1. TOP
  2. プレスリリース
  3. 深海へのCO2輸送の陰の立役者「フェオダリア」の炭素輸送量を世界で初めて定量化

深海へのCO2輸送の陰の立役者「フェオダリア」の炭素輸送量を世界で初めて定量化

2025.09.10
国立研究開発法人海洋研究開発機構

1. 発表のポイント

  • フェオダリア※1(単細胞動物プランクトンの1グループ)は、海域によって高い生物量を示すことが報告されているが、海洋表層から深海へとCO2を運ぶ生物の働きのなかで、彼らがどれだけの貢献をしているのかはほとんど分かっていなかった。
  • 本研究では、これまで測定が困難だった1 mm未満サイズの小さなフェオダリアが、深海へどの程度の炭素を運んでいるのかを、世界ではじめて定量的に明らかにした。
  • 超高感度の微量元素分析技術※2 とフェオダリアの体積-炭素量の関係式※3 を併用することで、これまで見過ごされていた微小サイズのフェオダリアの炭素輸送量を推定できるようになった。
  • その結果、1 mm未満のサイズは、全フェオダリアによる炭素輸送の約6割を担っていることがわかった。
  • この手法は他の海域やプランクトンにも応用可能で、海洋内部の炭素の動き(大気中のCO2濃度を左右する)に対する地球規模での単細胞プランクトンの役割の解明に貢献すると期待される。
図1

図1 本研究の概念図

用語解説
※1

フェオダリア
ケイ酸塩(SiO2・nH2O)の多様な骨格を形成する浮遊性の単細胞動物プランクトンの一群。世界中の海に生息し、種によって体サイズが大きく異なり、0.04mm程度(髪の毛の直径以下)の微小なものから数cmに達するものまで存在する。

※2

超高感度の微量元素分析技術
市販の元素分析計を改良し、従来の100分の1以下のサンプル量で炭素・窒素・硫黄の高感度な測定が可能としている文献1

※3

体積-炭素量の関係式
生きていた時のフェオダリアの体積と炭素量には以下の関係が成り立つ文献2
炭素量=10[0.958±0.025]×体積[0.455±0.016]

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和裕幸、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門 海洋生物環境影響研究センター 海洋プラスチック動態研究グループの池上隆仁副主任研究員らは、超高感度の微量元素分析技術を用いることで、これまで測定が困難であった1㎜未満のフェオダリア(単細胞動物プランクトンの1グループ)の炭素がどの程度深海に運ばれているのかを世界で初めて定量的に明らかにしました。(図1)。

大気中のCO2の一部は、海洋表層に生息する植物プランクトンの光合成により有機物となり、やがてそれらを捕食する生物の遺骸・排泄物等も一緒になって凝集することで、海洋沈降粒子※4 となり、深海に輸送されます。これらの海洋沈降粒子は、大気中のCO2を深海に送り届ける主な手段の一つです。西部北太平洋亜寒帯域は、海洋沈降粒子が深海まで効率的に輸送される海域の一つであり、過去にフェオダリアの高い生物量が観測されています文献3。しかし、海洋沈降粒子中のフェオダリアの遺骸に含まれる炭素は、生きていたときよりもわずかな量しか残っていません。そのため、従来の元素分析計を用いた分析では、1 mm未満のサイズのフェオダリア(以下、<1-mmフェオダリア)による炭素輸送量を定量することは困難でした。

本研究では、超高感度元素分析計を用いた非常に高感度な分析技術と既存のフェオダリアの体積-炭素量の関係式を併用することでこの問題を克服しました。まず、西部北太平洋亜寒帯域において、フェオダリアの各種の生息深度分布※5 をプランクトンネット観測により明らかにしました。また、同海域の水深1000 mに設置したセジメント・トラップ※6 により海洋沈降粒子を採取しました。そして、その中からフェオダリアの遺骸を拾い出し、超高感度元素分析計を用いて残存炭素量を測定しました。さらに体積-炭素量の関係式からフェオダリアが生きていた時の炭素量と、沈降後に残った炭素量を比べることで、深海まで運ぶことのできる炭素の割合(炭素残存率)を推定しました。標本数が少なく、超高感度元素分析計を用いても炭素量を測定できないような種であっても、生きていた時の炭素量に生息深度に対応する炭素残存率を掛け合わせることで、残存炭素量を推定することができます。これにより、水深1000 mにおける<1-mmフェオダリアの炭素輸送量を初めて定量化しました。

