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北極の海氷下で床暖房への蓄熱が進行していることを20年間の航海データから明らかに ~海氷激減の予兆を捉えるためにも継続的な海洋観測が必要~

2025.01.10
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人北海道大学
国立大学法人東京海洋大学

1. 発表のポイント

  • 海洋地球研究船「みらい」による北極航海(1999-2020年)で取得した約20年間におよぶ観測データをまとめて解析することで、これまで報告例が殆どなかった太平洋側北極海のチュクチボーダーランド海域においても、海洋亜表層の貯熱量が顕著に増加していることを発見した。

  • ベーリング海峡から流入する暖かい太平洋起源水※1 の水温が上昇していることと、大規模な海洋循環の変動に伴ってチュクチボーダーランドに向かう海流が強化されていることの組み合わせによって、海氷にとって床暖房の役割を担う海洋亜表層での蓄熱が長期的に進行していることを明らかにした。

  • 海洋亜表層に蓄積された熱が海面付近まで伝われば、海氷の熱的減少(融解の促進および結氷の抑制)をもたらすため、貯熱量の増加は海氷激減のトリガーになる。また、太平洋起源水の下流域における海水温の上昇は水産有用種の生息域拡大にもつながる。これらのことから、海氷激減の予兆を捉えるとともに、船舶による北極航路や水産資源管理の運用体制を整備するためにも、継続的に海洋熱輸送プロセスをモニタリングしていくことが重要である。

用語解説
※1

太平洋起源水
北太平洋からベーリング海峡を経由して北極海に流入する水塊の総称であり、北極海の海面付近を広範囲に覆っている冷たい河川水よりも塩分および密度が高いため、暖かくても河川水より深い亜表層にもぐりこむ性質がある。

図1

図1 北極の海氷下で床暖房の役割を担う海洋亜表層に蓄熱が進行するメカニズムの概要

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和裕幸、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門 北極環境変動総合研究センター 北極海洋環境研究グループの渡邉英嗣主任研究員は、国立大学法人北海道大学の上野洋路教授および国立大学法人東京海洋大学の溝端浩平准教授らと共同で、太平洋側北極海に位置するチュクチボーダーランドの海洋亜表層に存在する貯熱量が1999年から2020年にかけて約1.8倍に増加していることを明らかにしました。

北極の海氷面積は長期的には減少傾向にあるものの、衛星観測史上最小を記録した2012年9月以降では現在に至るまで最小面積が更新されていません。一方で、カナダ側の海域では海氷下の海洋亜表層(水深数十メートル)で貯熱量が増加傾向にあることが報告されており、ベーリング海峡から流入する太平洋起源水の海洋熱輸送が主な要因の1つであることが指摘されています。この亜表層に蓄積された海洋熱が海氷直下まで供給されれば海氷激減につながる可能性があるため、その時空間変動を把握することが重要です。

本研究では、海洋地球研究船「みらい」による約20年間の長期航海データを解析することで、これまで報告例が殆どなかったチュクチボーダーランド海域においても亜表層の貯熱量が顕著に増加していることを発見しました。また、太平洋起源水の上流域に位置するバロー峡谷に設置してきた係留系による長期時系列データや人工衛星に搭載された海面高度計による広範囲を網羅するデータセットから推定した海洋循環変動を解析することで、太平洋起源水の水温上昇とチュクチボーダーランドに向かう海流の強化の組み合わせによって顕著な貯熱量増加が進行する、という一連のメカニズムを明らかにしました。海洋亜表層における貯熱量の増加は海氷激減のトリガーになるだけではなく、水産有用種の生息域拡大にもつながるため、これらの予兆を捉えるためにも、当該海域での海洋観測を継続していくことが重要です。

本成果は「Scientific Reports」に1月10日付け(日本時間)で掲載されました。また、本研究は文部科学省の北極域研究加速プロジェクト (ArCS Ⅱ: JPMXD1420318865)および科学研究費助成事業(22221003・15H01736・18H03368)の支援を受けて実施されたものです。

