図1.北太平洋西部亜寒帯における定点K2および海洋地球研究船「みらい」
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門むつ研究所 海峡・沿岸環境変動研究グループの脇田 昌英 副主任研究員らの研究グループは、北太平洋西部亜寒帯域のカムチャツカ半島沖に位置する定点K2(北緯47度、東経160度)において、1999~2023年の25年間にわたって、海洋地球研究船「みらい」などで得られた生物地球化学観測データを解析しました。その結果、本海域では海洋酸性化が着実に進行していることに加え、生物生産の長期的な変化が明らかにされました。
衛星および船舶観測データから、定点K2での海面水温は、年0.056℃の割合で上昇し、日本近海(年0.030℃)よりも速く進行(1.87倍)していました。海洋の表層混合層※1(0~150 m未満)の塩分は年0.004の割合で低下していました。また、人間活動によって排出されたCO₂の吸収により、pHおよび炭酸カルシウム飽和度※2(カルサイト・アラゴナイト)は統計的に有意に低下しており(pH:年0.0014,カルサイト:年0.007、アラゴナイト:年0.004 )、本海域で海洋酸性化が進行していることが確認されました。本海域の亜寒帯・極域は物理過程と生物過程が複雑に絡み合うことが知られており、ハワイなどの亜熱帯域に比べて変動幅が大きく、酸性化の進行も速いと予想されていました。しかしながら、本海域の海洋酸性化は、意外にも世界平均とほぼ同程度であることが分かりました。
一方、生物生産で消費される栄養塩(ケイ酸塩、リン酸塩、硝酸塩)の年平均濃度には明確な長期変化はみられませんでした。しかし、季節別に解析すると、5月に増加、7月に減少するという10年規模の変化が確認されました。冬季から夏季にかけての栄養塩の季節変動から推定した純群集生産量(NCP)※3 も、冬季から5月にかけては減少し、冬季から7月にかけては増加するという対照的な傾向を示しました。その結果、本海域では、生物生産が「春(5月)に増加、夏(7月)に減少」するという季節依存性を示すことを、新たに見いだした。
さらに本研究では、5月の光合成有効放射(PAR)※4 のみが25年間で年0.20の割合で低下していることを明らかにしました。この現象は、光環境の低下が春季の生物生産減少に影響していることを示唆しています。一方、7月のNCP増加による各栄養塩の元素の化学量論比(P:N:Si=1:15:55)は過去の報告(1:16:40)に比べて、Si(ケイ素)だけが高く、ケイ藻によるケイ酸塩消費の強化が示されました。8月の黄砂飛来量が年々増加していることが数値モデルからも示されたことから、黄砂から供給される鉄利用能が、夏季のケイ藻生産増加の現象に関与している可能性が考えられました。
本海域の生物生産は、黄砂や海洋深層から供給される鉄の利用能に加え、海霧の発生に伴う光環境の変化にも影響されると報告されていることから、光環境、大気起源物質、ならびに中・深層からの物質供給の変化が、長期的に北太平洋亜寒帯域の生物生産の季節的なパターンに直接影響を及ぼしている可能性が明らかになりました。今後も、「みらい」の調査・観測活動を引き継ぐ北極域研究船「みらいⅡ」などによる定点K2での継続観測を通じて、海洋酸性化を含む環境変化の影響解明を進めていきます。
本成果は、「Progress in Earth and Planetary Science誌」に2026年2月14日付けで掲載されました。なお本研究は科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 CREST「海洋とCO2の関係性解明から拓く海のポテンシャル」領域(JPMJCR24J1、課題名:気候変動に伴う低次栄養段階生物の応答と炭素吸収能の評価)と科学研究費補助金(科研費)(JP25106709、JP15H02835、JP23K20393)の助成のもと実施されました。
Ocean acidification and changes in biological production in the western subarctic region of the North Pacific over the quarter century, 1999–2023
表層混合層
海面付近には、海水の鉛直的な混合により、水温・塩分が深さ方向にほぼ一様になっている層があり、これを表層混合層と呼びます。冬季には、海面で海水が冷却されるとともに、強い風によって上層と下層の海水がよく混ざるため、表層混合層は厚くなります。一方、夏季には、日射によって海面付近の海水が温められ、海面付近と下層との温度差が大きくなるため、表層混合層は薄くなります。
炭酸カルシウム飽和度
観測で得られた海水中のカルシウム濃度と炭酸イオン濃度の積を理論的に算出できる各イオンの飽和濃度の積で除して得られる指標。この数値が1以上であれば過飽和で、1未満であれば未飽和の状態であることを意味します。そのため、この数値は、海水中のカルシウム濃度と炭酸イオン濃度が高いほど、炭酸カルシウムの殻や骨格を持つ生物は炭酸カルシウムの殻を作りやすく、低いほど作りにくくなります。海洋酸性化による炭酸イオンの減少は、海洋酸性化による生態系への影響評価の指標である炭酸カルシウムの飽和度(Ω(オメガ))を減少させます。炭酸カルシウムには、カルサイト(方解石)とアラゴナイト(アラレ石)の主に2つの結晶形があります。化学的性質も異なり、アラゴナイトの方が溶けやすいため、アラゴナイトの殻や骨格を持つ生物の方が海洋酸性化の影響を強く受けます。
