国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)(理事長 大和裕幸)超先鋭研究開発部門高知コア研究所の伊藤元雄主任研究員を代表とするPhase-2キュレーション※1高知チームは、2021年6月20日(日)から小惑星リュウグウ粒子の分析を開始しました。約1年間にわたり日米英の研究機関・大学にまたがる多機関連携により実施したキュレーション活動の最初の研究成果が、2022年8月15日(日本時間8月16日)に英国のオンラインジャーナル「Nature Astronomy」に掲載されました。
我々が住む地球はその歴史の中で、加熱などによる様々な変成・変質を受け続けることにより、形成当時の情報を失いました。しかし、小惑星リュウグウは熱による影響が少なかったと考えられており、約46億年前に太陽系が形成された頃の有機物や含水鉱物を、今も残している可能性があります。このような有機物や鉱物から化学的情報を得ることで、太陽系の形成史だけでなく、地球の水の起源や地球生命に至るまでの有機物進化過程などの解明も期待されることから、試料の直接採取が待ち望まれていました。
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)による小惑星探査機「はやぶさ2」は、2014年12月3日に打ち上げられ、リュウグウに到着して近接分光観測を行うとともに、2度の試料採取に成功しました。試料を封入したカプセルは、2020年12月6日にオーストラリア・南オーストラリア州のウーメラ砂漠で回収されました。このカプセルからは、総量約5.4グラム程度の黒い砂状粒子が確認されています。その後、JAXA地球外試料キュレーションセンター(ESCuC)は、1粒子毎の光学観察や重量測定を中心とした初期記載を行い、2021年11月にリュウグウ粒子の初期記載論文を報告しました。本年6月以降、Phase-2キュレーションチームと初期分析チームそれぞれから、初期成果論文が欧米日の科学誌に順次公表されます。
Phase-2キュレーションJAMSTEC高知コア研究所は、2015年からJAXAキュレーションチームとともに、将来の惑星探査、地球惑星物質分析とキュレーション活動に資する試料の保管・輸送法や分析技術の向上を進めてきました。開発した機器や分析技術を駆使し、JAXAキュレーションと共同でリュウグウ粒子の分析を担当しています。
2021年6月中旬から大型放射光施設※3SPring-8 BL20XUにてX線CT撮影を行い、各粒子の形状や内部構造を取得することで、どの部分がどの分析に適しているかを決定しました。その後、国内外研究機関それぞれに、リュウグウ粒子を地球大気に触れぬよう輸送しました。貴重なリュウグウ試料の国外輸送にあたっては、駐日英国大使館、外務省、文部科学省の協力を得て、英国オープン大学と米国UCLAに安全かつスピーディに試料を送ることができました。
Phase-2キュレーション高知チームには、まず8個(1〜4ミリメートル)、合計50mg程度のリュウグウ粒子が配分されました。米粒程度の大きさのリュウグウ粒子から効率よく、かつ最大限に化学的情報を得て、リュウグウ試料カタログに反映することを目的としています。我々の分析に基づくリュウグウ粒子の元素組成は、先に報告されたYokoyama et al. (2022, Science), Nakamura E. et al. (2022, 日本学士院紀要)と矛盾がなく、「リュウグウは太陽系全体の元素組成を代表する始原的な物質である」という確証が得られました。また、粒子ごとに多少の違いはありますが、水が関与して形成したと考えられる鉱物が多く見られます(図1)。このことから、リュウグウには過去に氷が存在し、その氷が溶けてできた水と、もともと含まれていた鉱物が反応した結果、現在我々が観察している鉱物が作られたと考えられます。
©Ito et al.(2022)より改変
図1 (左上)配布された最大のリュウグウ粒子A0002、(左下)SPring-8で取得した放射光X線CT像、(中)リュウグウ粒子中の水が関与してできた鉱物群:赤:含水ケイ酸塩鉱物、緑:炭酸塩鉱物、青:酸化鉄、黄:硫化鉱物、(右)中図の白四角領域を電子顕微鏡で拡大した図。
もっと細かい物質がどうなっているのかを、超高解像度二次イオン質量分析装置(NanoSIMS)※4により分析したところ、水素と窒素は、地球と比べると重い同位体成分に富んでいることがわかりました。この結果は、宇宙塵と良い一致を示すばかりではなく、彗星の値に近い傾向も見られます(図2)。このことは、リュウグウ粒子は熱の影響をあまり受けず、形成当時の物質科学的情報を保っていることを示唆しています。これらの粒子は太陽系の外縁部で形成後、現在の位置まで移動したと考えられます。
走査型透過X線顕微鏡(STXM)※6と超高分解能透過型電子顕微鏡(TEM)※7による分析を組み合わせることで、脂肪族炭化水素※8に富む有機物は、粗粒の含水ケイ酸塩鉱物※9と複雑に入り混じった組織を持つことが明らかになりました(図3)。この組織は、有機物が水の存在下で鉱物と反応したことを示す、世界で初めての直接的証拠です。脂肪族炭化水素に富む有機物は、30度以上の温度になると分解するという研究報告があります。つまり、脂肪族炭化水素に富む有機物の存在から、リュウグウは30度以下の温度しか経験していないと考えられます。一方、どのような種類の有機物が該当する領域に含まれるのかは、今後の研究に続きます。
©Ito et al.(2022)より改変
図3 (左)リュウグウ粒子に含まれる多様な有機物は、大別すると三種類の異なる特徴(色ごとに異なる官能基を持つ)を持つことがSTXMで分析によりわかった。(中)リュウグウ粒子中(0.02mm四方)の三種類の異なる特徴を持つ有機物ごとの分布を可視化した。(右)左図の点線の領域の透過電子顕微鏡による観察図、粗粒の含水ケイ酸塩鉱物の中に脂肪族炭素に富む有機物が濃集していることがわかる。
