概要図
左:現象当時の両探査機(1,3番)の位置。太陽(図中心)を北から見ている。
右上:ステレオの位置での太陽放射線の観測と数値シミュレーション。
右下:データ同化で推定された平均自由行程の時系列。
データ同化
実際の観測データを用いて数値シミュレーションを修正することで、より正確な予測やパラメータ推定を行う技術。
太陽風
太陽から秒速数百Kmの速さで噴き出している、電荷を帯びた粒子の流れ。
宇宙天気
太陽活動に起因して地球周辺の宇宙環境が変動する自然現象のこと。最近は、月や火星の宇宙天気の重要性も注目されている。
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 河村 知彦、以下「JAMSTEC」という。)数理科学・先端技術研究開発センターの簑島 敬副主任研究員、名古屋大学宇宙地球環境研究所の三好 由純教授、岩井 一正教授らの研究チームは、複数の宇宙探査機を用いた観測と数値シミュレーションのデータ同化を実施して、太陽で発生した放射線が太陽系を伝播する過程を明らかにしました。
太陽では、フレアと呼ばれる爆発現象やコロナ質量放出と呼ばれる噴出現象が発生し、それに伴って非常に高いエネルギーの粒子(太陽放射線)が生成されることがあります。これらの粒子が地球に到達すると、人工衛星に搭載されている電子機器が故障する、船外活動中の宇宙飛行士が被ばくする、また航空機の運航に支障をきたすなどの恐れがあります。そのため、これらの粒子が「いつ・どこに・どの程度」到達するのかを理解し、予測することが重要な課題となっています。
このような粒子は、宇宙空間を飛んでいる探査機で観測されています。しかし、観測機会が限られることや、単一の探査機では得られる情報が限定的であることが、研究上の難点でした。一方で近年では、多くの探査機が運用されており、同じ現象を複数の探査機で同時に観測できるようになってきました。
本研究では、国際水星探査計画ベピコロンボ※4 と太陽観測衛星ステレオを用いて、2022年3月30日に発生した太陽高エネルギー粒子現象の解析を行いました。このとき、両人工衛星は太陽から異なる距離(0.6天文単位※5 と1天文単位)にありましたが、同じ粒子が通る経路上に位置していたと考えられました。そこで、粒子が両衛星の間を伝播する数値シミュレーションを実施し、観測とのデータ同化を実施することで、発生直後は自由に伝播していた粒子が、時間が経つにつれて周囲に影響されながら伝わっていく様子を明らかにしました。さらに、太陽風の磁場観測から、磁場擾乱が粒子の伝播に影響を与えていることを示しました。
将来、人類は有人探査などによって、月や火星など地球磁気圏※6 の外へ活動範囲を広げていくと考えられます。そのような環境では、放射線の影響はより深刻なものとなります。本研究は、数値シミュレーションと観測データの同化によって、太陽放射線の物理過程を理解し、将来の宇宙天気予測に貢献するものです。
国際水星探査計画ベピコロンボ
水星表面探査機MPOと水星磁気圏探査機MMO(みお)の2機の探査機で、水星の表面地形や磁気圏・宇宙環境の観測を行う日欧共同プロジェクト。2026年11月に水星周回軌道へ投入される予定。
天文単位
太陽と地球の間の平均距離を表す。(1天文単位=約1億5000万km)
地球磁気圏
宇宙空間で地球磁場の影響が支配する領域。この領域へは粒子の侵入が妨げられる。
本研究は科学研究費助成事業(JP25H00625, JP24H00022, JP21H04517)の助成を受けて実施されました。
本成果は、「Earth, Planets and Space」に4月9日付け(日本時間)で掲載されました。
A study of solar energetic particle transport on 30 March 2022 using multi-spacecraft data assimilation
太陽では、フレアやコロナ質量放出と呼ばれる突発現象に伴って、非常に高いエネルギーの電荷を帯びた粒子(太陽放射線)が生成されることがあります。これらの粒子は、主に太陽から太陽風によって引き延ばされた磁場に沿って太陽系を伝播し、場合によっては地球に到達します。地球に到達した粒子は、人工衛星に搭載されている電子機器の故障や船外活動中の宇宙飛行士の被ばくの原因となるほか、極域に降り込むことで大気を電離し、電波の吸収を起こすことで、航空機の運航に影響を及ぼすこともあります。このような粒子の物理過程を理解することは、基礎科学の観点だけでなく、宇宙環境の擾乱に対する安全対策という点でも重要です。しかし、宇宙空間を飛んでいる探査機は粒子の経路にうまく位置していないと観測できない、単一の探査機による観測では情報が限定的、といった観測上の難点があります。一方で近年では、多くの探査機が運用されており、太陽高エネルギー粒子現象を複数の探査機で同時に観測する機会が得られています。