純群集生産量(NCP: Net Community Production)
海洋の植物プランクトンなどの独立栄養生物が光合成により作った有機物の総量から、海洋中の全生物の呼吸により消費された分を差し引いた生物群集全体の正味の生産量のことをいいます。
光合成有効放射(PAR: Photosynthetically Active Radiation)
植物の光合成に実際に利用される放射光の波長域(約400nm(ナノメートル、ナノは10億分の1)~700nm)のことで、葉緑素が吸収しやすい青色(400〜500nm)と赤色(600〜700nm)の光が主。
産業革命以降の人間活動によって大気中のCO2が増加し、陸上の温暖化とともに海洋環境にも深刻な影響が広がっています。海洋は人間活動によって排出されたCO₂の約4分の1を吸収しており、その結果として海洋酸性化が進行しています。これにより、海水中のpHが低下し、炭酸イオン濃度が減少するとともに(図2)、炭酸カルシウムの溶けやすさの指標である炭酸カルシウムの化学的飽和度の低下を引き起こしています。これらの変化は、炭酸カルシウムを骨格や殻に利用しているサンゴや貝類、プランクトンなどの海洋生態系にとって重要な生物に影響を及ぼす可能性があります。
北大西洋および北太平洋を中心とした長期観測から、表層海水のpHは毎年0.0017~0.0027の速度で低下していることが明らかになっています(IPCC第6次評価報告書)。特に亜寒帯・極域では、物理過程と生物過程が複雑に絡み合うため、亜熱帯域に比べて変動幅が大きく、酸性化の進行も速いことが知られています。また、将来的には冬季に炭酸カルシウムが溶解してしまう「未飽和状態」へ、亜熱帯域よりも早く達する可能性も指摘されています(Orr et al., 2005)。
このような中、北太平洋西部亜寒帯の時系列観測点K2は、我々にとって海洋酸性化と生物生産の変化を理解する上で重要な拠点です。定点K2は水産資源が豊富で、高栄養塩・低クロロフィル(HNLC)海域に位置しており、冬季には深層水の混合によってCO₂の放出源となる一方、春から秋にかけては植物プランクトンの光合成による高い生物生産によってCO₂の吸収源となるという特徴的な環境を有しています。その生物生産は、黄砂や深層から供給される鉄の利用能や、海霧による低層雲形成に伴う光条件にも影響を受けると報告されています。定点K2では、主にケイ藻類による高い生産性が確認されており、これまでの研究から、植物プランクトン群集構造や沈降粒子フラックス、NCPなどの長期変動が報告されています。
こうした背景のもと、本研究では定点K2における海洋酸性化の進行と生物生産の変化を長期観測データに基づいて明らかにすることを目的として、海洋地球研究船「みらい」などを用いた海洋観測に加え、衛星解析を併用した長期変化解析を行いました。
図2.海洋酸性化のしくみ
大気中のCO2が海水に溶け込むと、水と反応し水素イオンが発生します。この水素イオンが海水のpHを低下させます。さらに、増えた水素イオンと炭酸イオンが反応して炭酸水素イオンを作り、炭酸イオンが減少します。
本研究では、北太平洋西部亜寒帯の定点K2において、1999~2023年の四半世紀にわたる長期データの解析により、海洋酸性化の進行速度と生物生産の季節的変化を定量的に明らかにしました。主な成果は以下の通りです。
図3.定点K2における(a)衛星観測による海面水温と船舶観測による表層混合層水温、 (b)衛星観測による光合成有効放射(PAR)の経年変化
水色の線は、(a)衛星観測による海面水温、(b)PARを表す。丸は、(a)表層混合層水温(青)、(b)5月のPAR(緑)の平均値(緑)を示す。太い実線は、(a) 衛星から得られた海面水温(オレンジ)で年率0.056℃で上昇、(b) 5 月の PAR (緑) は統計的に有意な線形回帰直線を示し、年率0.20の割合で低下していることがわかった。
図4.定点K2における表層混合層の(a) 塩分(Sal)、(b) 現場水温pH(pHTinsitu)、(c–d) カルサイト(Ωcalcite)およびアラゴナイト(Ωaragonite)のCaCO3飽和度、(e)塩分35に規格化した全アルカリ度(nTA)、(f)同ケイ酸塩(SiO2)、(g) 同リン酸塩(nPO4)、(h)同硝酸塩(nNO3)の経年変化
赤丸と青丸は、それぞれ年平均値および推定した冬季混合層の値で、縦線は標準偏差を示す。実線は統計的に有意な傾向(p<0.05)の線形回帰を示し、点線は有意でない場合の期間内の平均を示す。傾きの誤差は、線形回帰における標準誤差。
塩分は年率0.004で低下し(a)、海洋酸性化を示す指標(b-d)はいずれも酸性化の進行を示している。一方で、表層混合層における栄養塩に有意な変化は見られなかった。(f-h)また、全アルカリ度にも変化は認められず(e)、海洋酸性化に伴う石灰化低下の可能性は確認できなかった。
図5.定点K2における5月(緑丸)と7月(橙丸)の栄養塩と生物生産の指標である純群集生産NCPの経年変化
