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日本に流れ込む大気の川の早期予測可能性を発見 ―熱帯変動の予測性能が鍵―

2025.05.02
国立研究開発法人海洋研究開発機構

1. 発表のポイント

  • 日本では大気の川と呼ばれる豊富な水蒸気の流れ込みが豪雨をもたらす原因の一つとなっている。大気の川を早期に予測できれば豪雨による風水害被害を低減できる。

  • 季節予測モデルSINTEX-F2※1 を用いて大気の川が日本へ流れ込む季節的な頻度が予測可能であるか検証した。結果、最大で7ヶ月以上前に大気の川がやってくる頻度を予測可能であることがわかった。

  • 大気の川の季節的な振る舞いは、太平洋高気圧を変化させる熱帯変動※2 からの遠隔影響を受けており、このメカニズムを捉えることで大気の川の早期予測が可能となる。したがって、熱帯変動を精度よく予測できる数値モデルは大気の川の早期予測ができる可能性が高い。

図1

図1 本研究で発見された、大気の川の季節予測が可能となったメカニズムの模式図
夏季の大気の川の振る舞いは、日本の南西からやってくる水蒸気の流れをコントロールする太平洋高気圧の影響を受けるが、太平洋高気圧はフィリピン付近の海面水温で決まる積雲対流活動による遠隔影響を受ける。この海面水温と遠隔影響はエルニーニョ・ラニーニャやインド洋ダイポールモードなどの時間・空間スケールの大きな気候変動と関係しているため、本来は予測が難しいと考えられる、大気の川の早期予測が可能となっていた。

用語解説
※1

SINTEX-F2
日欧共同研究で開発された季節予測モデル。大気・海洋結合モデルで構成されており、エルニーニョ・ラニーニャ、インド洋ダイポール現象の予測に高い精度を示す。

※2

熱帯変動
エルニーニョ・ラニーニャ、インド洋ダイポール現象など、大気海洋相互作用で引き起こされる、大気海洋の大規模循環場の変化のこと。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)アプリケーションラボの馬場 雄也 主任研究員は、季節予測モデルSINTEX-F2を用いて、日本に豪雨をもたらす原因となっている大気の川(日本の上空に流れ込む豊富な水蒸気の流れ)が早期に予測可能か、その季節予測可能性についてJAMSTECが所有するスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を用いて検証を行いました。

検証の結果、最大で7ヶ月以上前に大気の川が日本へ流れ込む季節的な頻度を予測可能であることを明らかにしました。さらに、大気の川の振る舞いは日本の南東に位置する太平洋高気圧と、東南アジアで発生する熱帯変動に影響を受けており、季節予測モデルがこれらをうまく捉えることで、大気の川が予測可能となることを示しました。本研究の成果は大気の川の早期予測可能性とその背景にあるメカニズムを示すことで、一般的な数値予報モデルを用いても大気の川の早期予測が可能となることを示唆しており、将来的に日本における大気の川に由来する豪雨被害の低減に寄与するものと期待されます。

なお、本研究はJSPS科研費24K07146の助成を受けたものです。

本成果は、「Atmospheric Science Letters」に5月2日付け(日本時間)で掲載されました。

論文情報
タイトル

Seasonal prediction of atmospheric rivers in the western North Pacific using a seasonal prediction model

著者
馬場 雄也1
所属
  1. JAMSTEC付加価値情報創生部門 アプリケーションラボ

3. 背景

日本では夏季に豪雨が集中して発生しており、豪雨による風水害被害を低減するために、できる限り早期かつ正確に豪雨を予測する技術が求められてきました。しかしながら、豪雨を早期に予測するには技術的に数多くの課題が残されており、現在でも早期予測は困難であると考えられています。

日本ではいくつかの大気現象が原因で豪雨が発生しています。その中でも近年は「大気の川」と呼ばれる、日本で豪雨を引き起こす、日本の南西からやってくる豊富な水蒸気の流れが注目されています。研究によっては日本で起こる極端な豪雨の7割程度は大気の川によるものであると指摘されています。したがって、この大気の川を早期に予測できれば、豪雨が発生する危険性を早めに察知し、風水害被害を低減できると期待できます。

大気の川は北米西海岸でも冬に豪雨をもたらす現象として知られていました。最近の北米に着目した研究では、大気の川がやってくる頻度は最大で9ヶ月前に予測可能であることが示されていました。このことは、日本でも大気の川の早期予測ができる可能性があることを示唆しています。ただし、既往研究ではなぜ大気の川がそのように早期に予測できるのか、熱帯の海面水温の予測が大気の川の予測に影響していることが推測されていましたが、理由についてははっきりと分かっていませんでした。

本研究では以上の背景を元に、日本にやってくる大気の川を早期に予測できるか、JAMSTECで開発している季節予測モデルを用いて検証を行いました。また、もし予測可能であるのならば、何が原因で予測できているのかを明らかにするために、詳しいデータ解析を行いました。

4. 成果

季節予測モデルを用い、2001-2020年の間を対象として、季節毎に12ヶ月間の再予測実験を行いました。そして、予測された大気の川がどれほど再解析データと一致するか、予測モデルの評価指標を用いて検証しました。