その結果、<1-mmフェオダリアの炭素が海洋沈降粒子の有機炭素輸送量に占める割合は、1.1~12.5%の範囲で変動し、平均では3.5%と無視できない量でした。これは全フェオダリアの炭素輸送量の6割を占めます。本研究により、これまで見過ごされていた<1-mmフェオダリアの炭素輸送量を定量化することが、大気中のCO2濃度を左右する海洋内部の炭素の動きを理解するために重要であることが明らかになりました。また、本研究手法は、他の海域やプランクトンにも応用可能で、海洋内部の炭素の動きに対する地球規模での単細胞プランクトンの役割の解明に貢献すると期待されます。

本成果は、「Progress in Earth and Planetary Science誌」に9月10日付け(日本時間)で掲載されました。なお、本研究の一部は科学研究費助成事業(12J04155、17K00539、23K11414)及び日本科学協会 笹川科学研究助成(29-701)によって実施されました。

論文情報
タイトル

New evaluation of vertical particulate organic carbon fluxes of submillimeter-sized phaeodarians in the mesopelagic twilight zone of the western North Pacific Ocean

著者
池上隆仁1、 小川奈々子1、 野牧秀隆1、 木元克典1、 本多牧生1、 大河内直彦1、 藤木徹一1
所属
  1. 海洋研究開発機構
用語解説
※4

海洋沈降粒子
海洋表層から深海底へと沈降する粒子状有機物の凝集体のこと。沈んでいく様子が海中で雪が降っているように見えるため、マリンスノーとも呼ばれる。植物プランクトンや動物プランクトンの遺骸、糞、鉱物粒子、藻類やバクテリアから分泌される粘液などで構成される。化学的には主に生物由来の有機物、ケイ酸塩、炭酸カルシウム、陸起源鉱物の4成分で構成される。ケイ酸塩は、珪藻、珪質鞭毛藻、放散虫、フェオダリアなどの持つ殻に由来し、炭酸カルシウムは、円石藻、有孔虫などの持つ殻に由来する。これらはいずれも単細胞プランクトンであり、海洋沈降粒子の主要な構成成分の一つである。ケイ酸塩と炭酸カルシウムの殻は、海水よりも比重が大きいため、錘(おもり)として粒子の沈降の効率化に寄与している。

※5

生息深度分布
フェオダリアの各種が海水中で生きている水深の範囲

※6

セジメント・トラップ
海水中を沈降してくる粒子をあらかじめ設定した時間間隔(本研究では20日間)で長期間(例えば1年間)、時系列で自動捕集する装置。本体は大きな漏斗(ロート)とロートの下の多数の捕集容器で構成される。浮き球・ロープ・切り離し装置・錨を用いて海中の任意の深さに係留し、一定期間後に回収することで海洋沈降粒子試料が得られる。

3. 背景

大気から海洋表層に吸収されたCO2の一部は、植物プランクトンの光合成により有機物となり、やがてそれらを捕食する生物の遺骸・排泄物等も一緒になって凝集することで、海洋沈降粒子として沈降します。海洋沈降粒子は、海域に生息する生物に由来する粒子で構成されるため、海域によって異なる組成が炭素輸送量やその輸送効率を左右します。海洋における粒子の沈降は、炭素や他の物質を海洋深層に輸送する主要なプロセスであり、CO2を自然のサイクルの中で深海に長期間貯留し、大気中CO2濃度の低下に貢献します。数値シミュレーションによれば、1000 m より深い層に輸送されたCO2は、数百年以上貯留されます文献4。そのため、水深200-1000 mのトワイライトゾーンと呼ばれる水深域における海洋沈降粒子の輸送プロセスを理解することが重要です。

