海氷が減少している北極海などでの船舶の航路選定などに役立つ、実用的なスケールでの海氷予測には、細かい海氷変形を知ることが必要である。本研究では、漂流ブイと衛星を使った観測で海氷変形のパターンを明らかにした(図1)。
海氷変形の主要パターンは「せん断※1 」であり、「収束※2」や「発散※3」は散発的に発生する(図2)。海氷の「収束」は「発散」に比べて持続しやすい特性が確認された。
衛星画像で確認される亀裂形成の前兆として、短時間で「収束」と「発散」を繰り返すことがわかった。
本研究が明らかにした海氷動態を海氷モデルに反映し、さらに広範囲で長期間の観測データの解析結果を反映することで、より現実的で信頼性の高い海氷予測の実現や気候予測の信頼性向上につながる。
図1 漂流ブイと衛星を使った高密度な観測のイメージ図
図2 海氷変形の主要パターンである「せん断」、「収束」、「発散」のイメージ図
(海氷の)せん断
ハサミを使って紙を挟み切るように、切断面に対して平行方向に力が作用し、氷板同士がズレ動く。
(海氷の)収束
海氷が両端から引きよせられ、一点に鉢合わせる動き。海氷が収束すると鉢合わせた地点では氷厚が増加する。
(海氷の)発散
海氷が両端から引っ張られて、一点から離れようとする動き。海氷が発散すると厚さは減少し、海面が出現する。
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門の木村仁副主任研究員らは、東京大学の研究チームと共同で、2020年と2022年の3月から7月にかけて、北極海ボーフォート海域で実施した漂流ブイ観測から得た海氷の位置データを解析し、海氷変形パターンを明らかにしました。本研究では、ヘリコプターとスノーモービルを使い海氷上に全地球測位システム(GPS)を高密度(約200 m 間隔)に設置し、衛星通信を用いて30分ごとの海氷の動きを追跡しました(図1)。さらにWebcam(SideKick)を海氷上に設置して海氷の状態を映像でも記録しました(参考資料)。
海氷の動きから海氷変形を解析した結果、海氷変形の主要パターンである「せん断」、「収束」、「発散」のうち、最も頻繁に見られるのは「せん断」であることが明らかになりました(図2)。さらに、海氷の収束は発散に比べて持続しやすく、収束や発散がせん断に移行する時間が非対称的であることを発見しました。これらの発見は、これまでの海氷モデルに実装されていない理論と整合性があることを指摘し、新たなモデルの必要性を提案しました。また、海氷の動きが短時間で収束と発散を繰り返すことが、海氷に亀裂が生じる前触れである事例を見つけました。これは、氷海で船舶の航行安全を支える実用的な情報としても役立つかもしれません。
本研究で得られた知見は、海氷モデルの精度向上に寄与するとともに、気候予測の信頼性向上にも大きく貢献することが期待されます。
本成果は、「Geophysical Research Letters」に2月19日付け(日本時間)で掲載されました 。本研究は北極域研究加速プロジェクト(ArCS II、JPMXD1420318865)の助成を受けました。
Sea‐Ice Deformations at the Submesoscale and Below During the Melting Season
北極海では急速な温暖化により、海氷面積が劇的に減少しています。このような変化は気候モデルなどでも再現されていますが、これまでの海氷モデルでは船舶の航路の選定などに役立つ時間・距離スケールでの予測は困難です。その一因には、海氷にかかるストレスの計算方法に関連する不確定要素が挙げられます。海氷は風力や海流といった外部要因だけでなく、内部摩擦やそれに伴う変形といった要因によるストレス(応力)を受けながら動いています。海氷予測では変形率からストレスを計算していますが、より精度の高い予測を実現するためには、データと整合性の高い変形率とストレスの関係式が必要です。ストレスには、海氷の切断面に平行にかかる「せん断応力」と直角にかかる「直応力」があり、これらの2つの関係を示す「降伏曲線」は、海氷にかかるストレスを計算する上での基本的な式となっています。
