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プレスリリース

2022年 11月 2日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
公益財団法人笹川平和財団

太平洋側北極海(チュクチ海)のマイクロプラスチック存在量を初めて推定

1. 発表のポイント

海洋地球研究船「みらい」による観測の結果、太平洋側北極海(チュクチ海)のマイクロプラスチック存在量は平均5,236個/km2、総量33億個と見積もられた。
太平洋から流入するマイクロプラスチック量は180億個/年と推定され、チュクチ海の海水中にはその一部しか存在しない可能性が高い。
太平洋から北極海に流入するマイクロプラスチックの大部分は、チュクチ海の海水以外の場所(海氷や海底堆積物など)、あるいはボーフォート海など北極海の下流域に蓄積している可能性がある。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和裕幸、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門 海洋生物環境影響研究センター 海洋プラスチック動態研究グループの池上隆仁副主任研究員らは、太平洋側北極海(※1)のうちチュクチ海に存在するマイクロプラスチック量及び太平洋から当該海域に流入するマイクロプラスチック量を観測データから初めて推定しました。

北極海へのマイクロプラスチックの流入は、地球温暖化に伴う海氷の減少が特に著しい太平洋側北極海の海洋生態系への環境ストレスを増大させる可能性が指摘されています。このため、その入り口に位置するチュクチ海でのマイクロプラスチックの動態把握は、重要な課題として認識されていました。

本研究では、チュクチ海とベーリング海(太平洋とチュクチ海をつなぐ海)において、海洋地球研究船「みらい」でニューストンネット(※2)を用いて海洋表層のプラスチックを採取し、波高・風速データから海水全体の存在量を推定しました(※3)。

その結果、チュクチ海における存在量は平均5,236個/km2(大西洋側北極海の30分の1、全球平均の10分の1以下)、総量33億個であり、他の海域に比べて汚染が少ないことが示唆されました。

一方、ベーリング海からチュクチ海に流れ込む年間流入量を計算したところ、チュクチ海全体の存在量よりも約5.5倍多いと推定されました。このことから、太平洋からチュクチ海に流入したマイクロプラスチックの大部分はチュクチ海の海水以外の場所(海氷や海底堆積物など)、あるいはボーフォート海など北極海の下流域に大量に蓄積されていることが示唆されました。本成果は、太平洋から北極海へ流入するマイクロプラスチック量を初めて推定したものであり、今後も調査を推し進めることで、政策提言に資するデータや知見の蓄積に貢献するものと期待されます。

本成果は、「Science of the Total Environment」に11月1日付け(日本時間)で掲載されました。なお、本研究は、文部科学省の「北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)」の支援を受けて実施されたものです。

タイトル:
Horizontal distribution of surface microplastic concentrations and water-column microplastic inventories in the Chukchi Sea, western Arctic Ocean
著者:
池上隆仁1、中嶋亮太1、藤原周1、小野寺丈尚太郎1、伊東素代1、豊島淳子2、渡邉英嗣1、村田昌彦1、西野茂人1、菊地隆1
所属:
1.海洋研究開発機構、2. 笹川平和財団海洋政策研究所
DOI:
10.1016/j.scitotenv.2022.159564

【用語解説】

※1
太平洋側北極海:チュクチ海、ボーフォート海、東シベリア海が該当する。
※2
ニューストンネット:ごく表層に分布する仔稚魚類や魚卵、動物プランクトン、及び水面に浮かびながら生活する生物(ニューストン)を採集するためのネット。開口部を一部水没させて海表面をすくうようにして曳網する。本研究では海洋表層(0-0.5 m)に浮遊するマイクロプラスチックの採集のために使用した。
※3
海水中のマイクロプラスチック存在量:海表面に浮遊するマイクロプラスチックは海が荒れているときは、海水と一緒に海面より下に潜ってしまうため、海の荒れ具合によって海表面に浮遊するマイクロプラスチックの個数は変化する。しかし、マイクロプラスチックの採取時に波高と風速を観測することで、海洋表層の混ざり具合がわかるため、海面下のマイクロプラスチックの鉛直分布を推定することができる(Isobe et al., 2021, Micropl. Nanopl. 1, 16)。本研究では、海面下のマイクロプラスチックの個数を水深方向に無限に足し合わせることで、1 km2当たりに浮遊するマイクロプラスチックの個数(海水中のマイクロプラスチック存在量)に換算した。

3. 背景

現在、海洋には毎年1000万トンものプラスチックごみが放出されており、プラスチックごみは紫外線による劣化や物理的な破砕により微細化し、回収不可能な粒径5 mm未満のマイクロプラスチック(microplastics、以下MPsと記載する)となります。MPsに残留もしくは吸着した化学汚染物質は、海洋生物に取り込まれることで生殖や成長を妨げるため、深刻な海洋汚染問題となることが懸念されています。北極海では、MPsは漁業、廃水、産業活動によって地域的に排出されるだけでなく、海流、大気輸送、河川によって低緯度から運ばれてくるため、特定の地域に蓄積される可能性があります。太平洋側北極海は、ベーリング海峡を通じて太平洋起源水が流入するため、太平洋からのプラスチックごみが流れ着く潜在的な集積場所の一つです(図1)。

