JAMSTEC KOCHI / DIGITAL ARCHIVE 自然災害伝承碑デジタルアーカイブ
3D digital model

三崎浦震災供養石仏

三崎浦を襲った津波の記録が刻まれる
到達地点の記録と供養・安全祈願が結びついているのが特徴

高知県 土佐清水市 安政地震

3Dデジタルモデル

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概要

三崎を襲った安政津波の記録が刻まれる。隣に地蔵が並んでいるが、制作日が大きく異なるため、地震碑との関係性は薄いとされる。

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基本情報

名称三崎浦震災供養石仏
よみみさきうらしんさいくようせきぶつ
所在地高知県土佐清水市三崎浦1丁目7-2 国道321号線付近
緯度・経度32.790958, 132.876546
関連災害1854年安政南海地震
建立年代慶應元年(1865年)7月
材質
備考

碑文

慶應元丑七月立之 為安全 地蔵立像 施主泉屋 儀助 嘉永七甲寅 十一月五日七ツ時大地しん 直に大汐入川東路田中 のよこ道西路たか佛道限 阿弥陀坐像 南無阿彌陀佛 為後人建之 三崎村中 せ話人 寅平

解説

この二基の石仏は、嘉永7年(1854)11月5日の大地震と津波の記憶を伝え、地域の安全と供養のために建てられたものである。津波は地震の直後に襲来し、三崎浦では川東路や田中の横道、西路の高仏道付近まで達したという。地蔵立像は慶應元年(1865)7月に泉屋儀助が安全を願って建立し、阿弥陀坐像には後人のために建てたことが記されている。

ギャラリー

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