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海底光ファイバーケーブルによる津波伝播の観測 ―2023年10月に鳥島近海で発生した津波の例―

2024.06.07
国立研究開発法人海洋研究開発機構

1. 発表のポイント

  • 近年、海底に設置した光ファイバーにかかる歪みを計測する分散型音響センシング(以下、DAS)※1 を用いることで、これまでの海底地震計による「点」の観測から、光ファイバーケーブルの敷設された範囲の「線」の地震観測が可能となっている。室戸沖の海底光ケーブルでは、南海トラフ域のスロー地震※2 を観測することを目的としたDAS観測が実施されていた。

  • 2023年10月9日に鳥島近海を震源とする津波が発生し、日本の南岸域で潮位変化が観測された。この際、室戸沖で実施されていたDAS観測において、鳥島近海で発生した津波が沖合約60 kmから沿岸付近まで伝播する様子を捉えることに成功した。

  • 津波伝播時に光ファイバーにかかる歪みの要因を定量的に評価することで、歪みデータから津波波高を算出する手法を提案した。これは、将来的に海底光ケーブルのデータから津波波高を推定できる可能性を示唆しており、海底に張り巡らされた海底光ケーブルを利用したDAS観測を行うことで高密度な地震観測のみならず津波観測を広範囲に行うことにより、沿岸防災対策等に大きく貢献することが期待される。

用語解説
※1

分散型音響センシング(DAS: Distributed Acoustic Sensing):
光ファイバー自体をセンサーとして、光ファイバーにかかる歪みを計測する技術。光ファイバーを数m〜数十m間隔のチャネルに分割し、各チャネルで歪みを計測することを可能とする技術。計測できる距離は100 kmに達する。地震観測など幅広い分野で用いられる。

※2

スロー地震:
通常の地震に比べて断層がゆっくり滑る現象。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)海域地震火山部門 地震発生帯センター プレート活動研究グループの利根川貴志主任研究員および地震津波予測研究開発センター 観測システム開発研究グループの荒木英一郎上席研究員は、室戸沖に設置された海底ケーブル光ファイバーにDAS観測技術を適用し、2023年10月9日に鳥島近海を震源として発生した津波が沖合約60 kmから沿岸付近まで伝播する様子を捉えることに成功しました。また、そのDAS観測データと海底光ケーブル近傍に設置された水圧計データを別々に使って、震源付近での津波発生の時系列をそれぞれ推定し、それらの結果が整合的であることを確認しました。これは、海底光ケーブルの周囲の他の観測装置がない状況でも、DAS観測記録だけで津波発生の時系列を推定できることを示唆しています。また、DAS観測は光ファイバーにかかる歪みを計測していますが、津波伝播時に光ファイバーにかかる歪みの要因について明らかにしました。このことは、将来的にDAS観測による歪みデータから津波波高に換算できる可能性を示しています。

本成果は、「Geophysical Research Letters」に6月6日付け(日本時間)で掲載されました。本研究はJSPS科研費「学術変革領域研究(A)Slow-to-Fast地震学」JP21H05202, JP21H05204の助成を受けたものです。

論文情報
タイトル

High-frequency tsunamis excited near Torishima island, Japan, observed by distributed acoustic sensing

著者
利根川 貴志1、 荒木 英一郎1
所属
1. 国立研究開発法人海洋研究開発機構
論文公開日
2024年6月6日(日本時間)
図1

図1.(a)室戸沖の海底光ケーブル(赤線)、DONET水圧計(ピンク三角)、鳥島近傍で発生したマグニチュード5以上の地震(赤丸および黄色丸)の位置。(b)津波の伝播速度を測定した位置(青線)。コンターは周期100秒の津波の震源からの伝播時間。(c)海底光ケーブルの水深。

3. 背景

近年、光ファイバーケーブル自体を地震計センサーとして、空間的に超高密度(数m〜数十m間隔)で地震に伴う地震動を捉えるDASという技術が実用化されるようになってきました。この技術は、2020年以降に海底に設置された光ファイバーケーブルにも適用されるようになり、陸から海に向かって設置された海底光ケーブルに沿って、約100 kmに渡って光ファイバーにかかる歪みを観測することが可能です。また、DAS観測技術は他の海底多点観測に比べて低コストで稠密な観測が実施でき、地震観測だけでなく海洋波の観測や海底下の地震学的構造の推定にも用いられるようになりました。過去の研究では、海底光ケーブル下の断層の探索などにも活用されています。しかし、津波については、その発生の頻度が少ないため、これまでDAS観測の期間と場所が津波発生のそれらと合うことがなく、海底光ケーブルで津波が伝播する様子を観測できるかどうかはあまりよくわかっていませんでした。

JAMSTECでは、四国の室戸沖に設置された海底光ケーブルで2022年1月以降、南海トラフ域で発生するスロー地震などの地震活動を捉えるために連続的にDAS観測を実施しており、リアルタイムでJAMSTECまでデータが転送されています(図1)。DAS観測では、ケーブル上のセンサー間隔などのパラメータを変えることでノイズレベル(信号の検知能力)が変わるため、研究対象に合わせて設定を調整する必要があります。今回は南海トラフ近傍で発生するスロー地震を捉えるための設定でした。

