プラスチックごみのうち、風化作用により劣化して海底に沈んでいったと考えられるマイクロプラスチック※1(以下、MPs)が深海堆積物表層で大量に見つかり、行方不明となっているMPsの一部は海底堆積物に蓄積している可能性が高いことがわかった。調査地点の中では、房総半島の沖合約500キロメートルの深海平原※2で最も多くのMPsが見つかり、人口密集地の沿岸に近い相模湾、海溝に位置するプレート三重会合点※3がそれに続いた。
相模湾/プレート三重会合点で見つかったMPsと、深海平原のMPsを比較すると、前者のMPsの粒径や縦横比が大きく、含まれるプラスチックの材質数が多かったが、後者のそれは粒径や縦横比が小さく、材質数も少ないという特徴があることがわかった。
今回見つかった堆積物内MPsの形状や材質の類似性から、相模湾からプレート三重会合点へは海底地すべりなどでMPsが輸送されたのに対して、深海平原で見つかったMPsは海洋表層から直下の海底へ沈降したと考えられ、両者で輸送経路が異なっていたと推測される。
マイクロプラスチック:一般的に5ミリメートル以下のプラスチック粒子。
深海平原:水深区分で水深4,000〜6,000mの深海帯にある平坦な地形。
プレート三重会合点:3つのプレート境界が収束する場所。調査した房総半島沖の三重会合点は、3つの海溝が交わる世界で唯一の場所で、水深が9,000mを超える。
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門 海洋生物環境影響研究センター 海洋プラスチック動態研究グループの土屋正史副主任研究員らのグループは、相模湾、プレート三重会合点および深海平原にかけての、水深855mから9,232mの7地点の深海底において、2019年9月に有人潜水調査船「しんかい6500」および大深度海底設置型観測システム「FFC11K」※4を使った調査を実施し、採取した堆積物柱状試料から堆積物内に大量のマイクロプラスチック(以下、MPs)が集積していることを明らかにしました。
世界では毎年800万トンを超えるプラスチックごみが海洋に流出し続けているとされています。これらのプラスチックごみは、沿岸や海岸などで、紫外線や熱、砂との衝突、生物による破壊などの風化作用によって劣化し、5mm以下のMPsになります。小さくなったMPsは潮汐や海流によって沖合に流され、やがて海底に沈んでいきます。MPsは最終的に深海底に到達するため、深海底の堆積物がMPsの大きな集積場の一つであると予想されていました。しかし、深海は調査機会が限られており、その分布実態や輸送過程には不明な点が残されていました。
本研究グループは、採取地点の海底地形やそれらの繋がりや海洋表層のMPsの分布、人口密集地からの距離に着目し、深海堆積物内のMPsを分析して輸送経路を推測しました。その結果、これまで知られている数の2〜5,500倍ものMPsが、深海堆積物に存在することがわかりました。沿岸域の深海底は人口密集地からも近く、陸域・浅海域の特徴と類似していましたが、陸域から離れた深海平原のMPsは、それらの特徴とは異なる特徴を持っていることがわかりました。MPsの分布密度、大きさや形状、MPsの材質の類似性から推測すると、沿岸域では陸域や浅海域から流出したMPsが深海堆積物に蓄積するとともに、頻繁に起きる地震に伴う海底地すべりによって海底付近でMPsが輸送され、さらに、相模トラフに沿ってプレート三重会合点に到達すると考えられます。これに対して、深海平原はその直上にある黒潮続流再循環域に生じる渦にプラスチックごみやMPsが集積し、そこから海底に直接沈降している可能性が高いことが推測されました。
本成果は科学誌「Marine Pollution Bulletin」に10月7日付でオンライン公開されました。なお、本研究の成果の一部は、環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF18S20211)により実施しました。
Distribution of microplastics in bathyal- to hadal-depth sediments and transport process along the deep-sea canyon and the Kuroshio Extension in the Northwest Pacific
大深度海底設置型観測システム「FFC11K」:深海カメラや観測機器などを搭載可能な投げ込み式のフルデプス対応観測システムで、一定時間海底に設置して観測したあと、音響信号によって切り離し装置を作動させて自己浮上させる(参考:写真1を参照)。本研究では、「しんかい6500」が到達できない水深約9,000mのプレート三重会合点において使用し、本システムのフレームに設置した堆積物柱状採泥器を用いて堆積物を採取した。
