小惑星ベヌーから持ち帰られたサンプルからアミノ酸や核酸塩基など多種の生体関連分子を検出。
多くの有機分子は低温環境における高濃度アンモニア溶液中の反応で生成した。
地球外環境における化学進化及び小惑星の起源に関する理解が飛躍的に発展。
北海道大学低温科学研究所の大場康弘准教授、海洋研究開発機構の高野淑識上席研究員(慶應義塾大学先端生命科学研究所特任准教授/同大学院政策・メディア研究科特任准教授)及び古賀俊貴ポストドクトラル研究員、東北大学大学院理学研究科の古川善博准教授、九州大学大学院理学研究院の奈良岡浩教授らが所属する国際研究グループ(OSIRIS-REx sample analysis team)は、アメリカNASA主導の小惑星探査計画「OSIRIS-REx」で炭素質B型小惑星(101955)ベヌー(Bennu)から持ち帰られた粒子から、アミノ酸や核酸塩基、カルボン酸、アミンなど、様々な有機化合物の検出に成功しました。
2023年9月24日、「OSIRIS-REx」探査機によって炭素質小惑星ベヌー試料121.6グラムが地球に届けられ、「はやぶさ」探査機によるS型小惑星イトカワ試料、「はやぶさ2」探査機による炭素質C型小惑星リュウグウ試料に続いて、世界で3例目の小惑星リターンサンプルが実験室で分析可能になりました。NASAゴダード宇宙飛行センターのダニエル・グレイビン博士をリーダーとする有機化合物分析チーム(SOAWG)では、持ち帰られた粒子に含まれる有機化合物を網羅的に分析しました。
分析チームがこれまでに培ってきた地球外試料分析技術を用いて、初期分析用に配分された約300ミリグラムの試料から、アミノ酸33種(うち、14種のタンパク性アミノ酸)、地球生命の遺伝子に含まれる核酸塩基全5種を含む窒素複素環化合物※1 23種など、未同定なものを含めて10,000種にも及ぶ窒素を含む有機化合物を検出しました。検出されたアミノ酸は右手・左手構造がほぼ等量存在しました。これらの結果は、小惑星が地球に多様なアミノ酸を供給したことを示唆し、地球生命のアミノ酸のホモキラリティの起源の謎をさらに深めることになりました。また、アミノ酸や核酸塩基など生体関連分子合成の材料となるアンモニアの濃度が、これまでに分析された炭素質隕石や小惑星リュウグウと比べて特異的に高いことが分かりました。これは、検出された有機化合物は低温環境におけるアンモニア溶液中での反応で生成した、というこれまでにない地球外有機物合成に関する知見をもたらしました。
なお、本研究成果は、2025年1月30日(木)公開のNature Astronomy誌に掲載されました。
ベヌー試料の写真と帰還試料から検出された有機成分の概念図(©NASA)
窒素複素環化合物
DNAやRNAを構成している核酸塩基のように窒素原子が環状化合物の基本骨格の一部を構成する有機化合物群のこと。
2023年9月、アメリカ航空宇宙局(NASA)が主導する小惑星サンプルリターン計画「OSIRIS-REx (Origins, Spectral Interpretation, Resource Identification, Security, Regolith Explorer)、主任研究者:ダンテ・ローレッタ教授(アリゾナ大学)」によって、炭素質小惑星ベヌー(Bennu)(図1)から121.6グラムの粒子を持ち帰ることに成功しました。日本からも複数の研究機関に所属する研究者が同計画に参画して、万全の態勢で試料分析の準備を進めてきました。本研究では、NASAのダニエル・グレイビン博士をリーダーとするSOAWG(Sample Organic Analysis Working Group:有機化合物分析チーム)が初期分析用に配分されたベヌー試料を分析し、同試料に含まれる有機化合物の網羅分析を行いました。今回、日本の研究者チームで担当した、地球生命の遺伝子に含まれる核酸塩基など窒素複素環化合物の分析の最初の成果について報告します。
