JAMSTEC KOCHI / DIGITAL ARCHIVE 自然災害伝承碑デジタルアーカイブ
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為松公園震災碑

四万十市中村町の為松公園内にある震災碑
中村は昭和南海地震により甚大な被害を受けた

高知県 四万十市 昭和南海地震

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概要

昭和南海地震により甚大な被害を受けた四万十市中村町の為松公園内にある震災碑。内陸であるにもかかわらず被害が大きくなったのは地盤が軟弱であったからだと記述される。

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基本情報

名称為松公園震災碑
よみためまつこうえんしんさいひ
所在地高知県四万十市中村2356 為松公園内
緯度・経度32.9959, 132.931577
関連災害1946年昭和南海地震
建立年代昭和二十五年(1950年)12月21日
材質
備考

碑文

南海大地震記念碑 昭和二十一年十二月二十一日午前四時十五分突然起っ た南海大地震は史上稀なものでわが中村町は一瞬にし て全壊一千百余半壊六百余全焼六十六戸実に全町の八 割を失い加うるに二百七十八人の生命を奪い千数百の重 軽傷者を出してさながらこの世の地獄を現出した 震源地は潮の岬西南五十粁の海底であるにもかゝわらず 中村町の被害が特に大きかったのは、地盤が軟弱である 事が重大な原因であると學者は指摘している 太平洋戦禍に次ぐ震禍で中村町の復興は至難であると 思われたが不屈の町民性と燃ゆるが如き郷土愛はその 後四ケ年にしてほとんど復興を完成したその間各方面 から寄せられた特別の同情援助に對しては永遠に感謝 を忘れてはならない 安政大地震すぎて九十二年今又この震災に遭うて後人 に残す言葉は 「災害は忘れかけた頃にやってくる」ということである 一九五○年一二月二一日  中村町

解説

この碑は、昭和21年(1946)の南海地震によって中村町が甚大な被害を受けたことを記録し、後世に教訓を伝えるために建てられたものである。地震により町の家屋の大半が倒壊・焼失し、278人の命が失われ、多くの負傷者が出た。中村町で被害が特に大きかった背景には、地盤の弱さがあったとされる。一方で、町は住民の強い結束と郷土愛、そして各方面からの支援によって復興を遂げた。碑はその経験をふまえ、「災害は忘れかけた頃にやってくる」という教訓を後世に伝えている。

ギャラリー

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