図2(a)は、日本にやってくる大気の川の季節的な発生頻度に関するアノマリー相関係数と呼ばれる評価指標を示しています。相関係数が高く、ある値を超えるとその時期の大気の川の振る舞いが予測できることを意味します。例えば1月から予測開始した場合には、夏の間に大気の川がやってくる頻度が多いか少ないか、7ヶ月前から予測できることがわかります(図中①の期間)。また、10月から予測開始した場合には、翌年夏、7ヶ月以上先の大気の川の発生頻度も予測可能となっています(図中②の期間)。

1週間のうちに大気の川が日本へ上陸する頻度について、さらに細かく季節予測モデルがどれほど予測できているかを調べたところ、先行研究で行われている北米における大気の川の予測に比べて、高い精度で予測できていることがわかりました(図2(b))。

以上のことから、本研究で用いた季節予測モデルでは、高い精度で大気の川の振る舞いを捉えられていることがわかります。このように、日本が位置する北西太平洋で大気の川の予測可能性について調べた研究はこの研究が初めてです。本研究では北米での研究と比べて相対的に高い精度で大気の川の振る舞いが予測できていることから、北米と比べて地域的な特徴が予測精度に影響していることが推測されます。

図2

図2 再予測実験から得られた大気の川の季節予測可能性
(a)は再解析データに対するアノマリー相関係数で表された、日本南西部における大気の川の発生頻度と強度の予測可能性を示す。予測開始時期(横軸)から予測ターゲット時期(縦軸、斜線部は夏季に相当)に数値モデルで予測可能であれば、高い相関係数を示す。さらに相関係数がしきい値を超えるとき、初期データだけでなく数値モデルを用いなければ予測ができないことを表す(図中では◯で図示)。(b)はブライアスキルスコアで表された、日本南西部各エリアにおける大気の川の週間上陸頻度予測精度を表す。レベル0〜2はそれぞれ1週間のうちに、0回、1〜2回、3〜7回大気の川が上陸する事象に相当する。北米西海岸に注目した既往研究ではこれらのスコアは0.1以下程度。白・黒のバーはそれぞれ1月・4月から予測開始した場合のスコアに相当する。

また通常、日本が位置する中緯度帯では大気の振る舞いはカオス的で、大気の時間スケールは海に比べてとても短く、本研究のように3ヶ月を超える長い時間前から大気の振る舞いを予測することは不可能であると考えられています。つまり、このように長い時間前から大気の川の予測ができているとすれば、それにはなにかの理由があるはずです。3ヶ月を超える大気・海洋変動は海に由来していることが多いため、大気の川が予測できているときの大気と海の変動について、どのような成分が互いに関係しているかを調べました。

図3

図3 (左)夏季に日本に大気の川が流れ込むときの海面水温(色, K/%)と海面気圧(灰色の線、Pa/%)の大気の川発生頻度に対する回帰解析、(右)夏季における海面気圧の主分析解析(黒色の線、hPa)および海面気圧と海面水温の相関係数(色)。回帰分析では大気の川の発生頻度に対する海面水温と海面気圧の応答が示されている。主分析解析では夏季に支配的な海面気圧のパターンと、そのパターンに強い相関を持つ海面水温パターンが示されている。

図3は6〜8月の間で日本に大気の川がやってきたときの海面水温と海面気圧の関係を示しています。予測データと再解析データを比較すると、日本の南東に太平洋高気圧があり、同時にフィリピン周辺で海面水温が高くかつ海面気圧が低くなっていることがわかります。このことは東南アジア域で強い(弱い)対流活動があると太平洋高気圧が強く(弱く)なり、大気の川の振る舞いに影響を与えることを示しています。

この海面水温や海面気圧の振る舞いはPacific-Japan(PJ)パターンという、熱帯変動が中緯度の大気の振る舞いに影響するテレコネクション(遠隔影響)パターンに一致します。したがって、大気の川の季節的な振る舞いは、このPJパターンを通して熱帯変動の影響を受けており、熱帯変動の予測精度が大気の川の季節予測に重要であることを示しています。実際、このときにエルニーニョ・ラニーニャ、インド洋ダイポール現象などの熱帯変動がこの季節予測モデルで捉えられているか調べたところ、予測スキルは良好な結果を示すことがわかりました。

5. 今後の展望

本研究ではJAMSTECで開発している季節予測モデルを用いましたが、大気の川の予測可能性と背景にあるメカニズムには普遍性があります。そのため、海洋モデルを組み込んだ一般的な数値予報モデルでも大気の川の早期予測が実現できる可能性があります。今後、他機関との連携を含めて、大気の川の早期予測が日々の天気予報と同じように実現できるか、つまり現業予測が可能か模索していく予定です。このような予測が可能となれば、大気の川に由来した豪雨による風水害被害の低減が可能となります。また、熱帯変動の予測精度が大気の川の季節予測の精度に影響することから、観測データを予測初期の海洋データに組み込むデータ同化手法や、熱帯の積雲対流活動をより精度よく捉える雲モデルなど、より正確に熱帯変動を捉える技術を導入することで、さらに高精度に大気の川を予測できるか検証を進める予定です。

本研究のお問い合わせ先

国立研究開発法人海洋研究開発機構
 付加価値情報創生部門アプリケーションラボ
 主任研究員 馬場 雄也

報道担当

海洋科学技術戦略部 報道室