およそ100ミリグラムのベヌー試料を研究対象ごとに小分けし、アミノ酸やカルボン酸など、研究対象化合物ごとに構成された小分析チームに配分されました。OREX-803001-0サンプル(25.6ミリグラム)をガラスアンプル管内で水(1ミリリットル)とともに加熱して水溶性成分を抽出し、抽出液に含まれるアミノ酸などの溶存成分を液体クロマトグラフ-超高分解能質量分析計で分析しました。また、核酸塩基は九州大学のクリーンルーム内にて、OREX-800044-101サンプル(17.75ミリグラム)をガラスアンプル管内で20%塩酸とともに加熱して抽出し、抽出液から無機塩を除去したのち、同様に分析しました(図2)。
熱水抽出液から生命のタンパク質に用いられている14種を含む33種類のアミノ酸が検出されました。それらのアミノ酸のうち、鏡像異性体を持つ分子(いわゆる、右手・左手の関係。図3)の多くは、右手・左手構造がほぼ等量存在(=ラセミ体)することが分かりました。とくに、タンパク性アミノ酸であるアラニンやアスパラギン酸がラセミ体であることは、サンプルに地球上での生物由来の汚染が含まれていないことを示すだけでなく、地球上の生命に見られるアミノ酸の左手構造過剰とは一致しませんでした。これら分析結果は、小惑星が地球に多様なアミノ酸を供給したことを示唆し、地球外生命のホモキラリティの起源の謎をさらに深めることになりました。
また、塩酸抽出液からは生命の遺伝子DNA(デオキシリボ核酸)、RNA(リボ核酸)に含まれる5種の核酸塩基全て(シトシン、ウラシル、チミン、アデニン、グアニン)を検出しました。これまでに炭素質隕石から検出された例はありましたが、ウラシルを除き、小惑星リターンサンプルからの検出は初めてです。また、アミノ酸など有機化合物合成時の窒素供給源として非常に重要なアンモニアは、これまでに分析された地球外物質と比べても極端に濃度が高いことが分かりました。こうした窒素が豊富なベヌー試料の組成は、硫黄が豊富なリュウグウ試料と対照的です。アンモニアは揮発性が高く、低温環境でなければ安定に存在できないため、高濃度のアンモニアの存在は、ベヌー母天体での有機化合物合成は低温でのアンモニア水中反応が支配的であったことを示します。
地球上での生命はいつどのように誕生したのか、いわゆる地球上での生命の起源は科学における最大の謎の一つです。その謎を解くためには、生命誕生前の地球上にどのような「生命の材料」がどれくらい存在していたのかを理解する必要があります。その理解には、重要な材料供給源の一つである、ベヌー試料のような地球外物質の分析が不可欠です。OSIRIS-REx計画で持ち帰られた小惑星ベヌー試料は地球上での汚染が、これまでに分析された地球外物質の中でも最小限であるため、今後さらにベヌー試料に含まれる有機化合物が詳細に分析されることで、「生命材料の目録」がより明らかにされていくことが期待できます。また、小惑星リュウグウに含まれる有機分子群との詳細な比較検証や水質変成による水-鉱物-有機物の相互作用の歴史を含め、アミノ酸や核酸塩基以外の生命の材料候補の発見も強く期待されます。
現在、日本主導の火星衛星フォボスからのサンプルリターン計画「MMX(Martian Moons eXploration)」など、大規模な地球外サンプルリターン計画が進行しており、本研究で培った技術や知見が必ずそれらの成功に役立つと考えられます。
本研究は、JSPS科学研究費補助金(JP21H04501、JP23H03980、JP21KK0062)による研究助成、北海道大学低温科学研究所共同プロジェクト、ほか海外の機関からの研究助成を受けたものです。
Abundant ammonia and nitrogen-rich soluble organic matter in samples from asteroid (101955) Bennu(小惑星ベヌーサンプルに含まれる多量のアンモニアと含窒素可溶性有機化合物)
図1.小惑星ベヌー(左。©NASA)と分析に用いた試料(OREX-800044-101)の光学顕微鏡写真(右)。スケールバーは500μm。
図2.左:九州大学大学院理学研究院 地球惑星科学部門のクリーンルーム実験室における分析の模様。 右:塩酸とともに加熱したベヌー試料。
図3.アミノ酸の右手・左手構造の概念図。
詳細は 北海道大学のサイトをご覧ください。