図1 リクヒモムシ属の地理的分布と遺伝的分化
ミトコンドリアCOX1遺伝子の部分配列(573 bp)に基づく分子系統解析※4 の結果、小笠原系統(オレンジ)と、バミューダ諸島・キューバ・マルティニーク島・ニューカレドニア・沖縄諸島などに分布する広域分布系統(青)は明瞭に分かれ、国内には両系統が分布していることが明らかになった。 (CC BY-NC-ND 4.0に基づき論文より引用し日本語に改変)
紐形動物(ひもがたどうぶつ)
紐形動物門(Phylum Nemertea)に属する無脊椎動物で、「リボンワーム」とも呼ばれる。細長く柔らかい体をもち、主に海産で、超深海から潮間帯まで広く生息する。
リクヒモムシ
リクヒモムシ属(Geonemertes属)は、紐形動物門の中では数少ない陸上性の一群。湿った落ち葉層や石、レンガの下などに生息する。肉食性で、クモや小型昆虫、巻貝などを捕食する。熱帯〜亜熱帯の島嶼に分布し、日本では小笠原諸島と沖縄県から報告されている。
ミトコンドリアゲノム
動物の核とミトコンドリアにはそれぞれ独自のDNAが存在する。一般に、ミトコンドリア由来DNAは核由来DNAと比較して変異・進化の速度が速く、動物分類群間の系統関係を調べるために適している。
分子系統解析
DNAなど分子レベルの情報を比較し、生物同士の進化的なつながり(共通祖先や分岐関係)を明らかにする手法。形態では見分けられない隠蔽種(いんぺいしゅ)や見分けにくい偽隠蔽種(ぎいんぺいしゅ)などを識別するのにも有効である。
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長:大和裕幸、以下「JAMSTEC」)地球環境部門 海洋生物環境影響研究センターの波々伯部夏美研究員、昭和医科大学 富士山麓自然・生物研究所の蛭田眞平准教授、東京大学大学院理学系研究科の澤田直人特任研究員、北海道大学大学院 理学研究院の柁原宏教授らの研究チームは、国内に分布するリクヒモムシの正体を明らかにするために形態比較とミトコンドリアゲノムに基づく分子系統解析※4 を行いました。
これまで小笠原諸島のリクヒモムシは、パラオからの原記載※5 以降、世界の熱帯〜亜熱帯の島々に広く分布するとされるGeonemertes pelaensis Semper, 1863 と同一種と考えられてきました。しかし近年の研究で、小笠原産の個体は他地域のリクヒモムシとは餌の選好性が異なることが明らかになり、小笠原諸島の陸上生態系への影響が懸念されていました。
紐形動物は外部形態だけで種を見分けることが難しい動物です。ところが、これまで小笠原産リクヒモムシの種同定は長らく形態情報のみに基づいており、DNA情報が得られていませんでした。そこで本研究では、小笠原諸島と沖縄県与那国島に生息するリクヒモムシを対象に、ミトコンドリアゲノムに基づく分子系統解析と外部・内部形態の詳細な比較を行いました。
その結果、日本国内には小笠原系統と広域分布系統という、種レベルで異なる2つのグループが存在することが明らかになりました。小笠原系統は、太平洋〜大西洋の島々に広く分布する広域分布系統(与那国島を含む)とは、ゲノムサイズ・遺伝子配置・形態特徴のいずれにおいても大きく異なっていることが分かりました。
さらに、1980年代に父島で採集され、現在はオランダのナチュラリス生物多様性センターに収蔵されている博物館標本を再調査したところ、現在の小笠原産個体とほぼ同一の特徴をもつことが判明しました。これにより、小笠原には少なくとも半世紀以上前から同じ系統が定着し続けていた可能性が強く示されました。
本研究は、これまで見落とされがちであった小型無脊椎動物の中に“隠れた種多様性”が存在することを明らかにしただけでなく、継続的なフィールド調査と博物館資料の活用を組み合わせた長期的モニタリングが島嶼生態系の保全に重要であることを示しました。
本成果は、「BMC Ecology and Evolution」に12月19日付け(日本時間)で掲載されました。
Unrecognized Species-Level Diversity of Terrestrial Nemerteans in the UNESCO World Heritage Ogasawara Islands Revealed by Mitogenomics
原記載(げんきさい)
新種を発表するためには、その生物を示す標本(タイプ標本)に基づいて、学名と特徴を記載した論文を発表する必要がある。このとき論文中で行われた学名の命名と記載行為を「原記載(original description)」という。今回のGeonemertes pelaensisは、1863年にドイツの動物学者カール・ゴットフリート・ゼムパー(Carl Gottfried Semper)が、パラオ産の標本をもとに原記載した。
海洋島は、一般に固有種が多く生息し独自の進化過程をもつ一方で、生物侵入による影響を受けやすいという特徴をもっています。東京の南約1,000 kmに位置する小笠原諸島は、長期間の地理的隔離によって形成された独自の島嶼生態系を有しており、2011年にユネスコ世界自然遺産に登録されました。
