2022年6月下旬から7月初めにかけて発生した高温について、人為起源の地球温暖化の影響を評価するイベントアトリビューション(EA)※1 を実施し、水平解像度5kmのシミュレーション結果から、地上付近の高温の発生確率に対する温暖化の寄与を初めて明らかにした。
日本国内の地域性に着目して温暖化の寄与を評価したところ、特に本事例において高温になった関東域で温暖化の寄与が大きかったことがわかった。
地域差をもたらす要因として、温暖化の影響による風向の変化や山越え気流の傾向の強まりが挙げられ、一部の地域ではフェーン現象※2が発生し、地上高温の発生確率に対する温暖化の寄与を高めていたことが示唆された。
イベントアトリビューション (EA)
特定の気象現象に対して、人間活動による温暖化を考慮した条件(現在再現実験)と人為起源の気候変動要因を取り除いた条件(非温暖化実験)のそれぞれについて大量の大気シミュレーション実験を行い、それらの実験結果の違いから、その現象に対する人為起源の地球温暖化の影響を見積もる手法。
フェーン現象
山を越える風が吹き、山の風下側斜面で下降流が発生した場合、風下地域で暖かく乾燥した風が吹くことで、地上付近の気温が上昇する現象。
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和裕幸、以下「JAMSTEC」という。)の付加価値情報創生部門地球情報科学技術センターの伊東瑠衣特任研究員は、東京大学大気海洋研究所の今田由紀子准教授、気象庁気象研究所の川瀬宏明主任研究官とともに、2022年6月下旬から7月初めにかけて日本国内で起きた記録的な高温を対象に、人間活動による地球温暖化の影響を評価するイベントアトリビューション(以下、「EA」という。)を実施し、地上気温に対する人為起源の温暖化の影響を初めて明らかにしました。
実験結果から地上の高温の発生確率に対する温暖化影響には地域差が生じていることがわかりました。そのような地域差が生じた原因には、温暖化による地上の気圧配置の変化によって地上の風向が変化したことが挙げられ、一部の地域では山地を超えた山越え気流によって気温が上昇していたことも示されました。
本成果は、「Bulletin of the American Meteorological Society (BAMS)」に11月30日付け(現地時間)で掲載されました。なお本研究は、文部科学省の気候変動予測先端研究プログラム(JPMXD0722680734、JPMXD0722680395)および補助事業「地球環境データ統合・解析プラットフォーム事業」(JPMXD0721453504)の元で実施しました。
Regional characteristics of attribution risk on the record-high temperature event of 2022 rainy season in Japan
世界の様々な地域で記録的な猛暑や大雨といった異常気象が発生しており、深刻化する地球温暖化の影響が懸念されています。このような状況の中、米国気象学会は、過去1年間に世界で起きた異常気象に対する気候変動の影響を定量的に評価する研究の成果を取りまとめた特集号「Explaining Extreme Events from a Climate Perspective」を毎年発行しています。2011年に始まった本特集号において、日本で発生した過去の異常気象についても、例えば、2013年の猛暑(参考:文献1) 、2018年の西日本豪雨(参考:文献2)を始め、人間活動の影響を評価するEAの結果が報告されています。
本研究はこの流れを引き継ぐ2022年初夏の記録的な高温に関する研究成果です。これまでも日本上空の平均気温に関するEAは実施されてきました(参考:文献3)が、日本国内を対象とした詳細なEAは実施されてきませんでした。今回新たな試みとして、水平解像度5kmの地域気候モデルを用いて高温に対するEAを行い、我々の生活に馴染みの深い地上付近の高温に対して、初めて日本の地域間の違いに着目して地球温暖化の影響を評価しました。
本研究では、水平解像度5kmの地域気候モデルを用いて、人間活動による温暖化を考慮した再現実験※3 と、人為起源の気候変動要因を取り除いた非温暖化実験※4 をそれぞれ100回実施し、地上付近の高温に対する温暖化の影響を評価しました。その結果、非温暖化実験と比べて、再現実験では関東域と日本海側の一部の地域で高温になりやすい傾向が見られました(図1)。
