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ニホンウナギの産卵回遊 ―移動の時間とエネルギーを最小とする最適戦略を明らかに―

2024.10.31
国立研究開発法人海洋研究開発機構

1. 発表のポイント

  • ニホンウナギ※1 の産卵地がマリアナ海嶺に位置する海山であることは長年に亘る調査から明らかになったが、成魚の親ウナギが日本から離れた産卵地までにどのような経路で移動するのかはわかっていない。本研究では、最適ナビゲーション理論と海洋予測モデルを組み合わせることで、産卵地への移動時間とエネルギーコストを最小とするニホンウナギの最適な移動経路を予測した。

  • 最適な回遊戦略のひとつは、海面の海流を最大限に利用して時間とエネルギーを節約することであり、もうひとつは、海流が弱くなるまで十分深くに潜り産卵地に向かって直線的に進むことである。実際のウナギは正確な海流情報を持たないため、後者の戦略を選択していると考えられる。

  • ウナギは移動中に食餌によってエネルギーを補充しないため、繁殖のために十分なエネルギーを保つために、0.4〜0.6体長毎秒の速度で移動すると推定された。また、回遊深度がより深くなれば海流の影響が小さくなるが、ウナギの正常な生理活動の維持に影響する海水温が低くなるため、最適な回遊深度があることがわかった。

用語解説
※1

ニホンウナギ(学名: Anguilla japonica
ウナギ科ウナギ属のウナギの一種で、日本・朝鮮半島・中国を含む東アジアに広く分布する。成体のニホンウナギは、体内に蓄えた脂肪を使用して、北緯15度、東経140度付近のマリアナ海嶺に位置する海山にある産卵地まで数千キロメートルを、餌を食べずに移動する生態がわかっている。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)付加価値情報創生部門数理科学・先端技術研究開発センターのGen Li副主任研究員、アプリケーションラボのYu-Lin K. Chang副主任研究員、宮澤泰正ラボ所長代理、および米国カリフォルニア州立大学フレズノ校Ulrike Müller教授の共同研究チームは、ニホンウナギについて産卵地への最適な回遊戦略と経路を推定しました。

ニホンウナギの産卵地が太平洋のマリアナ海嶺に位置する海山であることは大まかに把握されているものの、ニホンウナギの回遊経路については依然として不明です。研究チームは、最適ナビゲーション理論と海洋予測モデルを組み合わせ、海洋の海流のランダムな変動や海水温度が魚類の活動に与える制限を考慮して、最適な回遊戦略は、深度200m以下で水温が5℃以上の層(約600〜700mの水深)を泳ぎ、毎秒で体長の約0.4〜0.6倍の速度で、西太平洋沿岸の各生息地から出発して産卵地に向かって直線的に進むことであると推定しました。

この結果は、海洋生物の回遊に関する水深、遊泳速度、季節的要因、海流変動、海水温度、移動時間、エネルギー消費の複雑な相互作用についてのベンチマークを示し、ニホンウナギに限らず、他の回遊魚の移動行動を理解するための重要な手がかりとなります。

本研究はJSPS科研費 JP20K14978, JP24K07384の助成を受けたものです。本成果は、Scientific Reports誌に10月31日付け(日本時間)で掲載されました。

論文情報
タイトル

The Calculated Voyage: Benchmarking Optimal Strategies and Consumptions in the Japanese Eel's Spawning Migration

著者
Gen Li (李 根)1、 宮澤 泰正1、 Yu-Lin K. Chang1、 Ulrike K Müller2
所属
1. 海洋研究開発機構
2. 米国カリフォルニア州立大学フレズノ校
論文公開日
2024年10月31日(日本時間)

3. 背景

長距離の回遊は、地球上の生物が示す最も壮大な行動の一つです。数千キロメートルの旅を経て、動物たちは泳ぎ、飛び、または歩くことで、強い意志で生命の輪廻を完結させています。私たちは、逆流を溯る鮭の群れや、隊形を組んで飛ぶ渡り鳥の群れ、さらにはアフリカの草原を進む草食動物の群れなど、壮麗な光景を見ることができますが、同じように長距離を回遊するウナギの実態については、よくわかっていません。

ウナギの回遊についての理解は非常に限られています。ニホンウナギは比較的多く研究されている種で、その産卵地や産卵時期についてはある程度理解が進んでいるものの、回遊戦略や回遊経路については依然として不明な点が多くあります。これまでの先行研究からは、ニホンウナギの成魚が産卵地に向かう際に、黒潮や北赤道海流などの主要な海流やその他の小規模な海流変動に遭遇することがわかっています。これらの海流は、ニホンウナギの回遊にとって不利な影響を及ぼすと考えられます。一方で、ウナギは回遊中に食餌によってエネルギーを補充しないため、産卵地に到着後に産卵を完了するためには十分なエネルギーを残す必要があります。そのため、ウナギは回遊に必要なエネルギーを節約する必要があります。

