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プレスリリース

2022年 8月 8日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

インド洋ダイポールモード現象を発生させる一因を解明
~ジャワ島南岸で発生する冷水湧昇が引き金に~

1. 発表のポイント

ジャワ島の南の海域における沿岸湧昇によって湧き上がった冷水が、インド洋ダイポールモード現象(IOD)を発生させる引き金になりうることが観測データの解析によりわかった。
海洋観測が乏しい海域の沿岸湧昇を正確に把握するために、人工衛星によるクロロフィルaデータをもとにこの沿岸湧昇のシグナルを求める手法を開発して解析に活用した。
IODは日本の夏季の天候など全世界の気候に影響を及ぼす現象であり、本研究の成果を活用することで、IODのみならず世界の気候の予測性向上へ貢献するものと期待される。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和裕幸、以下「JAMSTEC」という)地球環境部門大気海洋相互作用研究センターの堀井孝憲 主任研究員らは、インド洋東部のジャワ島の南の海域における局所的な沿岸湧昇が、インド洋の大規模な短期気候変動現象(※1)であるインド洋ダイポールモード現象(IOD)発生の引き金になりうることを発見しました。

IODは熱帯インド洋の数1,000 kmの広範囲にわたり海水温が年単位で変化する短期気候変動現象です。この広範囲に及ぶ海水温の変化は地球規模の大気循環の変化を伴うため、インド洋の周辺国をはじめ日本を含む世界の天候に影響を及ぼします。そのため、早期かつ正確なIODの発生予測は、熱帯気候変動研究ひいてはグローバルな気候変動の把握において重要な課題です。これまでに、ジャワ島の南で発生する沿岸湧昇とIODの発生は関連性があるとされてきましたが、海洋観測データの不足から、その因果関係は明らかとなっていませんでした。

本研究では、主に人工衛星によって観測されたクロロフィルa濃度データとジャワ島沿岸のインドネシアの水位観測データをあわせて用いることで、この沿岸湧昇が起こったことを把握する新しい手法を開発しました。この手法を用いることで、沿岸湧昇が平年よりも1~2ヵ月程度早く発生した年は、その数ヵ月後に正のIODが発生していたことがわかりました。また、この早い時期に起こった沿岸湧昇による冷水が、その後数週間から1ヵ月程度かけて平年より強い西向きの海流によってインド洋東部の広範囲に拡がり、IODの発生に好都合な状況を作り出していたこともわかりました。

本研究結果から、ジャワ島の南における早期の沿岸湧昇のシグナルを把握することで、IODの発生を予測できることが見出されました。インド洋を含む世界の気候変動予測を向上させていくためには、今後、インド洋東部の観測をさらに充実させ理解を深めていくことが重要です。

本成果は、米国地球物理学連合が発行する専門誌「Geophysical Research Letters」に8月8日付け(日本時間)で掲載される予定です。また本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(18K03753,18H03731)の支援を受けて行われました。

タイトル:
Can coastal upwelling trigger a climate mode? A study on intraseasonal-scale coastal upwelling off Java and the Indian Ocean Dipole
著者:
堀井孝憲1、Eko Siswanto1、Iskhaq Iskandar2、植木巌1、安藤健太郎1
1. 海洋研究開発機構、2. Sriwijaya University (Indonesia)
DOI:
10.1029/2022GL098733

3. 背景

インド洋ダイポールモード現象(IOD)はJAMSTECに在籍していたSaji博士らの研究によって1999年に発見された、インド洋で海洋と大気が相互に作用しながら発達する短期気候変動現象(※1)であり、正のIODと負のIODが存在します。正のIODが発生した年は、7月頃から10月頃にかけて熱帯インド洋西部の海水温が上昇し、同時に熱帯インド洋東部の海水温は低下します(図1)。一方、負のIODが発生した年は、正のIODとは逆にインド洋西部の海水温が低下し、東部の海水温が上昇します。このような広範囲の海水温の変化は地球規模の大気循環の変化を伴うため、特にインド洋の周辺国において洪水や干ばつといった異常気象を引き起こし、さらには日本を含む世界の天候にも影響を及ぼします。そのため、JAMSTECをはじめとする世界各国の研究機関は連携しながら、IOD発生予測のためのインド洋観測ネットワークを拡充してきました。

