発表の図解要約
マクロごみ(macro litter)
目に見える大きさのごみ。科学的には大きさが2cm〜1mの大きめのごみを指す。
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 河村知彦、以下「JAMSTEC」という。)の中嶋亮太プログラム長らの研究グループは、深海調査映像からAIを用いて自動的にマクロごみを検出・分類し、個体数を数え上げるシステムを開発するため、過去40年以上にわたって撮影してきた深海映像の中から海底ごみを含む12,000枚以上のオリジナル画像を抽出し、新たな画像データセット「J-Litter」※2を構築しました。さらに、このデータセットを用いて学習させることで、新システム「DeepLitterAI」を開発しました。
海洋の大部分を占める深海は、海に流出したプラスチックを含むごみが最終的にたどり着く場所(シンク)と考えられています。しかし、深海のごみの量を正確に把握するためには、無人探査機などが撮影した長時間のビデオ映像を、研究者が目視で何時間もかけて確認する必要があり、膨大な時間と労力がかかっていました。
今回開発したDeepLitterAIは、新たに構築した画像データセット「J-Litter」を学習させた最新の物体検出技術と、動画の中で同じ物体を追いかけて重複カウントを防ぐ追跡技術を組み合わせたものです。特に、画面に小さく写ったごみや、海底の複雑な背景をAIに大量に学習させることで、実際の探査機が撮影する広大な視野の映像でも、見落としを少なくごみを発見できるようになりました。
水深860〜5,600メートルの日本周辺海域で撮影された映像でテストを行った結果、AIによるごみの検出数は専門家による目視確認の結果と高い一致(誤差約10%程度)を示しました。また、人間が映像を一時停止しながら数える作業に比べ、AIは映像の再生時間よりも早く処理を終えることができるため、解析時間を大幅に短縮しました。AIを使うことで大量のデータに対して高速かつ客観性のある解析を実現し、本技術は、世界中の深海底にどれくらいのごみが落ちているかの迅速なマップ化を可能にするものであり、国際的なプラスチックごみ削減の取組を後押しする重要な技術となることが期待されます。
J-Litter(J-リター)
深海プラスチックごみ検出のための画像データセット。12,029枚のオリジナル画像を抽出し、新たに構築した。オリジナル画像とは、人工的なデータ拡張(画像の回転、ぼかし、ノイズ付加、画像の一部をマスキング、サイズ変更など画像を増やすための操作)をしていないユニークな画像であり、12,029枚の画像のうち、4197枚は海底ごみの映像、残り7832枚はごみを含まない海底や生物の画像などで構成される。JAMSTECのウェブサイトにて公開されている。
J-Litter:https://www.godac.jamstec.go.jp/dsdebris/j/dataset/j-litter.html
本成果は、「Environmental Pollution」に9月3日付け(日本時間)で掲載されました。
本研究は、環境研究総合推進費SⅡ-10-1サブテーマ2(JPMEERF23S21002)「海底プラスチックごみの実態把握及び回収効率の推定に係る手法・技術の開発」の助成のもと実施されました。また、J-Litterに含まれる画像の抽出元映像の一部は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が委託するムーンショット型研究開発事業「分解開始スイッチ機能を有する海洋生分解性プラスチックの研究開発」(JPNP18016)の助成を受けた研究航海で撮影されました。
DeepLitterAI: Automated detection and quantification of deep-sea benthic plastic and macrolitter with field validation in waters around Japan
不適切な廃棄物管理などにより地球全体で毎年膨大な量のプラスチックごみが海洋へ流入し、生態系に深刻な影響を与えていることが注目されています。この世界的な危機に対応するため、現在、国連では海洋プラスチック汚染を始めとするプラスチック汚染対策に関する条約※3の策定に向けた交渉が進められています。
海に流出したプラスチックを含むごみの多くは、最終的に深海底に沈み、長期間にわたって環境に悪影響を及ぼし続けると考えられています。新しい国際条約の下で各国がプラスチック削減の対策を行った際、「実際に海洋プラスチックごみは減っているのか」を確かめるには、広範囲な海底のモニタリングが不可欠です。海底を網で引きずる調査方法は生態系を破壊するため、近年はカメラ映像を用いた非破壊的な調査が推奨されています。