本研究では、2022年3月30日に発生した太陽高エネルギー粒子現象のデータ解析を実施しました。この現象は、太陽から約0.6天文単位に位置していたベピコロンボと、約1天文単位に位置していたステレオの二つの衛星で観測されました。
図1 2022/03/31 08:00 UTにおける探査機の配置と推定磁場構造(Solar-MACHツールを用いて作成)。太陽(図中心)を北から見ている。1番(赤)と3番(オレンジ色)がそれぞれステレオとベピコロンボの位置で、同じ色の実線が対応する衛星を通る磁力線を示している。
図2 ベピコロンボ(a,b,c)及びステレオ(d,e,f)で観測された陽子微分フラックス※7 の時系列
衛星の位置と太陽から引き延ばされた磁場の構造から、ベピコロンボとステレオはほぼ同一の磁力線上に位置していたと考えられました(図1)。このことから、ベピコロンボで観測された粒子が、時を経てステレオで観測されたと考えられます。図2 は、両衛星で観測された約1–10メガ電子ボルトの陽子の時系列を示しています。ステレオでは、高周期の先行成分(例:パネルeの、3/30 20時から21時に観測されている成分)と、その後長く続く主成分の二つの成分が観測されましたが、主成分はベピコロンボで観測された時系列とよく似た形をしています(一方で、衛星の視野などが原因で、ベピコロンボは先行成分が観測できなかったと考えられました)。詳細に解析したところ、現象の前半では、太陽の近くで生成された粒子が周囲の影響をほとんど受けずに伝播していた一方で、後半になると、ベピコロンボからステレオまでの到達時間が、単純な見積もりより遅れていることがわかりました。
この挙動を理解するために、観測データ解析に加えて、太陽放射線粒子の輸送シミュレーションを実施しました。ベピコロンボ(0.6天文単位)の観測データを入力として、ステレオ(1天文単位)での粒子時系列を計算し、逐次データ同化技術を用いて粒子のパラメータの一つである平均自由行程※8 を推定しました。推定された粒子時系列は、開始4時間後までの立ち上がりを除き、観測と良く一致しました(図3a)。また、推定された平均自由行程は現象が進むにつれて短くなっており、ベピコロンボを通過した粒子が次第に周囲の影響を受けながらステレオに到達したと考えられました(図3b)。さらに、ステレオの磁場観測から理論的に評価した平均自由行程も同様の時間変化を示しており、粒子の伝播と磁場擾乱との関係性も時系列として示されました(図3c)。ただし、両者の絶対値には5-10倍程度の差があり、観測された磁場擾乱の一部のみが粒子の伝播に寄与していた可能性が考えられます。
陽子微分フラックス
単位エネルギー・単位立体角あたりの陽子フラックス。
平均自由行程
粒子が散乱源の影響を受けずに進むことができる平均的距離。
図3 (a)ステレオの位置での陽子フラックスの数値シミュレーション(背景灰色)
と観測(実線)。(b)データ同化で推定された平均自由行程の時系列。(c)磁場観測から推定された平均自由行程の時系列。
太陽活動に伴って発生し地球に到達する高エネルギー粒子は、人工衛星や宇宙活動に影響を及ぼす恐れがあります。将来、有人探査などによって人類の活動圏が地球磁気圏の外へと広がるにつれて、その影響はさらに深刻なものとなると考えられます。したがって、粒子が「いつ・どこに・どの程度」到達するかを理解し、予測することが重要な課題となっています。
本研究はこの課題に対し、複数の宇宙探査機観測と数値シミュレーションのデータ同化という新たな物理基盤を提供しました。今後は、同様の現象の解析を進めていくことで、粒子の伝播過程の理解を深めるとともに、粒子の生成・伝播・影響評価を含む包括的なモデルの開発に取り組みます。これにより、将来の国際的な深宇宙探査時代における宇宙天気予測に貢献することを目指します。
お問い合わせ先
(本研究について)
情報地球科学研究部門 数理科学・先端技術研究開発センター(報道担当)
企画部門 事業推進部 報道室