図1 地質試料と数値シミュレーションを用いた過去の地球規模の気候変動連鎖の復元
(衛星写真:https://science.nasa.gov/earth/earth-observatory/the-blue-marble-true-color-global-imagery-at-1km-resolution/)
大西洋子午面循環(AMOC:Atlantic Meridional Overturning Circulation)
大西洋表層を北上する暖かい海流(図1の赤い矢印)と、北大西洋で折り返し深層を南下する冷たい海流(図1の青い矢印)から成る大規模な海流系。低緯度–高緯度間の熱分配に寄与し、地球の気候を調節する役割を担う。
最終氷期
過去80万年間、地球の気候は10万年周期で寒冷な氷期と温暖な間氷期を繰り返してきた。最終氷期は約11万5千年前から1万2千年前まで続いた最後の氷期。
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 河村知彦、以下「JAMSTEC」という。)地球環境研究部門 地球表層システム研究センターの粕谷拓人研究員(研究開始時:同機構 研究生/九州大学大学院 理学府地球惑星科学専攻 博士後期課程)、東京大学大気海洋研究所 國吉優太大学院生(博士課程)(研究当時/現:国立環境研究所特別研究員)らの国際共同研究チームは、地質記録と数値モデルを組み合わせた古気候学※3研究を実施し、AMOCの弱化が遠く離れた南半球中・高緯度域の気候にも大きな影響を及ぼし得ることを明らかにしました。
地球全体の気候を調節する重要な役割を担うAMOCは、近年、その弱化が指摘されており、将来的に弱化が進行する可能性が懸念されています。AMOCが弱化すると、大気循環や降水分布にも連鎖的に変化が生じると予測されており、その将来動向に大きな関心が寄せられています。しかし、AMOCの直接観測が始まってからの期間はまだ短く、将来予測されるような大規模な弱化もこれまでに観測されていないため、その影響を観測データだけから評価するには限界があります。そこで共同研究チームは、過去にAMOCが大きく弱化した時代の情報を記録する地質試料と数値モデルを用いて、AMOCの弱化が遠く離れた南半球の気候やパタゴニア氷床に及ぼす影響を調べました。
本研究では、JAMSTECの海洋地球研究船「みらい」が2016年度の航海で南東太平洋チリ沖から採取した深海底堆積物に含まれる陸起源の鉱物粒子を対象に、その供給量や供給源の変動を調査しました。その結果、南米パタゴニア氷床縁辺部から流出し、太平洋に供給される粒子は、最終氷期に発生した千年規模のAMOC弱化に関連して繰り返し増加していたことが明らかになりました。さらに、この現象が生じるメカニズムを解明するため、AMOCの弱化を再現する数値シミュレーションを行い、パタゴニア地域の気候と氷床の応答を解析しました。その結果、AMOCの弱化に伴って南半球中・高緯度域の海水温が上昇するとともに、降水量が増加し、パタゴニア氷床から流出する融け水が増加した可能性が示されました。また、降水量の増加には南半球偏西風帯が南側で強まったことが関与していた可能性も示されました。これらの結果は、AMOCの弱化が南極を取り囲む南大洋の風成湧昇※4を強め、海洋内部から大気への二酸化炭素(CO2)放出を促進するなど、全球の炭素循環※5にも影響を及ぼしたとする従来の仮説を支持するものです。したがって、本研究は、北大西洋で生じた海洋循環の弱化が、海洋と大気の双方を介して遠く離れた南半球へ伝わる地球規模の気候システムのつながりの一端を明らかにしました。
本成果は、米国科学アカデミー発行の総合学術誌「Proceedings of the National Academy of Sciences」に2026年9月14日(米国時間)に掲載されました。なお、本研究の一部は、JSPS科研費[JP24KJ1771・JP23KJ0495・JP18H03370・JP23K28226・JP17H06104・JP17H06323・JP24H02346・JP25K03253]および笹川科学研究助成[2023-6021]の助成を受けて実施されました。本研究の数値シミュレーションは、海洋研究開発機構のスーパーコンピューター地球シミュレータ(ES4)を用いて行なわれました。
Patagonian Ice Sheet discharge enhanced by AMOC slowdown through thermal bipolar seesaw
古気候学
過去の気候環境を復元し、その変動メカニズムの解明を目指す学問分野。主に、気候や環境の代替指標を用いて地質試料を解析するプロキシ研究と、大気・海洋・陸域などを再現した数値モデルを用いてシミュレーションを行うモデル研究に手法が分かれる。
風成湧昇
海面を吹く風の力で、海洋内部の海水が表層近くへ引き上げられる自然現象。海水中に含まれるCO2や栄養塩もともに海洋表層へもたらされる。
炭素循環
地球表層において、炭素は大気、海洋表層・深層、陸上生態系などの炭素貯蔵庫の間を、季節単位の短い時間から千年以上の長い時間をかけて循環している。
