およびJST戦略的創造研究推進事業さきがけ(JPMJPR21NA)のサポートを受けて実施されました。

タイトル:
Dynamics of microbial communities on the corrosion behavior of steel in freshwater environment
著者:
若井暁1,2、江野七海3、宮永一彦4、水上裕貴3、砂場敏行3、宮野泰征5
所属:
1. 海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門、2. JSTさきがけ、3. 株式会社INPEX 技術研究所、4. 東京工業大学 生命理工学院、5. 秋田大学大学院 理工学研究科
DOI:
https://doi.org/10.1038/s41529-022-00254-0

3. 背景

金属材料の腐食は多大な経済的損失を生み出し、金属腐食に関わる年間コストは日本国内だけでも5兆円(2015年試算)を超えるとされています。金属腐食は酸素や酸などの化学的要因によっても進行しますが、微生物が関わることでこの金属腐食が加速することが知られており、そのような金属腐食は特に微生物腐食と呼ばれます。

微生物が金属腐食現象に関わることは19世紀後期から認識されており、20世紀初期には金属腐食性の硫化水素ガスを発生する硫酸塩還元細菌が腐食の原因になるという提唱がされて以来、多くの技術者や研究者が硫酸塩還元細菌に注目してきました。これまでは腐食事例が発生した後に微生物試験を実施し、硫酸塩還元細菌の検出により当該微生物を原因菌とした微生物腐食と診断されることが慣例化してきましたが、近年、金属腐食環境において当該微生物が検出されないなどのケースも多くみられます(図1)。この診断方法には、事後的診断への依存と正確性の欠如という二つの欠陥があり、微生物腐食の診断が難しいことの要因にもなっています。

近年、この微生物腐食の研究分野に微生物の専門家が参画し、微生物学の進歩も相まって、様々な新しい現象が見えてくるようになりました。特にDNA解析技術の向上により、金属腐食環境にどの様な微生物がどれくらいの割合で存在しているかを網羅的に解析できるようになったことで、その過程を把握することが可能になりました。

そこで、本研究では微生物腐食の正確かつ早期診断に必要な情報である金属腐食過程における微生物の動態を露わにするために、実際に微生物腐食が顕在化している実環境に様々な金属材料を長期間浸漬し、その腐食過程と微生物情報を関連付ける研究に取り組みました。

4. 成果

淡水環境の工業用水を取り扱う施設に9種類の金属材料を浸漬し、1、3、6、14、及び22ヶ月の時点で2セットずつ回収し、一つは重量減損から腐食量を算出し、もう一つの金属表面のバイオフィルム(ぬめり)とサビ(腐食生成物)の微生物解析を実施しました。微生物解析には、回収したバイオフィルムとサビからDNAを抽出し、その遺伝子配列を解析することでどのような微生物がどれくらい存在するかを調べる微生物群集構造解析を行いました。

炭素鋼、鋳鉄および低クロム含有鋼において顕著な重量減損が確認され、全面が一様に腐食される全面腐食が起こりました(図2)。それぞれの微生物群集構造を詳細に調べると、腐食の時間経過とともに微生物集団の中での主要微生物が、鉄酸化細菌→鉄還元細菌→硫酸塩還元細菌の順で変化していました(図3)。特に、金属腐食の原因微生物として注目される硫酸塩還元細菌が顕著に検出されるのは14ヶ月目以降であり、腐食がかなり進行した後でした。すなわち、硫酸塩還元細菌は金属腐食の初期には主要な微生物群ではなく、当該微生物の検出を目的とした方法では、微生物腐食の早期診断ができないことを示しています。

また、比較的高いクロム含有量を持つ9%Cr鋼では、深い穴が形成される深刻な局所腐食が起こりました(図4)。この時、特定の硫黄酸化細菌が顕著に高い割合で存在しており、22か月後においても硫酸塩還元細菌はほとんど検出されませんでした。当該の硫黄酸化細菌による金属腐食現象はこれまでに報告がなく、これまで微生物腐食の原因菌として注目されていた硫酸塩還元細菌が寄与しない新しい様式での微生物腐食現象を捉えることにも成功しました。

