「地球環境シリーズ」講演会中のZoomと、一部事前アンケートにてお寄せいただいたご質問を回答とともに掲載いたします。多くのご質問をいただき誠にありがとうございました。
※ご質問はほぼ原文どおりですが、個人情報となる部分は掲載しておりません。
建部:IPCC第6次評価報告書での気候感度の最良推定値は3℃であり、また、その推定幅は2.5-4℃と、過去の評価報告書の推定幅の中で最も小さくなりました。なお、気候感度はCO2排出に対する気候応答を理想的に推定した値であり、現実には、CO2だけでなく他の温室効果ガスや大気汚染物質排出、太陽放射などで気温の上昇は決まります。気候シミュレーションによる予測では、これらの時間変化とこれに対応した気候変化を扱いますので、必ずしも気候感度のみで21世紀末などの気温を予想しているわけではありません。
河宮:カーボンニュートラルが世界中で達成されれば、温暖化の進行は止まると考えられます。ただし、カーボンニュートラルを達成するだけでは、温暖化の傾向を逆転させるには至らず、止まるだけです。温暖化の傾向を逆転させるためには、人為的なCO2の吸収が必要です。人為的な吸収については、Carbon Capture and Storage(CCS)と生物燃料(BioEnergy)を組み合わせたBECCSの研究などが進んでいます。
岡崎:今回ご覧いただいたグラフは世界57本の海底コア堆積物試料の有孔虫酸素同位体比記録を編集して作成されています。その際、年代軸は、数万年周期の地球の軌道要素をチューニングしてつくられており、年代の誤差は1000年以上あります。したがって、グリーンランドアイスコアデータと有孔虫酸素同位体比データを比較して数百年早いか遅いか、というタイミングを議論することは大変難しいことです。比較的詳細な年代制約が可能な過去2万年間については、最終退氷期のCO2上昇(氷床コア)と温度プロキシが示す温暖化のタイミングについて研究が行われています。その一つShakun et al. (2012, Nature 484, 49-55) では、過去22000年間のCO2濃度変化と、80点の様々な地域の温度記録を比較しました。その結果、温暖化のはじまり(19000年前)は、CO2上昇のはじまり(17500年前)より早く、CO2上昇が初期の温暖化のトリガーではないことを示しています。その後は、大西洋子午面循環(AMOC)の退氷期の大きな振幅での変化に対応し、南極の温暖化はCO2に先行し、北半球の温暖化はCO2に遅延する、という結果が得られています。グローバルな温暖化は北半球の影響が大きく、CO2が温暖化を増幅していることは間違いなさそうです。
海底堆積物記録と氷床コア記録の先行・遅延を100年スケールで議論することは大変難しいです。海底堆積物コアの年代は過去5万年間であれば有孔虫殻の放射性炭素年代に基づき決定されます。放射性炭素年代には、いくつかの不確かさがあります。1つは放射性炭素年代そのものの測定誤差、次に放射性炭素年代を私たちが知りたいxx年前(暦年代)に変換するときの誤差、最後に大気と海洋の放射性炭素年代のズレに起因する誤差です。これらの不確かさのために、海底堆積物の年代はたいてい数百年から1000年程度の不確かさがあります。放射性炭素年代が使えない5万年以前については、数千年の年代誤差があります。氷床コアの年代は、氷床に刻まれた1年ごとの縞数えと、氷の流動モデルを使って決められています。こちらも数百年程度の誤差があります。同じ氷床コアの気温とCO2濃度の記録だと早い遅いの議論ができますが、それぞれ異なる年代誤差を持つ海底堆積物記録と氷床コア記録のどちらが数百年先行したかどうか困難なことが多いです。
小長谷:年代の不確実性はありますが、おおむね気温の上昇が先で温室効果ガス(CO2, CH4他)の変化が後になっていることは有力と思われます。それは、気温が上がると温室効果ガス濃度が変化するしくみがあるからです。気温が上がると、海水にとけることができるCO2の量が減るためで、その分大気に出てくるのでCO2濃度が上がることになります。また、氷期の寒い気候では海洋深層の流れがゆっくりになる分CO2をためこむことができるようになることもCO2の変化に貢献しています。その結果、気温が上がった後にCO2が上がることがアイスコアに見えると考えられています。
ここでは気温が上がるところから話が始まっていますが、気温が上がるのは北半球氷床の拡大縮小が原因になっています。つまりは、太陽との位置関係で季節性が変わる→氷床が変わる→気温が変わる→CO2が変わる の原因結果の順番になっていて、これが人間なしに自然の変動で生じているのです。最後のCO2が変わるところで終わりでなく、CO2が変わった結果また気温も変わります。
一応気を付けておきたいのは、現在のCO2増加に対する温暖化と両立していることです。その1つの理由は気温変化とCO2の量的影響です。地球で平均した気温が5℃程度下がった氷期では、水温変化によるCO2濃度の影響はCO2変化量(約90ppm)の1/3程度(約30ppm)と考えられています。そのため、1850年以降のCO2濃度増加140ppmは、気温1度程度の温暖化では全く足りず、化石燃料の放出を考えないと説明できません。
