3Dデジタルモデル
操作案内
石碑の形状、表面の凹凸、文字の残り方などを確認できます。クリックして3Dモデルを読み込み、回転・拡大縮小を行いながら任意の角度から観察してください。
- ドラッグで回転
- ホイール操作で拡大・縮小
- 全画面表示で細部を確認
- Model Inspector で表示モードを変更
大正14年(1925年)9月の国分川大洪水による被害と、その復旧を記念
管理者であった山崎太郎氏と関係者の努力を称える
石碑の形状、表面の凹凸、文字の残り方などを確認できます。クリックして3Dモデルを読み込み、回転・拡大縮小を行いながら任意の角度から観察してください。
この碑は、大正14年(1925年)9月17日から18日にかけて発生した国分川の大洪水による被害と、その後の復旧事業を記念して建てられたものです。 碑文には、水張堤防や出分堤防が大きな被害を受け、堤防の欠壊、家屋の倒壊・半壊、財産被害、さらに2名の犠牲者が出たことが記されています。また、復旧には国や県の補助に加えて起債も必要であり、堤防・水門・道路・橋梁・用悪水路の復旧に多額の費用と約1年の歳月を要したことが具体的に示されています。 この碑は、洪水の被害を伝えるだけでなく、管理者や工事関係者、地域住民の尽力によって復旧が進められたことを記録し、地域の治水の歴史と防災の教訓を後世に伝えるものです。
| 名称 | 山崎太郎顕彰碑 |
|---|---|
| よみ | やまざきたろうけんしょうひ |
| 所在地 | 〒781-5103 高知県高知市大津乙 |
| 緯度・経度 | 33.5714275988045, 133.586698528561 |
| 関連災害 | 大正14年水害 |
| 建立年代 | 昭和五年(1930)3月18日 |
| 材質 | |
| 備考 |
大正十四年九月十七八日ノ國分川大洪水ニ依リ未曽有ノ 大災害ヲ被リ水張堤防上浸水二尺二達シ人家ノ倒壊、半壊 其他財賓ヲ失フ事莫大ニシテ人命ヲ損スル者二人、堤防決 潰水張一四五間出分九四間欠所四一間ニ及ビ工費水張堤 防二万円出分堤防九千円ヲ要シ國庫縣費ノ補助ヲ受ケ尚 一萬一千二百円ノ起債ヲナシ歳月約一ヶ年ヲ要ス其ノ他 補助外復旧費堤防三千七百円水間費二千三百円道路橋梁 用悪水路復旧費一千五百円総工費三萬六千五百有余円ヲ 消シ漸ク完成ス是實二當時ノ管理者山崎太郎並ニ工事監 督者其ノ他一般部落民ノ努力ノ賜ニシテ當時ノ惨状ヲ回 顧スレバj實ニ感慨無量ナリ慈ニ碑ヲ建テ記念トス 昭和五年三月十八日 田辺島丸水害豫防組合建之
大正14年(1925年)9月17日・18日の国分川の大洪水により、これまでにない大災害を受けた。 水張堤防では堤防の上まで水があふれ、浸水は2尺2寸に達し、家屋の全壊・半壊のほか、そのほかの財産の損失もきわめて大きかった。さらに、命を落とした者が2人いた。 堤防の被害は、水張堤防で145間、出分堤防で94間、欠壊した箇所が41間に及んだ。復旧工事には、水張堤防で2万円、出分堤防で9千円を要し、国庫および県費の補助を受けたが、なお1万1,200円を借り入れ、完成までにおよそ1年を要した。 そのほか、補助の対象外であった復旧費として、堤防に3,700円、水門に2,300円、道路・橋梁・用悪水路の復旧に1,500円を要し、総工費は3万6,500円余りにのぼった。こうして、ようやく工事は完成した。 これはまさに、当時の管理者であった山崎太郎氏、工事監督者、そのほか地域住民一同の努力のたまものである。当時の惨状を振り返ると、まことに感慨は尽きない。ここに碑を建て、記念とする。