有機物や水が地球にどのように運ばれたか、未だに大きな議論が続いています。リュウグウ粒子中の粗粒の含水ケイ酸塩鉱物は、有機物や水の供給源の一つの可能性があります。粗粒の含水ケイ酸塩鉱物に含まれる有機物は、細粒の含水ケイ酸塩鉱物に含まれる有機物よりも、分解などに対し強いと考えられるため、そのままの状態で地球に運ばれたかもしれません。一方、リュウグウ粒子の水素同位体は地球と比べて重い成分に富むため、リュウグウのような小惑星のみが地球への水の供給源とは言えません。一方、小惑星イトカワの粒子には、太陽風由来の軽い水素同位体組成を持つケイ酸塩鉱物が見つかっています。様々な水素同位体組成を持つ成分が混じり合うことで、地球の水ができた可能性があります。
「小惑星リュウグウを形づくった微粒子は、かつて太陽系の外側で形成され、水と有機物がたくさん含まれていた。このような始原的な小惑星は、その後太陽系の内側までやってきて、地球に水や有機物を供給した」という仮説を本研究で立てる事ができました。今後、小惑星リュウグウ粒子の更なる分析や小惑星ベンヌ(NASAオサイリス・レックスミッション)の研究により、この仮説の検証ができると考えています。
【用語解説】
論文タイトル:
A pristine record of outer Solar System materials from asteroid Ryugu's returned sample
著者名:
Motoo Ito1*, Naotaka Tomioka1, Masayuki Uesugi2, Akira Yamaguchi3,4, Naoki Shirai5,¥, Takuji Ohigashi4,6,¥¥, Ming-Chang Liu7, Richard C. Greenwood8, Makoto Kimura3, Naoya Imae3,4, Kentaro Uesugi2, Aiko Nakato9, Kasumi Yogata9, Hayato Yuzawa6, Yu Kodama10,$, Akira Tsuchiyama11,12,13, Masahiro Yasutake2, Ross Findlay8, Ian A. Franchi8, James A. Malley8, Kaitlyn A. McCain7, Nozomi Matsuda7, Kevin D. McKeegan7, Kaori Hirahara14, Akihisa Takeuchi2, Shun Sekimoto15, Ikuya Sakurai16, Ikuo Okada16, Yuzuru Karouji17, Masahiko Arakawa18, Atsushi Fujii9, Masaki Fujimoto9, Masahiko Hayakawa9, Naoyuki Hirata18, Naru Hirata19, Rie Honda20,$$, Chikatoshi Honda19, Satoshi Hosoda9, Yu-ichi Iijima, Hitoshi Ikeda9, Masateru Ishiguro21, Yoshiaki Ishihara17, Takahiro Iwata9, Kosuke Kawahara9, Shota Kikuchi22, Kohei Kitazato19, Koji Matsumoto23, Moe Matsuoka9, Tatsuhiro Michikami24, Yuya Mimasu9, Akira Miura9, Osamu Mori9, Tomokatsu Morota25, Satoru Nakazawa9, Noriyuki Namiki23, Hirotomo Noda23, Rina Noguchi26, Naoko Ogawa9, Kazunori Ogawa9, Tatsuaki Okada9, Chisato Okamoto, Go Ono9, Masanobu Ozaki4,9, Takanao Saiki9, Naoya Sakatani27, Hirotaka Sawada9, Hiroki Senshu22, Yuri Shimaki9, Kei Shirai9, Seiji Sugita25, Yuto Takei9, Hiroshi Takeuchi9, Satoshi Tanaka9, Eri Tatsumi28, Fuyuto Terui29, Ryudo Tsukizaki9, Koji Wada22, Manabu Yamada22, Tetsuya Yamada9, Yukio Yamamoto9, Hajime Yano9, Yasuhiro Yokota9, Keisuke Yoshihara9, Makoto Yoshikawa9, Kent Yoshikawa9, Ryota Fukai9, Shizuho Furuya9,25, Kentaro Hatakeda10, Tasuku Hayashi9, Yuya Hitomi10, Kazuya Kumagai10, Akiko Miyazaki9, Masahiro Nishimura9, Hiromichi Soejima10, Ayako Iwamae10,$$$, Daiki Yamamoto9,30, Miwa Yoshitake9,$$$$, Toru Yada9, Masanao Abe9, Tomohiro Usui9, Sei-ichiro Watanabe31, and Yuichi Tsuda4,9
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