2014年12月17日【特別編】
東北地方太平洋沖地震と津波がおよぼした、
下北沖の海底の生物への影響を報告!
2011年3月11日に発生した巨大地震と巨大津波による、青森県下北沖の海底の生き物への影響が明らかになりました。今回は、豊福 高志博士の研究をお知らせします。
今回研究した青森県下北沖は、高さ10mを超える津波が観測された海域です。リアス式海岸を持つ三陸と異なり、遠浅な下北沖の海底の様子は、どうなっているのか。生物への影響は? 豊福博士らは研究を始めました。
大まかな流れは、計画(1)現場の海底を観察しながら海底に積もった砂や泥を掘り出す。計画(2)(1)でわかった海底状態を作り出したのは津波か別のものか、コンピュータでシミュレーションして確かめる。計画(3)海底の生物への影響を明らかにする、です。
計画(1)現場の海底を観察しながら海底に積もっている砂や泥を掘り出す。
地震・津波発生から5ヶ月後の2011年8月末、豊福博士たちは「淡青丸」に乗りこみ調査に出ました(図1)。
図1 観測地点(緑の★)
観察しながら海底に積もった泥や砂をとるため使ったのは、マルチプルコアラー(通称マルチ)です。
マルチは、図2のような装置です。フレームの中心に直径約8cmの筒が8本あり、船から海底に装置をおろした後、筒を海底にさして海底の砂や泥をとります。クッキーの型抜きのように、砂や泥を筒の中に抜き取るので、海底の表層の様子をくずさずそのままの状態でとることができます。今回は海底の様子も観察したかったので、海底用のカメラを取り付けました。
図2 カメラ付きマルチプルコアラー(マルチ)
その結果、いろいろな深さの海底から、たまっている砂や泥をとることに成功しました。
まず、水深55〜105mでは貝がらの破片が多く見られました(図3)。このような貝がらは、過去の調査では報告されていません。その貝がらの破片は、水深が増すにつれ少なくなりました。
図3 水深により変わる海底の様子
入った砂粒の大きさを分析すると(図4)、海底面には、細かなものから粗いものまでサイズがバラバラの砂粒がたまっていることがわかりました。しかも、どちらかと言うと、細かいものが下の方に、粗いものが上の方にありました。(上ほど砂粒が粗いので上方粗粒化と呼びます。)この構造は、だんだん流速が早くなる引き波の中で短時間に積もってできる特徴です。まさに、津波によって運ばれてきた砂粒である証拠の一つです。
図4 海底から掘り出した試料
計画(2)こうした海底の状態を作り出したのは津波か別のものか、シミュレーションで確かめる。
海底の様子がいつもと違うことはわかりましたが、津波から5ヶ月もたってから調査に行って、本当に津波の影響だと言えるのか。実は、この海域では2011年5月に大型の台風2号が通過しました。今回の研究結果が津波の影響だと言うためには、台風2号の影響ではないことを示さないといけません。そこで、調査地点の海底で発生した流れの速さや波の影響はどれくらいあったのかを、シミュレーションで再現実験しました。
その結果、下北沖の海底では最大毎秒1.3mの流れが発生していたことがわかりました。これは時速4.68kmに相当し、海底の流れとしてはかなり速い流れです。今回海底で見つかった貝がらや砂粒を押し流す十分な速さがありました(図5)。一方で、台風2号では、もっとも貝がらや粗い砂粒がたくさん見られた水深80mでも毎秒17p。時速0.06kmとなり、遠く及びません。今回観察された砂粒を動かすパワーもありませんでした。これによって、今回観察された構造は、まさに津波でつくられたと断定されたのです。
図5 シミュレーションによる流速の結果
計画(3)下北沖の海底生物への影響を明らかにする。
砂や泥には生物やその遺骸も含まれていて、海底が大きくかき混ぜられた様子を、よりくわしく語りかけてくれます。
分析の結果、ふつうは水深10〜50mの海底にいるコベルトフネガイやムシボタルなどが、今回は水深81mで確認されました(写真1)。津波により強い流れによって浅せからより深い海底へ運ばれたと考えられます。
写真1 水深81mで見つかったコベルトフネガイ(左)とムシボタル(右)
もっと小さな生物はどうなったのか。豊福博士たちは有孔虫とよばれる生物に着目しました。有孔虫は、1oにも満たないサイズで眼に見えないくらい小さいので、顕微鏡を使って調査しました。分析の結果、有孔虫は、水深55mで59種、水深81mでは63種、水深105mで49種いました。なかには、もっと浅いところに住んでいるものが津波によって運ばれたり、生き埋めになって見つかるものもありました。
この結果に、豊福博士たちもびっくり。有孔虫もすっかり洗い流されたのではないかと考えていたのですが、実際にはたくさんの種類が生きた状態で見つかったからです。
水深10mほどにしか住んでいないと考えられてきた有孔虫ブッセラ マキヤマエが、水深81m、105mに運ばれていたこともわかりました(写真2)。
写真2 水深55〜105mにいた主な有孔虫
津波は海底の生物を洗い流すばかりではなく、いろいろな場所の様々な有孔虫を運び、ごちゃまぜにすることが明らかになりました。
しかし、水深211mの海底では様子がガラリと一転。有孔虫は21種、その数もほとんど(86%)がプサモスフェラ フスカという種類でした(写真3)。
写真3 水深211mにいた有孔虫
この種類は流れが激しいところに率先して入りこむ性質があります。水深211mでは、もともといた有孔虫が津波に流され、その後プサモスフェラ フスカが入りこんできたのだと考えられます。いわば荒れ地にぺんぺん草が生え始めるような状態です。豊福博士らは、ちょうどこの調査の時期が、海底の生き物のつながりがもう一度築き直される、最初のステップであったのではないかと考えています。
今回わかったことを図6にまとめました。
この研究は、下北沖において地震・津波が海底とそこに住む生物に与えた影響をまとめた、最初の報告です。津波によって海底の生物が必ずしも壊滅的な被害を受けるばかりなのではなく、地点により、様々な場所から流されてきた生物が生きたまま混ぜられるケースもあることがわかりました。
豊福博士は、「この研究は、観察から化学分析、シミュレーションまでいろいろな方法で取り組むことで明らかになった成果です。今後は、また同じ海域へ行って、どのように回復していくのかを調べることができたら」と話します。
その一方で、今後、津波で海底がどのようにかきまぜられたかをシミュレーションした上で海底の堆積物を分析すれば、過去の地震調査に役立つと考えられます。