西部北太平洋亜寒帯域(図2)では、海洋表層から海洋沈降粒子として輸送された有機物が他の海域に比べて分解されにくく、深層まで効率的に輸送されます。その要因の一つが水よりも比重の大きなケイ酸塩の殻を持つプランクトンによる錘(おもり)の効果であると考えられています。西部北太平洋亜寒帯域は、ケイ酸塩殻プランクトンの1グループであるフェオダリアの高い生物量が観測されている海域の一つです文献3。海洋沈降粒子の輸送効率を左右するケイ酸塩殻プランクトンの組成を定量的に把握することは、海洋における炭素の状態や輸送量の変化を科学的に評価する上で重要です。我々はこれまでに、1 mm以上のサイズのフェオダリア(以下、>1-mmフェオダリア)の炭素輸送量を明らかにしました文献3。>1-mmフェオダリアは脆弱なケイ酸塩骨格とゼラチン質の細胞体を持つために取り扱いが難しく、定量的な研究が困難でしたが、元素分析計による測定に精密な分類と解剖技術を組み合わせることで炭素量の定量化を実現しました。しかし、一般にサイズの小さな種ほど単体に含まれる炭素量は少なく、さらに、フェオダリアの遺骸に含まれる炭素は、沈降過程で生物による分解や物理的な破砕を受けて減少し、生きていた時に比べると微量です。そのため、従来の元素分析計を用いた分析では、<1-mmフェオダリアによる炭素輸送量を定量することは困難でした。

図2

図2 西部北太平洋の観測点。黄色の丸は観測点 K2とKNOTの位置を表す。この海域ではCO2が生物により効率的に深海に輸送される。

4. 成果

本研究では、2010年の 北海道大学練習船「おしょろ丸4世」および2014年と2015年の学術研究船「白鳳丸」による調査航海で採取した試料を使って、超高感度元素分析計を用いた世界トップの超微量分析と既存のフェオダリアの体積-炭素量の関係式を併用することでこの問題を克服しました。

まず、西部北太平洋亜寒帯域の観測点KNOT(44°N、155°E)とK2の2地点(図2)でプランクトンネット観測を実施し、水深0-1000 mの複数層でプランクトンネット試料を採取しました。そして、試料中の<1-mmフェオダリアの種同定と計数にもとづき、<1-mmフェオダリアの主な生息深度の分布パターンが0から1000 mの間で5つに分けられることを明らかにしました。

また、同海域の観測点K2(47°N、160°E)(図2)の水深1000mに設置したセジメント・トラップにより、2014年6月1日から2015年7月6日まで20日間隔で海洋沈降粒子を採取しました。海洋沈降粒子試料で観察された<1-mmフェオダリアの全種について、サイズ計測を行い、体積-炭素量の関係式から生きていた時の炭素量を推定しました。さらに、生息深度分布の5つのパターンを代表する5種の遺骸を海洋沈降粒子試料から拾い出し(図3)、超高感度元素分析計を用いて残存炭素量を測定しました。生きていた時の炭素量と遺骸の残存炭素量を比較することで、各種が生きていた時の水深から、死後に水深1000 mに沈降するまでの炭素残存率を推定しました。炭素残存率は生息深度に応じて1%~96%の範囲で変化し、生息深度が浅いほど低い値を示しました(図1)。このことは、図3のようにフェオダリアの標本を顕微鏡で見ると、その違いが目に見えてわかりました。

図3

図3 セジメント・トラップ試料から炭素分析用に拾い出したフェオダリア標本。(a) Challengeron vicina (0-250 m に生息)。(b) Protocystis naresi (750-1000 mに生息)。茶色や黄色に見えるのが有機物で、深い層に生息する種は有機物が多く残っていた。

標本数が少なく、超高感度元素分析計を用いて炭素量を測定できないような種であっても、各種の生きていた時の炭素量に生息分布に対応する炭素残存率を掛け合わせることで、残存炭素量を推定することができます。このようにして、セジメント・トラップ試料中の<1-mmフェオダリアの全種の炭素量を推定し、水深1000 mにおける<1-mmフェオダリアの炭素輸送量を世界で初めて定量化しました。