毎年800万トンを超えるプラスチックごみが海洋に流出し、そのうち2万〜6万トンが日本から発生したものだと推定されています。海洋に流出したプラスチックごみは、沿岸や海岸などで、紫外線や熱、砂との衝突、生物による破壊などの風化作用によって劣化し、5mm以下のマイクロプラスチック(MPs)になります。海洋に流出したMPsはやがて深海に沈んでいくため、海底堆積物はMPsの集積場であると考えられていました。しかし、深海堆積物の採取機会は限られており、分布実態や輸送過程には不明な点が残されていました。
我々は2019年に本研究と同じ調査地点の房総半島沖約500km、水深6,000m付近の深海底(深海平原)において、大きなプラスチックごみを大量に見つけました。深海底で発見したプラスチックごみは、劣化が進んでおらず、色も残っていました。このうちいくつかのプラスチックごみには、製造年月日や製造国のわかる印刷が残っており、日本から排出されたプラスチックごみも含まれていました。また、房総半島沖の黒潮続流再循環域と呼ばれる渦が発達する海域の直下に世界で最も多くのごみが溜まっていることを見つけました。JAMSTECのスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」で計算した結果と合わせて考えると、海洋表層の渦に取り込まれたプラスチックごみが、その直下の海底に直接沈降していると考えられました。しかし、小さいMPsから製造年月日や製造国の情報を読み取ることはできず、輸送経路の推測も困難でした。
そこで我々は、人口密集地からの距離や海底地形とその繋がり、海底で発生する地すべりの影響などに着目し、深海底の観測点間のMPsの数や大きさや形状、材質について、陸域や浅海域、海洋表層と比較しました。すべての地点で同じような経路をたどっていると仮定すると、MPsの特徴はどの地点でも類似することが予想されます。堆積する場所の沿岸からの距離や海底地すべりの影響の有無などによって、堆積物自体は分級(粒子ごとに大きさが揃うこと)しますので、同じような大きさを持つMPsも粒径や形状、材質によって何らかの選別が生じている可能性があると考えました。つまり、沿岸域の相模湾は、国内で最大の人口密集地を後背地に持つため、人間活動の影響を強く受けるとともに、頻繁に発生する地震に伴う海底地すべりによって、より深い水深にまで影響を及ぼしうると考えました。さらに、相模湾の深海から相模トラフを通じてプレート三重会合点と呼ばれる海溝域までは、凹地地形が連続しており、この海底地形に沿って海溝にまで達している可能性があります。これに対して沖合深海底の深海平原は、相模湾からプレート三重会合点への連なりとは離れた場所にあるため、海底地すべりの影響はなく、MPsは大きなプラスチックごみと同じように海洋表層から直接沈降する可能性が高いのではないかと考えました。この作業仮説を検証し、深海の堆積物内MPsの分布実態と輸送過程を理解するために、2019年9月に有人潜水調査船「しんかい6500」と大深度海底設置型観測システム「FFC11K」を使って、相模湾とプレート三重会合点と房総半島から500kmほどの沖合の深海平原にかけての、水深855mから9,232mの深海底において堆積物柱状試料を採取(参考:写真2)し、表層堆積物(0〜1cm)にあるMPsを分析しました(図1)。
有人潜水調査船「しんかい6500」および大深度海底設置型観測システム「FFC11K」によって採取した海底堆積物のうち表層から堆積物深度1cmを分析したところ、MPsの数は深海平原で最も多い傾向にありました。その数は、深海平原では乾燥堆積物1gあたり平均601.5±629.4個(220.5±48.1〜997.8±996.6個)であり、続いて相模湾では平均29.6±23.6個(14.1±7.2〜14.1±7.2個)、プレート三重会合点では平均11.2±6.0個(7.9±4.0〜14.5±7.0個)でした(図2)。これは、これまでの研究で最も多くのMPsが見つかっていた地中海の堆積物に比べて2〜260倍4、北大西洋に比べて2〜5,500倍もの数になります。また、他の深海平原や本研究の観測点と同じ程度の水深を持つ海溝と比較しても最大約2万倍ものMPsが溜まっていることがわかりました。観測した深海底堆積物には、これまで観測された中でも飛び抜けて多いMPsが特に深海平原に分布していることになります。これを1平方メートルあたりに換算すると、深海平原では28.4×104〜341.0×104個、相模湾では1.3×104〜5.8×104個、プレート三重会合点では1.3×104〜3.3×104個となります。
また、試料採取地点の堆積速度は各地点で異なり、1年あたりで、相模湾のSt. 1、St. 2近傍で0.25〜0.34cm、プレート三重会合点近傍では0.0662cm、深海平原近傍では0.00163〜0.00216cmです。つまり、1cmの堆積物が溜まるのに、相模湾で3〜4年、プレート三重会合点で15年かかっており、深海平原においては463〜614年の時間がかかることになります。1950年代以降にプラスチックの爆発的な利用増加とそれに伴ってMPsが増加したと考えられますので、堆積物表層1cmには、深海平原ではプラスチックが広く利用されるようになって以降現在までの約70年間の情報がすべて含まれているのに対して、相模湾やプレート三重会合点では、最近の約5〜20年分に溜まったMPsが含まれていることになります。
