地球発見 まだまだ知らない「ちきゅう」がある。

CDEX

黒潮潮流という難関を克服

 最初に取り掛かったC0010 地点の掘削孔での観測機器の回収および再設置を11 月中旬に完了させた「ちきゅう」は、一旦清水港に寄港した。そして11 月27 日、「ちきゅう」は掘削サイトC0002 海域に向けて出港。いよいよ長期孔内観測装置の設置に向けた作業が開始された。「観測装置類は、海底下約1,000m の掘削孔の最深部、およそ800m から下に設置されます。そのため、装置類はチュービングと呼ばれる長い鋼管の先端部分に搭載されています。つまり、装置類は海底からさらに孔内を約1,000m 降ろされるわけです。孔内のケーシングの内径は約21cm、そこに直径約9cm のチュービングが通されます。その周りには、ケーブルや細いパイプなどが添わされています。もし降ろす途中に孔壁にこすれてケーブルなどを傷つけてしまったら、それでおしまいです。付加体の地層は不安定なため掘った孔を安定に保って、そこに観測システムを安全に入れていくのは、それだけでもたいへんな作業です」と今回の研究航海の共同首席研究者・荒木英一郎博士は話す。しかし、荒木博士をはじめとする研究者たちを、さらに苦しめたものがあった。それは現場海域を流れる黒潮の潮流だった。
 黒潮の恐ろしさを実感したのは、研究航海のおよそ1年半前。IODP 第319 次研究航海の際に実施された、長期孔内観測装置の予備設置試験だった。観測装置を搭載したチュービングをドリルパイプの先に設置し、海底へと降ろすためのオペレーションを練習するのがねらいだった。ところが、このとき予想外のトラブルが発生した。黒潮の時速7 キロを超える強潮流にさらされたドリルパイプは、身をくねらせるように激しく振動し始めたのだ。これは流れの下流側に発生する渦に、パイプが引っ張られることによって発生する「渦励起振動」と呼ばれる現象だ。振動にさらされたパイプを回収すると、観測装置は大きなダメージを受けており、バラバラに壊れてしまったものもあった。観測装置を振動に耐えられる丈夫なものにしなければいけない、そして何よりも、振動を低減する方法を見つけなければいけない。予備試験は、研究者らに思わぬ課題を突き付けた。「それまでは、設置後、いかに高精度の優れた観測を行うかを考えてきましたが、実はそれ以前に大きな障害があることがはっきりしたのです。残された時間は1 年あまり、その間に何とかしなければなりませんでした」と荒木博士は当時を振り返る。

長期孔内観測装置の模式図

長期孔内観測装置の模式図

 荒木博士らは、地球深部探査センター(CDEX)の技術開発グループをはじめ、実際に船上で運用を行うスタッフらとともに、何度もミーティングを繰り返し、議論を重ねた。降下させるドリルパイプの先端に錘(おもり)をつけたらをつけたらどうだろうか、ドリルパイプの太さをかえたら振動の状態が変わるのではないか─さまざまなアイデアが提案された。本番まであと半年ほどとなった2010 年3 月、それらを実際に試して最良の方法を見つけようと、再び「ちきゅう」船上で試行実験が行われた。いくつかのアイデアが試されるなか、思わぬところから解決策が見つかった。それはドリルパイプにロープを添わせるという方法だった。当初、ロープは孔内観測システムのチュービングに添わせるケーブルの代用品として用意された。ところが、このロープを添わせた観測システムを海中に送り込んだところ、ほとんど振動が起きていないことが確認されたのだ。「ロープをパイプに添わせるとなぜ振動が起きないのかは詳細な解析が必要ですが、ロープが邪魔をして渦ができにくくなっているのではないかと思われます」と荒木博士は推察する。とにかく、大きな障害となっていた振動の問題は、予想外の方法で解決した。
 さらに、観測装置も多少の振動を受けても壊れないよう、さまざまな工夫が凝らされた。観測装置そのものを保護する仕組みを強化するとともに、観測装置を固定したり、まとめたりするフレームなどのツール類も見直され、より頑丈で振動が起きにくい構造に改められた。しかし、3 月の試験の後は、改良もその確認作業も陸上で行わざるを得なかった。そして半年あまりが経過し、いよいよ長期孔内観測装置の設置をめざす研究航海が本番を迎えたのだった。