論文情報
タイトル

Subsurface warming associated with Pacific Summer Water transport toward the Chukchi Borderland in the Arctic Ocean

著者
村松美幌1,2*、 渡邉英嗣1*、 伊東素代1、 小野寺丈尚太郎1、 溝端浩平3、 上野洋路2
所属
  1. 海洋研究開発機構
  2. 北海道大学
  3. 東京海洋大学
*共同主著

3. 背景

北極の海氷面積は長期的には減少傾向にあるものの、人工衛星による観測が始まった1978年以降で最小を記録した2012年9月16日(318万平方キロメートル)から現在に至るまでこの記録が更新されていません。2024年で最も少なくなった9月13日の海氷面積も407万平方キロメートルで、衛星観測史上では5番目に相当します(図2)。

図2

図2 人工衛星に搭載されたマイクロ波センサーAMSR2で捉えられた海氷分布。白色が海氷、カラーが(海域)海面水温と(陸域)積雪深を表す。北極域データアーカイブシステム (https://ads.nipr.ac.jp/vishop/#/monitor)にて取得。

北極の海氷が減るしくみとしては、いわゆる地球温暖化に代表される気温の上昇や、風の変化に伴う北大西洋への流出量の増加が挙げられますが、海氷域への海洋熱輸送も重要な要因です。北極海では特に太平洋側で海氷が減りやすい傾向にあり、ベーリング海峡から流入した暖かい太平洋起源水が海氷を熱的に減らす効果(融解を促進&結氷を抑制)を持っていることが示唆されてきました(図1)。実際に北極海の太平洋側では、海氷直下を広く覆っている河川由来の冷たい水の下に暖かい海水が観測されています。この約30メートルより深い亜表層に分布する暖水は太平洋起源水の流入によって供給されたものです。亜表層に分布する海洋熱が海面付近まで伝わると、海氷が底面から融けていく(あるいは海水の結氷が妨げられる)ので、海氷変動のメカニズムを明らかにするためにも、貯熱量の時空間変動を把握しておくことが重要です。北極海のカナダ側に位置する海盆域(海底の深さが約3000メートルを超える窪んだ海域)では、米国とカナダの共同観測に基づいて、亜表層の貯熱量が1987年から2017年までの30年間で約2倍に増加していることが報告されています (Timmermans et al., 2018) 。

一方で、カナダ海盆より西側に位置するチュクチボーダーランド海域では、貯熱量の長期変動を捉える研究が国際的にもあまり実施されていませんでした。これまでに著者らは、数値シミュレーション実験や係留系データ解析を行うことで、近年の海流変化に伴って太平洋起源水の輸送経路がチュクチボーダーランド方向にシフトしていることを指摘してきました(Watanabe et al., 2017; 2022, Muramatsu et al., 2021)。すなわち、従来アラスカ北岸に沿って東向きに輸送されると考えられていた太平洋起源水が、近年はチュクチ海の大陸棚縁辺に沿って北西方向に多く運ばれるようになってきたことを示唆しており、太平洋起源水が保有する熱も近年はチュクチボーダーランド側により多く供給されていることが推察されます(図3)。そこで本研究では、1999年から2020年にかけて海洋地球研究船「みらい」の北極航海で取得した水温・塩分データなどを解析することで、チュクチボーダーランド海域における亜表層貯熱量の長期変動を捉えるとともに、そのメカニズムを明らかにしました。

図3

図3 太平洋起源水の主要な輸送経路。ベーリング海峡から流入する太平洋起源水の多くはアラスカ沿岸のバロー峡谷を通過した後、近年は大陸棚縁辺に沿う北西向きの海流によってチュクチボーダーランド方面に多く輸送されている。カナダ海盆を時計回りに流れるボーフォート海洋循環の変動も北西向きの海流に影響を与えている。

