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房総半島沖の表層から深海に沈降するマイクロプラスチックの量を観測により初めて推定

2024.08.26
国立研究開発法人海洋研究開発機構

1. 発表のポイント

  • 房総半島沖の黒潮続流・再循環域における海洋沈降粒子アーカイブ試料を用いて、海洋沈降粒子とともに深海に沈降するマイクロプラスチック※1 の量を観測により初めて明らかにした。

  • 海洋沈降粒子アーカイブ試料は、試料保存容器や保存液からのマイクロプラスチックによる汚染の影響が無視できるほど小さく、マイクロプラスチック研究に使用できることを確かめた。

  • 海洋沈降粒子※2 の沈降量の季節変化に伴いマイクロプラスチックの沈降量も増減したことがわかった。

  • 1日1平方m当たりのマイクロプラスチックの沈降量は個数ベースでは大西洋亜熱帯循環域における沈降量と同程度であった。

  • 黒潮続流・再循環域全体では年間2.8万トンのマイクロプラスチックが表層から水深4,900 mまで輸送されていると推定された。

図1

図1. 本研究の概念図

用語解説
※1

マイクロプラスチック(MPs)
5 mm以下のプラスチック粒子

※2

海洋沈降粒子
海洋表層から深海底へと沈降する粒子状有機物の凝集体のこと。植物プランクトンや動物プランクトンの遺骸、糞、鉱物粒子、藻類やバクテリアから分泌される粘液などからなる。沈んでいく様子が海中で雪が降っているように見えるため、マリンスノーとも呼ばれる。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和裕幸、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門 海洋生物環境影響研究センター 海洋プラスチック動態研究グループの池上隆仁副主任研究員らは、西部北太平洋亜熱帯海域の黒潮続流・再循環内において、海洋沈降粒子とともに表層から深海に沈降するマイクロプラスチック(以下、MPs)の量を観測データから初めて推定しました(図1)。房総半島沖の黒潮続流・再循環域の深海底において、これまでの観測からMPsやマクロプラスチックごみ※3 が大量に集積していることが明らかになっていました文献1, 文献2。しかし、実際にどれだけの量のMPsが深海に沈降しているのかを定量的に把握した例はほとんどありませんでした。

本研究ではMPsの沈降量を推定するため、黒潮続流・再循環内に位置する観測点KEOで採取された海洋沈降粒子のアーカイブ試料を用いました。用いた試料は、観測点KEOの水深4,900 mに係留したセジメント・トラップ※4 により2014年7月1日から2016年10月2日にかけて18~21日ごとに時系列で採取されたものです。アーカイブ試料を使用する上で、試料を保管しているポリエチレン容器からのMPsの発生や試料の防腐剤として使用されているホルマリン海水中のMPsによる試料汚染の懸念がありました。しかし、ポリエチレン容器に約2年半保管されたホルマリン海水を分析した結果、MPs分析に使用される分量あたりに0.25個のMPsしか含まれず、海洋沈降粒子中に検出されるMPsの量に対して無視できる程度の汚染であることが確認されました。

海洋沈降粒子試料を分析したところ、すべての試料からMPsが検出され、17種類のプラスチック材質が同定されました。検出されたMPsの90%は100 µm以下のサイズでした。1日1平方m当たりのMPs沈降量は、個数ベースでは111~889個の範囲で変動し、平均値は352個であり、大西洋亜熱帯循環における沈降量と同程度でした。質量ベースでは観測期間に4.5×10-3から3.8×10-1 mgの範囲で変動し、平均値は5.4×10-2 mgでした。

MPsの沈降量の季節変化から、沈降は主に表層の一次生産※5 の増加に伴う海洋沈降粒子の増加によって駆動されていることが分かりました。観測点KEOでの1平方m当たりの年間MPs沈降量は20 mgであり、この値を黒潮続流・再循環域全体に外挿すると、年間2.8万トンのMPsが水深4,900 mまで輸送されていると推定されました。

これらの結果は、黒潮続流・再循環域では大量のMPsが黒潮及び黒潮続流によってこの海域に運ばれ、深海に蓄積していることを示唆しています。

本成果は、「Environmental Science & Technology誌」に8月26日付け(日本時間)で掲載されました。なお、本研究の一部は科学研究費助成事業(23K11414、JP15H05822、JP18H04144、JP19H05667、JP22H05207)によって実施されました。

