図1 本研究が明らかにした南海トラフに沈み込む海洋プレート上面の形状と過去の海溝型巨大地震、スロー地震の発生域を示す概念図
反射法地震探査
海域における反射法地震探査では、海面の近くに曳航したエアガンから音響波を海中に放出し、速度と密度が変化する海底下の境界面で反射して、再び海面近くに戻ってきた波を多数の受振器を備えたストリーマケーブルで捉える。捉えられた反射波の到達時間と振幅を処理・解析することで、海底下の地質構造形態が明らかとなる。
付加体
海洋プレートが陸側プレートの下へ沈み込む海溝付近で、海洋底に堆積した地層が陸側に押し付けられ、はぎ取られて付加された地質体のこと。付加体が形成される際、地層が圧縮されて断層や褶曲による変形が始まる先端部を変形フロントと呼ぶ。
図2 反射法地震探査(上)と付加体の形成(下)
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)海域地震火山部門 地震発生帯研究センター プレート構造研究グループの白石和也主任研究員らは、これまでに実施した地殻構造調査に基づき、南海トラフに沈み込む海洋プレートの上面(ここでは、堆積層または付加体とそれらの基盤をなす海洋地殻との境界)の詳細な起伏形状を、南海トラフの全域にわたって明らかにしました。
調査では、海底下の地層境界等から反射してきた波を重ね合わせて反射面の位置や形状を推定する反射法地震探査を実施しました。稠密に配置された調査測線に沿って、反射法地震探査によって得られる海底下の地質構造断面を解析し、東西方向に約730kmと南北方向に約150kmに至る基盤形状モデルを作成しました。本研究で明らかになった基盤の起伏は、沈み込む前の海洋プレートで起きた過去の構造運動や火成活動に由来しており、現在の南海トラフの地質構造や物性分布、地震活動の空間的な違いに影響を及ぼしていると考えられます。また、基盤形状の特徴から、東西方向に大きく3つの領域に分割することができました。これらの領域は、南海トラフの海溝型巨大地震の想定震源域の区分と概ね一致します。すなわち、大局的な基盤形状は、海溝型地震の活動とそれにともなう断層すべりの分布に影響を与えている可能性があります。一方、これまでに南海トラフで観測されたスロー地震(微動および超低周波地震)の局在的な分布は、顕著な起伏の分布と必ずしも対応していないことがわかりました。
今後は、本研究で明らかになった基盤の形状および地質構造情報を基に、その上位にある地層の性質や変形構造、地質構造発達に伴う力学的な条件を詳しく研究することで、地震活動の要因解明に繋がることが期待される。
本成果は、「Scientific Reports」に7月30日付け(日本時間)で掲載されました。本研究はJSPS科研費(JP16H06475、JP21H05202、JP22K03789、JP24K07180)および文部科学省「防災対策に資する南海トラフ地震調査研究プロジェクト」の助成を受けたものです。
Topography of the subducting basement throughout the entire Nankai Trough
南海トラフでは、九州から東海にかけての西南日本の下へ海洋プレート(フィリピン海プレート)が沈み込みを続けている影響で、過去には津波を伴う海溝型巨大地震が繰り返し発生し、近い将来にも巨大地震の再来することが危惧されています。また、観測技術の進展と観測網の拡充によって、スロー地震と呼ばれる現象が局在的に繰り返し観測されています。沈み込む海洋プレートと陸側の上盤プレートの間には滑りやすい部分とそうでない部分が存在し、地震の起こり方が場所によって違うと考えられますが、多様な地震活動と地下地質構造の因果関係は必ずしも明らかではありません。そのため、地下地質構造の詳細を明らかにして、地震活動に影響を与える可能性のある要因を調べることが重要です。
JAMSTECでは、南海トラフ地震発生帯の地下地質構造を明らかにすることを目的に、1997年から深海調査研究船「かいれい」に搭載された、人工的な音響波源と曳航式ハイドロフォンケーブルを利用した反射法地震探査により、海底下の地質構造を継続的に調査してきました。2000年代〜2010年代前半までに、南海トラフにおけるプレート沈み込みに伴う基本的な地質構造、地殻内部の変形構造や地震波速度が南海トラフに沿って空間的に変化すること、大局的な三次元的プレート形状などを明らかにしてきました。
しかしながら、それまでに実施された調査では、調査測線の間隔が広いため地下構造の不明な領域が多く残され、また、近年の観測で明らかとなった地震活動の局在的な分布との関係について十分な理解が進んでいませんでした。そこで、南海トラフ全域にわたる地下構造の空間変化をより詳しく明らかにするため、2018年以降は主に海底広域研究船「かいめい」による地殻構造調査を行い、稠密な測線配置による反射法地震探査を実施しました。その結果、それ以前の調査測線と合わせて、南海トラフのほぼ全域を4kmまたは8kmの測線間隔で網羅するに至りました(図3)。本研究では、新旧の調査を合わせて四半世紀以上の地殻構造調査の集大成として、地震活動に影響を与える要因の一つと考えられる基盤の形状について、南海トラフ全域にわたり統一的に解析しました。
図3 JAMSTECが1997年から2024年までに南海トラフで実施した反射法調査の測線分布を示す。破線A-B-Cは、複数の調査測線をつないで作成した断面図(図4)の位置を示す。