現在、気候予測モデルなどに用いられる降伏曲線は40年以上前に考案された「事実上の標準的な降伏曲線」といえる楕円形降伏曲線(図3A)を採用しています。この楕円形降伏曲線は、現在よりも北極海が広く海氷に覆われていた時代に考案されたため、現代の温暖化に伴う劇的な海氷減少や変形パターンの変化を反映していません。温暖化が進行する北極海における現実的な予測を可能にするためには、実際の観測データを使って、降伏曲線の妥当性を検証する必要がありました。
図3 直応力とせん断応力の関係を定義する3つの降伏曲線の模式図。
本研究では、海氷の位置の観測に高密度に設置した漂流ブイを使用しました。船舶を使用して行われる海洋観測は短期間(約1カ月)で特定の場所を観測できる利点があります。一方の漂流ブイによる観測は観測場所への固定は難しく、海氷の収束によりブイが破壊されてしまうこともありますが、大概において長期間の観測(約1カ月-2年)が可能である特長があります。研究チームは、設置した漂流ブイからのGPSデータを、衛星を介してメールで取得しました。
漂流ブイによる観測データの解析により、気候予測モデルに用いられる格子間隔より短い空間スケールでは、せん断変形が最も頻繁に発生し、収束や発散の変形は散発的に起こることが明らかになりました。この発見は、海氷の衝突頻度を基に「せん断応力」と「直応力」の関係式を導きだせることを示しています。この関係式は「正弦形降伏曲線」(図3B)として知られますが、これまでの海氷モデルには実装されていません。
さらに、散発的に発生する収束・発散が支配的な時期には、海氷の動きが短時間で収束と発散を繰り返すことが観測されました。この振動は、衛星画像で確認される海氷亀裂の形成前兆となっていました(図4)。
図4 海氷亀裂の形成と、亀裂が形成されるまでの発散率とせん断率の比の時間変動
左図上:2020年3月29日。海氷亀裂が確認される前の衛星画像。海氷上に設置したGPSの位置情報3地点を結んだ三角形を色で表示。
左図下:2020年3月30日。海氷亀裂が確認
右図:発散率とせん断率の比の時間変動。赤枠内がせん断変形、赤枠外左が発散変形、赤枠外右が収束変形の支配的な期間
各々の氷板にせん断変形が働き、氷板が発散・収束し海氷が崩壊していきます。氷板の発散・収束後には、再びせん断変形が支配的になります。このようなサイクルの中で、発散変形に比べて収束変形が持続することを明らかにしました。発散・収束状態からせん断変形へ回復するサイクルが非対称であることは、「涙目形降伏曲線」(図3C)を支持する結果となりました。
本研究は、海氷崩壊時に「事実上の標準的な海氷モデル」の妥当性を検証するとともに、データに基づいた新たなモデルアプローチとして、「正弦形降伏曲線」と「涙目形降伏曲線」を組み合わせたモデルの必要性を提案しました。この知見は、より現実的で信頼性の高い海氷予測への道を拓くものと期待されます。
今回の研究に使用したデータは、漂流ブイ観測を実施したボーフォート地域と海氷融解季に限られており、北極海の特定地域と季節に焦点を当てたものですが、次のステップとして、広範囲かつ長期間のデータ解析が求められます。今後は、北極海の広範囲に設置された位置データベースを活用し、より幅広い時空間で海氷の動きを詳細に追跡することで、新たな知見を得ることを目指します。
これにより、海氷モデルのさらなる改良や気候予測の精度向上に寄与し、温暖化が進行する北極圏の変動を正確に捉えるための基盤を築くことが期待されます。JAMSTECと東京大学の共同研究チームは、今後も北極海の海氷動態の理解を深化させるとともに、気候変動対策に資する新しい知見を提供していきます。
JAMSTECでは、海氷上漂流ブイによるGPS観測とともに、Webcamによる海氷の変化の記録を取得することができました。これらの映像から、海氷の「せん断」「収束」「発散」の様子を捉えることができました。
2018年3月22日に設置したWebcam(SideKick)が捉えた海氷の毎日の変化(動画)
海氷が割れ、「せん断」「収束」「発散」の動きをしている様子が分かる。
2018年4月24-25に見られた「収束」(ridging)の連続画像
2022年6月20日~7月3日に見られた海氷の表面融解(メルトポンドの形成)と再凍結
※資料映像は、以下のURLからご覧いただけます。
https://youtu.be/6ItyH-WNF0c