これまでの研究によって、インド洋の東の端に位置するインドネシアのジャワ島の南の沿岸湧昇と、IODの関連性が指摘されるようになりました。ジャワ島の南の沿岸海域では、平年の7月から9月頃に海洋の沿岸湧昇が発生し、海の下層から湧き上がる冷水によってこの時期の水温が数℃程度低下します。しかし、沿岸湧昇の空間規模は数10 kmから数100 kmであり、これはインド洋広範囲の海水温が変化するIODの空間規模と比較すると10分の1以下です。このようにIODの空間規模と比較すると小さな現象である冷水の湧昇がIODの発生を導く因果関係があるのか、またIODに伴う広範囲の海水温の変動にどのような影響を及ぼすかは明らかではありません。沿岸湧昇を理解するためにはインド洋東部の沿岸海域の観測が必要ですが、現地の活発な漁業活動などでブイなどを用いた直接観測が難しく、この海域の海洋観測はいまだに十分ではありません。

図1

図1 正のインド洋ダイポールモード現象(Indian Ocean Dipole: IOD)のピーク時における海面水温(平年値との差)。2003年以降に発生した10例のIODのピーク時における海面水温データを平均して作成。熱帯インド洋西部の海面水温が上昇し、一方で東部の海面水温は低下する。

4. 成果

そこで本研究では、海洋観測データがほとんどなかったジャワ島の南の海域の沿岸湧昇を調査するために、以下2点の独自の解析手法を用いました。

第一は、沿岸湧昇の変動を推定するために3種類のデータを用いた点です。人工衛星によって観測された海面水温データとその海域の植物プランクトン量を表すクロロフィルa濃度のデータ、およびジャワ島沿岸のインドネシアの水位観測データを合わせて調査することで、クロロフィルaデータがこの海域における下層からの栄養塩の供給の有無(※2)から沿岸湧昇の有無を推定することができる有効なデータであることが確認できました。

第二は、統計的な手法を用いて、衛星で捉えたデータから求めた沿岸湧昇のシグナルについて誤差を推定したうえで、日ごとの沿岸湧昇のシグナルの強弱を見出した点です。その結果、各年の沿岸湧昇の時期について、最初に沿岸湧昇が生じた日付を特定することに成功しました。

ジャワ島の沿岸湧昇は平均的に6月中旬頃に発生します。本研究で整備したデータを用いて各年に初めに沿岸湧昇が発生した時期およびその後のIODを調査したところ、沿岸湧昇がいつもより1~2ヵ月程度早く4月から5月頃に発生した年は、その数ヵ月後の8月から10月頃に正のIODが発生していたことがわかりました(図2)。

図2

図2 (a)各年において沿岸湧昇が初めに生じた日付(横軸)とその後のIODのピークとの関係。各年8月から10月におけるIODの指標(ダイポールモード指標)の最大値をIODのピークとした。丸中の数字は年を示す(例えば06は2006年を示す)。相関係数は0.87。(b)沿岸湧昇が初めに発生した際のインド洋およびジャワ島の南の海域における海表面のクロロフィルa分布。一例として2006年のIOD発生前の観測値を示す。沿岸湧昇が起こったことを示す0.5 mm/m3以上のクロロフィルaのシグナルがジャワ島の南に存在する。(c)IOD時の海面水温およびIODの指標であるダイポールモード指標を計算する海域。ダイポールモード指標は灰色線で示した西の海域と東の海域における海面水温(平年値との差)の差異によって定義される。

次に、図2で得られた相関関係について、沿岸湧昇が正のIODを導く原因であるのかを確かめるために、大気と海洋の観測データを用いて、過去に起きた早い時期の沿岸湧昇に伴ってどのように東部インド洋の大気と海洋が変動していたのかを調べました。その結果、4月から5月に吹くインド洋のマッデン・ジュリアン振動(MJO)(※3)による海上風が、海洋の変動と重なって効果的に働いた際に平均よりも早い時期に沿岸湧昇が生じていたこと、また、この風によって同時にジャワ島の南沖に平年より強い西向きの海流が生じていた様子が観察されました。この海水温と海流のデータなどを組み合わせてインド洋東部の熱バランスを計算することで、早い時期に生じた沿岸湧昇による冷水が、この西向きの海流によってインド洋東部の広い範囲に拡がり、正のIODの発生に好都合な海洋の状況を作り出すことを確認しました(図3)。

