JAMSTEC KOCHI / DIGITAL ARCHIVE 自然災害伝承碑デジタルアーカイブ
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岸本飛鳥神社懲毖

高さ2mを超す巨石に縦横無尽に文字が刻みつけられている宝永地震の碑
飛鳥神社境内の裏側に建立する

高知県 香南市 安政地震

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概要

高さ2m超の巨石に縦横無尽に文字が刻みつけられている宝永地震の碑。お題として「懲毖(ちょうひ)」と書かれており、地震発生時の対応を省みて、いっそうの用心をするという戒めの意味が含まれる。

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基本情報

名称岸本飛鳥神社懲毖
よみきしもとあすかじんじゃちょうひ
所在地高知県香南市香我美町岸本282 飛鳥神社境内
緯度・経度33.541584, 133.731133
関連災害1854年安政南海地震
建立年代安政五年(1858年)9月
材質
備考

碑文

諺に由断大敵とハ深意あることにて仮初ニ おもふへからす安政元寅年十一月の事なりき朝五(時) 頃常に覚へぬ程の地震して岸本の浦塩のさし引十 間余の違あり又手結の(湊)内も干揚りて鰻をうることなと (夥)し同日両度小震すしかハあれとさはかり驚く人もあらさり しを翌五日八(時)過大に震動すること三度七(時)過 大雷鳴の如きどろ〱と 響くとひとしく大地  震すこハ いかにと(衆)人驚く程こそあれ家藏高塀器   物の(崩)れ破るヽ 音さらニいふ斗なし迯んとすれとも目くるめ  きて自由ならすほう〱 家を出けるに津波打来りて當地は徳善   甼より北の田中赤岡ハ 西濱並松の本吉原ハ庄屋の門まてに及ひ又川尻の波ハ赤岡 神輿休のほとりまてにいたり古 川提夜須堤も押切られて夜須の 町家なと過半流失すかくて人〱ハ老を扶け幼を携へ泣叫ひつヽ 王子須留田又ハ平井大龍  寺の山へと逃登りて命助かりぬ此時國 中の官舎民屋夛く轉倒し  就中髙智下町幡夛中村ともに 失火ありて一(円)焼亡し凢て怪我   横死何百人といふ事なし幸甚な るかな此地ハ  神祗の加護によりて一人の怪我もなく彼山〱ニ 己家をかまへ日を(経)るに随ひて震もいさゝか穏に成しかハ惠あまねき大御代 の忝を悦つヽ皆己か家に帰りきぬ抑宝永四年の大變ハ今をさること 百四十八 年になりぬれハ又かゝる年敉にハ必變事の出こん なといふ人も  ありなめと世變は いつあらん事 豫めしりかたし されと常ニ 菟あらん(時)は角と用心せハ 今其の變にあひても 狼狽せさるへし ・の人・   寶永の變を昔はなしの如く おもひて既に  油断の大敵にあひぬさるによりて     後世の人・今の變事を又昔咄の如くおも ひて油断の患なからしめんためことのよしを石ニゑりて此 御社と共に動きなく萬歳の後に傳へんとふるひおこ したるハ里人か誠心のめてたき限りにそありける 千規 たま〱高見の官舎に袛役して 倶に彼の變 事に逢たれハ其よし書て よと人々の乞ふニまか せてかくハ記し待りぬ穴賢 安政五年戊午季秋穀旦

解説

この碑は、安政元年(1854)の南海地震と津波の被害を記録し、後世への戒めを伝えるものである。11月4日には地震と潮の異変がみられたが、人々は十分に警戒しなかった。翌5日、大地震とともに津波が襲来し、岸本・赤岡・夜須の各地で堤が切れ、家屋の多くが流失した。人々は老幼を助け合いながら山へ逃れて難を逃れたが、過去の宝永地震を昔話のように受け止め、油断していたことが被害を大きくしたと碑は説く。そのため、将来また同様の災害に遭っても狼狽しないよう、平時から用心を怠らぬことの大切さをこの石に刻み、末永く伝えようとしたものである。

ギャラリー

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