本研究では、1997年から2024年までに収集した反射法地震探査データのうち、約250本の調査測線に沿って作成された地下構造断面から地質構造の解析を行いました。稠密な反射法地震探査により描像された地下構造情報から、南海トラフに沿った海底下地下構造が変化する様子を詳細に捉えられるようになりました。図4は、変形フロントの北側に付加体が形成される部分を通る複数の調査測線(図3の破線A-B-Cを参照)を接続して作成した、南海トラフの東端から西端に至る地下構造断面を示しています。このうち、付加体と海洋地殻の境界をなす基盤上面に対応する反射面を追跡し、測線のない部分は滑らかに補間することで、南海トラフの全域(長さ約730km、幅約150km)にわたる基盤の起伏を表す面を作成しました(図5)。沈み込み帯全域をここまで高い解像度で把握できたのは、世界で他に例はありません。なお、図5は海面から基盤面までの反射波の往復時間で表現されています。既存の広域三次元地震波速度モデルに基づく反射波の往復時間と深度との関係から、最大で深度15〜20kmまでの基盤形状が捉えられています(図6)。
図4 南海トラフの変形フロント北側(図3の破線A-B-C)を東西に横断する地下構造断面を示す。海嶺や海山、断層によるずれなどよって、海洋地殻からなる基盤の上面が起伏に富む様子が確認できる。
本研究で得られた基盤の起伏から、変形フロントの北側には3つの主要な地形的高まりが確認され、地形的特徴に基づき南海トラフを東西方向に3つの領域に区分しました(図5)。「西部」では、四国海盆西端の九州–パラオ海嶺の北方延長部に大きな高まりがあり、その北側では他の海域に比べて基盤の深さが急に深くなっているのが確認できます。「中部」では、変形フロントを横切る南北方向の直線的な凹地の北部に、弧状に分布する複数の構造的高まりを形成しています。「東部」では、変形フロントと並行するように比較的規模の大きな起伏が東西方向に分布しています。これらの地形的な特徴は、フィリピン海プレートで過去に生じた構造運動や火成活動に由来していて、現在の位置に沈み込むよりもずっと以前に形成されたものと考えられます。西部の高まりをなすのは、四国海盆の西端にある九州-パラオ海嶺が四国海盆の海底拡大に伴って伊豆-小笠原弧から分離したものと考えられており、中部に見られる南北方向の線形凹地は、その海底拡大に伴う正断層群から形成されています。中央部の高まりは、その後の火成活動によって生じた海山群であると考えられます。東部に見られる東西方向の高まりは、伊豆-小笠原弧から西方に伸びる後発的な海嶺や海山の一群であると考えられます。
図5 本研究で明らかになった南海トラフ全域にわたる基盤の起伏を示す。地形的特徴から、東西方向に大きく三つの領域「西部」「中部」「東部」に分けることができ(青矢印)、また、海溝型地震の想定震源域の区分(赤矢印)と概ね対応している。黒破線は、中部に見られる南北方向の線上凹地を示す。
地形的な特徴で区分された3つの領域は、海溝型巨大地震の想定震源域の東西区分に概ね対応しています(図5)。西部は九州南東沖に沈み込むプレートの深部でM7クラスの地震が繰り返し発生する日向灘に対応し、中部は1946年の南海地震に伴うすべり域とほぼ一致し、東部は1944年の東南海地震のすべり域を含む東南海・東海地震の想定震源域に相当しています。つまり、沈み込むよりも前に形成されたと考えられる大局的な地形の違いは、地震活動の不均質性や大きな地震が起きた場合の断層すべり分布に影響を与えている可能性が示唆されます。
一方、これまでの観測によって南海トラフ浅部で繰り返し確認されたスロー地震(微動および超低周波地震)の活動域は、いくつかの場所に局在しています(図6)。西部では九州–パラオ海嶺の沈み込みに伴う高まりの周辺、中部では室戸岬沖の海山群の周辺、中〜東部では紀伊半島南東沖の構造的高まりの周辺に限られています。しかし、四国西部や東海地域の沖では、顕著な起伏変化のある場所であっても、少なくともこれまでの観測では、スロー地震がほとんど観測されていません。これまではスロー地震は海山や海嶺のような地形的な高まりの周辺で頻繁に発生すると考えられることが多かったのですが、本研究の結果では、起伏があるからといって必ずしもその周囲でスロー地震が活発ではない、ということがわかります。このことは、基盤の起伏のみがスロー地震活動を規定しているのではなく、その他に考慮する要因や条件があることを示唆しています。基盤の起伏の空間的な変化に加えて、上位にある堆積物の性状、地質構造の発達、断層の形状やその周囲の力学的・水理学的条件が局所的にどのように変化し、地震活動に影響を与えているのか、研究を深めていくことが重要です。
図6 南海トラフに沈み込む海洋プレートの上面形状を、既存のモデルと重ねて三次元的に表現したもの。これまでに繰り返しスロー地震の発生が確認された場所は、南海トラフに沿って局在している。
本研究で明らかとなった詳細な基盤形状の空間変化を基に、南海トラフの地質学的進化および地震活動の多様性について理解が深まることが期待されます。今後は、収集された稠密な地殻構造調査のデータをさらに活用して、基盤より上側に発達する地層について堆積物の性状や分布、断層や褶曲に伴う地層の変形など、基盤の起伏とどのように関連しながら空間的に変化しているのか詳しく解析していきます。
一方、プレートが深くまで沈み込む海岸線に近い海域では、従来の方法では地震探査が難しく地下構造がまだ明らかになっていないので、調査方法を工夫して新しいデータを取得していくことも重要です。また、海底および海底下から岩石試料採集や原位置観測を通じて堆積物や岩石の性質を実際に調べ、海底観測網による地震活動や地殻変動の継時変化をモニタリングすることが重要です。実際の地質構造と物性の情報をもとに現実的な基盤形状および上位の地層をモデル化し、時間発展する数値モデリングによって地質構造の発達と力学的・水理学的な状況の再現と予測をすることで、南海トラフに沿った地震活動の多様性を支配する要因が明らかになっていくことが期待されます。
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報道担当