さらに日本全国の気象官署(特別地域気象観測所を含む)における高温の発生確率を調べたところ、高温になりやすかった地域では、相対的に人間活動による地球温暖化の影響を強く受け、地球温暖化の影響で高温の発生確率が高まっていたことも示されました(図2)。
地域によって地上の高温発生確率に対する地球温暖化の寄与が異なった要因として、日本周辺の地上の気圧配置が地球温暖化の影響によって変化したことが考えられます。今回の猛暑事例の大気の特徴を見ると、日本の上空には、高温をもたらす二段重ねの高気圧が発生し(参考:文献4)、日本全域で高温になりやすい条件でした。これに加え、地上付近の気圧配置は、まず(a)地球温暖化の影響で、日本の南側で高気圧傾向が強まり、北側では低気圧傾向となることで、日本上空では南西寄りの風が強化されました(図3a)。そして、(b)猛暑が発生した期間における海面水温の空間分布の影響によって、太平洋高気圧が北偏し、この影響で、日本の特に西日本上空で南西風が強まりました(図3b)。これら2つの要因が重なり、日本の上空では強い南西風への変化が現れました(図3c)。気圧配置の変化は地上風に変化をもたらし、日本海側の地域や関東の西側では山越え気流の傾向が強まり、一部地域ではフェーン現象が発生していたことがわかりました。また関東平野の海岸地域では、風向が変わり、比較的低温な海上の空気塊の内陸への進入が妨げられたことで、地上気温が上昇していたこともわかりました。
今回の結果から、各地域に高温をもたらす地上の気圧配置を地球温暖化が強めた際には、その地域の高温に対する温暖化の寄与が他の地域に比べてより顕著に現れることが明らかとなりました。
再現実験
観測データを用いて、これまでの温室効果ガスの排出量に基づき、現在の気候を再現する目的で行う気候実験。
非温暖化実験
温室効果ガスの排出量を産業革命前のレベルで固定することで、産業革命以降の温室効果ガスの排出がなかったと仮定して行う気候実験。
国内の地上高温の地域分布に着目して、地球温暖化の寄与を明らかにした今回の研究成果は、暑熱環境や熱中症などの健康リスクといった我々の生活に密接に関係する地上気温について、温暖化影響の現れ方が地域間で一様ではないことを示す重要な結果です。本成果が地球温暖化に対する行動を促すきっかけとなることが期待されます。
本研究では2022年のラニーニャ時の、日本では高温になりやすい条件で発生した高温に対する人間活動の影響について、その地域間の違いを示しましたが、2023年の夏は、ラニーニャが終息したにも関わらず連日猛暑日となる高温状態が日本で観測されました。2023年夏に関しても引き続きEAを実施し、異なる気候条件で発生する国内の様々な猛暑について、地球温暖化の寄与に関する地域間の違いとその要因について明らかにすることを試みています。
Imada, Y. et al., 2014: The contribution of anthropogenic forcing to the Japanese heat waves of 2013. Bull. Amer. Meteor. Soc., 95, S52-S54.
Kawase, H. et al., 2020: The Heavy Rain Event of July 2018 in Japan enhanced by historical warming. In “Explaining extreme events of 2018 from a climate perspective”. Bull. Amer. Meteor. Soc., 101, S109–S114.
文部科学省・気象庁気象研究所,報道発表,「令和4年6月下旬から7月初めの記録的な高温に地球温暖化が与えた影響に関する研究に取り組んでいます」,2022年9月6日,
https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/mext_01104.html
気象庁報道発表,「6月下旬から7月初めの記録的な高温及びその後の天候の特徴と要因について~異常気象分析検討会の分析結果の概要~」,2022年8月22日,
https://www.jma.go.jp/jma/press/2208/22b/kentoukai20220822.html
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