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海洋研究開発機構で開発した雲モデルが低解像度化した気象庁全球数値予報モデルの熱帯低気圧の気候学的性質の再現性を大きく改善 -近い将来の台風予測の精度向上に期待-

2024.03.15
国立研究開発法人海洋研究開発機構

1. 発表のポイント

  • 気象庁全球数値予報モデルによる台風予測では、データ同化手法※1数値予報モデル※2 の改善を続けることで、進路予測は改善されてきていたが、強度予測はここ10年ほど目立った改善が見られなかった。これは数値予報モデルの中の雲モデルに原因があると考えられており、これまでにない技術開発が必要とされていた。

  • 海洋研究開発機構では気候変動予測のために、気候モデル※2 の中の雲モデル※3 を開発してきた。これまでの研究成果から、この雲モデルは多くの気候モデルで高い性能を示し、数値予報モデルの性能も向上させるのではないかと考えた。そこで、評価用に低解像度化した気象庁全球数値予報モデルにこの雲モデルを組み込み、長期間のシミュレーションを実施して気候学的性質※4 の再現性が向上するかを検証した。

  • 検証の結果、新しい雲モデルを組み込んだ数値予報モデルでは、熱帯低気圧※5 の気候学的性質の再現性が大きく向上することが分かった。特に、再現される熱帯低気圧の発生頻度や強度が大きく改善していた。これは台風表現の基礎的な性能向上を示すもので、この雲モデルを利用することで、将来的に数値予報モデルの性能向上が期待される。

用語解説
※1

データ同化手法
数値予報モデルの初期値(風速、気温、水蒸気など)を、観測データを活用して与える手法。より多くの観測データを利用することで、より現実に近い予測結果を得ることができる。

※2

数値予報モデルと気候モデル
コンピュータ上で大気や海の振る舞いをシミュレーションし、天気や気候を予測するモデル。このモデルは地球を緯度、経度、高さ方向に立方体状(計算格子)に細かく区切り、計算格子毎に気象現象を計算し、繋ぎ合わせて全体を表現する。

※3

雲モデル
数値予報モデルや気候モデルの中で、上昇流を伴う雲の動きを数値的にモデル化するもの。ここでは積雲対流スキームを指す。

※4

気候学的性質
平均的、統計的性質を指す。

※5

熱帯低気圧
熱帯で発生して発達することで台風となる低気圧。北西太平洋または南シナ海に存在し、風速がおよそ17m/sを超えるものは台風と呼ばれる。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)アプリケーションラボの馬場主任研究員らは、評価用に低解像度化した気象庁全球数値予報モデルに新しい雲モデルを組み込み、性能が改善できるか検証を行いました。その結果、JAMSTECで開発した雲モデルは、数値予報モデルにおいて熱帯低気圧の気候学的な性質の再現性を大きく改善し、将来的に台風の予測精度向上が期待できることが分かりました。

台風は人命や国民の財産を損なう恐れがあるため、気象庁では数値予報モデルの改善を行ってきました。数値予報による台風進路予測については着実な精度向上が見られる一方、強度予測はここ10年ほど大きな改善が見られませんでした。この原因は、数値予報モデルの中の雲モデルにあると考えられており、改良が求められていました。雲モデルの改良は、数値予報モデルの性能向上のために必要な条件である気候学的性質の再現性向上において重要な役割を担います。JAMSTECでは気候変動予測のために新しい雲モデルを開発しており、この雲モデルは従来の雲モデルと比べて、多種多様な形態の雲をより正確に再現することが可能です。そこでJAMSTECと気象庁は、JAMSTECで開発した新しい雲モデルを評価用に低解像度化した気象庁全球数値予報モデルに組み込み、性能向上に関する最初の研究としてまずは気候学的性質の再現性を向上させることができるか、JAMSTEが所有するスーパーコンピューター「地球シミュレータ」を用いて検証を行いました。

本研究では気候学的性質の評価用に低解像度化した全球数値予報モデルを用いて、過去20年間の全球大気シミュレーションを実施し、熱帯低気圧がどの程度現実のものと近くなるかを調べました。結果、新しい雲モデルは熱帯低気圧の発生数と強度についてより忠実に再現することに成功していることがわかりました。さらに新しい雲モデルは熱帯で支配的な大気変動をより忠実に再現することも明らかになりました。この結果は、気候変動に伴う熱帯低気圧の発生頻度予測の性能も向上させる可能性を示唆しています。

