北海道大学大学院地球環境科学研究院の渡辺豊特任准教授、同大学低温科学研究所の平野大輔准教授、国立極地研究所の真壁竜介准教授、海洋研究開発機構の中野善之副主任研究員、東京海洋大学の溝端浩平准教授らの研究グループは、東南極のトッテン棚氷とモスクワ大学棚氷周辺で、氷河・棚氷※1の融解によって海へ加わった淡水を三次元的に推定する新しい解析手法を開発しました。
南極の棚氷の下には比較的暖かい海水が入り込み、底面を融かします。しかし、融けた淡水が海のどこに、どの程度広がっているかを直接観測することは容易ではありません。本研究では、海水中の溶存無機炭素(DIC)※2を、水温・塩分・溶存酸素※3・水圧から推定する「重回帰分析とニューラルネットワークを組み合わせた手法」を構築しました。海洋内部の物理・生物学的な変化から予測されるDICとの差を利用することで、従来必要だった淡水の端成分※4組成をあらかじめ設定せずに、氷河由来の淡水の割合を推定できます。
本手法の基盤となる長期間のデータ取得においては、海洋研究開発機構が大きく貢献しています。機構が所有する観測機材を係留系(けいりゅうけい)※5と呼ばれる観測システムへ効率的に投入することで、DICの推定に不可欠な水温・塩分・溶存酸素・水圧といったデータを過酷な極域環境下でも継続して取得することができました。
2012~2024年の観測に適用した結果、淡水の影響は棚氷前面から沖合のおよそ南緯64度まで広がっていました。また、代表的な海流輸送量を用いると、淡水供給量はトッテン棚氷で年間70±7ギガトン(Gt)※6、モスクワ大学棚氷で年間53±9ギガトン(Gt)と見積もられ、衛星観測による推定と概ね整合しました。
本手法は、水温・塩分・溶存酸素・水圧という比較的広く観測される項目から氷河由来の淡水を推定できるため、観測が限られる南極沿岸域での継続監視に活用できる可能性があります。今後、南大洋で拡充するArgoフロート観測や長期流速観測と組み合わせることで、南極沿岸の棚氷融解と海洋淡水化の長期変動をより詳しく把握し、氷床―海洋相互作用や将来の海面上昇予測の不確実性低減につながることが期待されます。
棚氷
陸上の氷床・氷河が海へ流れ出し、海面に浮いている厚い氷。内陸の氷が海へ流れ出すのを抑える働きがある。
溶存無機炭素(DIC)
海水中に溶けている二酸化炭素、炭酸水素イオン、炭酸イオンの総量。淡水の混入などによって濃度が変化する。
溶存酸素
海水中に溶けている酸素。水温や海水の循環、生物活動などによって濃度が変化するため、海水の性質や海洋内部の過程を知るための重要な指標である。本研究では、氷河由来淡水を推定するための説明変数の一つとして用いた。
端成分
複数の水が混ざる前の、それぞれの水の基準となる性質・組成。従来の混合解析ではあらかじめ値を設定する必要がある。
係留系
海底に重り(アンカー)を沈め、そこから海中へ伸ばしたロープやワイヤーに各種センサーを取り付けることで、特定の場所の海中環境を1~2年にわたって連続的に観測する仕組み。
ギガトン(Gt)
10億トン。本研究では1年間に海へ供給される淡水量の表現に用いている。
図1. 東南極に広がる氷河由来の淡水の図
2012~2024年の海洋観測から推定した氷河由来の淡水の分布(左)と棚氷底面からの融解水量(右)。氷河由来の淡水の割合はトッテン棚氷とモスクワ大学棚氷の前面で高く、沖合に向かって低下しながらおよそ南緯64度まで広がっていた。
この研究成果は、2026年9月11日公開の「Nature Communications」にオンライン掲載されました。
詳細は北海道大学のサイトをご覧ください。
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