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南海トラフ地震発生帯における微小な海底沈降の検出 -将来的なリアルタイム地殻変動観測データの取得へ向けて-

2025.09.19
国立研究開発法人海洋研究開発機構

1. 発表のポイント

  • 南海トラフは巨大地震の発生が懸念されている地域であり、プレートの動きによる海底の変動を正確に把握することが重要である。今回、プレート収束に伴う海底のわずかな沈降について、長期間にわたる定量的な観測に初めて成功した。
  • 南海トラフ地震発生帯に津波の早期検知を目的として設置した海底水圧計は、プレート沈み込みに伴う海底地殻変動を観測できることが期待されているが、海底水圧計にはセンサドリフト※1 の課題があり、これまでは地殻変動の定量的な計測が困難であった。
  • 本研究において現場で海底水圧計を校正する技術を開発したことで、年間1.5~2.5 cmの微小な海底地殻変動を捉えることに成功した。観測結果は既存の地殻変動モデルや他の測地観測と整合しており、南海トラフの地震発生帯におけるプレートのカップリング※2 状態や地震発生メカニズムの理解を深める重要な証拠となる。今後の地震予測や防災対策に役立つことが期待される。
図1

図1. (左上図)実験室における重錘形圧力天びんと移動式水圧校正装置※3 の校正。(左下図)海底における現場校正の様子。移動式水圧校正装置は、地震・津波観測監視システム(DONET)※4 に接続された海底水圧計から数メートル離れた場所に設置され、水平調整装置により水平を保った状態で水圧を計測する。移動式水圧校正装置とDONET海底水圧計の水頭差を見積もるため、測定毎にレーザーをDONET水圧計に水平に照射し、水準差を計測する。(右図)現場水圧校正の流れを示す模式図。

用語解説
※1

センサドリフト
センサドリフトとは、センサの出力が時間の経過とともに本来の値から少しずつズレてしまう現象のことで、多くの種類のセンサで一般的に発生する現象である。例えば時計では本来1秒ずつ進むところ、実際には少しずつ進んだり遅れたりして正しい時間からズレていく。これが時計のドリフトで、GPSなどの信号を用いて定期的に時刻合わせをする機能がある。

※2

カップリング
沈み込む海洋プレートと上盤側の陸域プレートの境界において、両者がどの程度くっついているかを表す固着の度合いのこと。カップリングが大きいと、プレート間の固着が強くて歪がたまりやすく、カップリングが小さいと、ゆっくり滑って歪が開放されるため歪が溜まりにくいと考えられている。

※3

移動式水圧校正装置
実験室で校正した水圧計を海底(現場)に持ち込み、海底水圧計の値を校正するための装置。移動式水圧校正装置は、圧力計測の誤差の原因である温度変化、圧力変化、姿勢変化による影響を最小限にすることで高精度な圧力を計測することができる。

※4

地震津波観測監視システム(DONET)
海域で発生する地震・津波を早く正確に観測するために、海底に敷設された観測網で、熊野灘と紀伊水道沖に展開されている観測網はそれぞれDONET1、DONET2と呼ばれる。DONET1は2011年7月からで本格運用を開始、DONET2は2016年3月から本格運用を開始した。DONETは海洋研究開発機構が開発・設置したもので、現在は防災科学技術研究所に運用が移管されている。各観測点には強震計、広帯域地震計、水晶水圧計、微差圧計、ハイドロフォン、精密温度計が設置され、地震や津波に伴う微小な動きから、大きな地震動まで、様々な海底の動きを観測することができる。また、DONETのデータはリアルタイムで気象庁や自治体にも提供され、防災情報に活用されている。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)海域地震火山部門の町田副主任研究員らは、南海トラフ地震発生帯に設置されたDONET海底水圧計の現場校正作業を繰り返し行い、これまで大きな課題であった海底水圧計のセンサドリフトを推定しました。その結果、津波・地震を監視するためのDONET水圧計の長期水圧計記録からセンサドリフト成分を除去し、南海トラフ地震発生帯における年間1.5〜2.5cm程度の海底面の沈降を明らかにしました。

