プレスリリース


2011年 6月 9日
独立行政法人海洋研究開発機構

新しい培養手法により効率的にメタン生成菌を培養することに成功
〜海底下における天然バイオガス発生メカニズムの解明や応用開発研究に糸口〜

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏)海洋・極限環境生物圏領域の井町寛之主任研究員は、長岡技術科学大学環境・建設系、東京大学大学院理学研究科および当機構高知コア研究所と共同で、排水処理分野で利用されているリアクターを微生物培養装置として新たに活用することで、従来の培養法では実験室内で培養が極度に困難であったメタン生成菌をはじめとする多種・多様な海底下微生物を効率的に培養および純粋分離することに世界で初めて成功しました。

培養・純粋分離に成功した海底下微生物の中にはメタン生成菌であるメタノバクテリウム属やメタノサルシナ属等に近縁なメタン生成菌の他、これまで未知のバクテリア(真正細菌)やアーキア(古細菌※1)に属する微生物も多種類確認できました。本研究成果は、海底下の炭素循環や生命活動の実態解明などの研究に糸口となるばかりでなく、海底下環境を利用して二酸化炭素を天然バイオガス(メタン)に変換するクリーンエネルギー環境技術などの応用開発研究への展開が期待されます。

この成果は、Natureグループの微生物系専門誌The ISME Journal(電子版)に6月9日付で掲載されます。

タイトル: Cultivation of methanogenic community from subseafloor sediments using a continuous-flow bioreactor

著者名 :Hiroyuki Imachi1, Ken Aoi1,2, Eiji Tasumi1, Yumi Saito1, Yuko Yamanaka1, Yayoi Saito1,2, Takashi Yamaguchi2, Hitoshi Tomaru3, Rika Takeuchi3, Yuki Morono4, Fumio Inagaki4 and Ken Takai1
(井町寛之・青井健・田角栄二・齊藤由美・山中結子・斎藤弥生・山口隆司・戸丸仁・武内里香・諸野祐樹・稲垣史生・高井研)

1.独立行政法人海洋研究開発機構・海洋・極限環境生物圏領域 2.長岡技術科学大学環境・建設系 3.東京大学大学院・理学研究科4.独立行政法人海洋研究開発機構・高知コア研究所

2.成果

本研究では、まず海底下の微生物群集を効率的に活性化させるための新しい培養手法を開発しました。そして、その培養手法を用いて2006年に地球深部探査船「ちきゅう」により青森県八戸沖の海底(水深1,180 m)から採取された掘削コア試料からメタン生成に関与する微生物の培養ならびにその純粋分離を試みました。その結果、メタン生成菌を含む難培養性とされていた多種類の海底下微生物を培養・分離を効率的に行うことに成功しました。

即ち、(1)排水処理に用いられている下降流懸垂型スポンジ (Down-flow hanging sponge: DHS) リアクター (※2)を参考にした新規な培養装置を作成しました(図1、以下、DHSリアクターと記載)。DHSリアクター内部には微生物を付着させ安定的に増殖させるための住み処となるスポンジが充填されています。メタン生成菌を含む海底下の嫌気性微生物群集を活性化させるため、DHSリアクター容器内部を窒素などで満たし、無酸素環境で培養を行いました。DHSリアクターの上部からはグルコース(ブドウ糖)、酵母抽出液、酢酸とプロピオン酸などの低濃度の栄養源を含む人工海水を連続的に供給しました。これらのことにより、海底堆積物環境を模擬した新規リアクターシステムを構築しました。

(2)採取コアをスポンジに付着させ、DHSリアクターから排出される水やガスの化学成分分析を行いました。その結果、培養開始から289日後に有意なメタン生成を初めて観察するとともにメタンに含まれる炭素同位体比の値からそれがメタン生成菌によるものであることを確認しました。