図3

図3 (a) IOD発生の数ヵ月前に沿岸湧昇が生じた際、海流によって海洋表層の水温が変化する効果。2003年以降の10例のIOD年について、ジャワ島の南で沿岸湧昇が観測されたタイミングに焦点を当てて、沿岸湧昇の出現から1ヵ月後までの水温変化を積分した値(℃)を示す。白丸は統計的に有意な海水温の変化。(b) (a)と同時期の実際に観測された海面水温(平年値との差)。白の矢印はこの時期に観測された平年より強い西向きの流速を模式的に示す。黒枠は図3aの領域。(a)で計算された海流によって海水温が冷却されるパターンが実際の海面水温の変化(a)に効果的である。

本研究の背景と新しい成果を概略図で示します(図4)。過去の研究によってIODがジャワ島沖の沿岸湧昇の強弱に影響することはよく知られてきました。本研究の成果は、従来の知見とは逆に、ジャワ島の南の海域における沿岸湧昇によって湧き上がった冷水が、その後にIODを発生させる引き金になりうるという点を明らかにしました(図4の左向き矢印)。

図4

図4 本研究の背景と今回の成果を示す概略図。

これらの成果は、JAMSTECの当研究グループが2000年代はじめから継続してきた熱帯インド洋の海洋観測研究による知見が根幹をなしています。例えば、ジャワ島の南の海域における沿岸湧昇がIODの発生に重要な役割を担っている可能性は、JAMSTECが設置してきた海洋観測ブイなどによる観測によって予想されていました。また、本研究における熱バランスの解析には、長期間蓄積されてきたこれらの海洋観測ブイデータやそれを用いた研究結果が応用されています。これにより本研究が示した沿岸湧昇に伴う冷水のインド洋東部への拡大が統計的に有意なシグナルであることが確認されました。本研究は、過去20年以上にわたって発展・継続されてきたインド洋の海洋観測データを統合して用いたことによる成果です。

5. 今後の展望

本研究の結果から、ジャワ島の南の海域における早期の沿岸湧昇のシグナルから、その後のIODの発生を予測できることが見出されました。しかし、早期の沿岸湧昇とその後のIODの関係が示された一方で、大気と海洋が相互に作用して大規模なIODへと発達する詳細なプロセスは不明確であり、今後、いつ、どの程度の海水温のコントラストや強い海流が生じると、その後にどの規模まで発達するIODが生じる条件が整うのか、さらに調査が必要です。

このために、本研究で用いた観測データに合わせて、沿岸湧昇を再現できる数値モデルによる大気と海洋のシミュレーションを活用することが必要です。JAMSTECはスーパーコンピュータを使った、本研究とは異なる取り組みによるIODの予測にも成功例があり、今回の成果を数値モデルに取り入れることでその予測性能の向上が期待できます。また、より正確なシミュレーションを行うためにも、いまだほとんど海洋観測データが得られていないジャワ島の南の海域について実際の海洋観測を成功させることが重要であると考えています。

この成果を応用し、インド洋の短期気候変動の予測可能性の向上、ひいては日本の猛暑など世界の天候のより正確な予測を目指し、今後も引き続きインド洋の観測・調査を続けていきます。

【補足説明】

※1
短期気候変動現象:気候変動は一般的に数十年から数千年の時間における気温や降水量など気候の変化を表すのに対して、短期気候変動は数年程度の気候の変化を意味する。熱帯太平洋に存在するエルニーニョ現象や熱帯インド洋に存在するインド洋ダイポールモード現象に代表される。
※2
クロロフィルa濃度と栄養塩:海洋の表層のクロロフィルa濃度はその海域の植物プランクトンの量を示す。植物プランクトンの生育に必須な栄養塩(硝酸塩やリン酸塩など)は、海の表層に少なく下層ほど多く存在する。一般的に熱帯海洋の表層では、太陽光が十分に供給されるのに対して栄養塩が乏しく、植物プランクトンは微量である。そのためクロロフィルa濃度の増加はその海域で下層から湧き上がった海水によって栄養塩が表層付近に運ばれたこと、つまり沿岸湧昇が起こったことの間接的な証拠となる。
※3
マッデン・ジュリアン振動(MJO):主に熱帯インド洋の暖かい海水域の上空を約4 m/s から8 m/s で東に移動する熱帯大気の活発な対流活動。この対流活動の通過に伴って、熱帯インド洋には20日から50日程の周期で、強い西風を伴い降水量が増加する時期と、東風を伴い降水量が減少する時期が交互に起こる。ジャワ島の南の海域において、この東風が吹く時期に合わせて沿岸湧昇が起こることがある。
国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境部門 大気海洋相互作用研究センター 海洋気候研究グループ
主任研究員 堀井 孝憲
(報道担当)
海洋科学技術戦略部 報道室
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