2023年10月9日に鳥島近海を震源として津波が発生した際にも観測を実施していたところ、室戸沖約60 kmから沿岸付近まで、津波が海底光ケーブルに沿って伝播する様子を約50 m間隔で捉えることができました(図2)。同時に今回の観測ができたことで、DAS観測のデータが津波伝播のどのような現象を反映しているのかがよくわかっていないという問題があることもわかりました。これまで津波の観測には主に水圧計が使われていますが、観測点の間隔が約20 km以上と空間密度が低いというデメリットがあったものの、水圧の変化量をそのまま津波の波高に換算できます。しかし、DAS観測では光ファイバーの歪みを観測しているため、DASの観測データから津波の伝播に対応する変化が捉えられていることがわかっても、それが津波伝播の何を反映しているのかがまだよくわかっておらず、本研究では、その点を明らかにする必要がありました。さらに、光ファイバーで観測された津波記録をどのように活用できるのか、実際に津波の波高を推定することが可能なのかを調べました。

図2

図2.周期100〜200秒の津波の伝播。沖合約60 kmから沿岸にかけて津波が伝播している。矢印と同じ傾きの赤青の斜線が10時ごろまで続いている。垂直方向の線は津波とは関係のない別の(T波※3 起源)の信号。

用語解説
※3

T波:
海中を約1.5 km/sの速度で伝播する音波。

4. 成果

4.1 高周波の津波

一般的に津波には様々な周期の成分が含まれていますが、海溝近傍の巨大地震によって発生する津波は周期600秒よりも長いものがほとんどです。しかし、今回発生した津波は周期が300秒以下と短いもので、巨大地震の発生もなかったことから津波の発生は他の現象によるものと考えられます。津波は周期が短くなればなるほど伝播速度が遅くなりますが、本研究のDAS観測でも、この速度変化を確認することができました(図3a)。そのため、DAS観測で捉えたものは、津波の短周期成分であるという結論を出しました。

図3

図3.図1(b)の青線の海底光ケーブルデータを使って津波の伝播速度を周期ごとに測定。黒丸:観測値。短周期になるほど伝播速度が遅くなっている。これは津波の短周期成分を観測していることを示す。

4.2 DASデータの応用可能性

DAS観測データを使って、震源近傍でどの周期の津波がどのタイミングで発生したのかを推定しました。その結果、短周期の津波が比較的早い段階で発生し、その後、中周期・長周期の津波が発生したことがわかりました(図4a)。規模の大きな現象は長周期の津波を発生させるため、震源近傍では、規模の小さい現象から規模の大きな現象に移行したと考えることができます。この「現象」についてははっきりとしたことはわかっていませんが、例えば、海底火山の噴火や海底地すべりなどが候補として考えられます。

同様の解析を地震・津波観測監視システム(以下、「DONET」。国立研究開発法人防災科学技術研究所)の水圧計のデータを使って実施しました。その結果、DAS観測データで得られた結果と整合的な結果が得られました(図4b)。このことは、今回は海底光ケーブルの近くに水圧計が設置されていたので結果を比較できましたが、水圧計が近くになく海底光ケーブルのみ設置されているような状況でも、DAS観測データ単独で震源近傍での津波発生の時系列を推定できることを示唆しています。

図4

図4.(a)DAS観測データを使って推定した震源での津波発生の時系列。5時ごろに短周期の津波ピークが発生し(18–26 mHz)(水色丸)、6時〜6時半に短周期-長周期の津波が発生している(赤色丸)。☓は津波とは別のT波起源の信号。(b)(a)と同様の解析を水圧計のデータを使って実施。DASデータで得られた特徴と同じものが推定されている。

4.3 DASによる津波観測

DAS観測では津波伝播に伴う次の2種類の歪みを観測していると考えました。(1)津波伝播に伴う水圧変化によって光ファイバーに歪みが生じます。(2)津波の水圧変化が海底に達することによって海底が変形するのですが、その海底の変形によっても光ファイバーは歪みます。

本研究では、海底ケーブル光ファイバーと海底下の構造の物性をおおよその値を使って仮定し、実際にDASで観測された歪みがこの2種類によるものだということを定量的に評価しました。つまり、海底ケーブル光ファイバーと海底下の物性が予めわかっていれば、DASの歪みデータから津波波高を算出できるということを示唆しています。

5. 今後の展望

本研究では、鳥島近海で発生した津波が、室戸沖に設置された海底光ケーブルの沖合約60 kmから沿岸付近まで伝播する様子を観測することに成功し、海底ケーブル光ファイバーで観測された津波に伴う歪みも定量的に評価しました。現在、室戸沖の海底光ケーブル下の詳細な構造の物性推定を進めています。物性を詳細に把握することにより、将来的にはDASの歪みデータから津波波高の推定が可能になることが期待されます。

また、室戸沖ではもともとスロー地震観測を目的にDAS観測を実施していましたが、今回津波が観測できたことが示すように、海底光ケーブル観測による観測は将来的に、これまでの海底観測と比べてより安価で多目的な用途な観測に活用できる可能性があることがわかりました。現在、世界中のあらゆる場所で通信用の海底光ケーブルが設置されています。光ファイバーケーブル内には複数本の芯線が含まれています。現状、通信に使っている光ファイバーの芯線だとDAS観測を実施できませんが、使われていない芯線があればその活用が可能、もしくは将来的に通信時の芯線も利用したDAS観測が可能になれば、より高密度な地震・津波観測網が構築される可能性があります。そのときに、本研究で得られた知見が、海底光ケーブルデータを用いた防災研究に大きく貢献すると考えられます。

本研究のお問い合わせ先

国立研究開発法人海洋研究開発機構
海域地震火山部門 地震発生帯研究センター プレート活動研究グループ
主任研究員 利根川 貴志

報道担当

海洋科学技術戦略部 報道室