論文情報
タイトル

Vertical flux of microplastics in the deep subtropical Pacific Ocean: moored sediment-trap observations within the Kuroshio Extension recirculation gyre

著者
池上隆仁1、 中嶋亮太1、 長船哲史1、 Eko Siswanto1、 本多牧生1
所属
1. 海洋研究開発機構
論文公開日
2024年8月26日(日本時間)
用語解説
※3

マクロプラスチックごみ
ポリ袋など、我々が日常手にするサイズのプラスチックごみ。

※4

セジメント・トラップ
海水中を沈降してくる粒子をあらかじめ設定した時間間隔(本研究では2週間程度)で長期間(例えば1年間)、時系列で自動捕集するための装置。本体は大きなロートとロートの下の多数の捕集容器で構成される。浮き球・ロープ・切り離し装置・錨を用いて海中の任意の深さに係留し、一定期間後に回収することで海洋沈降粒子試料が得られる。

※5

一次生産
大気から海洋表層に吸収された二酸化炭素を使って植物プランクトンが光合成により有機物を生産すること。植物プランクトンにより固定された有機物は、その後、食物連鎖の一連の過程を経て、植物プランクトンの死骸やそれを食べた動物プランクトン等の死骸や糞となって凝集し、海洋沈降粒子として深海に炭素を隔離する。

3. 背景

海洋プラスチック汚染は世界全体に広がっており、人口の少ない太平洋側北極海や南極海にまで汚染が広がっています文献3, 文献4, 文献5。MPsは難分解性有機汚染物質を容易に吸着し、MPsを介した生物への汚染物質の蓄積は深海にまで及ぶことが報告されています。したがって、海中で分解されないMPsは、深刻な海洋汚染を引き起こし、様々な物質の運搬体として生物地球化学的循環に大きな影響を与える可能性があります。

アジアでは、環境中に廃棄されるプラスチックごみの量が多く、河川を通じて海洋に排出される世界の海洋プラスチックごみの大部分は、東アジアと東南アジアに由来しています文献6, 文献7。これらのプラスチックごみは、黒潮に乗って北上し、日本近海に運ばれるため、日本近海の海面に浮遊するMPsの濃度は世界の中でも高いことが知られています文献8。黒潮は親潮と合流した後、房総半島沖から東に進路を変えて黒潮続流となり、その南側には渦が頻繁に発生する再循環域が存在します(図2)。黒潮続流・再循環域は、黒潮によって運ばれるプラスチックごみの集積地と考えられており、過去の観測では黒潮続流・再循環の下の海底に大量のMPsやプラスチックごみが見つかっています文献1, 文献2

海洋表層のMPsを深海に輸送する主なメカニズムは、MPsの海洋沈降粒子への取り込みとその後の急速な沈降であると考えられていました。しかし、実際に1年以上の長期時系列で海洋沈降粒子による深層へのMPsの沈降量を観測した研究は、これまでに北大西洋での1例のみが報告されており文献9、太平洋では全く観測されていません。そのため太平洋におけるMPsの挙動と影響を理解するためのさらなる研究が必要でした。

図1

図2. 西部北太平洋の表層海流。オレンジ色の丸は観測点 KEOの位置、黒い矢印は表層海流、破線の四角は黒潮続流・再循環の範囲を表す。

4. 成果

西部北太平洋の黒潮続流・再循環内に位置する観測点KEO(32°22′N, 144°25′E;水深5,900 m)は米国海洋大気庁-太平洋海洋環境研究所(NOAA-PMEL)が表層ブイを設置し、海上気象、表層付近の二酸化炭素濃度、および水温、塩分データなどを継続的に取得してきた観測点です。これらのデータを活用し、同海域の生物地球化学変動のメカニズムを明らかにするために、JAMSTECでは2014年よりセジメント・トラップによる海洋沈降粒子の観測をおこなっています。