MPsの粒子形状や材質数、大きさを分析した結果、相模湾とプレート三重会合点は類似しているものの、深海平原のそれとは異なっていました。特に、MPsの粒子形状(縦横比)は、相模湾とプレート三重会合点では2.0±0.9〜2.2±1.4で細長い形状でしたが、深海平原では縦横比は有意に小さく平均1.6±0.4でした。また、MPsの材質数は、相模湾とプレート三重会合点で多く、類似した構成でした。一方、深海平原では、材質数は他の2つの海域に比べて少ないことがわかりました(図3)。その構成を見ると、相模湾とプレート三重会合点ではポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、エチレンビニルアルコール、アクリル樹脂、エチレン酢酸ビニル、ポリスチレンなど多様な材質で全体の90%を超えます。これに対して、深海平原では、ポリエチレンとポリアミドだけで90%を超えます。このように、沿岸に近い相模湾とプレート三重会合点と、深海平原は異なる特徴を持つことがわかりました(図4)。MPsの大きさには、有意な差はないものの深海平原では小さく、相模湾とプレート三重会合点では大きい傾向にありました。
相模湾とプレート三重会合点、深海平原で見つかったMPsは、作業仮説として立てた経路の違いを示している可能性が高いと考えられます。相模湾やプレート三重会合点で観測された材質は、東京湾や相模川と類似していました。すなわち、東京湾や相模川を通じて海に至ったMPsが沿岸域で沈降し、相模湾海底に到達したと考えられます。日本周辺は地震が頻発し、これに誘発された海底地すべりによって更に深い水深まで堆積物が輸送されますが、相模湾でも同様に海底地すべりが生じます。このような海底地すべりに伴って相模湾のSt. 1からSt. 2にまで輸送され、さらに相模トラフを通じてプレート三重会合点のSt. 4やSt. 5にまで到達すると考えられます(図5)。この一連のつながりを考慮すると、陸域の相模川や浅海の東京湾と、深海域の相模湾やプレート三重会合点にみられたMPsの材質の類似性が説明できます。これに対して深海平原のMPsは、陸域とは異なる材質や相模湾・三重会合点とは異なる材質・縦横比を持っていますので、異なる輸送経路を考える必要があります。実際に、深海平原の試料採取地点近傍の海洋表層で採取されたMPsは、ポリエチレンやポリアミド、ポリプロピレンが多く見つかっており、本研究で見つかった深海平原MPsとの類似性があります。つまり、深海平原のMPsは大きなプラスチックごみと同様に黒潮続流によって運ばれ、渦に取り込まれたものが直下の深海底に沈んでいると考えることで、相模湾やプレート三重会合点との違いを説明できます(図5)。
本研究では、MPsは深海平原で数が多く、大きさや縦横比が小さく、材質数が少ないという特徴を持ち、沿岸に近い相模湾深海底やそこと海底地形が連続するプレート三重会合点とは異なる特徴を示すことが明らかになりました。また、相模湾から相模トラフを通じて三重会合点に輸送されている一方で、沖合の深海平原は海洋表層から直接沈降したものである可能性があり、MPsの分布は異なる輸送経路の影響を受けていることが推測されました。
MPsを含む海洋プラスチックごみは東アジアを中心とした排出源から流出すると考えられていますが、今回の堆積物内のMPsの特徴や、2021年に我々が公表した論文でも、日本からの排出に由来するプラスチックごみが相当数含まれている可能性があることも分かってきました。排出源とされる東アジアから日本沿岸にかけて輸送されるものを想定すると、排出源に近い黒潮上流部である沖縄周辺海域や、今回の観測点までの間の黒潮中流部に存在する黒潮再循環域の深海底にも同じようにMPsが溜まっていると考えられますが、今回研究を行った海域とは後背地の人口密度や海底地形が大きく異なります。そのため、このような影響がどの程度MPsの分布の違いとして顕在化しているのかを明らかにしていく必要があります。
深海堆積物内のMPsについては、広域的な分布実態や、特徴や輸送経路の違いなど、まだ分からないことが多く、今後調査を継続していく予定です。また、本研究も含めてこれまでの研究では、堆積物内のMPsの数を比較していますが、MPsをろ過する際のフィルターの目合いが研究ごとに異なるため、単純に数だけを比較することに疑問の余地が残ります。堆積物内のMPsの分析は世界各地で進められていますが、数だけではなく重量に換算するなどの共通化した方法を模索し、分析技術や手法の標準化などの検討も進めていく必要があります。
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