紐形動物門は、世界で約1,350種が知られる無脊椎動物で、柔らかいひも状の体が特徴です。大多数の種は海底に生息しますが、一部の種は淡水域や陸上にも進出しています。その中でもリクヒモムシ属(Geonemertes属)は、熱帯から亜熱帯の島嶼にかけて広く分布する陸生のヒモムシとして知られています。リクヒモムシは、細長くにょろにょろとした姿や愛らしい眼点からは想像できないほど強力な捕食者であると考えられており、体長わずか数センチにもかかわらず、クモやダンゴムシ、ガなどの動物を吻(ふん)という器官ですばやく絡め取って捕食します。そのため、以前から小笠原の在来節足動物相に与える影響が懸念されていました。
日本では、小笠原諸島および南西諸島からリクヒモムシ属の分布が報告されており、見た目が似ていることから、世界各地に分布するGeonemertes pelaensisと同一種と考えられてきました。しかし、近年の研究で、小笠原諸島の個体では、クモや小型昆虫などを活発に捕食する様子が観察されており、セーシェル諸島など他地域で報告されている貝類捕食型のG. pelaensisとは摂餌生態が異なることが指摘されています。これらの生態学的な違いは、地域間での種の分化を示唆するものの、これまでの報告は形態観察に基づくものであり、DNA情報による検証は行われていませんでした。
そこで本研究では、小笠原諸島および与那国島に生息するリクヒモムシ属を対象に、ミトコンドリアゲノム解析と形態比較によって種の同一性を再評価しました。さらに、1980年代に採集された博物館標本を再調査し、過去からの分布の継続性についても検証しました。
今回の研究では、次世代シークエンサーで決定した小笠原諸島および与那国島のリクヒモムシのミトコンドリアゲノムを解析した結果、国内のリクヒモムシには種レベルで異なる2つのグループ(小笠原系統と広域分布系統)が存在することを明らかにしました。
小笠原産のミトコンドリアゲノムは約18,700塩基対である一方、与那国島産(=広域分布系統)は約31,700塩基対と、一般的な後生動物の約2倍に匹敵するゲノムサイズを示しました。両者はミトコンドリア上の遺伝子配置も大きく異なっており、広域分布系統の特徴は、地理的に離れたニューカレドニアやカリブ海のマルティニーク島産の個体にも共通していました(図2)。
図2 ミトコンドリアゲノムに基づくリクヒモムシ属の分子系統学的位置、ミトコンドリア遺伝子の配置およびゲノムサイズの比較
(A) ミトコンドリアゲノム上の13個のタンパク質コード遺伝子と2つのrRNA遺伝子の連結配列に基づく分子系統樹。
(B) 各種におけるミトコンドリア遺伝子の配置比較。リクヒモムシ属では、遺伝子の配置が祖先的な海産種と大きく異なっている。
(C) ミトコンドリアゲノム配列長の比較。広域分布系統のリクヒモムシは他種と比較して著しくゲノムサイズが増加している。
CC BY-NC-ND 4.0に基づき論文より引用し日本語に改変。
さらに、ミトコンドリアCOX1遺伝子の部分配列を比較したところ、小笠原系統と広域分布系統という2つのグループの間の遺伝的差異は6.7-8.6%に達し、これは紐形動物門の同種内で一般的にみられる変異の範囲を超える値でした。これらの結果は、小笠原諸島のリクヒモムシが、従来広域分布種とされてきた種とは別種である可能性を強く示しています。
このDNA解析の結果は、形態観察の結果とも一致しました。体色や背中の縦筋模様の太さのほか、吻(ふん:ヒモムシが獲物を捕らえる器官)の内部にある針装置の副針嚢の数にも違いがみられました。
また、1980年代に小笠原諸島・父島で採集され、現在オランダのナチュラリス生物多様性センターに収蔵されている博物館標本を再調査した結果、現在小笠原諸島で確認される個体とほぼ同じ形態的特徴をもつことが分かりました(図3)。これにより、小笠原諸島には1980年代の発見時から同一グループのリクヒモムシ属が生息している可能性が示されました。
図3 1980年代に小笠原諸島・父島で採集されたリクヒモムシの標本
(A) 1987年に採集された標本。
(B) 1986年に採集された標本。
これらの標本はいずれも1980年代当時にGeonemertes pelaensisとして同定されたもので、現在はオランダのナチュラリス生物多様性センターに収蔵されている。スケールバー:5 mm
CC BY-NC-ND 4.0に基づき論文より引用。
今後は、小笠原系統や広域分布系統がどのように成立したのかを明らかにするため、より詳細な遺伝的解析を進める予定です。これにより、リクヒモムシ属における島嶼分化や、地史的・生態的背景に基づく歴史的な経緯の理解が一層進むことが期待されます。
また、本研究で示したように、博物館標本は過去の分布記録を検証し、生物多様性の中長期的な変化を明らかにするうえで極めて有効です。過去から現在、そして未来をつなぐ博物館標本とDNA情報の活用は、気候変動や人為的影響が島嶼生態系に及ぼす影響を科学的に評価するうえで重要な手がかりとなります。本研究は、見落とされがちな小型無脊椎動物の多様性を明らかにするものであり、島嶼生態系のモニタリングや自然保護政策の基礎資料として重要な成果です。
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