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  2. 退役記念 海洋地球研究船「みらい」1997-2025
Oceanographic Research Vessel MIRAI

海洋地球研究船
「みらい」

1997-2025

海洋地球研究船「みらい」。
2025年12月、28年間の任務を終える。

主要目
全長×幅×深さ 128.5×19.0×10.5m
喫水 6.9m
国際総トン数 8,706トン
巡航速力 11.5ノット
航続距離 約12,000マイル
定員 80名(乗組員34名/研究者46名
主推進機関 ディーゼル機関 1,838kW×4基
推進電動機 700kW ×2基
主推進方式 可変ピッチプロペラ×2軸

「みらい」は、世界最大級の海洋観測船である。優れた耐氷性能を備え、それまでのJAMSTECの研究船では不可能だった北極航海を実現した。また減揺装置の搭載によって横揺れが低減され、観測データが不足していた荒天の多い海域でも高精度なデータを取得できるようになった。航続距離は約12,000マイル(約22,000km)、無寄港で最大60日間の観測航海が可能である。

観測対象は海洋、大気、生物、海底と、多岐にわたる。Aフレームクレーンをはじめ多種類のクレーンやウインチが備えられており、トライトンブイ、20mピストンコアラー、大型CTD採水システムなどさまざまな観測機器の搭載・設置・回収が可能である。採取した試料やデータを洋上で速やかに処理・分析・保管できる最新の研究設備も整っている。

「みらい」はこうした特長を活かし、1997年10月の就航以来、極域から赤道域、北太平洋亜寒帯域、さらには南半球一周など、250回以上の航海を行ってきた。総航走距離は約230万km(地球約58周分、地球と月を約3往復分に相当)、乗船者数は延べ8,100名を超える。

海洋地球の観測研究に大きく貢献してきた「みらい」は、2025年12月に28年間の任務を終える。

「みらい」の軌跡

1996年

進水式(1996年8月)

1997年

竣工(9月)

就航(10月)

慣熟訓練航海開始(11月)

西部北太平洋定点KNOTにおける時系列観測開始

1998年

トライトンブイ1号機設置

初の北極海研究航海を実施

1999年

国際集中観測「Nauru99」に参加

WOCE-WHP(世界海洋循環実験-測線観測計画)基準線P1の観測実施

2000年

高緯度海域における物質循環研究のための航海を実施

アルゴフロート投入開始

2001年

WOCE‑WHP基準線P17Nの観測実施

西部北太平洋K2ほかで定点観測を開始

2002年

西部北極海国際共同観測「JWACS」を実施

トライトンブイ18基展開完成(西部太平洋赤道海域16基、東インド洋赤道海域2基)

2003年

南半球周航観測航海「BEAGLE2003」実施(2003年8月〜2004年2月)

2005年

WOCE-WHP基準線P10およびP3の再観測実施

2006年

インド洋観測航海「MISMO」プロジェクト実施

2008年

「国際極年 北極観測」として北極海研究航海を実施

2009年

太平洋を横断した観測航海「SORA2009」を実施

2010年

北極海研究航海で北緯79度11分まで観測(「みらい」による最北到達記録)

2011年

文部科学省の要請による東日本沖海域の海域モニタリング計画緊急調査航海を実施

インド洋における季節内変動に関する国際プロジェクト「CINDY2011」に参加

2012年

東北マリンサイエンス拠点形成事業「海底地形・瓦礫の精密マッピングと海洋環境・生態系の調査」を実施

GRENE北極気候変動研究事業において第一期水循環変動観測衛星「しずく」との連携協力による北極海研究航海を実施

2014年

中間検査工事で世界初の舶用二重偏波ドップラーレーダーに換装

次世代海洋資源調査技術「海洋資源の成因に関する科学的研究」による南鳥島周辺海域でのレアアース泥調査を実施。以降、継続して実施。

2016年

ArCSによる北極海研究航海を実施(2019年まで毎年)

「海洋地球大変動を探る ─南太平洋縦横断観測─」を実施(2016年12月〜2017年3月)

2017年

海大陸研究強化年(YMC)として東部熱帯インド洋で集中観測を実施(〜2021年3月)

2020年

ArCS IIによる北極海研究航海を実施(2024年まで毎年)

2025年

WOCE-WHP基準線P04W観測実施

ドップラーレーダー取り外し。「みらいII」へ移設

ArCS IIIによる北極海研究航海を実施

退役(12月)