建部:気候モデルを新規に構築後、つまり、気候シミュレーションのためのコンピュータプログラムの作成後は、まず、CO2をはじめとする各種温室効果ガスの大気中濃度、日射、大気汚染物質排出量などの「1850年時点での値」を与えた実験を実施します。この実験では、気候モデルで再現される気温・海水温・降水・風速・海流などの長期平均値や気候本来が持つランダムな自然の揺らぎによる気候の変動が観測に近づくよう、複数の物理パラメタ値を観測などから推定される範囲内で調整します。しかし、「二酸化炭素の増加を理由に気候モデルを調整する」ことはありません。調整作業によって不確定なパラメタ値を決定した後には、地球気候の準定常状態を得るため、スピンアップ実験と呼ばれる数千年規模の実験を実施します。気候が準定常状態へ到達後、さらに千年程度実験を延長します。この延長部分は産業革命前コントロール実験と呼ばれます。スピンアップ実験・産業革命前コントロール実験とも、気候モデルに与える大気CO2濃度などは1850年時点での値であるため、自然の揺らぎ以外の変動は基本的に現れません。産業革命前コントロール実験期間の或る時点の気候状態は、1850年における地球気候の状態と見做すことでき、ここから現在までの気候再現実験やこれに連続的に続く21世紀末までの将来予測実験を開始します。この際、物理パラメタ値は産業革命前・現在・将来まで同じ値を使用し、シミュレーション間の整合性を保つ原則を重視しています(なお、古気候実験でも同じ物理パラメタ値を使用します)。このようにして実施される過去から将来までの連続的なシミュレーションにおいて、20世紀後半以降の温暖化は、地球気候が取りうる状態として自ずと、つまり、恣意的な操作をせずとも、得られます。なお、ご質問中にある「気候モデルは仮想の1000年では気温の変動がほとんどない」という結果は、境界条件から大気CO2濃度の変化を除いた場合の仮想実験では、20世紀後半以降の温暖化を解として得ることができなかった、ということを示しています。ご質問中にある「気候モデルは仮想の1000年では気温の変動がほとんどない」ということが、「20世紀後半以降の気温上昇がない」ということではなく、「数年から十年くらいの短い周期での気温変動がない」ということを指している場合は、回答が異なります。講演中に示した仮想実験の結果は、世界中の気候研究機関がそれぞれで開発した気候モデルを用いて実施した実験結果の和となっています。短周期の自然の揺らぎは、和をとることによって相殺されるため、変動がほとんどないように見えてしまいますが、個々の気候モデルの振る舞いをみると、自然の揺らぎによる変動を視認することが可能です。なお、和をとってもの残るのが人為起源の気候変動成分です。
建部・河宮:水蒸気は大気組成としては地球全体で平均すると1%以下ですが、温室効果気体の存在に起因する気温上昇に占める水蒸気の寄与の割合は数10%程度あります。ご質問に対し、厳密な気温値を回答として出すのは簡単ではありません。水蒸気がCO2同等以上の温室効果を有するのは確かですが、それはCO2に起因する温暖化説を否定するものではありません。水蒸気は地球大気に元来含まれているものであり、20世紀後半の人為温暖化以前の気候シミュレーションでもその温室効果は当然考慮されています。重要なのは、温暖化が進行するにしたがって大気が保持できる水蒸気量が増えるため、水蒸気による温室効果が増えることです。ただし、原因はあくまでCO2です。また当然、温暖化時に水蒸気量が増加して温室効果が増すような過程も、雲形成のプロセスとして、気候シミュレーションでは考慮されています。
小長谷:平均気温-19℃の計算では、地球の太陽放射反射率が現在と同じ約0.3を仮定しています。実際に大気中CO2がなければ現在よりずっと寒くなりますから、海氷が現在より広がり反射率が0.3よりも大きい値になりそうで、そうすると上の計算よりも寒くなると思われます。想像ですが、大気中CO2がゼロになれば全球凍結地球になるかもしれないくらいの大きな変化に思えます。全球凍結地球になるとすると地球の平均気温は-50℃のような値になり、気温が下がる分飽和水蒸気量も小さくなるために大気中の水蒸気は地表に落ちて氷として存在するようになると思われます。今の火星のような温度の惑星になるのかもしれません。
小長谷:講演会で回答済みですが、補足です。気候モデルによる現在の研究では、熱塩循環が十分弱くなるのに時間がかかることを、複数の気候モデルは示しています(複数モデルのシミュレーションを比較したある研究では、熱塩循環の強度は21世紀末でも現在の半分程度くらいまでしか弱くなりません。論文ではBakker他2016 Fate of the Atlantic Meridional Overturning Circulation: Strong decline under continued warming and Greenland melting)。このため、温室効果ガスによる温暖化の方が強く出ることになり、北大西洋でも温暖化の効果が熱塩循環のシグナルより強く出る傾向にあります。ただし、気候モデルが現実よりも熱塩循環を安定にシミュレートする傾向があるのではないかという批判点は昔からかつ現在もあり、最新の観測データを用いたモデルの検討は今でも続いている課題であります。