しかし、取得された膨大な調査映像を人間の目で確認し、ごみを一つ一つ数える作業には多大な時間と人件費がかかり、大規模な調査を阻む要因となっていました。これまでにもAIを用いた自動検出の研究は行われてきましたが、従来のAIは「大きく鮮明に写ったごみ」の画像ばかりを学習していたため、実際の広域調査で撮影される「小さく写ったごみ」を見つけることが困難でした。また、従来のAIは画像に写るごみを発見するにとどまっており、連続する動画の中で同じごみを重複せずに追跡し、海底に沈んでいるごみの総数を正確に数える技術は確立されていませんでした。
海洋プラスチック汚染を始めとするプラスチック汚染対策に関する条約
国連環境総会決議に基づき2022年に政府間交渉委員会が立ち上げられ、条約の策定に向けた議論が続けられている。来年3月に条約案の合意を目指す会合が予定されている。以下「国際プラスチック条約」という。
これらの課題を解決するため、研究チームは、実用性に特化したAIシステム「DeepLitterAI」を開発しました。本研究の主なブレイクスルーは二点あります。
一つ目は、小さなごみや複雑な背景の学習および検出精度の向上です。研究チームは、JAMSTECが過去40年以上にわたって撮影してきた深海映像の中から、海底ごみ等が写る画像を抽出し、12,029枚の画像データセット「J-Litter」を新たに構築しました。これには、画面の10%以下の面積にしか写っていない「小サイズのごみ」や、ごみと見間違えやすい生物・海底の地形といった背景画像が大量に含まれています。「J-Litter」はJAMSTECのウェブサイトを通じて一般に公開されています。この画像データをAIに学習させた結果、プラスチック袋(フィルム状のプラスチック)やペットボトル、空き缶などを、従来のAIモデルの約1.6倍の精度で正確に発見できるようになりました(図1)。
図1 DeepLitterAIによる海底ごみの検出例
大きく明瞭なごみ(左列、aレジ袋;bペットボトル; c空き缶 )だけでなく、実際の広域調査映像にみられる遠くて小さなごみ(右列、dレジ袋;eペットボトル; f空き缶)も正確に検出し、枠と確率で示している。
二つ目は、動画内での追跡機能による正確な計数と、劇的な時間の短縮です。カメラの位置が動いても、動画内で同じごみを別のごみとして二重に数えないよう、物体の動きを追跡するアルゴリズムを導入しました。水深860〜5,600メートルの実際の調査映像を用いて、人間による目視作業とAIの性能を比較したところ、AIは専門家とほぼ同等の正確さ(誤差約10%)でごみの数を算出しました。さらに、人間が映像を停止・再生しながら確認する作業に比べ、AIは平均して2.1倍(最大3.1倍)の速度で処理を完了し、ごみが密集する海域での解析負荷を劇的に軽減しました(図2)。
図2 人間とAIによる海底ごみの解析にかかる時間の比較
灰色の棒グラフは、日本周辺の水深860〜5,600メートルの様々な海底で撮影された調査映像に写る海底ごみの解析に要した時間を示す。左から、調査映像を1倍速で再生した際の平均再生時間、目視でごみをカウントしたときにかかった平均時間、AIでごみのカウントしたときにかかった平均時間をそれぞれ示す。棒グラフ中の実線は平均からのばらつき(標準偏差)を示す。目視による長時間の解析(中央)と比較して、AIを用いた処理(右)は大幅に時間を短縮できることが実証された。
DeepLitterAIの開発により、世界中に蓄積されている膨大な深海調査映像から、自動的に海底ごみを探し出し、高精度なごみ分布マップを作成することが可能になります。例えば、これまで手作業で1か月近くかかっていた100時間分の映像解析も、DeepLitterAIを活用すればわずか数日で完了します。また、探査機にAIを搭載すればリアルタイムでごみを検出・計数することも可能となり、ごみが密集するホットスポットの迅速な特定や、より機動的かつ効率的な海洋環境モニタリングが実現します。
この技術が普及すれば、現在策定に向けて議論が進んでいる国際プラスチック条約に基づく環境保全対策が実際に効果を上げているか、将来、効率的に検証できるようになります。本技術により得られるデータは、プラスチック汚染削減に向けた取組が深海環境の保全に寄与していることを客観的に示すものであり、社会全体の環境問題への理解と参画をさらに促すための重要な科学的知見となります。
現在のDeepLitterAIは主に日本周辺海域のデータをもとに構築されているため、今後は国際的な研究機関と協働し、世界各海域の海底ごみ画像を広く学習データとして取り入れ、J-Litterの後継となる画像データセットを構築していく予定です。これにより、地球上のあらゆる深海環境において高精度かつ安定的に機能する、堅牢な汎用AIモデルの構築を進め、より網羅的で実効的な海洋環境モニタリングの実現に貢献していきます。
お問い合わせ先
(本研究について)
物質地球科学研究部門 環境物質研究プログラム(報道担当)
企画部門 事業推進部 報道室