4. 成果

まず水深が200-3000メートルのチュクチボーダーランド南部海域における延べ950地点のプロファイル毎に、亜表層の貯熱量を計算しました。海洋地球研究船「みらい」の観測データの多くは9月に取得したものです。本研究では、太平洋起源水を水深・水温・塩分で定義し、その層で鉛直方向に積算した貯熱量を解析しました。

各年の平均値を確認すると、単位面積あたり1999年に316メガジュールだったのに対して、2020年には571 メガジュールまで増加しており、1年あたり17 メガジュールの有意な増加トレンドを示しました(図4)。特に2017年は解析対象期間で最大の貯熱量(874メガジュール)が見られました。例えば、500メガジュールの海洋熱は厚さ1.6メートルの海氷を全部融かすだけのポテンシャルを持っています。この貯熱量の増加は、本研究で定義した太平洋起源水の層が厚くなったことと水温が上昇したことの両方に起因することもわかりました。

図4

図4 チュクチボーダーランド南部海域おける亜表層の貯熱量 [MJ/m2]。M(メガ)は10の6乗。(左)すべての観測点での貯熱量を示す水平分布。(右)1999年から2020年にかけての時系列。直線および図中の数値は統計的に計算したトレンド。黒色はバロー峡谷に設置した3地点の係留系データから計算した値。

次に太平洋起源水の上流域に位置するバロー峡谷おいても、3地点に設置した係留系で取得してきた長期時系列データに基づいて亜表層の貯熱量を計算しました。著者らの先行研究(Watanabe et al., 2017; Muramatsu et al., 2021)で見積もった移流時間を考慮して、各年の7月から9月までで平均した貯熱量の年々変動と比較したところ、チュクチボーダーランドの貯熱量変動と有意な正の相関(0.79; p = 0.01)が確認されました(図4)。このバロー峡谷での貯熱量も有意な増加トレンドを示しましたが、トレンド値はチュクチボーダーランドの方が2倍近く大きいことから、下流域での蓄熱には他の要因も関与していることが推察されました。

そこでバロー峡谷からチュクチボーダーランドに至るまでの海流の変化を確認するために、人工衛星CryoSat-2に搭載された海面高度計に基づく2011年以降のデータセット(Mizobata, 2021)も解析しました。大気の高気圧や低気圧と同様に、海面高度が極大となる地点を中心に時計回りの海洋循環が生じることが理論的に知られています。海面高度分布の水平勾配から算出された海洋の水平流速を調べたところ、チュクチボーダーランド海域南端(北緯73度)を通過する北西向きの流速が、2010年代の前半に比べて後半の方が強くなっていることがわかりました。この海流の強さはカナダ側の海盆域を時計回りに流れるボーフォート海洋循環の変動と関係があります(図5)。本研究で定義したボーフォート循環の「重心」(図5参照)は2010年代の前半に比べて後半の方が南東方向に移動していました。また、この期間に海面高度の極大値が増加するとともに「ボーフォート循環領域」が縮小する傾向を示しました。これは海面高度の水平勾配が大きくなって、ボーフォート循環が強まっていることも意味します。

以上のことから、ボーフォート循環がカナダ側の北米大陸沿岸に押し付けられることで、元々東向きに流れていたアラスカ沿岸流がブロックされるとともに、チュクチ海の大陸棚縁辺に沿ってバロー峡谷からチュクチボーダーランドに向かう海流が強化されたと解釈できました。この海流の変化は海面高度計を搭載する人工衛星CryoSat-2の運用が始まった2011年以降を捉えたものですが、ボーフォート循環は大気圧の分布とも密接な関係があることが知られているため、本研究では、気圧パターンの変化も調べることで、上記の海流変化が21世紀初頭から始まりつつあったことを突き止めました。

図5

図5 (左)赤枠で示したチュクチボーダーランド南部海域の亜表層貯熱量が解析対象期間で最大を示した2017年の7月から9月までで平均した海面高度の水平分布。黒い点線で示した海域において海面高度が最大となる地点を紫色の星印で示す。本研究では、その最大値からの高度差が20センチメートル以下となる青い等値線で囲んだ海域を「ボーフォート循環領域」と定義した。また、各地点の緯度・経度と海面高度から計算した「重心」の位置を水色の星印で示す。紫色の矢印は毎秒15センチメートルを超える流速を表す。(右)2011–2020年の7月から9月までで各年平均したボーフォート循環の重心位置。