原子力船「むつ」から海洋地球研究船「みらいへ」
「みらい」の前身は、日本初の原子力船「むつ」である。船首に書かれた「みらい MIRAI」の文字の下には、かつての船名「むつ MUTSU」がうっすらと見える。また、船体を中央で切断して原子炉を撤去し、改造を経て前部と後部が再結合されたため、結合部には溶接の跡が残っている。

「みらい」の航跡(1997年〜2025年6月)

航海数:
268回
総航走距離:
約230万km(編集委員会調べ)
寄港地:
国内20港(母港 関根浜を含む)、海外22カ国・36港
乗船者数:
延べ8,157名(女性比率:19%、外国人比率:6%)
  • 2025年6月末時点
    航海数は退役までの予定を含む航海番号の数

「みらい」の主な研究成果

西部北太平洋における生物地球化学的時系列観測研究
プランクトン、海と地球の救世主!

現在、大気中で増加する二酸化炭素による地球“沸騰”化が地球環境や生態系を破壊しつつあることが、世界的な問題となっている。海洋は、人類が毎年放出している二酸化炭素の約4分の1を吸収しているとともに、これまでに大気中に蓄積されてきた二酸化炭素の約60倍もの二酸化炭素を貯蔵してきた。よって海洋が大気中の二酸化炭素量を制御してくれていると言っても過言ではない。海洋の二酸化炭素吸収メカニズムの1つが、“生物ポンプ”と呼ばれるものである。これは、主に海洋表層の植物プランクトンの光合成活動による二酸化炭素吸収を皮切りに、吸収された炭素が直接あるいは動物プランクトンによる摂取など一連の食物連鎖を経て凝集化し、“マリンスノー”として海洋内部へ輸送される仕組みを指す。プランクトンは、海の豊かな水産資源を支えるだけでなく、地球環境を制御してくれているのである。

西部北太平洋亜寒帯域は、深層水大循環の終着点に当たり、深層水の持つ豊富な栄養塩が海洋表層に供給される。そのため生物生産力が高く、“生物ポンプ”能力が高いと考えられてきた。それを精査するため、1997年の「みらい」就航と同時に、西部北太平洋亜寒帯域に観測定点KNOT、2001年からはK2を設けて、「みらい」による繰り返し観測や係留系観測を行ってきた。2010年からは亜寒帯域と比較するために亜熱帯域に観測定点S1、2015年からはKEOを設けて同時比較観測研究も実施してきた。これらの研究航海は、採水、採泥、プランクトン採取、係留系観測、漂流ブイ観測、大気観測など多種多様な観測、そして国内外の多くの研究者・学生の参加が特徴的でもあった。KNOTやK2では寒波や時化(しけ)や海霧に、S1やKEOでは台風に悩まされたが、減揺装置が搭載され荒天時でも室内作業ができて、かつ大量の観測資機材搭載が可能な広い格納庫がある「みらい」のおかげで、30年近くにわたって貴重な生物地球化学的時系列データを取得することができた。その結果、西部北太平洋亜寒帯域は世界的にも“生物ポンプ”効率が高いことが検証された。一方では西部北太平洋の酸性化の進行も検出されており、この海域の“生物ポンプ”や二酸化炭素吸収能力の変化が懸念され始めている。

北極海域観測研究
28年間で23回北極へ。温暖化の進行と影響を観測し続けた

耐氷性能を持つ「みらい」は、1998年から2025年までの28年間で23回、2012年からは毎年夏季から秋季に北極航海を実施した。この時期は、北極海の海氷が急速に減少し、地球温暖化の影響が最も顕著に現れるとして北極が注目を集め始めた時期に重なる。私たちは、「みらい」北極航海を実施することで、海氷がある海域には入れなくとも、海氷がなくなっていく太平洋側北極海で貴重な観測を実施することができ、温暖化が進行する現状とその影響を明らかにするための長期観測データを取得・公開できた。そしてこれらのデータから、北極海の海の温暖化と海氷減少に対する海洋・海氷の役割や、淡水化や酸性化の進行、海洋循環や物質循環の変化、気象・気候や生態系への影響、さらには北極とその周りの海域・陸域との相互作用などを示す研究成果を発表していった。

このような北極海での観測を実施するには国際連携は不可欠であった。2000年代ではアメリカやカナダなどとの二国間・三カ国間連携による共同観測を実施。2010年以降は日本・カナダ・中国・韓国・ロシア・アメリカによる研究グループ(Pacific Arctic Group:PAG) のもとでの連携プロジェクトDistributed Biological Observatory:DBOなど)や、北極海全体を把握するための国際プロジェクト(Synoptic Arctic Survey:SASなど)の推進において、「みらい」は中心的役割を担ってきた。「みらい」北極航海には多くの学生、大学院生、ポスドクなどの若手研究者も乗船した。彼ら/彼女らの中からは“「みらい」第3世代”として最近の航海や研究プロジェクトを主導する研究者も生まれている。近年では海外の若手研究者の乗船機会をつくることもできた。日本の北極研究の国際的なプレゼンスの向上に大きく貢献している。