研究チームは流れ場中の運動経路最適化理論であるツェルメロの解(Zermelo’s Solution)※2 を採用し、JAMSTECアプリケーションラボの海況予測モデルJCOPE2M※3 のデータを使って、ニホンウナギの回遊における最適な経路と、エネルギー消費と経過時間を推定しました。その上で、研究チームは水深、泳ぐ速度、季節、海流の変動、海水温度、移動時間、エネルギー消費などの要因の複雑な相互作用を総合的に考察し、理論モデルの推定と現実を関係づけて最も可能性が高いと考えられる回遊戦略と経路を推定しました。

用語解説
※2

ツェルメロの解(Zermelo’s Solution)
ドイツの数学者・論理学者エルンスト・ツェルメロが1931年に提唱した最適制御の古典的な問題。

※3

JCOPE2M
JAMSTECアプリケーションラボの海況予測モデルで、1週間に 2回、 2か月先までの日本近海の予測を行っている。

4. 成果

本研究では、流れ場における運動経路最適化理論であるツェルメロの解(Zermelo’s Solution)と海況予測モデル(JCOPE2M)を連携させることで、移動時間とエネルギーコストを最小限に抑えるニホンウナギ成魚の最適な移動経路を推定しました。

研究チームは、黒潮や北赤道海流を含む海流(図1)が、水深が200mより深くなると大幅に弱くなることに注目しました。海流は多くの場合、ウナギの回遊に不利な影響を与えますが、経路方向に沿う海流をうまく使うことで回遊を有利にすることもできます。

図1

図1. 本研究で使用した最浅および最深の深度における冬季と夏季の海洋流場の比較。

研究チームは、さまざまな異なる深度と速度において最適な回遊ルートと所要時間を求めました(図2)。この結果からウナギにとって最適な回遊戦略は大きく二通りに分かれます。ひとつは、ウナギが正確な海流情報を持っている場合、海面で迂回路を選び、海流を最大限に利用して時間とエネルギーを節約することです(戦略1)。もうひとつは、海流が弱くなる十分な深さまでもぐって、目的地に向かってほぼ直線的に進むことです(戦略2)。

図2

図2. 冬季シナリオにおけるさまざまな深度での最適回遊経路。最適回遊経路に沿った色は回遊時間を示す。(a1-a4)は海面(深度=0 m)で海流を利用する(戦略1)の回遊戦略を示す。図中の黒破線は黒潮の位置。(b1-b4)は中程度の深度(深度=200 m)、 (c1-c4)は深海(深度=600 m)の結果で、(戦略2)の回遊戦略は海流の影響を避け直線的に進む(b3-b4、c3-c4)に相当する。

実際のウナギは正確な海流情報を持たず、特定の有利な海流に対する本能的な記憶を進化的に獲得できるのかわかりません。さらに、海流は非常に大きく変動するので(図3)、ウナギが進化的に海流に対する本能的な記憶を持つことは難しいと考えられます。したがって、ウナギは海流を利用する(戦略1)ではなく、海流が弱くなる十分な深さまでもぐって直線的に進む(戦略2)を選択すると考えられます。(戦略2)を選択したウナギは、他の戦略を採ったウナギと比べて回遊時間とエネルギーの面で優位性を持ち、経年の競争と自然選択の結果、(戦略2)を採用するウナギだけが残ったと推測されます。

図3

図3. 様々な深度における20年間の海流ベクトル場の標準偏差。

(戦略2)では、深くなるほど海流が弱くなりますが、一方で深くなるほど水温が低くなり、ウナギの生存にとって不利になることが予想されます。研究チームは、今回の統計結果から600~700メートルを超える深度では、水温がウナギの生理機能に影響を与えるほど低下するため、ウナギの泳ぐ深度には下限が存在することを明らかにしました。(図4)。 また、泳ぎに伴うエネルギー消費の定量分析を行った結果、移動時間とエネルギーコストの間にトレードオフがあることが明らかになりました。ウナギは移動中にエネルギーを補充しないため、繁殖のために十分なエネルギーを保持するためには、0.4〜0.6体長毎秒の速度で移動すると推定されました。

図4

図4. 様々な深度における水温。

5. 今後の展望

本研究の結果から、ニホンウナギが産卵地に向かう際の最も可能性が高い戦略は、陸側の生息地から海に出た後、産卵地に直接向かうことです。これは、西太平洋沿岸の各地から出発したニホンウナギが、「逆放射状」の経路(図2:c3及びc4参照、日本各地から「GOAL」に向かって集まっていく経路)で産卵地に集まることを意味しています。このことは、渡り鳥のように特定の「通路」で群れを成して移動してはいないということを表しています。この推論が正しければ、私たちはウナギが鮭のように群れを成して回遊する壮大な光景を見ることはできません。また、個体がバラバラに回遊するニホンウナギをサンプリングすることも非常に困難です。そのため本研究の推論の証明には、ウナギが生息地から海に出る際に、発信機を取り付け、遠隔監視を通じた観測が必要となります。

本研究の方法論は、他の種類のウナギや他の回遊魚類、さらには鳥類にも適用でき、幅広い生物の回遊戦略の推定に役立つことが期待されます。

本研究のお問い合わせ先

国立研究開発法人海洋研究開発機構
付加価値情報創生部門 数理科学・先端技術研究開発センター
副主任研究員 Gen Li

報道担当

海洋科学技術戦略部 報道室