研究×モノづくり
研究知と実践知が交わる、その瞬間

海底下の微生物を追う研究者と、酵母を知り尽くした現場の専門家。深海酒という大胆な発想が、試行錯誤を重ねながら動き出すまでをレポートします。

連載 1. 前編 2. 後編

前編:挑戦と挫折

深海へ降ろされる装置の様子
深海へ・・・

高知の小さな酒場。

日本酒を愛する人々が集うカウンターで、二つの世界が出会った。

「宇宙酒があるなら、深海酒もできるんじゃないですか」

諸野祐樹は、海底下の微生物を追う研究者。
上東氏は、酵母のエキスパートとして蔵元を支えてきた“現場の知”の担い手だ。

立場も、肩書きも、専門も違う。
だが、酒を面白がる視線だけは、ぴたりと重なっていた。

酵母の癖。発酵の温度。蔵ごとの味の違い。

理屈と経験が、同じテーブルの上で交わっていく。

そのとき、ふと口にした一言が、すべての始まりだった。

荒唐無稽に聞こえた。

だが、二人の間では、すでに“試す価値のある仮説”に変わっていた。

話は現実的な方向へ動き出す。

酵母を用意し、条件を詰め、上層部に相談するところまで至った。
しかし、最後の最後で計画は通らなかった。

構想と計画書だけが残った。
深海酒は、いったん引き出しの奥にしまわれた。

保存された酵母試料
挑戦の鍵を握る酵母試料。深海に送り出す前に、条件を慎重に整えていく。

再び動き出した歯車

それから五年。

研究航海の共同利用枠で、再び深海に挑める機会が訪れる。

諸野は、上東氏に一本の電話をかけた。

「……もう一度、やりませんか」

即答はなかった。
前回の徒労の記憶が、二人の間に静かに横たわっていた。

それでも、深海への思いは消えていなかった。

再び条件を洗い直し、手順を組み替え、準備を重ねる。

最初の挑戦は、水深約5,540メートル。
108株の酵母を海底に約一年間設置した。

引き上げられた容器の中に、生き残りはなかった。

酵母を載せたコンテナを船上から海へ投入する様子
酵母を入れたコンテナを深海へ。最初の実海域挑戦では、水深約5,540メートルに約1年間設置した。

全2回のうち第1回