(3)DHSリアクター内部に培養されてきた微生物の種類を調べるために16S rRNA遺伝子(※3)に基づいた分子生物学的な解析を行った結果、メタン生成菌のグループとして知られているメタノバクテリウム属やメタノサルシナ属等に近縁なメタン生成菌の他、これまで培養が全くなされたことがない未知のバクテリア(真正細菌)やアーキア(古細菌)のグループに属する微生物も多種類培養されていることがわかりました。

(4)DHSリアクター内で培養に成功した微生物種の純粋分離を行ったところ、現在までに、メタン生成菌を4種と嫌気性バクテリアを6種類の合計10種の海底下微生物を純粋分離することに成功しました(図2)。これらの分離した微生物株の中には、遺伝子解析でしか存在が確認できていなかった未知の微生物や系統分類学的に新規性の高い微生物が含まれていました。

3. 今後の展望

本研究によって開発された新しい培養法は、従来までに培養が困難とされてきた新規海底下微生物を獲得することが可能であり、海底下の未知生態系の実態や生物学的な炭素循環システムなどを解明する上で極めて有効な手法ということが証明されました。

従来の手法では培養が難しく研究が進んでいない微生物を培養あるいは純粋分離し、詳細な生理学的・遺伝学的な特徴を解明することにより、環境工学や遺伝子工学などの分野で有用な微生物・遺伝子資源の獲得および地球生命工学的な応用研究に繋がる可能性があります。

特に、本研究で得られたメタン生成菌の詳細な研究は、海洋エネルギー資源として期待されているメタンハイドレート等の天然ガス資源の生産メカニズムの解明のほか、将来的には産業的二酸化炭素を海底堆積物内に封入し、メタン生成菌の力で天然バイオガスに転換する持続的炭素循環や環境保全技術への応用などが期待されます。

※1 アーキア(古細菌)
地球上のあらゆる生命体は、アーキア(古細菌)・バクテリア(真正細菌)・ユーカリア(真核生物)の三つに分類される。メタン生成菌はアーキアに属する。最近の研究により、海底下にはアーキアが大量に生息しているという指摘がなされている。

※2 下降流懸垂型スポンジ (DHS) リアクター
長岡技術科学大学の原田秀樹 (現、東北大学教授) と大橋晶良 (現、広島大学教授)が都市下水を安価で処理するために開発した排水処理技術。スポンジを微生物の固定化担体として用いており、そのスポンジが気相中にさらされていることが特徴。既存の排水技術の中で最も微生物の保持能力が高いリアクター様式である。最近では、国際的にもDHSリアクターは認知され始めており、水処理技術としては始めて海外で商業的に使用される日本発の技術となりつつある。

※3 16S rRNA遺伝子
遺伝子翻訳(遺伝子配列に基づくタンパク質の合成反応)の場であるリボソームに含まれるRNAの設計図(遺伝子)である。リボソーム、およびそこに含まれるRNAはすべての生物に存在しており、進化速度が比較的遅いため、その遺伝子配列は個々の細胞の遺伝学的な系統分類に広く用いられている。また、バクテリアやアーキアなど、特定の系統の生物量を推定する目的にも広く使われている。

図1

図1:新しく開発した下降流懸垂型スポンジ(DHS)リアクター培養法。左側が概略図、右側が実際に本研究で作成したDHSリアクターの写真。スポンジに微生物を付着させて、上からゆっくりと低濃度の栄養源を含んだ海水を垂らす。それにより、海底下微生物の生息環境に似た物質循環を実現。培養の妨げになる微生物の排泄物も流出水とともに除去される。

図2

図2:青森県八戸沖の海底から分離したメタン生成菌の蛍光顕微鏡写真。右側がメタノバクテリウム属、左側がメタノサルシナ属に近縁なメタン生成菌。メタン生成菌はF420と呼ばれる特有の酵素を持つため、紫外線近傍の光を当てると青白く光る性質がある。右下の線は10マイクロメートルを示す。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
海洋・極限環境生物圏領域 深海・地殻内生物圏研究プログラム
主任研究員 井町 寛之 電話 (046)867-9709
(報道担当)
経営企画室 報道室 奥津 光 電話 (046)867-9198