(a)塩分35で規格化したケイ酸塩(nSiO2)、(b)同リン酸塩(nPO4)、(c)同硝酸塩(nNO3)の経年変化。また、冬から5月(緑丸)および7月(橙丸)までの表層混合層MLDにおける純群集生産NCP(橙丸)[(d)NCPSiO2MLD、(e)NCPPO4MLD、(f)NCPNO3MLD]、さらに海面から水深約80m(Dw=j) までの純群集生産NCP(ピンクの×)[(d)NCPSiO2Dw=j、(e) NCPNO3Dw=j、(f) NCPNO3Dw=j]の経年変化も併せて示しています。実線は統計的に有意な傾向(p<0.05)を示し、点線はp<0.10 の有意傾向を示す。傾きに付した誤差は、線形回帰における標準誤差。
5月は、NCPの減少(d-f緑丸)に伴い栄養塩が増加している(a-c緑丸)が、7月はNCPの増加(d-f橙丸、ピンクの×)に伴い栄養塩が減少している(a-c橙丸)。
本研究により、北太平洋亜寒帯域の海洋酸性化と生物生産の長期変動に関する理解は大きく前進した一方で、今後の研究で解明すべき重要な課題も明らかになりました。
まず、表層混合層の全アルカリ度※5 に有意な長期変化が認められなかったことから(図4-e)、海洋酸性化に伴う石灰化低下(例:石灰質プランクトンの殻の薄化)の可能性は今回の解析では確認されませんでした。今後は、この海域で採取された石灰質プランクトンを対象に、マイクロフォーカスX線CT※6(Kimoto et al., 2023)などの先端的分析技術を用いた殻密度の高精度測定を行い、その実態の理解を進めていきたいと思います。
さらに、北極域研究船「みらいⅡ」などによる定点K2での継続観測を通じて、今後は、光環境や大気・海洋からの物質供給が生物生産に与える影響を総合的に評価するとともに、エルニーニョなどの気候変動イベントとの関係を加えて解析し、本海域の将来の海洋環境変化の予測精度向上を目指します。
全アルカリ度
海水中の強電解質の陽イオンと陰イオンの全電荷量の差として定義されます。弱アルカリ性(pH約8.1)を示す現代の海水では、強電解質の陰イオンの全電荷量が陽イオンに比べてわずかに少ないため、電気的中性を保つように弱電解質の陰イオンがその差を補っています。この全アルカリ度に寄与する主な成分は、炭酸水素イオン、炭酸イオン、ホウ酸塩の3種類です。サンゴや貝、プランクトンなどの生物が、海中の炭酸イオンとカルシウムイオンを利用して石灰質(炭酸カルシウム)の骨格や殻を形成すると全アルカリ度は減少し、逆にそれらが溶解すると増加します。そのため、全アルカリ度は海洋における炭酸カルシウムの生成・溶解プロセスを知るための重要な指標となります。
マイクロフォーカスX線CT
マイクロサイズの微小な物体に対して全方向からX線を照射することで物体の透過画像を取得し、それらをコンピュータ上で再構成することにより物体の表面から内部の形態情報を3次元で詳細に明らかにすることができる顕微鏡。
IPCC第6次評価報告書:Intergovernmental Panel on Climate Change (IPCC) (2021)Global Carbon and Other Biogeochemical Cycles and Feedbacks. In: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Cambridge University Press, 673–816. doi:10.1017/9781009157896.007
Orr et al. (2005). Anthropogenic ocean acidification over the twenty-first century and its impact on calcifying organisms. Nature, 437, doi:10.1038/nature04095
Wakita et al., (2017) Slow acidification of the winter mixed layer in the subarctic western North Pacific, J Geophys Res Oceans 122: 6923–6935. doi:10.1002/2017JC013002
Wakita et al. (2016) Biological organic carbon export estimated from the annual carbon budget observed in the surface waters of the western subarctic and subtropical North Pacific Ocean from 2004 to 2013, J Oceanogr, 72(5): 665–685. doi:10.1007/s10872-016-0379-8
Kimoto et al. (2023) Precise bulk density measurement of planktic foraminiferal test by X-ray microcomputed tomography. Frontiers in Earth Science, doi:10.3389/feart.2023.1184671
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