本研究は、大規模なプレート境界地震が発生する地域で、海洋プレートの沈み込みに伴い陸側プレートの海底面が時間とともに沈降する現象を解明することを目的としています。海底面の定常的な沈降は、プレート間に蓄積されるひずみ量の把握や、その地域性の評価を通じて南海トラフ巨大地震やゆっくりすべりの発生メカニズムに関する理解の向上につながります。これまで、研究チームは南海トラフ地震発生帯に展開されているDONET水圧計を用いて長期的な沈降成分を明らかにすることを試みましたが、水圧計は年間数hPa(=数cm相当)のセンサドリフトが生じ、期待される海底沈降量と同程度であるため、それらの分離が課題でした。そこで研究チームは国家標準に紐づけられる圧力計測を、海底面の観測現場まで持ち込むことが可能な移動式水圧校正装置を用いて現場で海底水圧計を校正する技術を開発し、2018年から2024年にかけて南海地震震源域、東南海地震震源域に設置されたDONET観測点の2か所で繰り返し現場校正を行いました。その結果、南海地震震源域、東南海地震震源域でそれぞれ年間2.5 cm、1.5 cmの海底沈降成分を明らかにすることに成功し、信頼性の高い海底沈降速度を算出しました。本成果は、巨大地震発生帯におけるごく小さな長期的沈降を高精度に捉えた初めての例です。

本成果は、「Geophysical Research Letters誌」に9月18日付け(日本時間)で掲載されました。

論文情報
タイトル

Seafloor subsidence associated with plate convergence detected by long-term pressure recordings in the Nankai Trough, Japan

著者
町田 祐弥1、 西田 周平1、 松本 浩幸1、 荒木 英一郎1
所属
  1. JAMSTEC 海域地震火山部門

3. 背景

南海トラフでは、過去に繰り返し巨大地震が発生してきました。この地域は歴史記録や地震学的研究に基づき南海・東南海・東海の3つの領域に分けられ、それぞれでマグニチュード8級の地震が単独または同時に発生してきました。時には全域が連動するマグニチュード9級の地震も発生しており、日本で最も重点的に監視されている地震発生帯の一つです。また、陸域や海底には多数の観測機器が設置されており、これにより南海トラフ地震発生帯周辺域においては数日から数か月続く「ゆっくり滑り」などの現象も発見されています。一方で、プレートの沈み込みに伴う数センチ/年規模のごく緩やかな海底沈降は、これまで信頼性の高いデータが得られていませんでした。

南海トラフでは、2011〜2016年にかけてDONETが整備され、各観測点に接続されている海底水圧計で津波の監視が行われています。(図2)この海底水圧計は津波などの水深のわずかな変化を高精度で捉えられることに加え、長期的に見ても非常に安定したデータを計測できることで知られていますが、長期観測ではセンサドリフトが年間数cmから10cm相当になる場合もあり、このため期待される地殻変動信号を覆い隠してしまいます。さらにこのセンサドリフトは実験室で正確な値を評価できないことや、各測器で異なる値を示すこと、海底という環境下で校正を行う手法がなかったために長期水圧計記録から地殻変動成分を検出することは課題がありました。

図2

図2. 地図上の白い丸は、南海トラフに設置されたDONET海底観測点を示す。これらのうち2C-10と1B-08の2か所(赤丸)において、海底水圧計の現場校正を実施した。青い三角形は孔内観測点、黄色い四角はGNSS-A観測点を示す。過去に発生した地震・地殻変動の分布も、浅い超低周波地震や低周波微動(黄色)、浅部ゆっくりすべり(黄)、深部ゆっくりすべり(青)でそれぞれ示す。灰色の破線は沈み込むフィリピン海プレートのプレート境界面。

