2014年5月16日発表
初期生命の進化のなぞに迫る!
からだをつくる基盤「窒素固定」は、約35億年前に存在していた!
生命の存在が確認されている唯一の星、地球。今から約46億年前に 誕生し、約40億年前には海底の熱水噴出孔で最初の生命が生まれたと考えられています。その最初の生命はとても単純なしくみで、長い時間をかけてからだをつくり進化をとげました。でも、からだをつくるってどうやって? それにはまず、窒素分子を使った「窒素固定」という化学反応が必要です。このたび、その窒素固定の理解が大きく進みました。西澤 学博士と約35億年前の地球にさかのぼり、生命の神秘にせまります!
まず、窒素とは大気中にある成分の4分の3を占める気体で、ふつう窒素分子(N2)として存在します。大気にくらべるとわずかですが、海水にもとけこんでいます。窒素は生命のからだをつくるアミノ 酸やタンパク質の材料となりますが、窒素分子はきわめて安定なので、ほとんどの生物は窒素分子からそのままアミノ酸などは作れません。そこで、一部の微生物が窒素分子を食べて細胞内で「窒素固定」という化学反応を行い、生命が利用できるアンモニアなどに作りかえます(図1)。
図1生命がからだをつくるために欠かせない、窒素固定
窒素固定は、いわば生命を支える基盤。でも、いつから行われているのかわかっていません。ただ、最初に窒素固定を行った生命として注目されているのが、地球初期の 熱水噴出孔にいたメタン菌です(図2)。メタン菌とは目に見えないほど小さな菌で、最初に生き続けることのできた生命の一員と考えられています。
図2熱水噴出孔のメタン菌
オーストラリア西部に位置するピルバラクラトンには、約35億年前の熱水の成分が 沈殿した熱水 跡地があります。そこには当時の窒素分子やメタン菌と思われる微生物の化石が、きれいな 状態で残っています(図3)。
図3 約35億年前の熱水の跡地。中には当時の窒素分子や微生物の化石が保存されている。
そこで西澤博士が考えたのが、「約35億年前、メタン菌はすでに窒素固定をしていたかもしれない」という 仮説。それを証明するべく研究を始めました。
仮説「約35億年前、メタン菌は窒素固定をしていた」を、どのように確認・証明するか。それには、1.メタン菌は約35億年前の熱水でも窒素固定ができたことを証明し、2.実際の熱水跡地から、メタン菌が窒素固定をしていた証拠を見つける必要があります。
西澤博士は、1.の「メタン菌は約35億年前の熱水でも窒素固定ができた」ことを証明するため、実験に挑みました。用意したのは、地球初期の特徴が遺伝子的に残るメタン菌と、熱水(160ml)が入った実験ビン。メタン菌は、2006年にインド洋の海底にある熱水噴出孔で集め育てたものです(図4)。
図4 2006年にメタン菌を集めたところ(水深2,450m)
熱水は、窒素、アンモニア、モリブデン、鉄などの濃度を変えて23種類つくりました(写真1)。
写真 23種類の熱水ビン
それぞれの熱水ビンにメタン菌を入れて55℃と85℃の装置内に置き、約30時間後まで2時間おきに窒素固定の様子やスピードなどを調べました。その結果、すべての熱水ビンでアンモニアが増えていました、つまりメタン菌が窒素固定をしていたのです! それも、光合成をする海の微生物の約10倍の速さで。メタン菌は、熱水の成分によらず窒素固定ができる、つまり、1.の「メタン菌は約35億年前の熱水でも窒素固定ができた」ことを確認できました。
次に挑むのは、2.の「実際の熱水跡地から、メタン菌が窒素固定をしていた証拠を見つけ出す」。それには、熱水跡地に残る微生物化石がメタン菌であり、かつメタン菌がそこにあった窒素分子を食べたことを証明する必要があります。その手がかりとなるのが、物質に含まれる窒素同位体比です。窒素には質量数14と15の2種類があり、この割合は同じ物質でも起源により異なります。そして、大気中の窒素分子の14と15の割合を基準にして、試料中の窒素の14と15の割合とのちがいを窒素同位体比と言います。15Nの量が基準値と変わらなければ同位体比は0、多ければ+、少なければ−の値となります(図5)。
図5 窒素同位体比イメージ
約35億年前にメタン菌が熱水の窒素分子を食べて窒素固定をした場合の窒素同位体比を予測して、それがオーストラリアの熱水跡地に残る微生物化石の約35億年前の窒素同位体比と一致すれば(図6)、微生物化石=メタン菌、そしてメタン菌が窒素分子を食べたことを証明できます。
図6 実験に基づき予測する窒素同位体比と実際の化石の窒素同位体比を比較
でも、メタン菌の約35億年前の窒素同位体なんてどうやってわかるの? 西澤博士は、1.の実験でメタン菌が窒素分子を食べて窒素固定をすると、アンモニアなどの窒素同位体比が4パーミル(パーミル:1千分の1)減った数値になることをつきとめていました。アンモニアなどはそのままアミノ酸、タンパク質となるので、アンモニアなどの窒素同位体比=メタン菌の窒素同位体比と言いかえられます。まとめると、「熱水の成分によらず、メタン菌が窒素分子を食べて窒素固定をすると、同位体比が4パーミル減る」ということです(図7)。
図7 メタン菌が窒素分子を食べて窒素固定したときの、窒素同位体の変化
熱水成分によらずこの傾向があるということは、約35億年前の熱水でも同じことが起きるはず。すでに報告されている熱水跡地の窒素分子の同位体比から4パーミルを引いて、約35億年前のメタン菌の窒素同位体比を予測しました(図8)
図8 約35億年前のメタン菌の窒素同位体比を予測
そして、熱水跡地に残る微生物化石について、分解などの影響を補正した約35億年前の同位体比を求めました(図9)
図9 約35億年前の微生物化石の窒素同位体比を計算
メタン菌と微生物化石の約35億年前の窒素同位体の範囲(はんい)を比べると…? ほら、ほぼ一致(図10)!
図10 メタン菌と化石の窒素同位体を比較
まさに、微生物化石はメタン菌であり、これが熱水跡地の窒素分子を食べて窒素固定をしていたという物的証拠です。実際の熱水跡地から、メタン菌が窒素固定をしていた証拠を見つけたのです。
この研究により、生命を支えた窒素固定が、約35億年前の深海熱水噴出孔ですでにできていた可能性が高いことが、わかりました。多くの謎に包まれた初期生命の研究において、この成果は大きな前進です。
深海の熱水噴出孔で行われていた窒素固定はやがて光合成をする生命の祖先に伝わり、表層の海に光合成の楽園ができることで、海には無数の生物が満ちあふれるようになりました。西澤博士は、「今後は窒素固定がどのように浅い海の生き物へ伝わり、どのようにして光合成が始まったのかを明らかにしたい」と話します。皆さん、応援(おうえん)してくださいね!