これまでの微生物腐食における研究では、金属腐食が顕在化した現場での事後的な解析や単一微生物を用いた実験室レベルでの腐食試験がほとんどでしたが、今回、長期間に渡り金属腐食挙動および微生物群集構造の変化を調べることで、ブラックボックスとなっていた実環境中での微生物腐食の動態を明らかにできました。

5. 今後の展望

微生物による金属腐食現象は金属材料が罹患する微生物感染症として考えることで、微生物腐食が抱えている問題が明確になります(図4)。微生物腐食では、診断技術が未熟であるため早期診断が行えず、基本的に重症化してからの事後的な対応をすることが多く、腐食を未然に防止する防食技術に大きな依存があります。感染症において予防医療(ワクチン接種や生活習慣)に依存してコントロールしようとした場合、そこが破綻すると一気にパンデミックに向かうことを我々は既に体験しています。微生物腐食においても、防食という予防医療だけに傾倒せず、迅速で正確な早期診断とそれに基づく適切な処置が重症化を防ぐためには重要です。

本研究で得られた微生物腐食の進行時の微生物集団の情報は、この診断技術の開発に大きく貢献することが期待できます。これまで注目されていた硫酸塩還元細菌に代わり鉄酸化細菌の存在割合を調べることで早期に微生物腐食のリスクを診断し、また、詳細な微生物群集構造を見ることで微生物腐食の進行度をステージとして評価することが可能になります。

また、本研究では陸上の人工的な施設における腐食現象にフォーカスしましたが、海洋環境中においても多くの構造物が存在し、海底下の化石燃料や金属資源の回収分野においても金属腐食・微生物腐食は施設の寿命評価において重要です。現在、浅海および深海底における種々の金属材料に対する微生物腐食試験も開始しており、今後は海洋環境における微生物腐食に対する知見の集積を進めます。将来的に、陸上・海洋環境における社会インフラのライフサイクルデザインに微生物腐食リスクを勘案した新たな評価指針を導くことが期待されます。

※1
硫酸塩還元細菌:呼吸において酸素の代わりに、硫酸イオンを使用してエネルギー代謝を行う細菌。硫酸を還元し、硫化水素を発生する。硫化水素が金属腐食性を持つため、古くから金属腐食の原因微生物と考えられている。
※2
鉄酸化細菌:二価鉄イオン(Fe2+)を酸化することでエネルギーを獲得する細菌。
※3
鉄還元細菌:呼吸において酸素の代わりに、三価鉄イオン(Fe3+)を使用してエネルギー代謝を行う細菌。
図1

図1 従来の微生物腐食に対する微生物解析
従来の解析結果では、腐食が顕在化した後での情報に偏っており、最終的に腐食環境に多い微生物を原因微生物とする傾向があった。原因微生物が特定されないケースも多い。

図2

図2 金属試験片の腐食外観と微生物群集構造の変化
浸漬1ヶ月後の時点で前面にサビが形成されており、サビの量は時間と共に増加するが22ヶ月後においても同様の赤茶色のサビが目視できる。一方で、サビの中の微生物群集構造は時間と共にダイナミックに変化する。

図3

図3 金属腐食過程に対応した微生物解析
これまでブラックボックスになっていた腐食過程での微生物群集構造の変化を明らかにした。この情報があることで、微生物群集構造を見ることで金属材料の腐食のステージ(初期、中期、後期)を評価することも可能。また、耐食性のある材料を用いたケース(下段)では、金属材料が健全な時の微生物の変化と腐食が発生した時の違いについても明らかにした。

図4

図4 一般的な感染症と微生物腐食の比較
コントロール可能な感染症(左)では病原体が明らかであり、予防医療・診断技術・治療が確立されている。一方で、微生物腐食(右)では原因となる微生物の情報が少なく、診断技術も迅速性と正確性に問題があったため、予防医療に当たる防食でのコントロールに失敗すると深刻な腐食発生に繋がり、診断や処置に多大な時間と労力を要する。今回の成果で得られた微生物情報を診断技術に取り入れることで、早期診断や腐食のステージの評価が可能になると期待できる。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
超先鋭研究開発部門 副主任研究員 若井暁
国立大学法人秋田大学
大学院理工学研究科システムデザイン工学専攻 准教授 宮野 泰征
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋科学技術戦略部 報道室
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