JAMSTEC KOCHI / DIGITAL ARCHIVE 自然災害伝承碑デジタルアーカイブ
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里改田琴平神社玉垣碑

琴平神社社殿入り口の玉垣に彫られた碑
9本の玉垣に安政南海地震の被害が記録される

高知県 南国市 安政地震

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概要

琴平神社を囲う玉垣碑の表面に安政地震の被害が刻まれる。地震発生当時「天晴雲なき」と天候の情報が記述されている。

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基本情報

名称里改田琴平神社玉垣碑
よみさとかいだことひらじんじゃたまがきひ
所在地高知県南国市里改田2607 琴平神社境内
緯度・経度33.53602, 133.637449
関連災害1854年安政南海地震
建立年代安政五年(1858年)3月
材質
備考

碑文

「安政五戊午歳 三月吉辰」 「嘉永の初風雨序を失ふ事打續たりしか 同七甲寅年十一月四日巳刻地震せしか共 させる大震にもあらさるに潮狂ひて漁の妨と成 ぬるを海人等何のこゝろなく翌五日に至る」 「天晴雲なきに申の上刻大震して地裂山崩 内にしては棟にしかれ外にしてハ石にうたれ所に 頼てハ回祿起りて人家寳藏まて烏有となる をしむへし寳財名器一時に灰となりしことを」 「親を尋ね子を求る聲山野にミち〱て三峡 の悲猿を聞よりも猶はらわたをたてり酉の下 刻に至り坤の方より海潚うつまき来り其勢に 当れる所いかなる柱礎と云共たまりえす忽」 「平砂となり田園は沈没して黿鼉の栖と なる嗚呼恐へし天地も数ありてや此歳 寳永の変より一百四十八年に當れり 諸國にもかゝる震災ありとて十二月に」 「安政と目出度改元あらせらる 其後三四年の間日夜の震数を」 「しらされとも海潮の氾濫はふたゝひ なかりき此変に當て甲は燼と」 「成り乙は魚と成へきを此御神の 恩頼を得て免るゝ事を報し」 「奉らむと此玉垣をものし 且此よしを鏤て後世覚悟の」 「一助共なさはやとの人々の志願を需に 應して七十五老漁橘重得謹記」

解説

この玉垣碑は、嘉永7年(1854)の地震と津波の被害を記録し、後世への戒めを伝えるものである。碑文によれば、11月4日には大きくはない地震があったものの潮の異変が生じていたが、人々はそれを深く警戒しなかった。翌5日、晴天のもとで大地震が発生し、地割れや山崩れ、家屋の倒壊、火災が起こり、さらに夜には南西方から津波が渦巻くように襲来して、家々や田畑を押し流した。碑は、この年が宝永4年(1707)の災害から148年目に当たることにも触れつつ、神の加護によって命を得たことに感謝して玉垣を奉納し、その出来事を刻んで後世の覚悟の助けとしようとしたものである。

ギャラリー

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