現在進行している地球温暖化は、世界各地の気温を上昇させるだけでなく、海流の変化を含むさまざまな気候・環境変動を引き起こすことが懸念されています。その代表的なものの一つが、低緯度から高緯度へ熱を輸送し、地球全体の気候を調節する役割を担う「大西洋子午面循環(AMOC)」の変化です。AMOCは近年弱化が進み、過去1000年間で最も弱い水準にあると報告されており、地球温暖化に伴いさらに弱化が進行する可能性が指摘されています(気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書; Fox-Kemper et al. 2021)。AMOCが大規模に弱化すると、地球全体の熱分布が大きく変化し、大気循環や降水分布などにも連鎖的な変化が生じると予測され、AMOCが将来どのように変化し、それが世界各地にどのような影響を及ぼすのか大きな関心が寄せられています。しかし、AMOCを直接観測した記録は最近の20年程度と限られており(Smeed et al. 2018)、将来起こりうる変化とその影響を評価するには十分とは言えません。そこで重要となるのが、地質試料や数値モデルを用いて、過去にAMOCが大きく弱化した時代を調べる古気候学的アプローチです。
最終氷期(約11万5千–1万2千年前)には、AMOCが千年規模で繰り返し大きく弱化したことが知られています。先行研究から、当時のAMOCの弱化に伴い、熱帯の主要な降水帯である熱帯収束帯※6が南方へ移動したことが明らかになっています。また、南半球偏西風帯も南方へ移動した可能性が指摘されており、その結果、南大洋での風成湧昇が強まり、海洋内部から大気へのCO2放出が促進されたとする仮説も提唱されています。しかし、南半球偏西風帯の変動を検証できる地質記録は限られており、その実態は十分に解明されていません。
そこで共同研究チームは、南半球偏西風帯の影響を直接受ける数少ない大陸域であるパタゴニア地域に注目しました(図2)。南米の南端に位置するパタゴニア地域は、南太平洋から偏西風によって大量の水蒸気が運ばれるため降水量が非常に多く、現在も山岳氷河群が広く分布しています。また、最終氷期には氷河域がさらに拡大し、広大なパタゴニア氷床が形成されていました。陸上の氷河地形や植生変化に着目した先行研究から、パタゴニア氷床の拡大・縮小は気温だけでなく、降水量や偏西風帯の変動にも影響されていたことが示唆されています。しかし、これらの陸上地質記録は時間的な連続性に乏しく、急激な気候変動を詳細に復元することが困難でした。そこで本研究では、パタゴニア氷床から太平洋へ流出した陸起源の鉱物粒子に着目し、深海底堆積物に記録された連続的な地質記録を解析することで、氷床変動の復元を試みました。
本研究で使用した試料は、JAMSTECの海洋地球研究船「みらい」が2016年度に実施した航海(MR16-09 leg.2)において、南東太平洋チリ沖の深海底(46.4°S、77.3°W、水深3082 m)から採取した全長17.4 mの柱状堆積物試料(ピストンコア試料;図3)です。堆積物に含まれる陸起源の鉱物粒子について、その供給量や供給源の変動を明らかにするため、X線回折装置による鉱物組成分析や粒径分布測定を行いました。さらに、コア試料の元素組成を5 mm間隔で測定できる蛍光X線コアスキャナーを用いた高解像度分析など、JAMSTECが保有する分析装置を用いて試料を詳しく解析しました。さらに、古気候を再現した数値シミュレーションと組み合わせることで、パタゴニア氷床変動と海水温、降水量、偏西風帯の変化との関係を調査しました。
図2 本研究対象の南米パタゴニア地域
最終氷期には現存する氷原よりもはるかに広域に氷床が拡大していた(Davies et al. 2020)。右上の図で南極を取り囲む赤色の帯状領域が南半球偏西風帯(データ: Hersbach et al. 2020)。
図3 本研究で使用した堆積物試料の採取に用いた採泥器(20 mピストンコアラー)と試料の断面写真
熱帯収束帯
赤道付近で南北両半球の貿易風が収束し、暖かく湿った空気が上昇・冷却され活発な対流と降雨を生じる帯状の領域のこと。氷期のAMOCの弱化に応答して、その平均位置が南半球側に移動していたことが堆積物記録やシミュレーションから明らかとなっている。
パタゴニアの西方沖から採取した堆積物試料を対象に、堆積物に含まれる陸起源の鉱物粒子を分析した結果、最終氷期の年代を示す堆積層には、パタゴニア氷床縁辺域の地質帯に由来する粒子が繰り返し流入していたことが明らかになりました(図4)。さらに、これらの堆積物流入イベントの回数と発生時期は、ハインリッヒ亜氷期※7として知られる急激なAMOC弱化イベントと、年代測定の誤差範囲内で一致していることが分かりました。これらの結果は、パタゴニア氷床の変動を左右する気温や降水量が、AMOCの弱化に応答して変化していたことを示唆しています。
