地球発見 まだまだ知らない「ちきゅう」がある。

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数歩先を進む、独創的な取り組み

 これまでの彼の研究から、セイファー教授は南海掘削について次のように話す。「この『南海トラフ地震発生帯掘削計画』での成果を活かし、グローバルな視点から研究を進めることで、何らかの共通したメカニズムや活動を見つけることができるのではないかと考えています。世界各地の沈み込み帯における地震活動を比較した場合、海洋プレートの年代が進むにつれて、沈み込み帯は冷えてくる傾向があります。なぜ、これらの沈み込み帯の特定の場所で地震が発生するのか?私たちは、そこには温度による制御が関係するというモデルを考えています。例えば、西南日本のプレートの温度は他の海域よりも高いのですが、果たしてその事だけでこの海域の地震の規模が大きくなるのかと言えば、現在までに得られた知見だけで確定できる事ではありません。しかし、一つの仮説として提案する事はできると思います。」

 セイファー教授は続ける、「世界中の地震発生帯の中で、沈み込み帯の温度が高く、周囲の地層と異なる薄い地層を挟む、年代の新しい沈み込み帯といえば、米国の太平洋岸北西部カスカディア、南海トラフ、そして南米などがあげられます。私達が南海トラフの掘削研究に取り組む理由の一つは、そこが比較的若いプレート境界であるということがあげられます。また、南海トラフでの地震のプロセスは、他の海域に比べて浅い場所にあると考えられています。南海トラフでは海底下5,000mの深度まで掘り進むことで、我々が地震発生帯と名付けている場所に実際に到達する事ができます。南海掘削では、地震発生帯と言われる部分の最も浅い地層に到達する事ができるのではないかと思っています。この点は、世界の地震発生帯における、南海トラフだけに見られる特別な点です。私としては、南海掘削を今後の世界中の地震発生帯研究のお手本とすることを望んでいます。」  セイファー教授はこのようにも話している。「南海掘削が未来のために残せる、『レガシー』と言われる財産は、掘削時のデータや岩石試料だけではありません。
 長期孔内観測を可能にした事も、南海掘削が生み出した素晴らしい成果の1つです。南海掘削では掘削孔の深部と数ヵ所の浅い部分での観測装置の設置を進めています。これらの装置によって、主要プレート境界をリアルタイムに観測し、次の地震までの間に起こる地殻への圧力によるストレスを観測することが可能になるでしょう。さらには、地震の最中や地震後の測定も可能です。これらの情報は、将来、地震が起こる直前になしがしかの情報を伝えてくれるものになるかもしれません。掘削後に重要な事は、それで終わりにせず、長期孔内観測を行い地震発生帯の特徴を知る事です。このような地震の特徴を解明していくためには、南海トラフだけではなく、2カ所以上の沈み込み帯を比較する必要があります。

南海掘削、その先にあるもの

 セイファー教授は、南海掘削の最終章に向かっている現在の状況と今後については次のように話す。「私達は計画作成から12年間に渡り長い道のりを歩いてきました。そして今、目標としている最終地点に到達しつつあり、本当に楽しみにしています。南海掘削は、今回の掘削孔において、海底下5,000mまで掘削し、コア試料を回収し、長期孔内観測装置を設置する事で完了します。これを今後2年間で行う予定です。」
 最後に、南海掘削後の計画についてセイファー教授に質問した。すると、冗談を交えて、「その頃には多分リタイアしていると思います」と答えた。それは、「ちきゅう」による研究航海は今後も必要であり、今後も地震発生帯の研究はずっと続くであろうということを意味しているのだ。
 「私たちの研究はまだまだ始まったばかりです。この南海トラフではスロー地震という現象が発生することがわかってきました。プレートがどのように働き、どのようにスロー地震が発生し、それらが津波を引き起こす現象なのかそうでないのか、『ちきゅう』で行われた研究が何らかの手がかりになるかもしれません。私たちが取り組んでいる計画は、これまでと異なるまったく新しい挑戦であり、とてもエキサイティングな研究チャンスでもあります。そしてそれは、『ちきゅう』でしかなし得ないプロジェクトなのです。」