本研究ではMPsの沈降量を推定するため、観測点KEOにおいて採取された海洋沈降粒子のアーカイブ試料を用い、繊維を除く20 µm以上のMPsを分析対象としました。今回用いたアーカイブ試料は、水深4,900 mに係留したセジメント・トラップにより2014年7月1日から2016年10月2日にかけて18~21日ごとに時系列で採取されたものです。アーカイブ試料を使用する上で、試料を保管しているポリエチレン容器からのMPsの発生や試料の防腐剤として使用されているホルマリン海水中のMPsによる試料汚染の懸念がありました。しかし、ポリエチレン容器に約2年半保管されたホルマリン海水を分析した結果、MPs分析に使用される分量あたりに0.25個のMPsしか含まれず、海洋沈降粒子中に検出されるMPsの量に対して無視できる程度の汚染であることが確認されました。

海洋沈降粒子試料を分析したところ、すべての試料からMPsが検出され、17種類の異なるプラスチック材質が確認されました。MPsの平均サイズは66 µmで、100 µm以下のものが全体の90%を占めており(図3)、アスペクト比(長軸と短軸の比)の中央値は0.75でした。過去の調査によれば、西部北太平洋の海底堆積物中のMPs は、陸から離れた外洋の観測点でアスペクト比が1に近く、100 µm以下の小さなMPsの割合が高くなる傾向があります文献2。本研究で観測された海洋沈降粒子に含まれるMPsは、KEO観測点周辺の深海平原の海底堆積物中のMPsと類似した特徴を持ち、黒潮や黒潮続流により長距離を輸送され、黒潮続流・再循環内で沈降したことが示唆されました。

図3

図3. 観測点KEOにおける海洋沈降粒子中のMPsのサイズの頻度分布

観測期間の水深4,900 mにおける1日1平方m当たりのMPsの沈降量は、個数ベースで111~889個の範囲で変動し、平均値は352個でした(図4a)。この値は、大西洋亜熱帯循環域の水深2,000 mにおけるMPs沈降量を海洋沈降粒子の沈降量の鉛直変化率の経験式(マーチンカーブ※6)に従い、観測点KEOのセジメント・トラップ設置水深と同じ4,900 mでの沈降量に換算した値と同程度でした。この期間における平均のMPs沈降量に占める主要なプラスチック材質の種類とその割合は、ポリエチレン(PE、37.4%)、エチレン・ビニルアルコール共重合体(EVOH、12.1%)、ポリアミド(PA、10.0%)、エチレン・ビニルアセテート共重合体(EVA、9.6%)、ポリプロピレン(PP、7.7%)、ポリエチレンテレフタラート(PET、5.9%)で、これらが全体の82.7%を占めました(図4b)。

図4

図4. 観測点KEOにおけるMPsの沈降量(個数ベース)とプラスチック材質の組成の時系列変化

観測期間に海洋沈降粒子が増加した主な2つの要因は、日射量の季節変動による春の表層一次生産の増加と、低気圧性渦による亜表層への栄養塩供給による一次生産の増加でした(図5文献10。海洋沈降粒子の沈降速度を1日当たり100~200 mと仮定すると、表層の一次生産の増加が水深4,900 mの海洋沈降粒子の沈降量の増加に影響をあたえるまでには、1~2ヵ月程度かかります。MPsの沈降は、この表層の一次生産の増加に伴う沈降粒子の増加と概ね同期していましたが、低気圧性渦が観測点を通過する時期とMPsの沈降量の増加タイミングは一致しませんでした(図5)。低気圧性渦による海洋沈降粒子の増加は亜表層における現象であるため、主に表層に分布するMPsの沈降には寄与しなかったと考えられます。また、MPsの沈降量と海洋沈降粒子の沈降量の増加時期が必ずしも一致しなかった理由は、海洋表層のMPsが、海況や陸からのMP排出の時期によって偏在するためだと考えられます。

図5

図5. 観測点KEOにおける(a)海面高度偏差、(b)表層一次生産、(c)全沈降粒子の沈降量の時系列変化。(c)の赤い破線はMPsの沈降量(個数ベース)の時系列変化を示す。

観測期間の水深4,900 m における1日1平方m当たりのMPs沈降量は、質量ベースで4.5×10-3~3.8×10-1 mgの範囲で変動し、平均値は5.4×10-2 mgでした(図6)。1平方m当たりの年間MPs沈降量は、20 mg(平均値に365日を乗じた値)であり、これを黒潮続流・再循環域(北緯28°から36°N、東経140°から160°Eの範囲、総面積は約140万km2)に適用すると、この海域では年間2.8万トンのMPsが水深4,900mまで輸送されていると推定されました。