すごく控えめに表現しても、「みらい」なくして現在の日本の北極研究の発展はなかったと言える。「みらい」による北極航海を実施し、北極研究を推進してきたことを、私たちは心から誇りに思う。

リピートハイドログラフィー航海
“陸から陸まで”と“海面から海底直上まで”が合言葉

大陸間を陸から陸まで結ぶ観測ライン上に高密度の観測点を設け、海面から海底直上までを高精度で観測し、これを5年から10年間隔で繰り返す。これがリピートハイドログラフィー航海だ。1つの観測点で海面から海底直上まで観測するには3~4時間が必要で、その作業が1日に4つほどの観測点で繰り返される。乗船者の作業量や機器類の使用状況の点においても、海洋観測の中で最も過酷な観測の1つである。

「みらい」は海洋を観測する船としては最大級で、多数の乗組員や研究者、観測技術員が乗船できることを活かし、このハードな観測を非常に効率良く行うことができた。水温、塩分、流向・流速といった物理項目をセンサーで測定するほか、海面から海底直上まで最大36層で海水をサンプリングし、酸素、栄養塩、二酸化炭素といった化学成分の分析も船上で行える。1日に多数の分析をこなさないといけないため、航海中は24時間体制が常であった。

リピートハイドログラフィー航海の起源は、1990年代に行われたWorld Ocean Circulation Experiment(WOCE)という国際プログラムで実施された各層観測プログラム(WOCE Hydrographic Programme:WHP)のワンタイム観測(WOCE期間中に高密度で高精度な観測を1回実施する)にさかのぼることができる。地球温暖化をはじめとする気候変動の実態を正確に評価するためには高品質なデータが必要なことから、このWOCEワンタイム観測に起源をもつ航海は、プログラムの名前を変えながら現在も続けられている(現在はGlobal Ocean Ship-based Hydrographic Investigations Program:GO-SHIP)。リピートハイドログラフィー航海で得られた高品質なデータは国際的な枠組みで共有が図られており、「みらい」で得られたデータは気候変動研究の基盤となるデータとして使用されている。

熱帯亜熱帯観測研究
気候システムを駆動する“ヒートエンジン”を監視する

 「みらい」建造時に掲げられた4つの科学的重点課題の1つに「熱循環の解明」がある。海面水温が高いため熱循環の出発点となっている熱帯域は、大気と海洋の循環の熱源と言える。また熱帯域は、エルニーニョ現象やインド洋ダイポールモード現象のような短期気候変動現象が発生する海域でもあり、気候システムや熱循環を理解する上で非常に重要である。

私たちは熱帯域における気候変動研究として、国際的な海洋観測コミュニティーや沿岸国と連携してトライトンブイを用いた熱帯観測ブイ網を構築し、長期にわたり維持することで熱帯域での海洋と大気の変動を監視してきた。得られたデータは気候変動研究での使用とともに、世界の気象現業機関の気象予報あるいは気候予測にも使用されている。さらに、気候に関わるさまざまな要素の相互作用やその過程を明らかにするプロセス研究を実施することで、短期気候変動現象のメカニズムの検出と理解に努めてきた。

それらの観測活動の中心を担ったのが、「みらい」による研究航海であった。大型ブイの展開を効率的に実施することを可能とするさまざまな設備、乗組員や観測技術員の持つプロフェッショナリズムと積み上げてきた経験が、「みらい」の持つ優位性である。その結果として、延べ200基を超える係留系の設置や、多項目の効率的な観測による短期気候変動現象に関する新知見の獲得をもたらした。一方、「みらい」の当初の目的の1つに「国際的な研究への貢献」がうたわれていた。世界各国の気象予報および気候予測や、それらに関わる社会活動への貢献も踏まえると、その目的を超える功績を残したと考えられる。

