3Dデジタルモデル
操作案内
石碑の形状、表面の凹凸、文字の残り方などを確認できます。クリックして3Dモデルを読み込み、回転・拡大縮小を行いながら任意の角度から観察してください。
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青龍寺の加護により地震から助かったことが書かれている
災害の記録に加え、不動尊の加護と地域の復興・結束が主題になっているのが特徴
石碑の形状、表面の凹凸、文字の残り方などを確認できます。クリックして3Dモデルを読み込み、回転・拡大縮小を行いながら任意の角度から観察してください。
地震ありて城下を初め (嘉)永七寅十一月五日申の时古𫝆稀る 郷村浦〃焼亡流損多し 龍浦津浪池にたゝへ長衣(衆)の家一の汐になかれ二の汐に元の 礎にかへる皆家に不動尊の 御軆をあつかりけるゆえに 加護のなす處と𫝆ミな不思議思を成す 國家繁栄衆力一躰 爰に前の院主仰海法印(雁)木の破壊を修せんと 公に達せしか許したまふといへともならすして世を去り たりとて志をつきて長男少女二至まて進めて石を運 功なり願なりぬ 文久三癸亥 正月日 某
この碑は、嘉永7年(1854)11月5日の地震と津波による被害を記録するとともに、人々の信仰と協力のありようを伝えるものである。城下をはじめ郷村や浦々では焼失・流失の被害が相次ぎ、龍浦にも津波が襲来したが、家々は一度潮に流されながらも再び元の礎へ戻ったと記され、その不思議は各家で不動尊を祀っていた加護によるものと受け止められた。さらに碑は、前院主が志しながら果たせなかった雁木修復の願いを、人々が力を合わせて石を運ぶことで成就したことを刻み、信仰と結束によって困難を乗り越えた姿を伝えている。