小長谷:CO2以外の温室効果ガスとしてメタンCH4が挙げられますが、メタンは永久凍土融解による放出が将来の重要な変化要因です。永久凍土融解によるメタン放出自体は現在の地球システムモデルで考慮されている過程とはいえますが、モデルでの表現はまだ途上な面があり、改良が進められています(参考資料、https://www.jamstec.go.jp/rigc/j/reports/ipcc6/06.html)。
また古気候でも、CO2以外の温室効果ガス(主にはCH4, N2O)はアイスコアから値がわかっていますので、過去の気候変動のシミュレーションでもこれらの効果を考慮しています。たとえば、熱塩循環が強くなるとメタンCH4濃度が短い時間で200~300ppb程度増加したことがわかっています。これは熱塩循環の変化によって生じた熱帯降水帯の急激な移動が、湿地帯からのメタン排出を促進したためと考えられます。氷期では気温に換算するとCO2効果よりは小さくなりますが、短い時間で変化するため気候に小さくない影響を持ちます、そのため実験でも考慮しています。
小長谷:講演会で回答済みですが、補足です。温暖化で実際に東南極の降水量は増えています。氷床が増えているかどうかは、観測では東南極では1992-2020の間では増減は不確実性の範囲内のようです(論文ではOtosaka他2022, “Mass balance of the Greenland and Antarctic ice sheets from 1992 to 2020”)。このため将来予測のモデルをよくすることは必要な課題といえます。多くのモデルでは東南極は将来の温暖化で降水量が増加する結果になっていて、これは氷床の将来予測でもすでに考慮されています。しかし、氷床の変化は降水量だけでなく、海水温が上がって氷が融解することにも影響されるので、氷床体積の変化の将来予測にはばらつきがあり、西暦2100年時点では氷床体積が増えるシミュレーションと減るシミュレーションの両方が混在しています。ただし、現在の観測では西南極の氷床減少量が東南極より大きくなっており、この傾向は年々拡大する傾向にあります(Otosaka他2022)。
吉川:1-1.アデリー湾では、温暖な時期には一次生産量が上昇し、表層水中の硝酸濃度は低くなっていました。水温上昇に伴う表層の成層化が、植物プランクトンの光環境を改善し、一次生産量の上昇につながったと考えています。この海域の植物プランクトンの最適水温はかなり低いため、水温上昇による直接的な効果よりも光環境改善による間接的な効果の方が大きいと考えています。1-2.ご指摘通り、北部北太平洋や南大洋、赤道海域では鉄が、西部亜熱帯北太平洋やサルガッソ海ではリンが一次生産量を律速しています。
2.海では1年間に、生物ポンプで20億トン炭素が固定され、2億トン炭素が堆積物になっています(IPCC, 2021)。
尾崎:その通りです。一次生産による有機物の固定や生物ポンプは短い時間スケール(数十年から数百年)で重要なCO2除去過程になっています。地球温暖化による温度上昇や人為的な富栄養化によって一次生産者の炭素固定が促進されれば,大気中のCO2除去に寄与すると考えられます。ただし、生産された有機物のほとんど(99.9%)はその後分解し無機炭素として戻ってきます。人為活動によって排出されたCO2を最終的に岩石圏へと固定する際にはWalkerフィードバックの役割が重要になってきます。
小長谷:「やがて」の時間を明確にすることが重要です。温暖化は地球で平均した気温が数十年で1℃上がりますが、氷期サイクルだと同じ気温変化をするのにずっと長い時間、数千年以上かかるようなゆっくりした変動だからです。氷期サイクルを形成しているのは北半球の大陸の氷床ですが、現在は北極の永久凍土が融解していますし、グリーンランドの氷床も融解し続けていますから、氷期に向かっている状況とは考えられません。そのうえ、現在地球で平均して気温が1℃変わるほど温暖化が進行してしまっているため、氷期に入るのがとても難しくなっています。氷床ができるには冬に降った雪が夏に解け残る必要があるからで、現在はそれとは逆の変化が大きく進行している状況にあります。なお、次の氷期は3万年以上来ないと考えられています。現在の近日点は1月3日で冬至の12月に近い時期にあるため、現在の季節性からするとすでに氷期のような状態といえます。鎌倉時代は近日点と冬至がおおむね一致していて、近日点は日付が進む方にずれますから、今後はむしろ氷期から遠ざかるような時代です。そう考えると現在が氷期になりそうにも思えますが、そうならなかったのは、軌道の扁平率が2%程度と比較的小さいために夏があまり涼しくないからと考えられています。それに加え、人間活動によって大気中CO2が増加しすぎたため、氷床が発生するような気候ができるほどCO2が自然要因で除去されるのにも数万年程度かかります。この両方の事情から、次の氷期は3万年以上来ないと考えられています。そのため、今後数年~十年~数百年などの温暖化対策の必要性は変わりません。(https://www.ipcc.ch/site/assets/uploads/2018/02/ar4-wg1-chapter6-1.pdf の3ページ目のexective summary)
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