以上の研究成果から、北極の海氷下で海氷亜表層に蓄熱が進行する一連のプロセスをまとめます。まず、ベーリング海峡から流入する太平洋起源水の貯熱量がバロー峡谷通過時点で増加トレンドを示しました。また、カナダ側の海盆域を時計回りに流れるボーフォート海洋循環の重心が南東方向の北米大陸側に移動することに伴って、チュクチ海の大陸棚縁辺に沿ってバロー峡谷からチュクチボーダーランドに向かう海流が強化されました。これらの組み合わせによって、以前よりも暖かい太平洋起源水がより多く輸送されることで、下流域に位置するチュクチボーダーランド海域の亜表層における蓄熱が進行していることが本研究で明らかになりました(図1)。

5. 今後の展望

海氷変動のメカニズムを明らかにするためには、海洋亜表層に蓄積された熱がどのように海面付近まで伝わり、どのくらい海氷の熱的減少(融解促進や結氷抑制)に寄与するのかを調べることも重要です。本研究で対象としたチュクチボーダーランド海域は中央北極海無規制公海漁業防止協定※2 においても科学的調査を進めるべきエリアとして注目されています。一般的に、水産有用種の生息域は海水温の分布と密接な関係があることから、このまま海水温が上昇し続ければ、将来的に公海漁業が実施される可能性も秘めています。しかし、規制なしに漁業が活発になれば水産資源に甚大な影響を及ぼす懸念があるため、現在は国際的なルールに基づいて海洋環境・生態系のアセスメントに取り組んでいく段階にあります。このように、海氷激減の予兆を捉えるためにも、北極航路を利用する海運や水産資源管理の運用体制を整備していくためにも、一連の海洋熱輸送プロセスを継続的に調査していくことがとても重要です。これまで耐氷船である海洋地球研究船「みらい」では海氷域に入る観測ができませんでしたが、今後は2026年秋に竣工する北極域研究船「みらいⅡ」を活用しながら、北極海中央部の海氷域も含めて諸現象の鍵となる観測空白域を埋めていくことが期待されます。

用語解説
※2

中央北極海無規制公海漁業防止協定
中央北極海の公海域を対象に、海洋環境や生態系を保護しながら水産資源を持続的に保全・利用していくことを目的として、北極沿岸5ヵ国(米国・カナダ・ロシア・ノルウェー・デンマーク)に主要な漁業関心国・機関(日本・中国・韓国・アイスランド・EU)を加えた全10ヵ国・機関の間で交渉が進められ、「中央北極海における規制されていない公海漁業を防止するための協定」(通称:中央北極海漁業協定)が 2021年6月に発効された。この協定の下で水産資源管理に資する本格的な科学的調査が進められている。

引用文献

Timmermans et al., 2018, Sci. Adv. 4(8), eaat6773

Watanabe et al., 2017, Deep Sea Res. Part I 128, 115–130

Watanabe et al., 2022, J. Geophys. Res. Ocean. 127, e2021JC017958

Muramatsu et al., 2021, Polar Sci. 29, 100698

Mizobata et al., 2021, Polar Sci. 27, 100560

本研究のお問い合わせ先

国立研究開発法人海洋研究開発機構
地球環境部門 北極環境変動総合研究センター 北極海洋環境研究グループ
主任研究員 渡邉英嗣
国立大学法人北海道大学
大学院水産科学研究院 海洋生物資源科学部門 海洋環境科学分野
教授 上野洋路
国立大学法人東京海洋大学
学術研究院 海洋環境科学部門
准教授 溝端浩平

報道担当

国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋科学技術戦略部 報道室
国立大学法人北海道大学
函館キャンパス事務部
国立大学法人東京海洋大学
総務部 総務課 広報係