この現象が生じるメカニズムを解明するため、気候モデルMIROC4m※8を用いて、最終氷期の環境条件下で千年規模のAMOC弱化を再現する数値シミュレーションを実施し、パタゴニア地域の気候と氷床の応答を解析しました。その結果、AMOCの弱化に伴い、堆積物の供給源と考えられる南緯45度以南のパタゴニア氷床縁辺域では、南半球偏西風が強まるとともに降水量が増加することが示されました(図5)。また、チリ沿岸では海面水温も上昇し、海面からの蒸発量が増えることで、降水量の増加がさらに促進された可能性も示されました。一方、海面水温の上昇は、パタゴニア氷床縁辺部の低標高域における氷の融解も促進したと考えられます。さらに、氷床の質量収支計算※9を行った結果、降水量の増加によって氷床の内陸部で氷の蓄積が促進される一方、縁辺域では気温上昇により融解が進むことが示されました。このような変化は、氷床内部から縁辺部への氷の流動を活発化させるとともに、縁辺部から流出する融解水を増加させたと考えられます。
以上の結果から、海底堆積物から復元したパタゴニア氷床由来の陸起源粒子の供給量増加は、AMOCの弱化に応答した南半球中高緯度域の降水量や気温の変化、さらにはそれに伴う氷床変動を反映した記録であると考えられます。これは、AMOC弱化の影響が北大西洋周辺にとどまらず、大気と海洋を介して遠く離れた南半球中・高緯度域の気候にも及ぶことを示唆しています(図1)。
図4 地質試料の解析結果と既存データとの比較
上から、a. AMOCの強度指標(北大西洋の地質記録; Henry et al. 2016)、b. 大気CO2濃度(南極アイスコア記録; Wendt et al. 2024, Bereiter et al. 2012)、およびc. 本研究が明らかにしたパタゴニア氷床からの粒子供給記録、とd. 年代測定の誤差推定。海底堆積物に含まれる陸起源指標(チタンTi)と海洋性有機物指標(臭素Br)の比(ここでは対数比)を調べることで陸起源粒子の供給割合を推定した結果、氷期の急激なAMOC弱化(ハインリッヒ亜氷期)と関連して粒子供給が増加を示した。
図5 AMOC弱化を再現した数値シミュレーションの結果
パタゴニア地域では、AMOC弱化に応答して、南緯45度以南で南半球偏西風が強まるとともに降水量が増加を示した。さらに、南太平洋の海面水温が上昇したことで、降水増加が促進された。
ハインリッヒ亜氷期
最終氷期に繰り返し発生した、急激かつ千年規模で持続する気候イベントで、北大西洋に大量の淡水が流入したことでAMOCが著しく弱化した。
気候モデルMIROC4m
大気と海洋の相互作用を三次元的に再現できる、日本を代表する全球気候モデルの一つ。最終氷期などの過去の気候変動メカニズムの理解を目的とした古気候研究でも広く利用されている。
質量収支計算
降雪による氷の増加量と、融解などによる氷の減少量の差を計算し、氷河の成長・縮小を評価する手法。一般に、収支が正であれば氷河は成長し、負であれば縮小する。
本研究では、地質記録と数値シミュレーションを組み合わせ、過去にAMOCが大規模に弱化した時代を調査することで、北大西洋で生じた海洋循環の弱化が遠く離れた南半球へ伝播する地球規模の気候システムのつながりを明らかにしました。さらに、本研究で示唆された南半球偏西風帯の変動は、南大洋における湧昇を強め、海洋から大気へのCO2放出を促進した可能性がある(図6)とする先行研究の仮説とも整合的な結果となりました。
図6 AMOC弱化に応答したパタゴニア氷床変動の概念図
図中星印は本研究で使用した堆積物試料の採取地点。南半球偏西風帯の南方強化に伴い、南大洋から大気にCO2が放出されたとする仮説が提唱されている。
しかしながら、当時の南半球偏西風帯の変動が海洋からのCO2放出にどの程度寄与したのかについては、依然として定量的な理解には至っていません。今後は、この課題の解明に引き続き取り組み、炭素循環を含む地球規模の気候システムの理解をさらに深めていきます。
また、日本を含む東アジアは北半球偏西風帯の影響を強く受ける地域です。こうした地域でも、AMOCの弱化が及ぼす影響を、観測データだけから十分に評価することが難しいという課題は共通しています。そのため、本研究で用いた地質記録と数値シミュレーションを組み合わせた古気候学的手法は、AMOC弱化が東アジアの気候に及ぼす影響を探る有効な手法になると期待されます。今後、同様の手法を東アジアやユーラシア地域へ展開することで、南北両半球の偏西風帯の応答を包括的に理解し、将来懸念される大規模なAMOC弱化に伴う気候変動をより高い精度で予測するための科学的基盤の構築を目指します。
Fox-Kemper et al. (2021) Ocean, Cryosphere and Sea Level Change. In: Masson-Delmotte et al. (eds) Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA, pp. 1211–1362, doi:10.1017/9781009157896.011.
Smeed et al. (2018) The North Atlantic Ocean Is in a State of Reduced Overturning. Geophysical Research Letters, 45(3), 1527–1533, doi:10.1002/2017gl076350.
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(本研究について)
地球環境研究部門 地球表層システム研究センター(報道担当)
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