その結果、<1-mmフェオダリアの炭素輸送量は、観測期間中に1日1平方m当たり64~1364 µgの範囲で変動し、平均値は318 µgでした(図4)。<1-mmフェオダリアの炭素輸送量の生息深度別の組成を見ると、深い層に生息する群集ほど割合が高く、750–1000 mを主な生息深度とする群集が41.6%を占めたのに対し、表層から亜表層(0–250 m)に生息する群集はわずか0.3%でした(図4)。これらの事実は、500 mを超える水深に生息するフェオダリアが、トワイライトゾーンにおいて炭素を供給することで、CO2の深海への貯留(大気からの長期的な隔離)に寄与することを示唆しています。

図4

図4 観測点 K2 の 水深1000 mにおける 1日1平方m当たりの<1-mm フェオダリアの炭素輸送量及び海洋沈降粒子の有機炭素輸送量の組成の時系列変化。(a) <1-mm フェオダリアの炭素輸送量、(b)(a)の生息深度別の組成、(c) 海洋沈降粒子の有機炭素輸送量の組成。全フェオダリアの有機炭素輸送量のうち<1-mm フェオダリアが平均で6割を占める。

<1-mmフェオダリアの炭素が海洋沈降粒子の有機炭素輸送量に占める割合は、1.1~12.5%の範囲で変動し、平均では3.5%と無視できない量でした(図4)。これは我々の過去の研究文献3 で明らかになった>1-mmフェオダリアの炭素が海洋沈降粒子の有機炭素輸送量に占める割合1.1~9.7%(平均2.5%)よりも高い値でした。全フェオダリアの炭素が海洋沈降粒子の有機炭素輸送量に占める割合は2.4%から15.1%の範囲で変動し、平均では6.0%でした(図4)。本研究は、これまで見過ごされていた<1-mmフェオダリアの炭素輸送量が全フェオダリアの炭素輸送量の6割を占めることを明らかにしました。また、これらを定量化することが、海洋における炭素の動きを理解するために重要であることを浮き彫りにしています。

5. 今後の展望

本研究は、これまで定量が困難であった<1-mmフェオダリアの炭素輸送量を世界で初めて定量化しました。しかし、このような研究は西部北太平洋以外ではまだ行われていません。今後は、本研究手法を他の海域にも適用し、フェオダリアの炭素輸送量を地球規模で定量化することが必要です。フェオダリアは、死後に海洋沈降粒子として炭素を深層に輸送する一方で、生きている間はトワイライトゾーンにおいて高い生物量を有し、海洋沈降粒子を摂餌し、食物連鎖に組み入れます。したがって、フェオダリアによる炭素隔離量を推定するためには、生きているフェオダリアの生物量も炭素、窒素を基準に正確に定量化し、生物量の季節変動や摂餌、代謝も含めた炭素収支を明らかにする必要があります。将来的には、本研究の手法を他の単細胞プランクトンに応用することで、単細胞プランクトンの炭素や窒素、ケイ素などの輸送量を、種ごとにまとめたデータベースを構築します。さらに構築したデータベースを海洋生態系モデルに組み入れることで、どの生物が、どこでどれだけ深海へのCO2の貯留に関わっているのか、環境変化によってどう変わるのかを、数字で明らかにしていくことが期待されます。

文献情報
文献1

Ogawa, N.O. et al. Earth, Life, and Isotopes, pp. 339–353 (2010).

文献2

Laget, M. et al. Limnol. Oceanogr. 68, 439–454 (2023).

文献3

Ikenoue, T. et al. Global. Biogeochem. Cycles 33, 1146–1160 (2019).

文献4

Siegel, D.A. et al. Envir. Res. Lett. 16, 104003 (2021).

本研究のお問い合わせ先

国立研究開発法人海洋研究開発機構
地球環境部門海洋生物環境影響研究センター 海洋プラスチック動態研究グループ
副主任研究員 池上隆仁

報道担当

海洋科学技術戦略部 報道室