大気海洋相互作用研究
海と大気はつながっている

昨今関心が高まっている線状降水帯に伴う集中豪雨や台風による大雨など、雨をもたらす雲をつくり出す水蒸気のほとんどは海から供給されている。海面水温の上昇に伴い海から大気中へ水蒸気の供給が増え、その影響の悪化が懸念されるが、それは日本近海だけの話ではない。はるか遠いインド洋や太平洋の赤道付近で発達する雲もまた、国境のない大気の気圧場を変化させ、その影響が日本を含む中高緯度へと伝搬している。海と大気は水蒸気や二酸化炭素などの物質や日射や風などを介してエネルギーをやりとりしており、海の変化が大気の様子を変え、またその逆も同様に起きている。そこで、地球上で最も海面水温が高いインド洋から西部太平洋にかけて広がる暖水プール域を中心に、ドップラーレーダーやラジオゾンデなどによる大気観測と、水温や塩分、海流などを計測する海洋観測を組み合わせて、海と大気のつながりを調べ、雨をもたらす雲とその集合体である雲群の発生メカニズム解明を行っている。

一般に大気の現象は海洋に比べて変化のスピードが速く、変動を捉えるためには複数の観測プラットフォームを現象に応じた規模で同時展開することが有効だ。そして、大気と海洋を同時にかつ高精度に計測できる機器を多数搭載した「みらい」は、それを実現する国際集中観測プロジェクトの中心にいた。「みらい」が国をまたいで研究者と研究者をつなぐ役割を担っていた。2006年には、30~60日かけて赤道に沿って巨大な雲群が地球を周回するマッデン・ジュリアン振動(MJO)と呼ばれる現象が発生する瞬間を、世界で初めてインド洋の現場にて観測することに成功した。そして同じくインド洋で行われた2011年の集中観測で得られたデータは、その後、数値モデルによるMJOの再現実験の比較基準となった。2015年と2017年のインドネシア・スマトラ島沖での観測でも、通常は入域すら難しく観測困難な沿岸降水のデータを取得することに成功した。「みらい」により取得されたデータは、「みらい」を知らない人へとつながり、今も新しい成果を生み出し、自然科学の未来につながっている。

固体地球研究
海底から地球の活動の歴史を読み解く

「みらい」による研究航海では、船底に装備されているマルチナロービーム音響測深装置やサブボトムプロファイラーによる海底調査を実施し、20mの長尺ピストンコアラーによる堆積物採取、海山や断層におけるドレッジャーによる岩石採取を行ってきた。さらに、エアガンとストリーマーケーブルを用いた地下構造探査や、磁力・重力などの地球物理学的データの取得、海底電磁気調査を実施し、海洋底のダイナミクス研究を進めてきた。減揺装置を備える「みらい」ではノイズの少ない高品質な海底地形データが得られ、また広域で調査を行っているため、その観測データは世界中の研究者に活用されている。2009年の太平洋横断航海では、南緯40度近くの荒天海域で観測を成功させ、「みらい」の優れた航走性能と柔軟な対応力が実証された。

資源調査研究
海底鉱物資源の調査でも「みらい」の特長が光る

日本の周辺海域には、さまざまな資源がたくさん賦存している。中でも海底鉱物資源には、日本の産業に不可欠な金属が含まれている。「みらい」は、南鳥島沖のレアアース泥の分布を調べるため、水深5,500mからピストンコアラーにより海底堆積物のコア試料26本を採取した。この航海で採取したコアの全長は304mに到達し、1航海における最大長を記録した。また「みらい」は、海洋資源開発に不可欠な環境影響評価技術の開発と基礎データの収集にも使われた。南西諸島から南鳥島沖まで広い海域を航行し、海底から表層まで多くの環境データと、多くの観測ノウハウを収集してきた。

大気物質循環研究
「みらい」で飛躍、大気物質循環研究

陸上の大気化学研究が中心だった私たちが、「みらい」などの船上観測に参入したのは2010年ごろ。技術開発推進のためのJAMSTECの観測システム・技術開発アウォードに「船上MAXDOAS※」課題が採択されたことや、当時は海・陸・大気の寄り合い所帯だった物質循環研究プログラムでの横断的議論が後押しとなった。私たちが目指したのは、新しい切り口の大気海洋物質循環研究。観測技術員さんにも支えられ観測開始から15年、MAXDOASの連続観測や、オゾンやブラックカーボンの全球海上・北極大気マッピングが実現。世界データ統合の旗振り役にもなった。分野間連携も成熟し、窒素や鉄の海洋沈着・基礎生産影響の評価、海洋から巻き上がる波飛沫の雲影響などの大気海洋物質循環研究も花開いた。この先、「みらいII」へと続く道が見えている。

  • MAX-DOAS:空のさまざまな高度から届く日中の光スペクトルを詳しく分析し、大気中の微量成分を観測する手法

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