JAMSTECで開発した雲モデルを組み込むことで、評価用に低解像度化した気象庁全球数値予報モデルの熱帯低気圧の気候学的性質の再現性を大きく向上することができました。これは台風表現の基礎的な性能向上を示すもので、天気予報に用いられている高解像度全球数値予報モデルでこの雲モデルを利用する際も、性能向上が期待されます。今後は個別の台風発生事例について精度検証を行う予定です。さらに、天気予報用の数値予報モデルとして年間を通して安定した性能向上が得られるか等、近い将来のモデル改良を期待される成果として、実用可能性について気象庁で評価が行われる予定です。

本成果は、「Quarterly Journal of the Royal Meteorological Society」に3月12日付け(現地時間)で掲載されました。

論文情報
タイトル

Implementation and evaluation of a spectral cumulus parameterization for simulating tropical cyclones in JMA-GSM

著者
馬場 雄也1、 氏家 将志2、 太田 行哉2,3、 米原 仁2
所属
1. 海洋研究開発機構アプリケーションラボ
2. 気象庁数値予報開発センター
3. 気象庁数値予報課
論文公開日
2024年3月12日(現地時間)

3. 背景

気象庁数値予報モデルを用いて得られる数値予報データは、日本では様々な場面で活用されており、多くの人が利用しています。特に台風は人命や財産を損なう恐れがあるため、台風予測には多くの人が注目しており、その予報はより正確に行う必要があります。しかし、台風予測の精度改善は難しく、進路予測は改善されているものの、強度予測の精度はここ10年横ばいで、予測精度の改善はうまく行っていませんでした。台風は雲で構成されていることから、予測精度が上がらないのは数値予報モデルの中の雲モデル(積雲対流スキーム)に原因があるのではないかと考えられていました。しかし、多種多様な形や性質を持つ雲を一つの数値モデルで表現することは元々難しいため、改善するためにはこれまでにない技術開発が必要とされていました。

雲モデルの改良は、数値予報モデルの性能向上のために必要な条件である気候学的性質の再現性向上において重要な役割を担います。JAMSTECでは気候変動予測のために、雲モデルの開発を行っていました。気候変動は長い時間の間に海と大気がお互いに影響しあって発生しているため、雲モデルは低い計算負荷で正確に雲の振る舞いを捉える必要があります。そこでJAMSTECの馬場主任研究員は2019年にこれらの要求を満たす新しい雲モデルを開発しました。粗い計算格子では格子内部に存在する雲を捉えることは難しいため、計算格子に含まれる個々の雲の統計的な性質をモデル化し、また一つの計算格子の中には複数の異なる種類の雲が存在するはずなので、これらの雲が同じ計算格子に存在できるようにモデル化しました。この新しい雲モデルは多種多様な雲を低い計算負荷で再現することが可能で、性能検証を進めていくうちに、様々な気候モデルにおいて、元々のモデル性能を向上させることが分かりました。同時に、熱帯低気圧に対しても再現性を向上させる傾向があり、日本で台風予測に用いられている、気象庁全球数値予報モデルの台風予測精度を向上させることができるのはないか、と考えました。

以上の背景を踏まえ、JAMSTECは開発した雲モデルを気象庁の台風予測に役立てることで、研究成果を社会に還元できる点に着目し、JAMSTECの雲モデルを気象庁全球数値予報モデルへと組み込めないかと考えました。このアイデアに基づき、JAMSTECと気象庁は協力して新しい雲モデルを気象庁全球数値予報モデルへ組み込むための性能向上に関する最初の研究として、低解像度化した気象庁全球数値予報モデルによる熱帯低気圧の気候学的な再現性について性能検証を行いました。

4. 成果

本研究ではJAMSTECで開発した雲モデルを評価用に低解像度化した気象庁全球数値予報モデルへと実装し、過去20年間の全球大気シミュレーションを実施して、性能の検証を行いました。元の雲モデルと新しい雲モデルを用いて、再現された熱帯低気圧の統計量を比較しました。新しいモデルを用いた場合、北半球で熱帯低気圧の軌道密度(熱帯低気圧が発生し、通り過ぎる頻度)に大きな改善が見られました。熱帯低気圧の発生数が多い、日本近海を含む北西太平洋では特に軌道密度はより現実と近くなっています(図1a-c)。月別の熱帯低気圧発生数で比較してみても、北西太平洋では新しい雲モデルを用いた方がより現実に近い発生数となっています(図1d)。日本は北西太平洋に位置することから、この結果は日本に影響をもたらす熱帯低気圧が新しい雲モデルでより正確に再現できることを意味しています。さらに熱帯低気圧の強度を最大風速と最小気圧で調べてみたところ、新しい雲モデルの方がより強い熱帯低気圧まで再現しており、強度の面でも再現性が向上していることが分かります(図1e)。