1950年以降、世界のプラスチック生産量は、1950年の200万トンから2015年には3.81億トンに増加しています文献11。観測点KEOでの年間MPs沈降量が1950年以降に世界のプラスチック生産量と同じ割合で増加し、2015年には1平方m当たり20 mgに達したと仮定すると、1950年から2015年の間に深海に輸送されたMPsの総質量は1平方m当たり405 mg、黒潮続流・再循環域全体で56.7万トンとなります。

コンピューターシミュレーションによると、1960年代以降、世界の海洋に蓄積されたプラスチックごみの総量は約2,530万トンと推定され、そのうち1,688万トンが外洋に沈んでいます文献12。本研究で推定した黒潮続流・再循環域のMPs沈降量は、現在までに世界の外洋に沈んだプラスチックごみの3.4%を占めることになります。このことから、黒潮続流・再循環域は世界の海洋の面積の1.8%にもかかわらず、大量のMPsが黒潮及び黒潮続流によってこの海域に運ばれ、深海に蓄積していることが示唆されました。

図6

図6. 観測点KEOにおけるMPsの沈降量(質量ベース)の時系列変化

用語解説
※6

マーチンカーブ
John H. Martin博士 (1935-1993)(米国 海洋学者)が異なる水深の海洋沈降粒子(粒状有機炭素)の沈降量を観測し、その鉛直変化(一般に水深が深くなるにつれて減衰する)を数式化したもの。正確にはMPsの鉛直変化は不明であるが、本研究では、MPsが海洋沈降粒子に取り込まれて重力沈降し、海洋沈降粒子の沈降量の減衰とともに、取り込まれていたMPsも海中へ放出され、海洋沈降粒子と同じ割合で減衰すると仮定した。

5. 今後の展望

本研究では、房総半島沖の黒潮続流・再循環内の深海に沈降するMPsの量を観測により初めて明らかにしました。日本近海には海洋プラスチックごみのホットスポットがいくつもあると予想されていますが、深海に沈降するMPsの量は未解明です。将来的には、未観測の海域で1年以上の時系列観測を行い、日本近海に流入したMPsが表層から深海までどれだけ輸送されているかを定量的に把握することが、9割以上が行方不明とされる海洋プラスチックごみの行方の解明に貢献するでしょう。

さらに、海洋プラスチックごみがどのように発生し、どこに運ばれ、蓄積するのかを明らかにするためには、大規模な長期時系列観測だけでなく、微小なMPsの表層における水平分布、表層から深海までの鉛直分布、そして海底堆積物中のMPsの水平分布に関する広範囲な調査が必要です。これにより、プラスチックごみの排出規制や海洋生態系の保全につながる施策を策定するためのデータ提供が可能であると考えています。

論文情報
文献1

Nakajima, R. et al. Mar. Pollut. Bull. 166, 112188 (2021).

文献2

Tsuchiya, M. et al. Mar. Pollut. Bull. 199, 115466 (2024).

文献3

Ikenoue, T. et al. Sci. Total Environ. 855, 159564 (2023).

文献4

Ikenoue, T. et al. Front. Mar. Sci. 10, 1288301 (2023).

文献5

Isobe, A.et al. Mar. Pollut. Bull. 114, 623–626 (2017).

文献6

Jambeck, J. R. et al. Science 347, 768−771 (2015).

文献7

Lebreton, L. C. M. et al. Nat. Comm. 8, 15611 (2017).

文献8

Isobe, A. et al. Mar. Pollut. Bull. 101, 618–623 (2015).

文献9

Reineccius, J. and Waniek, J. J. Environ. Pollut305, 119302 (2022).

文献10

Honda, M. C. et al. Prog. Earth Planet. Sci. 5, 1−16 (2018).

文献11

Geyer, R. et al. Sci. Adv. 3, e1700782 (2017).

文献12

Isobe, A. and Iwasaki, S. Sci. Total Environ. 825, 153935 (2022).

本研究のお問い合わせ先

国立研究開発法人海洋研究開発機構
地球環境部門海洋生物環境影響研究センター 海洋プラスチック動態研究グループ
副主任研究員 池上隆仁

報道担当

海洋科学技術戦略部 報道室