図1

図1 太平洋側北極海における表層海流の模式図。赤丸は太平洋側北極海とベーリング海の沿岸にある人口2000人以上の都市を示す。

しかし、MPsに関する定量的データの報告は大西洋側北極海に偏っており、太平洋側北極海では、これまでに数地点で海水中のMPs濃度が報告されたのみで、データの空白域となっていました。太平洋側北極海は産業革命以降の人為的CO2排出による地球温暖化に伴う海氷の融解が特に著しく、海洋生態系は既に表層水温の上昇、海洋酸性化、成層の変化など、複数の環境ストレスを受けています。そのため、太平洋からのMPsの流入は、環境ストレスをさらに増大させる可能性があり、太平洋側北極海におけるMPs汚染の現状を定量的に明らかにすることは喫緊の課題となっていました。

4. 成果

本研究チームは2020年と2021年の夏季から秋季に海洋地球研究船「みらい」に乗船し、北極海への太平洋起源水流入の玄関口となるチュクチ海およびベーリング海の20観測点において、ニューストンネットを用いて海表面に浮遊するMPsの分布量を初めて広域にわたり調査し、得られた表層のMPs濃度と試料採取時の波高・風速から、各観測点の海水中のMPsの存在量を推定しました(図2)。

図2

図2 チュクチ海におけるマイクロプラスチック存在量の水平分布。 (a)はMR20-05C航海、(b)は MR21-05C航海における試料採取地点の分布を示す。カラースケールはマイクロプラスチックの存在量、グレースケールは、サンプリング期間中の平均の海氷密接度をそれぞれ表す。

その結果、アラスカ北部で比較的人口の多い町であるウトキアグヴィク(Utqiaġvik、人口約4,300人)周辺の観測点と、陸域から遠く離れた北緯74度の観測点において15,000個/km2以上の局所的に高い値が観測されました。沿岸域の局所的に高い値は、比較的人口密度の高い町から排出された地域的なプラスチックごみの影響が考えられました。一方、沿岸から遠く離れた観測点では、海氷に一旦取り込まれ、濃集したMPsが、その後海氷の融解により放出されたものを観測時にとらえた可能性が考えられました。したがって、太平洋側北極海のMPsの分布には沿岸の産業活動による地域的な影響だけでなく、海氷によるMPsの取り込み・輸送、融解時の放出が大きく関わっている可能性が示唆されました。

チュクチ海全体を見ると、チュクチ海(ベーリング海峡を除く)における海水中のMPs存在量は平均で5,236個/km2(重量換算で124 g/km2)であり、チュクチ海の総面積を62万km2とした場合、チュクチ海の海水中に浮遊するMPsの総量は33億個(重量換算で7万7千kg)と推定できました。したがって、チュクチ海の海水中のMPs存在量は、バレンツ海やカラ海など大西洋側北極海の海水中のMPs存在量に比べると30分の1程度(表1)、全球の海洋のMPs存在量(63,320個/km2※4)と比較しても10分の1以下であることがわかりました。

表1

一方、ベーリング海峡における観測結果からは、ベーリング海峡の海水中の平均のMPs濃度は70万個/km3であり、ベーリング海峡における年平均流量を一日当たり70 km3※5)とした場合、MPsの年間流入量は180億個(重量換算で42万kg)と推定できました。この値はチュクチ海の海水中に浮遊するMPsの5.5倍以上であり、太平洋から流入したMPsの大部分はチュクチ海の海水中には存在せず、チュクチ海の海水以外の場所(海氷や海底堆積)、あるいはボーフォート海など北極海の下流域に大量に蓄積していることが示唆されました(図3)。

図3

図3 本研究成果の概略図。太平洋から流入したマイクロプラスチックの大部分はチュクチ海の海水中以外の場所(海氷や海底堆積物など)、またはその下流域に蓄積していることが示唆された。

5. 今後の展望

本研究では、太平洋側北極海の表層MPs濃度から海水中に浮遊するMPsの存在量を推定し、太平洋側北極海におけるMPs汚染の現状を定量的に示しました。

ただ、今回用いた手法は、MPsのほとんどが表層に浮遊し、下方へ急激に減少していく分布を仮定しており、今後は実際の鉛直分布を明らかにしていく必要があります。

また、今回用いたニューストンネットの目合いは333 µmであり、333 µm未満のMPsについては全くわかっておらず、太平洋からチュクチ海に流入したMPsの行方もまだ明らかになっていません。今後は、ボーフォート海など北極海の下流域に調査範囲を広げ、複数深度の海水試料と海底表層堆積物試料に含まれる333 µm未満のMPsの調査などを通じて、更なる実態を明らかにしていく予定です。

日本がG20大阪サミットで提唱した大阪ブルー・オーシャン・ビジョンでは海洋プラスチックごみの問題が焦点の一つとなりました。海洋プラスチックごみに関する国際的な取組については、世界中で議論が進められていますが、北極海に流入するプラスチックごみを規制する政策や法律はまだありません。今後も北極海のプラスチックごみに関する調査を推し進め、政策提言に資するデータや知見の蓄積が必要であると考えます。

※4
出典:Isobe et al., 2015, Mar. Pollut. Bull. 101 (2), 618–623
※5
出典:Woodgate et al., 2005, Geophys. Res. Lett. 32(4), L04601
国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境部門海洋生物環境影響研究センター 海洋プラスチック動態研究グループ
副主任研究員 池上隆仁
(報道担当)
海洋科学技術戦略部 報道室
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