図1

図1 (a)-(c)シミュレーションで再現された熱帯低気圧の軌道密度(個/年)。ベストトラックデータ(事後解析により最も現実に近いとされるデータ)を参照データとして使用。(d)北西太平洋における熱帯低気圧の月別発生頻度の比較(個/年)。(e)熱帯低気圧の最大風速と最小気圧の散布図比較。散布図中灰色の点はベストトラックから得られたデータ、灰色の実線は過去の傾向から経験的に得られた推定値を示す。

数値モデルで再現される熱帯変動について調べてみたところ、新しい雲モデルを実装することで、熱帯低気圧の発生に影響するエルニーニョ応答やマッデン・ジュリアン振動(赤道で発生する周期的かつ大規模な雲の活動、MJOと呼ばれる)の再現性が大きく向上していることが分かりました。特にMJOは現在でも多くの気候モデルや大気モデルで再現が難しいことが知られており、元々のモデルではうまく再現できていませんでしたが、雲モデルを新しいものに入れ替えることで、明確にその挙動が再現されています(図2)。同時にMJOに伴う熱帯低気圧の発生頻度の変化も、現実により忠実に再現されています。

図2

図2 マッデン・ジュリアン振動(熱帯に現れる周期的かつ大規模な積乱雲群の活動。外向き長波放射の負偏差を黒、及び正偏差を灰色で、5.0 W/m2間隔で示す)と熱帯低気圧の発生頻度偏差(赤〜青、×2×10-3個/年)。長波放射の負偏差位置にマッデン・ジュリアン振動の中心がある。図中P2-P8は地球を一周するマッデン・ジュリアン振動の位相を示す(位相の2〜8番目)。青文字(赤文字)は熱帯低気圧の発生を抑制(促進)する位相を示す。

今回の成果では、なぜ上記のような改善が得られたのかを明らかにしています。雲モデルを変えても大気の季節的な平均状態は大きく変わりませんでしたが、熱帯低気圧中心付近の詳細な構造には明らかな違いが見られました(図3)。元の雲モデルでは熱帯低気圧中心の下層付近では上昇を伴う雲による加熱率が弱かったのですが、新しい雲モデルではこれが強くなっています。先行研究との比較から、新しい雲モデルが再現するこの加熱率はより現実に近いものであることが分かりました。下層で発生する加熱率が強くなることで、熱帯低気圧の中心部・下層へ周りから流れ込む水蒸気の流れがより強く再現されるようになり、熱帯低気圧の強度の再現性が向上したと考えられます。また、この下層で発生する雲の加熱率はMJOの再現性にも重要であり、MJOの再現性が向上した理由とも一致しています。

図3

図3 (a)-(b)シミュレーションで再現された熱帯低気圧中心付近の気温偏差等の比較。色は熱帯低気圧中心気温と周囲気温の偏差(˚C)を示している。赤線は水蒸気量(比湿, g/kg)の平均値、黒破線は中心へ流入する水蒸気フラックス(×10-1 kg/kg m/s)の平均値を示す。(c)-(d) シミュレーションで再現された熱帯低気圧中心付近の雲による加熱率の比較。色は上昇流を伴う積雲による加熱率(˚C/日)、黒線は層雲による加熱率(˚C/日)を示す。

5. 今後の展望

本研究の成果でJAMSTECが開発した雲モデルが、評価用に低解像度化した気象庁全球数値予報モデルでは熱帯低気圧の気候学的性質の再現性を大きく改善することが明らかになりました。これは数値予報モデルによる台風表現の基礎的な性能向上を示すもので、近い将来、天気予報に用いられている高解像度数値予報モデルにこの雲モデルを利用する際も、性能向上が期待される成果です。また、全球数値予報モデルは、天気予報だけでなくエルニーニョなどの季節予測や日本を代表する再解析データの構築にも用いられているため、季節予測の性能向上や再解析データの品質向上にも貢献することが期待できます。今後は個別の台風事例について再予測実験を行い、より詳しい予測精度を検証する予定です。さらに、天気予報用の数値予報モデルとして年間を通じて安定した性能向上が得られるか等、近い将来のモデル改良を期待される成果として、実用可能性について気象庁で評価が行われる予定です。

本研究のお問い合わせ先

国立研究開発法人海洋研究開発機構
付加価値情報創生部門 アプリケーションラボ
主任研究員 馬場 雄也

報道担当

海洋科学技術戦略部 報道室