4. 成果

研究チームは、高精度な圧力を直接海底に持ち込み、現場で海底水圧計を校正する新しい技術を開発しました。この校正方法は、国家標準にトレーサブルな圧力と、この圧力を現場に持ち込むことが可能な移動式水圧校正装置によって高精度、高信頼性を実現しています。この手法を南海トラフ地震発生帯に展開されているDONET海底水圧計に適用し、センサドリフトを補正することで、プレート沈み込みに伴う微小な海底上下変動を高精度に推定することに成功しました。

具体的には2018年から2024年にかけて南海地震震源域、東南海地震震源域における2C-10観測点、1B-08観測点の海底水圧計について移動式水圧校正装置による現場校正を繰り返すことで、センサドリフトを正確に補正しました。(図3)その結果、2C-10観測点、1B-08観測点でそれぞれ年間2.5 cm、1.5 cmの速度で海底が沈降していることを明らかにしました。(図4)。

図3

図3. (上)2C-10観測点、(下)1B-08観測点における水圧計のセンサドリフト。四角は水圧計の現場校正における標準圧力に対するDONET水圧計のずれを示す。線はセンサドリフトが線形で変化すると仮定したフィッティング結果を示す。

図4

図4. 2015~2024年の期間における、(a)2C-10観測点、(b)1B-08観測点での水圧計データ(潮汐除去済み)、ドリフト補正済み、初期応答補正済みの記録の比較(それぞれ灰色線と青線で表示)。各パネルに示されている水圧値は、現場水圧計設置位置での絶対水圧を表す。各グラフの灰色と黄色の三角は、観測点の設置時(2C-10)および現場校正を行った時期を示す。各パネルの太い赤線は、2C-10および1B-08観測点における観測された海底沈降を2015年まで遡って外挿したものを示す。1B-08観測点は2015年以前に設置されている。1hPaは水深で1cmの圧力に相当し、2C-10観測点で約10年当たり25hPa増加、1B-08観測点で約10年当たり15hPa増加であることから、それぞれ年間2.5cm、1.5cmの沈降していることがわかる。

この沈降速度は、潮汐や海洋現象による変動を除外した純粋な地殻変動として捉えられたもので、これまで正確に観測されることができていなかった長期的な海底沈降の直接的な証拠です。さらに、2つの地点での海底沈降量の差はプレート間の固着状態(プレートカップリング)の違いを反映している可能性があります。1B-08観測点周辺ではゆっくりすべりが繰り返し発生する領域と考えられていますが、沈降速度が大きい2C-10観測点ではプレート間の結合が比較的強く、沈降速度が小さい1B-08観測点ではプレート間の結合が比較的弱いという地域性とも整合性があります。これは地震発生帯におけるプレート間カップリングの分布や沈み込み過程を理解する上で重要な知見です。

5. 今後の展望

本研究により、南海トラフ巨大地震発生帯に展開されている海底水圧計を用いて、微小な海底沈降を高精度に捉えられることを示しました。今後は現場校正を行う観測点をさらに拡充し、複数地点での長期的な海底沈降パターンを明らかにすることで、地域ごとのプレートカップリングの違い、南海トラフ巨大地震発生帯の応力分布をより詳細に評価することを考えています。さらに今回得られた海底沈降データを陸上のGNSS観測や海域のGNSS-A観測による数値モデルと組み合わせることで、南海トラフ地震発生帯におけるプレート間応力の蓄積過程や、巨大地震発生のメカニズムの理解を深めることが期待されます。

本研究で開発された現場校正技術を継続的に適用することで、DONETをはじめとする海底観測ネットワークの能力を最大限に活用し、津波監視のみならず、長期的かつ広域的な海底地殻変動やゆっくりすべりなどの微小な現象をリアルタイムで監視できる可能性とともに、将来的には、より精緻なプレート境界のリアルタイム地殻変動マップを作成し、地震間の推移状態の把握や津波リスク評価に直結する科学的知見の蓄積につなげることが期待されます。

本研究のお問い合わせ先

国立研究開発法人海洋研究開発機構
海域地震火山部門
副主任研究員 町田祐弥

報道担当

海洋科学技術戦略部 報道室