
図1 本研究の概念図
コヒーレント反ストークスラマン散乱(CARS)
分子振動によるレーザー光の散乱を検出するラマン分光法の派生分析法で、分子振動と振動数差が一致したレーザー光ペアを同時に照射することで、本来微弱なラマン散乱を強制的に発生させることができる。
二光子励起蛍光(TPEF)
2つの光子(レーザー光由来)を同時に分子に吸収させて蛍光を発生する手法で、CARSと同じ光源で発生するが信号の波長が異なるため、同時に分離して取得することができる。
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸)海洋生物環境影響研究センターの髙橋 朋子研究員らは、英国サウサンプトン大学と共同で、サンゴの体内に取り込まれたマイクロプラスチックを、取り込まれたそのままの状態で迅速に可視化することに成功しました。サンゴは、“年輪”のような成長層を伴い骨格を成長させます。そのため、マイクロプラスチックが骨格に取り込まれていると、その位置からいつごろ取り込まれたかが推定でき、汚染の変遷をたどることができます。実験室では、色をつけるなど特徴のあるプラスチックを用いることで実験ができますが、環境中に流出しているプラスチックは必ずしも特徴があるとは限らず、分析には光を使ってプラスチックの分子に特有の信号を発生させる、FT-IR・ラマン分光分析手法※3 などが用いられています。しかし、これらの手法では原理上測定に非常に長い時間がかかり、サンゴに取り込まれたマイクロプラスチックを広い範囲で面的に調べるのは困難で、実際にサンゴ骨格から汚染の変遷をたどるには課題がありました。
そこで本研究では、生きた細胞中の成分などを迅速に可視化する技術として主に用いられているCARS・TPEF複合型顕微鏡法を応用することで、サンゴ体内に取り込まれた数マイクロメートルサイズのポリエチレン(PE)粒子の三次元的な可視化に成功しました(図1)。この手法では、標的の物質をサンゴの骨格や組織と明確に分離して取得できるだけでなく、従来手法で1点の計測にかかっていた数秒の間に、106(100万)点以上もの計測をすることが可能です。本研究では、新たな手法の有効性を示すため、PE粒子が高濃度に含まれる環境で飼育したサンゴ(Acropora polystoma)に取り込まれたマイクロプラスチックを定量的に分析しました。過去の研究から、健康なサンゴの組織にはマイクロプラスチックが取り込まれにくく、白化が見られるサンゴの組織に蓄積しやすいことが示されています。本研究での分析によって、白化や組織欠損の兆候が見られたサンゴには、組織にくわえて骨格にもマイクロプラスチックが集中して蓄積することを確認しました(図2)。
図2 数マイクロメートルのPE粒子(赤、CARS信号)がサンゴ骨格(緑、TPEF信号)に取り込まれている様子。スケールバー5µm。
本成果は、マイクロプラスチックの迅速な検出技術を提案するとともに、サンゴ骨格を海洋プラスチック汚染変遷のアーカイブとして活用する道を大きく開きます。また、白化などサンゴの組織状態が悪化すると、組織からさらに骨格にまでマイクロプラスチックの取り込みが加速されるという知見を提供し、海洋プラスチック汚染の長期的な影響評価に貢献するものです。
なお、本研究は科学研究費補助金(科研費)(20KK0336, 21H01557)及びNatural Environment Research Council (NE/T001364/1)、European Research Council Advanced Grant Microns2Reefs (884650)、Engineering and Physical Sciences Research Council (EP/T020997/1)、サウサンプトン大学(DTP EP/N509747/1)の助成のもと実施されました。
本成果は、「ACS Environmental Science & Technology」に1月22日付け(日本時間)で掲載されました。
Studying microplastic incorporation into corals using CARS
FT-IR・ラマン分光分析手法
FT-IR(フーリエ変換赤外分光法)とラマン分光は、どちらも分子の振動と光の作用により化合物を特定する手法。FT-IRは赤外光吸収、ラマン分光はレーザー散乱光を利用し、それぞれ異なる分子振動に感度が高いため、互いに補完的な関係にある。
海洋プラスチック汚染は世界的な問題として深刻化しており、特に5 mm以下のマイクロプラスチックが海洋全体に広く拡散して海洋生態系への影響が懸念されています。サンゴの骨格には“年輪”のような成長層があるため、マイクロプラスチックが取り込まれていると、その位置から取り込まれた時期が推定でき、汚染の変遷をたどれる可能性があります。実験室での実験では、色をつけるなど特徴のあるプラスチックを使うことができますが、環境中に流出しているプラスチックには必ずしも特徴があるとは限りません。そのため、従来の分析では、光を使ってプラスチックの分子に特有の信号を発生させる、FT-IRやラマン分光分析法が用いられています。しかし、原理上測定に数秒~数十秒/点を要するため、サンゴにとりこまれたマイクロプラスチックを広範囲にスキャンして面的に調査することは困難です。定量的な情報を得るためには骨格を溶かして測定体積を増やす必要があり、その場合、どこに取り込まれたかという重要な空間情報が失われるといった課題がありました。
本研究では、これらの課題を克服するため、生きた細胞中の成分などを迅速に可視化する技術として主に用いられているCARS・TPEF顕微鏡法に着目し、サンゴ体内に取り込まれたマイクロプラスチックの分析に応用しました。
図3 (a-b)白化がみられたサンゴ組織、(c-d)健康なサンゴ組織.スケールバー100µm.図中赤い部分がPE粒子、ピンク・緑の部分がサンゴの細胞組織.白化がみられた(a-b)のサンゴ組織にのみPE粒子(赤)が検出。
本研究で実証したCARS/TPEF顕微鏡法による分析手法は、PEだけでなく他の材質のプラスチックの検出にも応用可能であり、サンゴの組織や骨格に取り込まれたマイクロプラスチックを迅速に可視化・定量化できる強力なツールとして、今後自然環境のサンゴへの適用が期待されます。サンゴ骨格の成長層とマイクロプラスチックの取り込まれた位置を関連付けられれば、過去から現在にわたる海洋プラスチック汚染の変遷を追跡することが可能になります。また、本研究では、白化や組織欠損が見られたサンゴには、組織からさらに骨格にまでマイクロプラスチックが蓄積しやすいことを示しました。海水温上昇など白化を引き起こす海洋環境変化が、サンゴのマイクロプラスチック取り込みを加速させる可能性を示唆しており、海洋環境変化とプラスチック汚染という複合的なストレスがサンゴ礁生態系に与える影響の解明にもつながります。
お問い合わせ先
(本研究について)
地球環境部門海洋生物環境影響研究センター 海洋プラスチック動態研究グループ(報道担当)
海洋科学技術戦略部 報道室