現代の情報社会を支える磁気ストレージや半導体デバイスのさらなる大容量化・省電力化に向け、「スピン(電子の磁石としての性質)」と「電荷(電気の流れ)」を同時に利用するスピントロニクス※1技術が注目を集めています。近年、デバイスの超高密度化に伴い、素子同士の磁気的な干渉(漏れ磁場による誤作動)を防ぐため、「マクロな磁化がゼロ(または極めて小さい)」でありながら「高いスピン分極率」を持つ材料の探索が世界中で進められていました。
研究グループは、ありふれた元素のみで構成され、次世代スピントロニクスへの応用が期待される「ハーフメタル補償型フェリ磁性体※2」の創出に向け、鉄・クロム硫化物((Cr,Fe)7S8)の製造プロセスの最適化を目指し、熱処理条件を検討した結果、1323 K(1050 ℃)以上から急冷することで不純物の析出を完全に抑えた準安定相を得ることに成功しました。急冷温度を変えることで結晶内の原子空孔の規則度を制御でき、それに伴い磁化が相殺する「磁化補償温度」をチューニングすることが可能です。特に1323 Kから急冷して得た試料は、5 Kにおいて38 kOeという極めて巨大な保磁力※3を示しました(図)。さらに、第一原理計算により、本物質が高いスピン分極率を持つハーフメタル型電子状態※4を有していることが示唆され、漏れ磁場のない超高密度・高速デバイスの基盤材料として極めて有望であることを明らかにしました。
研究グループは、すでに本物質の「単結晶」の合成にも成功しており、今後は結晶の方位による磁気異方性や、実際のデバイス動作に直結する電気伝導・スピン輸送特性の評価を進める予定です。これにより、漏れ磁場が一切なく、熱に強く、超高速で動作する次世代MRAM(磁気抵抗メモリ)などの実用化の促進に貢献することが期待されます。
スピントロニクス
電子が持つ「電気的な性質(電荷)」と「磁石としての性質(スピン)」の両方を同時に工学的に利用する次世代の技術分野。従来の半導体技術に比べて圧倒的に省電力で、電源を切ってもデータが消えない超高速なMRAM(磁気抵抗メモリ)などの実現に不可欠な技術として注目されている。
補償型フェリ磁性体
フェリ磁性体とは、物質の内部に「上向き」と「下向き」の異なる大きさのナノ磁石(磁気モーメント)が交互に並んでいる磁性体をいう。フェリ磁性体のうち、特定の温度や組成において、上向きと下向きのナノ磁石の強さが完全に釣り合い、物質全体としての磁気(マクロな磁化)がゼロになった状態(または物質)、もしくはそのような特徴を持つ磁性体を補償型フェリ磁性体という。フェリ磁性体は、磁石としての「漏れ磁場」が一切出ないため、超高密度に素子を敷き詰めても隣同士で磁気的な干渉(誤作動)を起こさないという強みがある。
保磁力
磁石の「磁化の反転しにくさ」、つまり記録された磁気情報の「消えにくさ(強固さ)」を表す指標。本研究の1323 K急冷試料が示した「38 kOe(キロエルステッド)」という値は巨大で、外部の強力な磁場やノイズにさらされても情報が破壊されない極めて高い安定性を持つことを意味する。
ハーフメタル型電子状態
電気を流す電子の「上向きスピン」と「下向きスピン」のうち、片方のスピンにとっては電気をよく通す「金属」、もう片方にとっては「絶縁体(または半導体)」として振る舞う、極めて特殊な電子のエネルギー状態。流れる電流のスピンが100%片方に揃う(完全スピン極性を持つ)ため、スピントロニクスデバイスの性能を極限まで高めることができる。
図. 1323 Kから急冷(WQ)して得た試料の磁化曲線
特に5 Kで測定を行った磁化曲線では非常に大きなヒステレシスが観測され、保磁力は38 kOeであることが分かる。
この研究成果は、2026年8月4日(現地時間)に「Small」にオンライン掲載されました。
詳細は 東北大学のサイトをご覧ください。